お昼短し恋せよ盗め!
0:(夜の美術館)
0:
警部:どうだ? 異常はないか? もうじき予告状に書かれてた時間だ。
警部:『今夜12時 ルビーの指輪をいただきます。怪盗ナイト・ウォーク』
警部:いいか、ナイト・ウォークは変装の名人だ。くれぐれも油断するなよ。
警部:だが今回は秘策がある。これを見ろ。
警部:特別に作らせた偽物の指輪だ。盗まれる前にこれを本物とすり替えておくぞ。
警部:よし……っと。じゃあ、本物は私が持ってどっかに隠れておこう。
警部:では、また後で!
警部:
0:(警部退場。直後、警部が別方向から駆け込んでくる)
0:
警部:はーっ、はーっ! おい! いまここに俺が来なかったか!?
警部:……ばっかもーん! そいつがナイト・ウォークだー!
怪盗:フハハハハハ! 今回も私の勝ちのようだね、令崎警部!
警部:ああー、ナイト・ウォーク! あんなところに!
怪盗:ナイト・ウォーク ミッションクリア!(パンと手を叩く)
怪盗:さらばだ!
警部:待てーっ!
0:
0:(翌日。職員室。)
0:
怪盗:んんー……(寝てる)
夫:おはようございまーす。ん……内藤先生? 内藤先生っ。
怪盗:ん……? ああ、新田先生。
夫:おはようございます。
怪盗:おはようございます、あー、寝ちゃってたか……んー(のび)
夫:眠気覚ましにコーヒー飲みますか?
怪盗:ああ、私、コーヒー飲めないんですよ。
夫:そういえば、そうでしたね。
怪盗:新田先生も休日出勤ですか。
夫:ええ、午後から野球部の練習があるんで。
夫:内藤先生は? 顧問とかしてないですよね?
怪盗:ああ、令崎エミの三者面談ですよ。父親が今日じゃないとあかないらしくて。
夫:へー、日曜なのに、ご苦労様です。寝不足も面談の準備とかで?
怪盗:まぁ、あとは昨日の夜いろいろと……。
夫:え?
怪盗:い、いえ、なんでも……!
妻:おはようございます。
夫:え、のどか?
怪盗:早乙女先生。どうして……?
妻:やだなぁ。今の名字は新田ですよ。
怪盗:あ、あー、そうでした、失礼。それじゃあ……のどか先生。
妻:もう先生でもないですけどね。
怪盗:ああ、それもそうでした。で、どうしたんですか、今日は?
妻:夫に忘れ物を届けに。ほら、これ。お弁当忘れていったよ。
夫:えっ、あー、ごめん!
妻:せっかく作ったのに、しっかりしてよねー。じゃあ、失礼します。
怪盗:ええ、また。……仲良くやってるみたいですね。
夫:いやぁ……あ、そうだ。
夫:おーい、朝言い忘れてた。買い置きの歯磨き粉だけどさー(退場)
夫:
怪盗:ふわぁ……ねむ……令崎警部め……毎回毎回しつこいんだよなぁ……。
エミ:内藤先生。
怪盗:おお、令崎。待ってたぞ。
エミ:ごめんなさい、今日の三者面談ですけど、お父さんまた仕事で来れないって。
怪盗:ええ? おいおい、困ったなー。
エミ:大丈夫です。お父さんとはあとで二人で話しておきますから。
怪盗:いや、そういうわけにもいかないだろー。
エミ:大丈夫ですって。仮に反対されたとしても、私は夢を変えるつもりはありませんから。
怪盗:おお……そんな確固たる夢がもう決まってるのか。
エミ:はい、軽くは。
怪盗:へー、どんな感じ?
エミ:いくつかありますけど、いま一番叶えたい夢は……。
エミ:好きな人と結婚して、仲のいい素敵な夫婦になることです!
怪盗:おぉー。
エミ:世田谷あたりに小さいけど暖かいマイホームを建てます!
エミ:庭にはパンジーの花を植えて! ペットには白くて大きな犬を飼って!
エミ:あとは……!
怪盗:軽くどころか、めちゃくちゃ考えてるな……!
怪盗:もしかして相手ももう決まってるのか?
エミ:そ、それは、まぁ、はい。まだ片思いですけど……。
怪盗:片思いの段階でこんだけ計画たててたのか。
エミ:で、でも、もう相当仲良くなって、あとは告白するだけなんです!
怪盗:へー、相手はこの学校?
エミ:そうです。ちゃんと計画も立ててるんです。
エミ:まず一か月以内に告白して恋人になります。
エミ:で、夏休みはいろんな場所にデート。
エミ:そして高校卒業。私は進学。彼は奥さんと離婚! そのあと引っ越して一緒の家に、
怪盗:ちょっと待った! え……? 離婚?
エミ:はい。
怪盗:なに、離婚って?
エミ:そりゃ……今の日本で多重婚はできませんから。
怪盗:ま、待って。相手ってまさか……結婚してるの?
エミ:はい。
怪盗:えええっ!? え、でも、この学校の人だって……。
夫:戻りましたー。
エミ:新田先生!!
夫:おー、令崎、おはよう。あ、面談中か。邪魔してすみません、それじゃ。
エミ:待ってください! あ、あのー、先生。実はその今日のお昼なんですけど、
エミ:えっと、その、私お弁当作りすぎちゃって……。
夫:ん?
エミ:だから、つまり、その……!
妻:失礼します。
エミ:あ……!
妻:ごめんごめん、これお弁当と一緒に渡そうと思って忘れてた。
妻:はい、デザートのバナナ。
夫:あー、ありがとう。
妻:何度もすみません。あっ、令崎さん! 久しぶり! 元気だった?
エミ:……ええ、おかげさまで。
妻:そう、よかった。じゃあ、またね。
夫:おう。で、お昼がなんだって?
エミ:いえ、なんでもないです……(お弁当ひっこめる)
夫:そうか。
怪盗:に、新田先生!?
夫:はい?
怪盗:新田先生!?
夫:だから、なんですか。
怪盗:新田先生なの!?
夫:はい、そうですけど……どうしたんですか?
怪盗:い、いえ、何でもないです……令崎、面談の続き、違う部屋でしようか!?
夫:ああ、ここ使ってくださいよ。私は校庭で素振りでもしてくるんで(退場)
怪盗:はい、どうも……ふぅ…………新田先生なの!?
エミ:そうです……。
怪盗:おいおい……嘘だろ……。
エミ:私は本気です!
怪盗:なおさら悪いよ……ええ……なんでよりによって新田先生?
怪盗:あの人、新婚だぞ? いまの見ただろ? めちゃくちゃ夫婦仲いいよ?
