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第1話 宿敵との出会いと収容所からの脱出

門のアーチには、「|ARBEIT MACHT FREI《労働は君を自由にする》」の文字が刻まれている。

これはある一面、真実を現していた。ここに収容された者の大多数は、極度の飢えと渇きの中、過酷な労働の末に命を落とし、火葬場の灰となって『永遠の自由』を手に入れるのだから。

とりわけ、ドイツ第三帝国により「劣等人種」と規定され、根絶の対象とされたユダヤ人に対する扱いは苛烈を極め、2週間と持たずに『労働不能』と判定されてガス室に送られることも珍しくなかった。


ジェームズ・ブラックもまた、そうしたユダヤ人グループの中にいる一人であった。縦縞の囚人服を身に着けた彼の肉体は、周囲の仲間達のそれと同様、骨と皮ばかりにやせ細り、見るからに非力な印象を与えている。だがその両眼だけは、他の収容者達とは比べものにならないほど強い光を放っていた。それは、生き残る事を諦めていない者の眼であり、また、生き残るために自分がなすべき事を知っている者の眼であった。


今、そのジェームズ・ブラックは、広場の地面に腰を下ろし、3つのマグカップを上下逆さにして目の前に置いていた。ありとあらゆる物が不足している収容所内において、水を溜めて飲むことが出来るマグカップは非常な貴重品である。そのような貴重品を3つも同時に、一人の人間が独占する事など、本来は考えられない。しかし、ブラックの周囲に群がる収容者達は、不満を口にする事もなく、ブラックの一挙手一投足を一心不乱に見つめている。


3つのカップに落ちている小石をそれぞれ1つ中に入れて左右に揺さぶると、いつの間にか小石は全て中央のカップの中に集まっていた。周囲に集まった収容者達の間からどよめきが起こる。そんな彼らをよそにブラックは、今度は3つの小石を全て左手で握りこむと、目立つ動きで、右手で指パッチンをした。次に左手を開いた時には、そこにあった小石が全部消えている。

ブラックがマグカップを揺さぶると、小石の「カラカラ」とは少し違う「ゴロゴロ」という音がし、順番にマグカップを持ち上げると、3つのすべての中から、ジャガイモが現れた。


収容者達の間から、今度は歓声が沸き起こった。皆が皆、目の前のジャガイモに釘付けとなっている。ブラックは申し訳なさそうな表情をしながら、3つのジャガイモを順番に真っ二つに割っていく。事前に切れ目を入れたような跡は一切無かったにも関わらず、それぞれのジャガイモの中からは、丸められた紙切れが出現した。その紙切れをよく見ると、数字がインクで記されている。ブラックがそれを周囲に向けると、収容者達は一斉に自分の腕をまくり、そこに刻まれている自身の囚人番号を確認する。程なくして3人の収容者、自身の囚人番号が紙切れに記されているそれと一致していた3人が、まくり上げた腕を高く掲げてブラックの前へと進み出る。


ブラックは、腕の番号の確認もそこそこに、番号が一致した収容者それぞれに、真っ二つに割れたジャガイモを渡す。ジャガイモを受け取った収容者は、間髪入れずそれにかぶりつき、毒素が含まれている根元を除く部分を瞬く間に丸呑みにしてしまう。そんな彼らを、他の収容者達は静かに見守っていた。常に飢えに苦しむ収容者の身、3人からジャガイモを強奪してしまいたい衝動に駆られてもおかしくない。しかし、ジェームズ・ブラックが今までここでこのパフォーマンスを行った際、貴重な食糧を横取りしようとする者はもちろん、自らの囚人番号を偽って受け取ろうとした者も現れたことがない。騒ぎを起こして監視のSS隊員に嗅ぎ付けられでもすれば、ここにいる全員が残忍な刑罰に処され、二度とこの「パフォーマンス」を見ることが出来なくなる事を、身をもって学んでいるのである。


(やはり私は、生まれながらのマジシャンなのだ。)

ブラックはしみじみと思う。

(このような極限の状況であっても、人々の前でマジックを見せる事に至高の喜びを感じている。 もしこれが、平穏な日常の中の出来事であればどれだけ幸福な事だろうか。 いや、そのような日常は必ず戻ってくる。 その時が来てここを出られるまで、私は必ず生き延びて見せる。 そして、あの『忌々しい力』は決して使うまい。 )


