「小さな墓守さん、」②
パチパチと火の音を立てて、僕の血が、横に降る雨の様に逃げ出す。
肺が焼ける程に濃厚な火の匂いに釣られて、何かが僕の周りでうずうずとしている。
「【忌火の矢群】!!」
妄想。狂想の類かも知れない。
頭の中で、死者と共に弓を弾き続ける。蟲に負けない、必殺の矢を。
此処で眠る者達と共に射続ける。
そんな妄想を、今だけ、現実にした。
魔法を使っている間は、焼けた太い鉄の杭、それが体の隅から隅までを刺し貫いて来ていると、脳みそは訴える。
気のせいだから、脳みそにはがんばってと言う他ない。
黒いカーテンにも見える無数の虫たちの中に、見えない死者と放った矢が穴を開けていく。
刹那の間、続いた黒い天幕との戦いは、僕たちが勝利を収め、三つの月が見えるほどに虫は焼けて落ちていった。
なら、走る、近寄る、アイツから離れてたら、シャベルが届かない。
少し走ったら、全身のバネを縮こまらせて、爆発させる。
シャベルを老婆の首に向けて薙いだ――鈍銀の残像が悲しい。
眼の前、ローブの奥の眼孔。
老婆は、緑の炎をその穴で踊らせた後、シャベルの行先を知ってたかのように、後ろへ体を躍らせて避けた。
未来予知、又は、読心。
分かって居ても、これしかできない。これしかできないんだ!!
「魔法使い。初めてだよ、蟲をこんなに焼かれたのは。」
――ふわりと、少し浮いて逃げる老婆、間違いない。
白い月の魔術。おじいちゃんから教わった。覚えてる。
蛆で出来た人、蟲を呼んだ、緑の炎は飛ばしてこない。
魂を何かに分けて隠し、体を入れ替え続けて生きる不死。
分けて弱くなった魂を維持する為に魔力を使い続けていて、召喚以外の魔術は自身の存在を脅かす程に魔力を喰らう。
呪殺の儀式は、彼女の魔力を大幅に奪った筈。
さっきのは虫達は大規模な召喚、の筈。
なら、大技は使い切った……筈。
次に警戒すべき攻撃は、魔力消費の極めて少ない……
見えない斬撃と、絶対に当たる砲弾。
それら以上の強い魔術を使えば、体が自壊して行く。
ゴールはそこなのかもしれない。
駆ける、走れ、届かなくても良い、アイツが間違えるまで追え!!
――そうしてたら、羽音が一つ。
揺れる赤色。それを想像して――語る、魔術。青い月の、
「龍の溜息、夢魔の戯れ、【忌火龍の涎】!!」
シャベルに火が付いた。それだけだけど、僕のとっておき。
一匹。矢群を抜けてきた羽蟲が、僕の顔を食いちぎろうとする。
それを叩いた。炭になりながら蟲が落ちて行く。
もう一匹。翅が無い。
気づかない間に僕の足にしがみついて、ギザギザした歯を腿に立てようとしている。
僕は老婆に向かって飛んで、正座の様にして蟲を踏み潰し、すかさずシャベルを老婆へ振るう。
ふわりと避けられ、老婆は離れてしまう。
すぐに立って、アイツを追い立てないと行けないのに、
「足は痛くないのかい? 坊や、綺麗な桃色、美味しそうだねぇ。」
痛いに決まってる!! 噛み付かれたんだ!! 大きなハエバチに!!
左手をアイツに向けて、頭の中で弓を弾く!!
アイツを追い立てないと、そうしないと、
「【忌火の矢《ディヴァインアロー》】!!」
杖で軽く掃われた。
火では駄目だ、分かってたじゃないか、アイツの杖も燃えてた!!
シャベルを……肉が丸見えの足では……
「お前の脳も喰らおう。その魔法を良く調べて、その後に赤毛の娘になろう。」
《僕と魔女だけが土の上で生きて居る。》
ゆっくりと歩いてくる。幽鬼よりもそろそろと、歩いて来てる。
アイツは甘えた。【フユウ】を切った。
火は利かない。シャベルは避けられる。
――ならば、
「【忌火の、なんか】!!」
魔力を込めて、シャベルを投げた。僕の右肩は外れた。
痛みに悶えて倒れたいけど、腰に差した次の策を手繰る。
左手で、鞘ごと抜いた魔剣。
信用できないこれでも、数秒は僕の命を守ってくれる。
錆びた剣を杖に立ち、老婆を睨んだ。
炎輪……くるくると凄い勢いで回って、シャベルが火の水車の様。
老婆が杖でそれを撫でた。
――同時、僕は魔剣を抜……くのをやめた。
燃えるシャベルが甲高い音を上げて跳ね、幾つかの火種が起こった。
その火種が、風に揺らされ、老婆の少ない髪に触れた。
「ぐぇ!! 何だ、なんだ、この炎は、まるで、まるで、」
白髪を伝って燃えていく、次に黒い襤褸が、次に肌が。
一皮焼けて、中身が見えたと思ったら、蛆の爆弾になった。
蛆が散り散りになり、ゆったりと蠢きながら、緑色の焔を焚く杖に向かってる。
それに、ひとつずつ、丁寧に火の矢を放つ。
どれか一匹でも逃したら、何時か、復讐に燃える魔女に襲われてしまう。
恐ろしかった、強かった、魔女だった蛆が、魔女になってしまう。
集りたがる場所、杖とシャベルの立つ場所に、魔法を吐きながら向かう。
足が痛い。のこぎりで切っても、こんなに痛くないはずだ。
「おじいちゃん、僕、墓守に向いてない……こんなに弱かったんだ、僕は」
歩きながら、どうしても頭の隅を過る恐怖。
これを、吐き捨てたい。心内を誰かに聞いて欲しくて、
「……魔女が正気だったら、どれ程強かったんだろう」
夜空の溜息が聞こえた気がする。
僕は、最後の蛆を踏みつぶして、近くの杖を倒し、踏んだ。
足から流れる血が杖に送られたのを見て、二言。
「龍の欠伸、【発火】」
足は深く噛まれてて、血を流し続けている。右腕はハズれてる。
これだけ、ボロボロになるまで頑張っても、まだ、土葬は終われない。
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