エミ:だから……それについてどうしたらいいか、
エミ:今日の三者面談で相談するつもりでした。
怪盗:お前は三者面談をなんだと思ってるんだ。
怪盗:ああ、もう……令崎のお父さんはこのこと知ってるのか?
エミ:いいえ、どうせ話しても反対されるし……お父さん、頭が固いんですよ。
怪盗:いや、どんな柔らかくたってこれは反対すると思うぞ?
エミ:うちは特にルールにうるさいんです。警察官なので。
怪盗:えっ!?
エミ:どうしましたか?
怪盗:う、ううん! なんでもない!
怪盗:そ、そう、警察なんだ。じゃあ今日来れないのも仕事で?
エミ:はい。昨晩、指輪を盗んだ怪盗ナイト・ウォークを追って、
怪盗:うええええ!?
エミ:どうしましたか?
怪盗:いや何でもない令崎……令崎!? あー! お前の父親ってまさか令崎警部!?
エミ:そうですけど……知ってるんですか?
怪盗:し、知らない知らない!
エミ:大丈夫ですか? ずいぶん汗かいてますけど。
怪盗:大丈夫大丈夫!(ポケットからハンカチを出す。マスクが落ちる)
エミ:先生、ポケットから何か落ちました……このマスク……!?
怪盗:あー! ち、ちがうんだ! それは、えーと、今度のハロウィンにきる仮装だ!
エミ:ハロウィン半年後ですけど。
怪盗:そうなんだよ! 今から楽しみにしすぎちゃっててね! あはははは。
エミ:……このマスク、お父さんに渡して指紋調べてもらいます。
怪盗:うわー! 待って待って待って!
エミ:先生……まさか本当に……?
怪盗:う……うん……そうなんだ……。
エミ:えええっ!? じゃあ、先生が怪盗ナイト・ウォーク……!
怪盗:わーっ! しー、しー!
エミ:嘘でしょ……!
怪盗:信じられないだろうけど、本当だ。先生の下の名前知ってるか?
エミ:たしか、内藤、あゆむ……内藤あゆむ? ナイト……ウォーク……。
エミ:あーっ、ナイト・ウォークってそういうことですか!?
怪盗:そういうことだ。
エミ:ほぼ本名じゃないですか! 逆によく今までばれませんでしたね!?
エミ:っていうか、高校教師が裏でドロボウしてるって……。
怪盗:違うんだ、正確に言うと盗んでるんじゃなくて、取り返してるだけなんだ!
怪盗:俺のおばあちゃんが大富豪だったんだけど、ある日詐欺師に騙されて、8個の美術品コレクションを奪われてしまったんだよ!
怪盗:おばあちゃんすっかり落ち込んじゃって、元気づけるにはこれしかなかったんだ!
エミ:それは同情しますけど……。
怪盗:あと3個なんだ! 全部取り返したら足を洗うから!
怪盗:頼む! 誰にも言わないでくれ!
エミ:そう言われても……。
怪盗:頼む! かわりに令崎のお願いをきくから!
エミ:……本当ですか?
怪盗:う、うん、本当……。
エミ:何でもいいんですね。
怪盗:ま、まぁ俺にできる範囲なら。
エミ:はい、先生なら、いいえ、怪盗ナイト・ウォークならできることです。
怪盗:なに?
エミ:では……私と新田先生がうまくいくように協力してください。
怪盗:ええー!? だから、それはダメだって! 新田先生には奥さんがいるんだぞ?
怪盗:だめだよ、人のものをとるなんて!
エミ:泥棒に言われたくないですよ!
怪盗:うっ……でも、協力は無理! そもそも何をすればいいんだ?
怪盗:怪盗っていっても盗めないものだってあるんだからな!
怪盗:そう……それは人の心です。
エミ:なにかっこつけてるんですか。
エミ:そんな難しいことを頼むつもりはありません。
エミ:さっき新田先生が持っていた愛妻弁当。あれを盗んできてください。
怪盗:はあ? …………そういうことか……しょうがないな。
怪盗:ほら、千円あげるからコンビニで食べたいもの買ってきなさい。
エミ:いりませんよ! バカにしてるんですか!?
怪盗:だ、だって、おなかすいてるんじゃないの?
エミ:違います! ほら……これ。
怪盗:それは?
エミ:新田先生のために作ってきた、お弁当です。
怪盗:ああ……。
エミ:これ……せっかく早起きして作ったんです。
エミ:どうしても新田先生に食べてほしいんです。
エミ:これを食べたらきっと先生だって……。
怪盗:…………お弁当盗んできたら、俺のことは秘密にしてくれるんだな?
エミ:はい!
怪盗:はぁ……しょうがないなー! じゃあ、ちょっと待ってろ。
エミ:なに書いてるんですか?
怪盗:予告状。
エミ:予告状?
怪盗:お昼までに、新田先生の愛妻弁当をいただきます、と。
エミ:いやいや、黙ってこっそりとってくればいいんですよ。
怪盗:それじゃ俺、泥棒じゃないか!
エミ:だからドロボウなんでしょ?
怪盗:違う! 俺は怪盗! 泥棒じゃないの!
怪盗:予告状を出すことは俺のプライドなんだ! これだけは絶対に譲れないからな!
エミ:まぁ……ちゃんととってきてくれるなら私は文句ありませんけど。
怪盗:よし、じゃあ、これを、新田先生の机にシュッ!と投げて……!
怪盗:ナイト・ウォーク! カミング・スーン!(パンと手を叩く)
エミ:今のくだり、必要でした?
怪盗:よし、じゃああとは新田先生が戻ってきたら……。
0:
警部:すみません、遅くなりました!
怪盗:わあっ!
エミ:お父さん! なんで!?
警部:エミ。三者面談があるって、ちゃんと教えといてくれよ。
怪盗:え、聞いてなかったんですか?
エミ:なんで面談があること知ってたの?
警部:昨日学校に電話したんだ。最近エミの様子がおかしいと思って。
エミ:私の様子が?
警部:俺はエミの父親であり、そして敏腕刑事だぞ?
警部:身の回りの小さな違和感、不審な行動、あやしい人間は決して見落とさないさ!
怪盗:そ、そうですか……(顔をそむける)
警部:本当はもっと早く来れる予定だったんですが、仕事が長引いて。
警部:申し訳ありませんでした、先生。
怪盗:いっ、いやぁ、お気になさらず!
怪盗:一晩中あんだけ走り回ったら遅れてもしょうがないですよ!
警部:え?
怪盗:い、いえ、なんでもありません!
怪盗:じゃ、じゃあ面談始めましょうか!