その時、突如収容所のSS隊員達がざわつき始めた。何事が起こったのかと周囲を見回すと、原因はすぐに知れた。鉄条網の向こう側、看守詰所がある方向から、SSとよく似た制服を身に着けた一人の男が歩いて来ていたのである。周囲のSS隊員は、踵を打ち合わせてその男に敬礼すると、男の後ろに続いてブラックのいる方向へと向ってくる。


ブラックの目の前に来た男はまだ若く、金髪に碧眼の整った容姿という、ドイツ第三帝国が喧伝する「アーリア人種」を具現化したかのような外見をしていた。そして制服を見ると、周囲のSS隊員のそれとは細かい点で異なっている事が分かる。制帽の髑髏の徽章がまず最初に目に飛び込んでくるのは周囲のSS隊員と同じであるが、その制服・制帽の布地は、黒よりもくすんで見える、ダークグリーンを基調としていた。髑髏の徽章がなければ、陸軍の制服と見間違えるかもしれない。ブラックは、その手の制服についての知識があった。武装SS。あくまでも警察機構に過ぎず、「アスファルトの兵士」と揶揄される程に貧弱な武装しか持たぬ一般SSとは異なり、数々の危険な戦場にドイツ陸軍と共に投入されて武勲を争って来た、『陸海空に次ぐ第4の軍』とでも呼ぶべき生粋の戦闘集団。近頃は、独自の装甲部隊すら運用していると聞く。目の前の男がどのような部署に属しているのか、詳細は分からないが、襟の階級章は、SS中尉(上級中隊指揮官)のそれを示している。


「 この中で、労働に適さぬ者を10名選び出せ。 Dr.K の元に、実験体として連れて行く。 」

中尉の言葉を受けて、傍らのSS隊員が収容者を次々と指さしていく。その中には、先ほどブラックからジャガイモを受け取った者の姿もあった。その収容者はブラックと目が合うと、懇願するような視線を向けて喚き叫んだ。

「 た、助けてくれ。私には妻子がいるんだ! 」


次の瞬間、中尉は右腕を伸ばし、手のひらをその収容者に向けた。およそ信じられない事が起こる。収容者の体が、まるでまるで見えない力に引き寄せられるかのように、中尉の手の動きに合わせて空中に浮かび上がったのである。そして中尉が手のひらを大きく開いて腕を押し出すポーズをすると、今度は糸の切れた凧のように、凄まじい勢い飛んで鉄条網の方向へと飛んで行った。

「 うがっ! 」

鉄条網には逃走防止のため、6000Vを超える電流が流されている。収容者は、程なくして絶命した。


ブラックの脳裏に衝撃が走る。中尉が見せた『力』の正体を知っていたのである。

念動力(サイコキネシス)

意思の力で物理世界に干渉し、まるで透明な腕があるかのように様々な物体を操ることが出来る、超能力の一種。目の前の中尉はよりにもよって、この能力の使い手なのだ。


「 連帯責任だ。あと3名ほど処刑する。 」

中尉は新たな収容者の方向へと手のひらを向ける。先ほどと同じように、その収容者の体が宙へと浮き上がり始める。


「 駄目だ、耐えるんだ! 『力』は決して使うな! 」

ブラックの心の声はそう叫んだ。ここで動いては、今まで『力』を隠してきた努力が水の泡である。

しかし同時に、天敵であるSS将校が自分と同じく『力』を持ち、その『力』の矛先を同胞に向けようとている事実を見逃すには、ブラックは人が良すぎたのである。中尉が手のひらを開いて腕を押し出す動作をした時、ブラックは既に行動を起こしていた。軽く地面を蹴ると、腰を下ろしていた地面から一瞬のうちに消える。次の瞬間、ブラックは、収容者の体を全身で受け止めていた。鉄条網に向けて、まさに打ち出された所であった収容者の体が勢いを殺し、ブラックと共に地面へと転げ落ちる。


中尉の顔に驚愕が走った。

「 貴様、瞬間移動(テレポテーション)の使い手か! 」

瞬間移動(テレポテーション)

自分自身を離れた場所に瞬間的に移動させることの出来る、これもまた超能力の一種。本人は決して肯定的に捉えていないのであるが、ブラックは紛れもなくこの能力の持ち主であった。


