「緑」
大地。母なる、大地に、右、肩を、打ち、付けている。
数度、痛みに、耐え、続ければ……ハマった!!
立って、シャベルを持った。
アリエルさんの眠る場所に戻ろう――残業が待ってる。
虫の死体は、大地にちゃんと帰ってくれるだろうか?
「ブブッ」
「………わぁっ!!」
翅と少しの胴だけで飛ぶのはやめて欲しい。気づいてゾッとした。
「なんでだろう、【忌火の矢】、」
懐かしいなぁ……おじいちゃんが酔っ払って、何回か墓を守れない時があった。
本当に懐かしい。町を走って周って、いろんな人に手伝って貰った。
――卑怯な行き逃れが、沢山出て来た。
こんな奴らに、何度も殺されかけた。
魔法。
魔力消費が異様に少ない代わりに、何かを取って代わられる。
ある人は死ぬ代わりに、玉虫色の邪神を眠らせたらしい。
ある人は泣く代わりに、鉛を速く、沢山撃ち出せた……。
――9匹。翅虫を討った。何で一体ずつなんだろう?
僕は血の一滴を代価に、火の矢を撃てる。威力はある意味一定。そして沢山。
でも、一斉に撃とうとすると痛みも代価になるし、幽霊が見える。
死んだモノは勢い良く燃えるけど、生きてるモノはあまり上手に燃やせない。
使える人は消える魔力と同じ程、異様に少ない。
青い月の魔術、【発火】がワインの瓶いっぱいに必要なら、
魔法は一滴と同じぐらいの魔力。
そして、僕はバケツぐらいの魔力容量しかない。
アリエルさんは樽5つぐらい。
おじいちゃんは川ぐらいあった......皆はズルい!!
――燃えてないシャベルで4度、
「えいっ!! 最後が君だ!! 臆病者め! 僕と君の仲間のかたき!」
§
戻って来た。不自然に土が顔を出してる場所。
明日の朝には、彼女の家族が作った彼女の為の十字が刺さる。
少し、少しだけ、ゆっくりしよう。まだ、朱い月はてっぺんに居ない。
彼女の足がある方、そこから少し離れた所に座る。
おじいちゃんはこの時、歌を歌っていた。
僕は下手だから、頑張って他の手伝いをした。
――頭が煩い!
§
剥き出しの土、そこから、土が捲れる音が聞こえた。
ドンッ、なんて生ぬるい。
もっと――聞くだけで心が震え、最後には足を折りたくなる音が。
――跳ねる様に立って、シャベルを両手で構える。
土葬は死霊術師から死体を守るだけじゃない。
《《ある》》工程を省いたなら抗いようの無い続きがある。
今、知った。本当だったんだ。嘘じゃなかった。
朱い月なんて、あるだけだと思ってた。
太陽が位置を変えるぐらいの長い時間、深く、深く掘ったはずの場所を睨む。
あれだけ深く掘れば、出て来れないんじゃないかと言う期待は、裏切られた。
視線をずらさなくちゃいけない。僕の咎を見る。
箱型の穴の前には……美女が立っていた。
赤毛が綺麗に編まれていて、そばかすを適度に散らした、整った顔。
赤いワンピースに、村長の奥さんがくれたコルセットを着けてる。
釣り目がちだった目元は蕩けてて、僕を愛おしそうに見つめていた。
異なる魂が、皆の愛した村娘を、その存在を、犯している。
「ヴァ.....ヴァ.......」
「……始めまして、朱い月の人。僕は墓守。」
異なる魂のもう一つ。朱い月の、体の無い神や強者達。
彼らは暇を持て余していて、死んだ人の体を奪い、この世で生きようとする。
僕らは、ふらふらと惹かれ合う様に互いに近づき、彼女が僕を優しく抱こうとする。
数歩だけ、その抱擁を避ける為に下がる。
ただの抱擁。過去、彼女がしてくれたような強いハグ。
なんだか恥ずかしくて、何度も避けたことがある。
その時も、眼の前と同じ顔をした。
「今晩は、小さな墓守さん。」
――これだけ似てても、彼女は村娘を真似る、異なる魂。
良く知る彼女の様に僕へ微笑みかけるニセモノ。
真に迫る愛おしいその顔を真っすぐに見据える。
アリエルさんとは楽しい記憶が沢山あった。
出会いは大したことない。
アリエルさんのお母さんがお客さんだった。
9年前だ。僕はおじいちゃんに言われて、アリエルさんのお母さんの首にかける花飾りを編んだ。
それを、「キレーだねっ! ママのためにありがとうっ!」って、
その時に3歳年上の友達ができたと思う。
僕がおかしくなければだけど、友達だったと思う。
《彼女はただ、僕を視ている》
8年前。僕を怖がる弟のアレイを連れてきて、「森に行こう!」って。
猿や狼に怯えながら、3人で木苺をたくさん集めた。
帰ってきたら、おじいちゃんとアリエルさんが交代で火の番をして、クルミのシロップ入りの木苺のジャムができあがった。
さぁ、クッキーにジャムを好きなだけ乗せて、四人で食べようって時、
何故か、アレイは逃げ帰った。美味しかったって伝えたら、怒られた。
《彼女は、僕の言葉を待っている。》
3年前、アレイは僕の事を嫌っているのに、アリエルさんが無理やり連れてきて、3人で墓場の掃除をした。「墓が広い。お前が居て、皆を殺すせいだ」と、アレイが僕にそう言うと、アリエルさんはアレイを殴った。
それを見て笑ってしまって、アレイが僕をもっと嫌いになった。
僕は、アレイの元気な怒り顔が大好きだから、嫌われると悲しかった。
《彼女は、幾つか思案をしているようだ。》
2カ月前、グレイさんとアリエルさんが結婚した。
子供が出来たら、面倒を見るのを手伝って欲しいって、2人で言いに来た。
その頃、おじいちゃんを僕が火葬して、寂しかったのもあったのか、
『もちろん!! 立派なイイ男にするよ!!』って、大声で言っちゃった。
恥ずかしかったけど、2人が優しく笑ってくれたから、良かった。
『女の子だったらどうするのぉ~~?? 男女にするわけぇ?』
『フハッ、そうやな、あかん泣きそうや、』
アレイが本気で嫌がるかもって、少し心配もしてたんだけど、
「墓守さんは凄い頑張ったのね。偉いわ、クソ蟲共が沢山死んでる。大事な事よ。アナタの脳みそも喰われちゃう所だった。」
「黙れ悪魔。彼女を返せ。」
死体を乗っ取る悪魔が、急に口を開いた。
誰かの声も聞こえる……低い、唸り声が聞こえる。
「そんなに……この娘が大事だったのね? 今にも泣」
――細くて白くて赤くて、そんな徒花を掘った。
《《なにも》》要らなかった。《《体が勝手にしてくれたから》》。
あっ.........................................白い羽................ちょうちょ
§