警部:そうですね。ほら、エミ。将来について考えてることを聞かせてくれ。
エミ:……待って。その前に私、教室に忘れ物したから、それとってくる(退場)
警部:え、あ、ああ。
警部:……内藤先生。さっきから気になっていること、ずばり聞いてもいいでしょうか?
怪盗:ど、どうぞ……?
警部:エミは、学校ではどうでしょうか?
怪盗:えっ、あ、ああ! 素晴らしい優等生ですよ!?
怪盗:勉強もですけど、美術部も頑張っていて。
警部:はは、そうですか! いやー、父親が言うのもなんですけど、うちの娘は本当に頑張り屋で。目標を決めたら一直線なんですよ!
怪盗:そうですね……もうほんと手段選ばずに来ますね……。
警部:私に似たんですかね。私も目標を決めたらとことん突っ走るタイプですから。
怪盗:あぁーそうですね……もうほんと勘弁してほしいくらい突っ走ってきますね……。
警部:しかし私がそんなだから娘とちゃんと交流できてないんじゃないかと不安で……。
警部:やっぱり仕事の時間減らして、もっと娘と過ごす時間を増やすべきでしょうか。
怪盗:ああー! そうですね! それ、本当に名案だと思いますよ!
警部:先生もそう思いますか!
怪盗:ええ! 仕事はもっと適当でいいですよ! もう行かなくてもいい!
警部:そういうわけにはいかないでしょ!?
怪盗:それで、あのー、私も気になってること、ずばり聞いてもいいでしょうか?
警部:はい、なんですか?
怪盗:えっと…………私の事、どう思っていますか?
警部:……良い先生だと思ってますが?
怪盗:それだけですか!
警部:それ以上、どんな感情を持てばいいんですか?
怪盗:私の顔を見て、何か思うことはないですか……?
警部:……えーと……私はどうも思いませんが、きっと先生の顔が好きだという人はどこかにいますよ! がんばって!
怪盗:そんなことは聞いてませんよ! だから……私の顔に見覚えはないんですね?
警部:ええ? はい……ないですけど。面識ありましたっけ?
怪盗:いえいえいえ、ないならいいんです! ふう…………。
警部:(首をかしげて、横をみる。予告状を見つける)
警部:ナイト・ウォーク!!
怪盗:はい! あっ、違うんです! あの、こんなことしてるのは色々深い事情が……!
警部:見てください、これ! ナイト・ウォークからの予告状ですよ!
怪盗:あっ、ああー、それは……!
警部:まさかこんなところで……! 偶然? いや、私の執念が引き寄せた運命か……!
怪盗:あ、あのですね……。
警部:大丈夫! やつの犯行は必ず阻止してみせます!
警部:ちょうどよかった。昨日やつを追いかけてそのままここに来たから、ほら。ちょうど拳銃を持ってるんですよ。
警部:やつが姿を見せた瞬間撃ってやりますから安心してください。
怪盗:……それは安心だぁ……。
エミ:ただいま……うわ、お父さん、どうしたの?
警部:エミ! 大変だ! 怪盗ナイト・ウォークからの予告状が届いてるんだ!
エミ:えっ!? あ、いや、生徒のいたずらじゃない?
警部:いや、お父さんはやつの予告状を何枚も見てきた。これは確かに本物だ。
警部:で、この新田先生と言うのはどこに?
怪盗:た、確かもう帰ったような……
夫:おーれは新田ー。りーか教師ー(ジャイアンの歌のリズムで歌いながら)
警部:あなたが新田先生ですか!
夫:えっ、はい。
警部:あなたを探していました。警察のものです。
夫:警察!? なんで……あっ違うんです、これはバットと言って野球に使う道具で!
警部:違いますよ! 怪盗ナイト・ウォークがあなたのお弁当を狙っているんです!
夫:は?
警部:ほら、これ見て。予告状です。
夫:……怪盗ナイト・ウォーク……? ばかばかしい。いたずらでしょ、こんなの。
警部:馬鹿馬鹿しくありません。この予告状は本物です。
夫:だってナイト・ウォークって美術品とかを盗んでる怪盗でしょ?
夫:そんなのがなんで弁当を狙うっていうんですか。
警部:あなたの弁当に芸術的価値を見出したか……あるいはとてもお腹がすいていたのか。
夫:やっぱり馬鹿馬鹿しいじゃないですか。
警部:しかしナイト・ウォークは天才的怪盗です。いつもこちらの盲点をつきます。
警部:そもそも弁当はまだありますか? 実は既に盗まれてる可能性もある。
夫:えっと……大丈夫。あります。こっちがご飯の箱でこっちがおかずの箱。あとデザートのバナナ。
警部:蓋を開けてください。中身がすり替えられているかも。
夫:はい。
警部:……これは確かにあなたの奥さんが作ったお弁当ですか?
夫:まぁ、たぶん……。
警部:あなたの奥さんはいつもハンバーグの上にケチャップでハートを書く?
夫:ま、まぁ、だいたいは……。
警部:いつもご飯のうえに、きざみ海苔でラブと書く?
夫:あ、あの、俺、すごく恥ずかしいんですけど!
警部:ふむ、しかしいつものことなら事前に用意された偽物という可能性もあります。
エミ:きっと偽者だよ! 捨てちゃおう!
夫:ええっ?
警部:ちょっと奥さんに確認してください。
夫:えー…分かりました。
0:(電話をかける)
夫:もしもし。
妻:もしもし、なに? また忘れ物?
夫:いや、ちょっと聞きたいんだけど……あのさ。今日の俺の弁当にラブって書いた?
妻:えー、えへへー、書いたよー。
夫:今そのことで警察が来てるんだよ。
妻:どういうこと!?
夫:俺も事態がよくわかんないんだけど、怪盗が弁当を狙ってるらしくて。
妻:はあ?
夫:とにかくもう一回こっち来てくれないか?
妻:う、うん、さっぱりわかんないけど分かったよ。じゃあ、すぐいくから!
夫:(電話切る)
夫:いまこっちに向かってます。
警部:よし、じゃああとはこのお弁当を昼過ぎまで守るだけですね。
夫:っていうか、いま食べちゃえばいいんじゃないですか?
警部:ダメです。ナイト・ウォークは盗みのためなら何でもするやつです。
警部:目標があなたの胃袋の中と知ったら、あなたの腹を切り裂いて取り出すでしょう。
怪盗:しませんよ、そんなこと!
警部:え?
怪盗:あ、いや、さすがにそこまでしないんじゃないかなーって。
警部:はぁ。
怪盗:あ、そうだ! じゃあそれ私が持って守っておきますよ!
警部:いえ、それも危険だ。一般のかたには任せられません。
怪盗:じゃあどうするんですか?