地面へと崩れ落ちているブラックに、中尉が右手のひらを向けた。ブラックの体が宙へと浮かび上がる。「『超能力』は、神より選ばれし者のみに与えられた力。 文明の創造者たるアーリア人種こそが持つにふさわしい。 しかるに、よりにもよって、劣等人種の貴様が私と同じく、超能力者だと... 」

ブラックの体を宙に持ち上げたまま、こめかみに青筋を立てる中尉。しかし、しばらくの間を置いて、その顔の表情を緩めた。

「 いや、違う。 選ばれしこの力を持つのであれば、貴様もまた、選ばれし者という事なのだ。確かに、種としてのユダヤ民族はは劣等人種であるが、そこには例外も存在する。 貴様はここにいるべき人間ではない。私と同じく、『支配者』となる側の人間なのだ。 喜べ。私が貴様をここから出してやる。 その後は私の部下となり、貴様の力を第三帝国のために使うのだ。 案ずるな。私をここまで取り立てて下さったヒムラー長官閣下であれば、必ず理解して下さる。 『名誉アーリア人』として、貴様の身分を保証して下さる事だろう。 だが、そのためには『禊』を済ませる必要がある。 貴様の能力で、ここにいる劣等人種を一人殺せ。 貴様自身が『劣等人種』ではない事を、貴様自身の手で証明するのだ。 」


中尉の長演説にブラックは、反吐が出るほどの不快感を覚えた。く当然のように語られる人種思想。そして何よりも、「力」を持つ者が選ばれた者だと信じて疑わない傲慢さ。

ブラックは、ありったけの嫌悪感を込めて中尉に言い放った。

「 |Fick dich Scheiße!《くたばれ糞野郎!》 」


中尉の顔が、瞬く間に憤怒で赤く染まって行く。

「 この私によくもそのような言葉を... やはり貴様は薄汚い劣等人種だったのだ! 劣等人種など、生きるに値せぬ。私がここで処分してやる! 」

シュヴァルツは満身の念を込めて、ブラックを鉄条網へ投げつけようとする。しかし、まさに丁度その時、ブラックの体が宙から消えた。

「 チッ!能力発動のためのタイムラグが経過したか。 まあ良い。

貴様がそのつもりなら、ここにいる劣等人種を順番に処刑するだけだ。 」

中尉は再度、他の収容者達に手のひらを向けようとする。


その時、突如爆音が響き渡った。ガス室のある方角から黒煙が立ち昇る。まるでそれが開戦の狼煙であるかのように、収容者達が一斉に周囲のSS隊員へと襲い掛かった。

「 囚人共の反乱だ! 」

SS隊員は半ばパニックになりつつも、ホルスターのワルサーP38拳銃を引き抜き、殺到する収容者達に向けて立て続けに発砲する。数多の収容者達が、9mm弾を撃ち込まれて倒れて行く。

だが、数に勝る収容者達は、SS隊員へと次々に取り付いていき、遂にはその武器を奪いとるまでに至った。武器を得た収容者達は、それを手あたり次第周囲のSS隊員に乱射しつつ、狂った獣のように、外界へと通じる収容所の門の方向へと向けて殺到した。


「愚か者共め、ここから逃げられるとでも思っているのか! 」

そう怒鳴った中尉の体が、横スライドしながら空中へと浮遊して行く。門のアーチの丁度真上まで浮遊したところで、中尉は殺到する収容者達にその両腕を向ける。次の瞬間、まるでそこに巨大な竜巻が起こったかのように収容者達の体が渦を巻いて巻き上がり、四方八方へと吹き飛んだ。『竜巻』は尚も拡大し、周囲のSS隊員すらをも巻き込んでいった。

「中尉殿、お止め下さい!これでは我々までもが! 」

SS隊員が悲鳴を上げるが、中尉が攻撃の手を緩めることはなかった。

「黙れ!貴様らは選ばれしアーリア人種ではないのか!総統閣下に忠誠を誓ったSSではないのか!ならば、死など恐れることはないはずだ! 」


その時、ジェームズ・ブラックは、破壊されたガス室の影に隠れていた。瞬間移動(テレポーテーション)を発動した後、次に能力発動が可能となるまでのインターバルが経過していないため、身を隠したままで様子をうかがっている。

(このまま逃げてばかりではいられない。今あの男を止められるのは、自分しかいないのだから。)

