68 くらがり の むこうがわ
崩壊する巣の中を走って行く。
出口に向かってひたすら足を動かす。
男にかけてる気の拘束を補強しながら。
時間と共に気の効果は薄れる。
その分の気を補う必要があった。
出来れば男に取り憑いてる人面花を吹き飛ばしたい。
だが、今それをするわけにはいかない。
怪物である人面花を潰すと同時に男も消えてしまう。
それはまだ避けたかった。
ありがたい事に、脱出を邪魔する者達はいなかった。
怪物は途中で遭遇したが。
邪魔者である人間はいない。
救援や増援が間に合わなかったのか。
それとも、救助不能と諦めたのか。
どちらか分からないが、余計な手間が減っている。
それはありがたかった。
巣から無事に脱出し、逃げてくる人面虫を防いでいく。
入り口に怪物除けの結界を作るだけでいい。
それだけで怪物は外に逃げる事が出来ず、巣の中に閉じ込められる。
あとは巣が消滅するのを待つだけだ。
そうして手が空いたところで、男の方の対処をする。
まだ怪物を倒してないので消滅はしてない。
だが、このままにしておくわけにもいかない。
怪物に取り憑かれ、ほぼ同化されてるのだ。
もう怪物同然だ。
生かしておけば、必ず災厄をもたらす。
それが分かってるので、カズヤも生かしておくつもりはない。
例えそれが、色々と世話になった男であってもだ。
怪物となったならば処分しなくてはならない。
だが、その前にやりたい事があった。
男の方の意識に潜入していく。
まだ霊魂が残ってるなら喋る事も出来るかもしれない。
そう思っての事だ。
しかし、ここで怪物が邪魔をしてくる。
男の霊魂に根を食い込ませている。
そのせいで、男の意識が封じられてる状態になっている。
解放するには、取り憑いてる人面花を倒さねばならない。
それは男の消滅を意味する。
「…………」
カズヤは無言で人面花を吹き飛ばした。
人面花の女面が吹き飛ぶ。
それと同時に、霊魂に食い込んでいた根も消えていく。
男の霊魂がほんのわずかの間だけ解放された。
その瞬間にカズヤは気で男の霊魂を包んでいく。
霊魂の消滅は避けられない。
だが、気で補強する事で幾分それをおさえる事が出来る。
その間に、最後の挨拶だけはしておきたかった。
意識が男の霊魂に潜り込んでいく。
自我をほぼ失っていた男の霊魂だが、カズヤに気付いてか意識を向けてくる。
「よう」
男はカズヤに声をかけてきた。
「なんか、大変な事になっちまったな」
「まったくです」
男はいつもの気軽な調子で声をかけてくる。
応じてカズヤも普段通りに接していく。
「まあ、こうなっちまったら、もうどうにもなんねえな」
「そうですね」
お互い、変な慰めは言わない。
駄目なものは駄目なのだ。
それが覆る事はない。
その事実と向かい合うしかない。
「それで、どうした?」
「いえ、名前も聞いてなかったんで。
それくらいは教えて貰えればって」
「そういやそうだったな」
うっかりしてた、という風情で男が笑う。
「ああ、滝口っていうんだ。
滝口ノボル」
「滝口さん…………ですね」
「そうだ。
いや、なんだな。
あれだけ一緒にやってたのに、名前も言ってなかったな、そういや」
失敗失敗、と男は笑う。
「でもまあ、もう俺も長くないな」
「みたいですね」
喋ってる間に、男の霊魂が消滅していく。
怪物に侵された影響は免れないようだった。
「それで、最後に滝口さんから色々聞いておこうかと」
カズヤは霊魂に意識を接続した理由を告げた。
カズヤを助けた男、滝口ノボルは怪物と長く戦ってきた。
その経験や体験、記憶をカズヤは求めていた。
今後の戦いに必要になるだろうからだ。
「なるほど」
言いたいことを理解し、滝口はカズヤに記憶を渡していく。
「怪物に取り憑かれてる間に、色々失ってるかもしれないけど。
役に立つならもっていってくれ」
「助かります」
貴重な戦闘経験だ。
それに、滝口が残す遺産になる。
疎かにするつもりはない。
「それとな」
「はい」
「俺もよくはおぼえてないんだが……」
そういって滝口は語っていく。
「崩壊した巣に飲み込まれた先。
そこには何かがあったと思うんだ。
記憶が消えていて思い出せないけど」
「なにか…………」
「それがなんなのかは分からない。
けど、大事なものがあるはずだ」
それをカズヤは黙ってきいていた。
もう男の霊魂はほとんど残ってない。
これが声として直接聞く最後の情報になる。
だから声をはさまず、最後まで聞いていく。
「そこに行け。
何があるのか分からないけど、何かがある。
それが、こんな世界になってる原因に関わってるはずだ」
カズヤは黙って頷いた。
「行ってこい。
強くなって。
あの、暗がりの向こう側…………に」
それが男の、滝口ノボルの最後の声だった。
霊魂から読み取った記憶とは別の。
男が自分の意思で伝えた最後の情報。
それに向かって、
「はい、分かりました。
行きます、行ってみます」
カズヤはそう応じた。
もう既に消え去った、滝口ノボルという存在に。
滝口が消えると同時に、カズヤの意識が現実に戻る。
目の前にはもう何もない。
怪物の巣も、滝口ノボルも消えている。
また、周囲の景色も変化していく。
巣が破壊された事で、現実が変わっていく。
宗教団体の施設があった場所。
そこには別の建物が建っていた。
様々な用途に使える多目的ホールだ。
ホールを中心に、大きめな公園も出来ている。
都市部の中に作られた、林と水辺のある公園だ。
遊具などは無いが、それなりに親しまれてる場所だ。
そういった情報がカズヤの頭に生まれてきた。
現実の変化に対応した情報が流れ込んできてる。
それを感じ取り、本当に変わったのだと感じた。
もう、怪物の巣はない。
怪物によって作られた宗教も能力者もない。
カズヤを助けて導いてくれた人も。
「…………」
ため息を吐く。
寂寥感をおぼえる。
以前、滝口が巣の崩壊に飲み込まれた時には感じなかったものだ。
死んでいった、消えていった所を見てなかったからだろう。
その時には実感を持つ事は出来なかった。
だけど、今回は目の前で消えた。
滝口ノボルという男が確かにいなくなった。
それをカズヤはしっかりと見た。
魂で感じ取った。
はっきりと体験した。
本当に滝口は死んだのだと。
「……クラガリか」
最後の言葉を繰り返す。
滝口が言っていたこと。
暗がりの向こう側。
巣の崩壊によって生じる何もない空間。
その先に行けと。
「行きますよ、絶対に」
もういない存在に向けて伝える。
自分の決意を。
決して届かないと思いつつも、それでも宣言をした。