警部:私が、絶対にとられないように服の下に入れてずっと抱きかかえてますよ!
夫:俺、それ食べたくないなぁ!
怪盗:でも、二箱もありますよ。
警部:そうですね。では、こっちを右脇、こっちを左脇に挟んでおきましょう。
夫:やめてくださいよ!
エミ:こんなのがあるから争いが起きるんだよ! もう捨てちゃおうよ!
夫:なんでお前はさっきから捨てたがってるんだ?
警部:そうだ! じゃあ、三人でわけて持ちましょう! ご飯、おかず、バナナ。
警部:やつといえども三つ全て盗むのは難しいはず!
警部:三つのうち一つでも守り抜けば、我々の勝ちになります!
怪盗:そうかなあ?
夫:それ、俺のお昼バナナだけになる可能性ありません?
警部:大丈夫。では一番重要なおかずの箱は私が守りましょう。
夫:じゃあ、俺はご飯を。
怪盗:じゃあ、俺はバナナで。
警部:よし! では、私は一度校内を見回りしてきますので!
警部:あなたがたも怪しい人物には気を付けて! では!(退場)
夫:……あの人が一番怪しいよなぁ。
エミ:ごめんなさい、お父さんが。
夫:え、あれ、令崎のお父さんなの?
エミ:はい。
怪盗:もともとは三者面談で来たんですけど。
夫:おお、じゃあお父さんとちゃんと話し合うことできたんだな。
エミ:それは……。
警部:おおおお!
妻:え、なになに!?(手錠をかけられて、銃をつきつけられて入ってくる)
怪盗:何事ですか!?
警部:弁当を探している怪しい女を捕まえました!
夫:それ、私の妻ですよ!
警部:え!? ああっ、失礼しました!
夫:早く手錠を外してください!
警部:はいっ……待って。やつは変装の達人です。
警部:あなたの奥さんに変装した怪盗かもしれません!
夫:ええ? 本物だと思いますけど……。
妻:本物だよ! 何がどうなってるの?
警部:では、質問に答えてください。……旦那さんにされたプロポーズの言葉は?
妻:えっと……のどかさん、僕と、け、けっきょんしてください!
警部:けっきょん?
妻:噛んだんです、この人。
夫:あの! やっぱり俺すげー恥ずかしいんですけど!
警部:で、正解ですか?
夫:正解ですよ。
警部:じゃあ本物ですね。大変失礼いたしました!
妻:それはいいんですけど……どういうことですか? 怪盗がどうとか……。
警部:怪盗ナイト・ウォークがあなたの作ったお弁当を盗むと予告状を出してきたのです。
妻:え? でもナイト・ウォークって何億円もする美術品とか盗んでる怪盗ですよね?
警部:そう、だから今回は特殊なんです。何か狙われる心当たりはありませんか?
妻:えっと……あ、今日のハンバーグは百グラム三百円する和牛の肉を使いました!
警部:それだ!
怪盗:それかなあ!?
警部:きっとナイト・ウォークはお金が足りなくてお店でウロウロしてたら、あなたが肉を買うのを見て、盗もうと思ったのでしょう!
怪盗:ナイト・ウォーク、そんなにバカじゃないと思いますよ?!
警部:肉を購入した場所は?
妻:すぐそこのスーパーです。
警部:ちょっと、聞き込みにいってきます!(退場)
妻:はい……あ、手錠!
夫:ああ! すぐに追いかけよう!
妻:ええっ? 私、手錠かけられたままスーパーに入るの?!(夫妻退場)
0:
怪盗:……ふぅ……ほら! バナナ盗んできたぞ!
怪盗:ナイト・ウォーク! ミッション・クリア!(パンと手を叩く)
エミ:クリアなはずないでしょ!?
怪盗:えー、もうこれで納得してくれよ……。
エミ:ダメ! なんとしてもお弁当盗んで、お昼のない先生に私のお弁当を食べてもらうんだから!
怪盗:もう諦めろって。あのお弁当見ただろ? めちゃくちゃ夫婦仲いいの!
怪盗:別れる可能性なんてゼロなの! 令崎が出る幕なんてまったくないの!
エミ:うぅ…………(へこむ)
怪盗:あ……いや、まぁ……だから切り替えていこうって言いたくてだな?
エミ:んぐっ! んぐんぐっ!(もぐもぐとバナナを食べる)
怪盗:ああー! ちょっ、バナナ食べちゃダメだろ!
怪盗:どうすんだよ! 令崎警部に何て言えば……!
エミ:大丈夫だよ! お父さんにはナイト・ウォークが窓から入ってきてバナナ食って逃げてったって言うよ!
怪盗:それじゃ俺、野生の猿みたいじゃないか。やめてくれよ。
エミ:…………もういいよ。
怪盗:え。
エミ:もう諦めた。こんな状況になったらしょうがないよ……。
怪盗:そ、そうか。わかってくれたか。
エミ:うん……第一、お父さんたちがずっと見張ってるんじゃ、先生だって盗みようがないだろうし。
怪盗:…………は?
エミ:え?
怪盗:いやいやいや、聞き捨てならないな。俺を誰だと思ってるんだ?
怪盗:怪盗ナイト・ウォーク! この俺に盗めないものなんてない!
エミ:でも、これじゃ、さすがに……。
怪盗:待ってろ。準備してくるから(退場)
エミ:準備って……どうする気だろう?
夫:お待たせ。
エミ:新田先生! どうしたんですか?
夫:ふっふっふっ……。
エミ:え、に、新田先生?
夫:あはは、まだ気づかないのか? 俺だ、俺。
エミ:え、まさか……内藤先生!?
夫:どうだ? 俺の変装術は。
エミ:嘘でしょ!? 本物にしか見えないんだけど! 声もそっくりだし!
夫:この姿なら令崎警部も油断するだろ。
エミ:そうね……。
夫:じゃあ行ってくる。
エミ:あ、まって! あのー、その前に、ちょっと動画とっていい?
夫:動画?
エミ:はい、なんかかっこいいセリフ言って。
夫:かっこいいセリフ? えっと、必殺ギャラクシーサンダー!
エミ:バカじゃないの? そうじゃなくて……。
エミ:『いけない子猫ちゃんにはおしおきが必要だな……』(何かしらかっこいいモテセリフ。アドリブ可)
夫:なんでそんなこと言わなきゃいけないんだ!?
エミ:いいから早く!
夫:いけない子猫ちゃんにはおしおきが必要だな……(エミの指定したセリフを言う)
エミ:よし! じゃあ次は『なんて美しいプリンセスだ……結婚してください』(何かしらかっこいいモテセリフ。アドリブ可)
夫:俺はさっきから何をやらされているんだ!?