ブラックは強い使命感に駆られ、これまでになく、自身の能力が再度使用可能になる瞬間を今か今かと待ち構えていた。


その時、運の悪い事に、一人のSSの制服姿の男がガス室へと飛び込んで来た。外には別のSS隊員が2・3人、待機しているらしい。SSの制服姿の男と目が合ったブラックは、半ば万事休すかとの絶望感にかられながらも、時間稼ぎの手段のあれこれを頭の中で必死に検討する。だが、SSの制服姿の男が発した言葉はブラックの意表を突くものであった。

「ここには誰もいない。他を探せ!」

その言葉を受けて、外のSS隊員がこの場から離れて行く。目の前で起こった出来事の意味がまだ分からずいるブラックに対して、SSの制服姿の男は丁寧な口調で語りかけた。


「お会いできて光栄です、ミスターブラック。 私は、英国秘密情報部のエヴァンズ大尉です。 あなたをここから連れ出すため、同志と共にここに潜入していたのです。」

英国秘密情報部

MI6の通称が広く知られる、英国最強の対外情報機関

祖父の祖国の名を聞き、半ば懐かしい気分に浸りながらも、ブラックは疑問を口にする。


 「この暴動は、アナタが仕組んだものなのか? 」

「 いかにも。 囚人達の中から適任者を選び出して組織するのには時間がかかりましたが、何とか実行まで漕ぎつける事が出来ました。 」

それを聞いたブラックの声が険を帯びる。

「アナタの計略が原因で、今大勢の同胞達が命を落としている... 」

「それについては、私も胸が張り裂ける思いです。 しかし、冷酷な言い方をすれば、彼らはいずれ、ここで朽ち果てる運命にあった。 であるならば、例え1% であっても、ここから逃げ出せる可能性を作ってやるのがむしろ優しさと言えるかも知れませんよ。 」

その言葉を聞いて、ブラックは遂に声を荒げた。

「逃げ出せるものか! 皆あの男にやられてしまう! 私と同じ、『忌まわしい力』を持つ、SSのあの男に! 」


それを聞いたエヴァンズは、心底悲痛な表情を浮かべる。

「はい、全くの誤算でした。 まさかあの男がここにやって来るとは。 ところで、あなたは何故今まで、能力を使ってここを出ようとしなかったのです。 あなたの能力を持ってすれば、ここから逃げ出す事など訳ないはずなのに。」

「私は、マジシャンとして以外の生き方を知らない。 これから先もずっと、マジシャンとしてあり続けるつもりだ。 ならば、私がこの『忌まわしき力』を持つことは決して知られてはならない。 知られたら最後、誰もが『どうせ力を使ったんだろ』と考え、私のマジックに関心を示さなくなる。 」


 今度はエヴァンズが感情をあらわにする番であった。

「 あなたは馬鹿か! 今日明日の命の保証すらない状態で、その先の生き方も何もあったものじゃ無いでしょう! 」

そう言い切った後に気付いた。

目の前のこの男は、いつの日かここを生きて出られると、本気で信じていたという事に。

「過去の事を言っても仕方がない。 今は一刻も早くここから離れる事を考えるべきです。 あなただけでも助け出さなければ、それこそここの囚人達の犠牲が無駄になる。」


だが、ブラックの返答は、エヴァンズにとってまたしても予想外のものであった。

「駄目だ。私はここに残って戦う! あの男の恐ろしい『力』の行使を止めることが出来るのは、同じく『力』を持つ私だけなのだから。」

「 その気持ちは立派だが、現実を直視なさい! 今日まで『力』を使う事を避けてきた今のあなたの力量では、あの男の鍛え上げられた『力』に対抗できない! 」

そう叫んだエヴァンズだが、次の瞬間にはブラックの方へと駆け出していた。

インターバルが経過したらしく、ブラックが再度、『能力』を発動しようとしているらしき様子を感じ取ったのである。


「 手荒な真似をお許し頂きたい! 」

そう言うとブラックの首筋目掛けて、手刀を振り下ろした。続けざま胸ポケットからカプセルを取り出し、ブラックの口へと強引に含ませる。ブラックは、一瞬激しい苦悶の表情を浮かべた後意識を失い、その体はぐったりとエヴァンズの肩によりかかった。エヴァンズはその体を、近くにあった遺体運搬用の台車へと横たえ、外に運び出して行く。

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