3 世界の真実の一端と、自分の境遇の接触点
「なんなんですか、これ…………」
「この世界の真実ってやつだ」
カズヤの疑問に男が答える。
「本当はこうなってんだよ、この世界は」
「…………」
「すぐには信じられないだろうけど。
これが事実だ」
どういう事なのかさっぱり分からない。
世界の真実と言われてもすぐに受け入れられない。
だが、目にしてる事が嘘やデタラメだとも思えない。
これが冗談やいたずらだとしたら、無駄に手間をかけすぎてる。
目に見える範囲全部に蔦やら根やらを施してるのだから。
しかも、今まで全く見えなかったのだ。
それが一瞬にしてあらわれた。
どうやったらそんな事が出来るというのか?
それに、一番の気掛かりはそこではない。
もう戻れない、と男は言った。
その意味が分からない。
「どういう事ですか?」
「なにがだ」
「戻れないって」
「そのままだ」
男はあっさりと言い切る。
「これが見えてるなら、もう戻れない。
こいつらが襲ってくるんだ。
やらなきゃ、やられるぞ」
言われてもまだ完全には理解できない。
何が襲ってくるのか、どうしてそうなるのか。
ただ、自分がとんでもない事の中に放り込まれたのを、カズヤは理解していった。
それをカズヤは、自分の家に着いたときに悟る事になる。
「とりあえずお前の家に行こう。
たぶん、酷い事になってる」
そう言って男はカズヤをせっついていく。
見知らぬ人間を連れて行く事に抵抗はある。
だが、無視するわけにもいかない。
人面花を引き剥がしてくれたのだ。
悪い人間ではないと思える。
それに、起こってる事について何か知ってるようでもある。
そんな人間の言ってることを無視する事は出来なかった。
おそらく、何かが起こってるのだろう。
それが分かってるから家につれていけと言ってるはず。
なので、今は男のことを信じる事にした。
それに聞きたい事もある。
人面花はいったいなんなのか。
町にはびこる根っこや蔦は?
何でこうなってるのか。
知りたい事はたくさんあった。
家に向かう途中、そういった事を聞いていく。
「わからん」
男の答えは簡単なものだった。
「俺もよく分からん。
この花とか、根っことか蔦とか。
こいつらの正体は知らない」
嘘を言ってる様子はなかった。
人面花などについて、本当に何も知らないようだった。
「ただ、こいつらは人に取り憑く。
取り憑いて、命を吸い上げていく。
そうして生きていく。
寄生虫みたいにな」
今まで何度も見てきて、そういうものなのだろうというのは分かったという。
「けど、こいつらがどこから来て、どうしてこんな事をしてるのか。
そういうのは分かってない」
ただ、人に害を為す存在なのは確かだ。
だから駆除し続けているのだという。
「ただ、取り憑くにしても簡単にはいかない。
それなりの条件がそろってないと無理だ」
カズヤに取り憑いたのは、その条件が揃ってたからだろうと男は言う。
「この怪物どもが繁殖しやすい状態。
お前の家がそうなってるはずだ」
言われてカズヤはゾッとした。
言われてみれば、思い当たる事が色々とある。
カズヤの家は、最悪の状態だった。
父の会社は経営が傾いて、立て直しのために奔走してるという。
当然、家計も大変になり、母も必死に働いている。
そのせいか余裕がなく、家の中では怒鳴り声と泣き声が響く毎日だ。
子供のカズヤもそれに巻き込まれてる状態だ。
幸い、食事に事欠くとまではいってないが。
それも両親が頑張ってるからだろう。
ただ、そうなった頃とほぼ同時期に、学校犯罪の被害者になっていった。
カズヤの姉もそんな家が嫌なのか、帰ってくる事がほとんどない。
詳しいことは分からないが、よからぬ連中と一緒にいるという話を聞いた。
だが、それをどうにかできる状況ではない。
親は忙しくてかまってられないし、カズヤに解決する力はない。
そうなる前は、割と平穏な毎日を送っていたような気がする。
それがある日を境に急転していった。
とても悪い方向に。
幸い、一家離散とまではいってない。
最悪ながら、どうにか現状を保ってる。
しかし。決して良い状態ではない。
死ぬよりマシというような、最悪の一歩手前が続いてるようなものだ。
これが良いとはとても思えない。
「その原因がうちに?」
「分からない。
でも、お前に取り憑いてたものは、たぶんお前の家に根を張ってる。
それか、お前の家の近くにある」
それを処分しなければ、これからも悲惨な事が続く。
人面花のような怪物にはそういう力があるという。
「人を不幸にする。
運気を奪う。
そういう連中なんだよ」
そんな話をしているうちに家につく。
なんという事の無い、住宅地の中にある一軒家だ。
だが、それを見てカズヤは絶句した。
男の言ってたとおり、家はとんでもない事になっていた。
「こりゃ酷いな」
男も呆然とした調子で言う。
家は蔦でがんじがらめになっていた。
それはもう幹というほどに太くなっている。
それが家を覆い尽くすように絡んでいる。
その頂点、屋根の上に巨大な人面花を咲かせて。
その顔は、近づくカズヤと男をにらみつけてくる。
それを見てカズヤは理解した。
こうして怪物共に見つかるのだ、逃げることは出来ないと。
ここに来てようやく、自分がとんでもない世界に巻き込まれたと分かった。