エミ:早く!
夫:えっと……なんて美しいプリンセスだ……結婚してください。(エミの指定したセリフを言う)
警部:えええー!?(弁当を落とす)
エミ:お、お父さん!
警部:……未成年淫行条例現行犯だ、逮捕する!(銃をつきつける)
夫:えええ!?
エミ:お、お父さん、待って、違うの!
夫:はい、これはただちょっと遊んでただけで!
警部:娘とのことは遊びだったっていうのか!
夫:そうじゃなくてー!
エミ:落ち着いてってば! 新田先生は悪くないの!
警部:いいや、刑事の勘で目を見ればわかる! こいつはろくでもない犯罪者だ!
エミ:それは確かにそうだけど!
夫:令崎さん!?
エミ:この人は新田先生じゃなくて、正体は怪盗……!
夫:バカッ、令崎! しっ!
エミ:あ……!
警部:何だ、何が言いたいんだ?
エミ:えっと、その……。
警部:大丈夫。安心しなさい。
警部:すぐに新田先生を牢屋にぶち込んで二度と学校に近寄らせないからな!
エミ:この人は新田先生に変装しているナイト・ウォークなの。
夫:令崎!!?
警部:なにい!? お前……! 美術品だけじゃなくて人の娘まで奪おうというのか!
夫:違います、いりません!
警部:あっ、バナナ食べられてる!
エミ:この人が食べました。
夫:令崎!!?
警部:やりたい放題か、お前は!
夫:ああ、もう! くらえ!
警部:うわっ、待て! うわあ! バナナの皮が! くそっ、待てー!
エミ:ふぅ……あ。お父さん、お弁当忘れていってる……!
エミ:おお、これで、おかずもゲット!
エミ:あとご飯だけじゃん! いける! なんとかなるよ!
エミ:じゃあこれは私のカバンに隠して、と……
夫:令崎!(変装した怪盗が駆け込んでくる)
エミ:え……えーっと、あなたは、どっちですか?
夫:はあ? ……あ。
夫:もちろん本物の新田先生だよ! いやー、しかし新田先生的に思うけど、やっぱりうちの妻は美しいよなー。
夫:うん、もう美しすぎて、浮気だとか離婚だとか全く考えられないわー。
エミ:あんた内藤先生でしょ。
夫:ばれた!
エミ:変な小細工しないでよ! 私は絶対に諦めないからね!
夫:はぁ、わかったよ……。
夫:しかし、警部にばれちゃったからな。また違う姿に変装しないと。
エミ:今度は誰に化けるの?
夫:んー、よし、今度は令崎になろう。
エミ:私?!
夫:相手が実の娘だったら、警部も油断するだろ。
エミ:それは、まぁ……。
夫:よし、じゃあ変装してすぐ戻ってくるから、ちょっと待っててくれ。
エミ:待って待って待って!
夫:どうした?
エミ:え……? だったら……わたし、一回退場した方がよくない?
夫:なんで?
エミ:だって、ほら、ね、私いたら、同じ声二人になって、聞いてる人わけわかんなくなっちゃうじゃん。
夫:なんだ、聞いてる人って。
エミ:いや、だから……
夫:じゃあ、ちょっとだけ待っててくれな(退場)
エミ:ええー、いいのかな、これ……。
怪盗:お待たせー(高い声。エミと同じ髪型のカツラと同じセーラー服姿)
エミ:ええええっ!!?
怪盗:ぷぷっ。こいつ、目の前に鏡があると思ってやがる。
エミ:思ってないよ! なにそれ、へたくそな女装してるだけじゃん!
エミ:さっきの変装のクオリティはどこにいったの!?
怪盗:えー、似てないかなぁ? んんっ(咳払い) 声も似てない?(声マネ)
エミ:バカにしてんのか!
警部:うおっ!? エミが二人!?
エミ:そうはならないでしょっ!?
警部:あ、内藤先生か! なんでセーラー服なんですか!?
怪盗:これは、えーと、三者面談の準備ですよ!
怪盗:同じ服を着て、生徒の身になって考えるという教育方針なんです。
警部:なるほど! じゃあ、私のぶんのセーラー服も貸してもらえますか?
エミ:だから、それはおかしいでしょ!?
警部:でもせっかくだからお父さんもエミと同じ目線に立って……。
エミ:そんなことより、お父さん、えっと……さっき弓道部の友達から連絡が来て、弓道場に怪しい人がいたって! 早く行ったほうがいいよ!
警部:え、わ、わかった! じゃあ、すみません、面談はまたあとで!(退場)
エミ:ふぅ……。
怪盗:……令崎? お前さっきからずっと、面談を中止にさせようとしてないか?
エミ:……だって、将来のことを、お父さんに言えなくて……。
怪盗:そりゃ高校教師相手に略奪愛希望とか言いづらいだろうけど。
エミ:そっちじゃなくて。職業のほう。
怪盗:職業?
エミ:私……美術系の道に進みたいの。
怪盗:おお。立派な夢じゃないか。
エミ:そんなことないよ。厳しい世界だし、成功するのなんて一握り。
エミ:お父さんもきっと反対するだろうし……。
怪盗:……でも、いつかはちゃんと話さないとだろ?
エミ:わかってるけど、なかなか言いづらくて……。
怪盗:……よし、わかった。先生に任せろ!
怪盗:いまちょうど令崎に変装してるからな。
怪盗:令崎のふりして、お父さんに本当の思いをぶつけてくるよ!
エミ:やめてよ! だからばれるって!
エミ:っていうか、もういいかげん着替えてきてよ! 変装するなら違う人になって!
怪盗:違う人……あ、のどか先生は? 作った本人なら弁当にも近づきやすいだろ。
エミ:うん、いいけど……のどか先生の変装は本当にちゃんとできるの?
怪盗:大丈夫だって。よし、ちょっと待ってろ(退場)
エミ:大丈夫かなぁ……
妻:失礼しまーす。(本物)
エミ:ええーっ!?
妻:なに、どうしたの?
エミ:だから、なんで! それができるのに、さっきは何であんなかっこうだったの?
妻:え? さっき……私のかっこう、何かおかしかった?
エミ:おかしいなんてもんじゃないよ。むちゃくちゃ酷かったよ!
妻:ええー……。
エミ:待って……こんだけうまくできるなら、お弁当とかまどろっこしいことする必要なくない?
妻:どういうこと?
エミ:ねえ! そのかっこうでちょっと新田先生とケンカしてきてよ!
妻:なんで!?
エミ:だから、新田先生とのどか先生がケンカすれば……。
妻:私と新田先生がケンカすれば?
エミ:……え? 待って。あなた、もしかして……のどか先生?
妻:そうだけど。
エミ:わあああ! ご、ごめんなさい、内藤先生と間違えちゃって!
妻:まっ、間違えるかなあ!?
エミ:えっと、じゃあ、私、内藤先生に用事があるので!
妻:ああ、待って待って! ねえ、せっかくだから令崎さんの話、聞かせてよ。
エミ:う…………。
妻:最近はどんな絵を描いてるの? あ、いま美術室にある? もしよかったら、
エミ:そんなの! ……あなたに言う必要ありません……!
妻:え……?
エミ:結婚して退職したんでしょ?
エミ:だったら、もう教師でも美術部顧問でもないじゃないですか……!
妻:令崎さん……。
エミ:失礼します……!(退場)
妻:あ……。
0:
夫:ただいまー。お弁当、言われた場所に隠してきたぞー。ん? どうした?
妻:ん…………ううん、何でもない。
夫:どうしたの? 何か心配ごと?
妻:ん、本当に大丈夫だから。
夫:あー、もしかしてまた花壇の心配?
妻:あ、ああ、そうね、うん、花壇、大丈夫?
夫:大丈夫大丈夫。ちゃんと園芸部が管理引き継いでるから。
妻:そっか……ちょっと心配だから見てくるね(退場)
夫:おう。まったく、心配性だな……。
妻:おまたせー(変装した怪盗)
夫:速っ!
妻:うおっ! 新田せん、じゃなくて……やあ! ダーリン!
夫:ダーリン? ずいぶん早かったな。どうだった? 元気だっただろ?
妻:えっ? あー、うん、すごく元気だった!
夫:良かったな。
妻:うん。久しぶりにお喋りできて嬉しかったよ。
夫:お喋りしてきたの?! 不思議ちゃんか、お前は。
夫:まぁいいや。ほら、コーヒー。
妻:あ、私、コーヒー飲めないから。
夫:えっ? 何言ってるんだ、お前コーヒーいつも……。
妻:じょ、冗談だよ! そうよね、私、コーヒー好きだったよね!
妻:じゃ、じゃあ一杯もらうから……(飲む)
妻:げほッ! うおえええっ!
夫:おい、大丈夫か! どうした!
妻:ご、ごめんなさい、コーヒーはやっぱ無理……。
夫:どうした? こないだまで平気だったのに、なんで急に……。
夫:ああー! お前、まさか……!
妻:……っ!
夫:まさか……できたのか?
妻:え?
夫:そうだろ! 急に体質が変わるとか、それしか考えられないだろ。
夫:な、できたのか?
妻:えっと、その……う、うん、できたよ。
夫:うおおお、やったなー! そうか、ついに子どもができたのか!
妻:えっ!?
夫:そうかー! 俺もとうとう父親かー!
妻:あ、いや、ちが……。
夫:もう鼓動とか聞こえるのかな?
夫:ちょっと、おなかに耳あてさせてくれよ(おなかに顔をあてようとする)
妻:うおおお、待って待って!
夫:どうした?
妻:ちょっ……うっ! ああ、急に吐き気が!
夫:つわりか! よし、一緒にトイレに……!
妻:大丈夫! 一人で大丈夫だから!
妻:絶対ついてこないで! じゃ、ちょっと吐いてくる!(退場)
夫:お、おう……大丈夫かな……。
0:
妻:ただいまー(本物)
夫:速っ! お前、もう大丈夫なのか?
妻:え? あー、うん、もう大丈夫。花壇にいっぱい肥料あげてきたよ。
夫:肥料って……自分の吐いた物ずいぶん良いように言うな……。
夫:まぁ、いいや。ほら、座って座って!
妻:う、うん、ありがとう。……あ、コーヒーもらうよ。
夫:待て待て! 無理して飲まなくていいって!
妻:え、別に無理なんて……。
夫:子どもが生まれるまで、もっと体に優しいものにしよう。
妻:……子ども?
夫:そうだよ。だから、子どもできたんだろ?
妻:何の話?
夫:え……? だから、子どもできたって、さっき言っただろ……?
妻:はあ? 言ってないけど?
夫:え……。
0:
怪盗:戻りましたー。
エミ:戻りました……
妻:あ、おかえりなさ……。
夫:何だよ、それ! 俺をからかったのかよ!
妻:ちょっ、ちょっと待って。本当に何の話だか……。
夫:冗談でも言っていいことと悪いことがあるだろ!
夫:俺はすごく嬉しかったのに……もういいよ!(退場)
妻:ま、待って! ねえ!(追って退場)
0:
エミ:え……どうしたんだろ……。
怪盗:やっべぇ……俺のせいだ……!
エミ:どうしたの?
怪盗:さっきのどか先生に変装したとき、ごまかそうとしてたら、いつの間にかのどか先生が妊娠してることになっちゃって……。
エミ:ええ!? じゃあ、それで会話が食い違って、ケンカになってるってこと?
怪盗:たぶん……。すぐ誤解といてくる!
エミ:待って! これ……都合いいんじゃない?
怪盗:はぁ?
エミ:このまま誤解がとけなければ、どんどん仲が悪くなるかも!
エミ:そうしたら、私のつけいる隙もできるよ!
怪盗:…………何を言ってるんだ、お前。
怪盗:そんなんで仮に新田先生を手に入れて本当に満足か?
怪盗:先生の悲しそうな顔見ただろ? 誰のせいでこんなことになったと思ってるんだ!
エミ:…………内藤先生のせいでしょ?
怪盗:………………それな。
怪盗:あー、やっぱり俺のせいかあぁ! だよな……うん。全部打ち明けてくるよ……。
エミ:待って、全部って?
怪盗:だから、俺が怪盗ナイト・ウォークで、さっきのどか先生に化けてたって。
エミ:でも、そんなことしたら……!
怪盗:ああ、逮捕されるか逃亡生活か……どっちにせよ教師は続けられないだろうな。
エミ:いいの!?
怪盗:しょうがないよ……俺は怪盗だ。偉そうなこと言ったって、しょせんは犯罪者だ。
怪盗:でもな……それでも、人として絶対にやってはいけないことはわかる(退場)
エミ:……私は……
0:
エミ:(M)忘れもしない。あれは……半年前のことだ……
0:(回想)
0:
妻:お疲れ様ー。
エミ:あ、早乙女先生。おはようございます。
妻:頑張ってるねー。おお、もうすぐ完成じゃない?
エミ:はい、今日中に仕上げちゃうつもりです。
妻:うん……素敵な絵。令崎さん、やっぱり才能あるよ。
エミ:ありがとうございます。お世辞でも嬉しいです。
妻:お世辞じゃないって。わたし、嘘はつかないから。
エミ:……本当に才能あると思いますか?
妻:うん、絶対!
エミ:……。
夫:おはようございまーす。
エミ:おはようございます。
妻:おはようございます。野球部も休日練習ですか?
夫:はい、美術部も?
妻:はい。
エミ:まぁ来てるのは私だけですけど。
夫:おおー、頑張ってるなぁ。
エミ:こうして好きに絵が描けるのも、今だけかもしれませんから……。
妻:え……進学、美術系にいかないの?
エミ:行きたい気持ちはあります。でも、お父さんが……。
妻:反対されてるの?
エミ:まだ話してません。でもきっと反対されます。お父さん、頭堅いから。
エミ:でも大丈夫です。学費はバイトして自分で稼ぎますから。
夫:そうじゃないだろう。
エミ:え?
夫:まずは、お父さんと正面からぶつかってみるべきだ。だろ?
夫:一度もちゃんと話し合わないで、自分の中で勝手に結論をつけちゃ駄目だ。
エミ:先生……
夫:……お父さんのこと大切なんだな。だからこそ否定されるのが怖いって気持ちもわかる。
夫:でも、大丈夫。お父さんだって令崎のこと、大切に思ってるんだから。
エミ:……はい……ありがとうございます。
0:
エミ:(M)今思えば、あのときから私の恋は動き始めた。そして……。
0:
怪盗:みんな、おはよう。ホームルームを始めます。
怪盗:えー、今日はおめでたいお知らせがあります。
怪盗:なんと、新田先生と、早乙女先生が結婚することになりました。
0:
エミ:(M)一瞬で砕け散った。でも、動き始めた心は、もう止まらなかった。
エミ:(M)その先に何もないことなんて分かっていたのに……。
0:(回想終わり)
0:
夫:あ、令崎……。
エミ:先生……。
夫:ごめんな。さっきは騒がしいところ見せちゃって……。
エミ:い、いえ……。
エミ:……先生。覚えてますか? 去年、美術室で。先生が私を励ましてくれたこと。
夫:ああ。お父さんとのことだな。
エミ:あのときは、ありがとうございました。
夫:いいよ、そんな、あらたまって。
エミ:いいえ。あのときの言葉、私、とても大切に覚えてるんです。
エミ:宝物みたいに、ずっと、大切に……。
エミ:だから……だから……いま、先生に伝えたいことがあります。
夫:なんだ?
エミ:…………ちゃんと、のどか先生の話を聞いてあげてください!
夫:え……?
エミ:一度もちゃんと話し合わないで、自分の中で勝手に結論をつけないでください!
エミ:きっと、何か事情があるんだって信じてあげてください!
エミ:のどか先生は変な嘘で人を傷つけるような人じゃないでしょう?
夫:…………そうだな。その通りだ。
0:
妻:あ……ねえ、さっきの……。
夫:ごめん!
妻:え?
夫:のどかの言うことに耳を貸さないで、頭ごなしに怒って、ごめん!
妻:……うん、大丈夫だよ。(微笑む)で、さっきの……。
夫:聞かせてくれ。なんで子供ができたとか言ったんだ?
妻:それ。それ、本当に心当たりないんだけど、どういう……。
0:
怪盗:先生、待ってください! 誤解なんです!
夫:何がですか?
怪盗:妊娠したって言ったでしょ……あれ、俺なんですよ!
夫:えっ、内藤先生妊娠したんですか!?
怪盗:そうじゃなくて! だから……俺が、怪盗ナイト・ウォークなんですよ!
夫:……ええええ!! じゃあ、お弁当を狙う予告状を出したのも……?
怪盗:はい、私です。
夫:いったいなぜそんなことを?
怪盗:それは……その……とても、おなかがすいていたので。
夫:本当にそんな理由だったんだ……。
妻:ど、どうする?
夫:とりあえず、刑事さん呼んで……。
エミ:待って! 電話来た! 内藤先生から!
怪盗:えっ!?
エミ:もしもし、本物の内藤先生! いまどこですか? え、屋上?
エミ:へー! 怪盗ナイト・ウォークに腕時計型麻酔銃で眠らされて、気がついたら屋上で寝てた?!
夫:ええっ!? じゃあ、この人は……?
怪盗:……フハハハハ! その通り! 吾輩は怪盗ナイト・ウォーク!
怪盗:見ず知らずの男性教師の姿を使わせてもらったぞ!
怪盗:それでは、本物の内藤先生によろしく! さらばだ!(退場)
妻:ど、どうするの、これ!
夫:えっと、追いかけて……!
怪盗:あー、よく寝たー!
夫:えええ!? な、内藤先生……? 本物の?
怪盗:はい。なにか?
夫:大変だったんですよ!? ナイト・ウォークが先生に変装してて!
怪盗:なにー? おのれ、ナイト・ウォークめー。
怪盗:私が屋上でぐっすり寝てる間に、そんなことをしてるとはー!
夫:すれ違いませんでしたか?
怪盗:あー……そういえばハンサムでイケボの男があっちに走っていきましたね。
妻:あっちって私たちがお弁当隠した方じゃない?
夫:大変だ。すぐ見にいこう!(夫婦退場)
夫:
エミ:……危なかったね。
怪盗:あ……ありがとおおお! 助かったよー!
怪盗:お前すごいな! よくあんな嘘思いついたな!
エミ:まぁ、別に……。
怪盗:本当にありがとう! 内申書に、嘘がうまいって書いといてやるからな!
エミ:やめてよ!
エミ:
妻:ごはん、無事でした!
夫:もうそろそろ12時ですよ!
怪盗:そうですけど、令崎警部、どこ行ったんだろう?
警部:おおおー! みなさん、無事ですか!?
エミ:お父さん!? おでこに矢が刺さってるよ!?
警部:ナイト・ウォークを追って拳銃ふりかざして弓道場に入ったら、不審者と間違われて、弓道部員に撃たれたんだ!
エミ:完全に不審者だよ、それ!
警部:そんなことより! 予告時間まであと1分です! 皆さんお弁当は!?
夫:ご飯はここにあります!
怪盗:バナナは……食べられちゃいました。
警部:何やってるんですか!
エミ:お父さん、おかずは?
警部:おかずは……あれ、ない! くそ、やられた! ナイト・ウォークめ!
怪盗:えっ? いや、なにもしてない……。
警部:こうなったら、ご飯だけでも死守しましょう! みんな、お弁当箱の上に手を重ねて!
警部:予告時間まであと5秒!
夫:4!
妻:3!
怪盗:2!
エミ:1!
警部:ゼロ!
警部:おお……やった! 守り切った! 勝った……ついにナイト・ウォークに勝った!
夫:勝ったっていえるのかな、これ……?
警部:さあ、どうぞ! 安心して食べてください。
夫:ええー? 今日の俺のお昼、白米だけ?
エミ:先生。安心して下さい。こんなこともあろうかと……。はい。
妻:え、これ、おかずの箱。なんで令崎さんが?
エミ:こんなこともあろうかと隠しておきました。
警部:おお……さすが俺の娘だ! やるじゃないか!
妻:ありがとう、令崎さん!
警部:いえいえ、刑事として当然のことをしたまでです。
妻:いえ、あなたのほうじゃなくて。
警部:ですよね……。
エミ:そんな……役にたてて良かったです。
妻:何かお礼ができればいいんだけど……。
エミ:あ、じゃあ……あとで、また私の絵を見てくれませんか?
妻:……うん。わかった。
夫:じゃあ結局盗まれたのは……バナナだけですね。
警部:まったく。内藤先生がもうちょっと頑張ってくれれば、完全勝利だったのに。
怪盗:…………すみません。……納得いかねえ……。
夫:じゃあ、俺はそろそろ野球部員が来るころなんで。
警部:ああ、念のため見送りますよ。まだやつがそのへんウロウロしてるかもしれません。
警部:エミ。すぐ戻るから、そしたら三者面談始めよう(退場)
夫:あれ? 三者面談まだだったのか。
エミ:はい、バタバタしてたので……。
夫:……がんばれ。
エミ:先生……。
夫:令崎、俺に言ってくれたじゃないか。勇気をだして、ちゃんと向き合ってって。
夫:今度は令崎の番だぞ。
エミ:……はいっ。
夫:じゃあ俺たちはお昼にいくから。
エミ:あ、待って!
夫:どうした?
エミ:そう言えば、ずっと言ってなかったなって……。
エミ:新田先生。のどか先生……結婚、おめでとうございます。
夫:……ありがとう。
妻:……ありがとう。じゃあ、またね。
エミ:はい、また。
0:
怪盗:……良かったのか? お弁当渡さなくて。
怪盗:白米しかないってときに渡しておけば、新田先生食べてくれたと思うぞ。
エミ:……いいの。うん。もうすっきりしたから。
怪盗:……そっか。
警部:お待たせしました。
エミ:お父さん。
怪盗:それでは三者面談始めますか!
警部:はい。……あっ、その前に我々のセーラー服……
エミ:それはもういいから!
警部:お、おう、わかったよ。で、エミは進路についてどう考えてるんだ?
エミ:……お父さん。ずっと黙っててごめんなさい。私……美術系の学校に進みたいの!
エミ:就職どうなるか分からないし、お父さんは反対するだろうけど、
エミ:でももっと美術の勉強がしたいの!
警部:……やっと話してくれたな。
エミ:お父さん?
警部:なんとなく、そんなことだろうと思っていたよ。
エミ:知ってたの?
警部:俺はエミの父親であり、そして敏腕刑事だぞ?
警部:エミの隠している事なんて全てお見通しだ!
エミ:いやぁ……全てではないと思うけどね……?
警部:やってみなさい。
エミ:……いいの?
警部:もちろん。エミの人生だ。思うようにやってみればいい。
警部:どんな道だろうと、お父さんは応援するよ。
エミ:……ありがとう。
怪盗:良かったな。
エミ:はい。
怪盗:美術系っていってもいろいろあるんだろ? 具体的にジャンルは決めてるのか?
エミ:いまのところは絵画ですけど……先の事はわかりません。
エミ:でも今日一つ新しい目標が出来ました。
怪盗:なに?
エミ:いつか素晴らしい美術品を生み出して、
エミ:怪盗ナイト・ウォークに目をつけられることです。
怪盗:それは……かなりっ、大変だと思うぞ。
エミ:頑張ります。
警部:安心しろ。そのときはお父さんが警備して、今度こそやつを捕まえてやるから!
エミ:うん! 頑張ろうね!
怪盗:頑張ってください……あの……ほどほどに……。
0:
0:(数年後。美術館を歩く怪盗)
0:
怪盗:ふぅ…………美術館も久しぶりだ……
警部:動くな! 何者だ!(銃をかまえる)
怪盗:れっ、令崎さん。私です。
警部:あ、内藤先生! 失礼しました!
怪盗:いえいえ、お久しぶりです。お元気そうで何よりです。
警部:ええ、気合を入れないと。なにしろ三年ぶりの予告状ですからね!
怪盗:そうですねぇ。
警部:奴がなぜ活動を休止したか。なぜいま復活したか。何もかも謎ですが、
警部:なーに、今日逮捕して取り調べればわかることです。
怪盗:逮捕できそうですか?
警部:もちろん! 今回はすごいですよ。
警部:ほら、あそこにセンサーがついてて、引っかかると、横から睡眠ガスが噴出されるんですよ。
怪盗:あー、睡眠ガス……なるほどなるほど。
警部:さらに、あのへんは落とし穴になってます。落ちたら竹槍がびっしり!
怪盗:竹槍!?
警部:さらに、あっち! あっちは上から硫酸が降り注ぐんですよ!
怪盗:…………完全に殺す気ですね。
警部:大丈夫。ナイト・ウォークなら死ぬことはないでしょう!
怪盗:いや、過大評価すぎると思いますけど……!
警部:では、私はまた見回りに戻りますので!(退場)
怪盗:はい、お疲れ様です……ふぅ……あっちのほうがよっぽど犯罪者じゃねえか。
怪盗:
エミ:内藤先生。
怪盗:……令崎。久しぶりだな。
エミ:お久しぶりです。
怪盗:新人賞、おめでとう。
エミ:ありがとうございます。まぁ、やっと第一歩ってところですけど。
怪盗:大丈夫だろ。なにしろあの怪盗ナイト・ウォークに目をつけられるほどの名画だ。
エミ:……そうですね。
怪盗:……これが、その絵か……いい絵だな。
エミ:ありがとうございます。まさか本当に予告状が来るとは思いませんでしたよ。
怪盗:まぁあのときさんざん振り回されたし? 報酬くらいもらってもいいと思ってな。
エミ:そりゃそうですけど、結局盗めたのはバナナだけだったじゃないですか。
怪盗:あのバナナも食ったのお前だけどな!?
エミ:今日はそのリベンジってことですか?
怪盗:ま……そんなところだ。
エミ:そう、うまくいきますか?
怪盗:おいおい、俺を誰だと思ってるんだ……?
怪盗:ナイト・ウォーク! カミング・スーン!(パンと手を叩く)
怪盗:
0:(終わり)