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第六話 決断

「ポト、お前……」


 信じられない光景に目を見開くアタシ。

 だって夢のようだ。もう会うことがないと思い込んできた彼が、まさか迎えに来てくれるなんて。


「国王、姐さんは渡さない。今すぐ諦めろ」


 鋭い剣先を王に突きつけて、ポトが声を震わせる。

 すぐさま彼に群がっていく兵士たち。しかし、ポトはそれを難なく片付けてしまう。


「やぁっ」


 一瞬で倒される兵士を見て、アタシは驚くのを飛び越して、腰を抜かしてしまった。

 あのポトが、ガキだと思っていたポトが、ここまでやるのか。


「何者かは知らないが、彼女は私の花嫁です。渡す渡さないの話をしているのではなく、これは彼女が認めたこと」


「何を言うんだ、そこの王。姐さんがお前なんかと結婚したがるわけ、ないじゃないか」


 アタシは事情を呑み込めず、あたふたする。

 とりあえず今はこれから起こるであろうザヌープとポトの衝突を止めなければ。そう思い、声を上げた。


「おいザヌープ。こいつはアタシの気の知れた相手だ。だから、仕掛けるのはやめろ」


「……わかりました。でも、何かこれ以上の騒ぎを起こそうものなら、全力でねじ伏せますので」


 アタシはザヌープに頷き、ポトを睨みつける。『動くな』という合図だ。

 そしてアタシは、長い茶髪を一気に両手でかき上げ、どうしたものかと考える。


『黄金の秘宝』は無事にこの手にある。しかし、アタシはこれからザヌープ王と結婚式をするのだ。ポトが来たからと言って、すごすごと逃げ帰るのか?


 無論のこと短い付き合いではあるけれど、アタシは若き王に惚れたのだ。惚れてしまったのだ。


「なあポト。アタシ、この王さんと結婚すること決めたんだ。だから、一人で帰れ。アタシのことはもう気にすんな」


 アタシだってこんなこと言いたくはない。でももうザヌープとの結婚は決まってしまったことなのだし。


 しかしポトは引き下がらなかった。


「僕は姐さんを連れ帰る。戻るって、約束したじゃないか」


「約束はしたが果たせなくなっちまったってこった。それぐらいわかれ」


 できるだけそっけない態度を見せて、アタシはザヌープの隣へ歩み寄った。

 すると、先ほどの合図は忘れたかのように、ポトが壇上へ向かってやってきた。「バカ!」と叫ぶアタシの言葉も、もはや聞き入れようとはしない。


「どういうつもりだ、殺されるぞ」


 事実、ザヌープは結婚式に突然割り込んできたポトを快くは思っていないはずだった。


 彼はアタシの腕をぎゅっと掴んでくる。何かあったら守ろうとでも思っているのだろうか。

 実際、情けないことにアタシは弱い。だから自分より背が高くて強そうな人の傍にいると少し安心してしまうのが本音だ。


 そうこうしているうちに、ポトがさらに距離を詰める。


「姐さん正気かい? 敵国の男だよ」


「ああ本気だぜ? アタシ、この人に溺愛されちまってね。だからもう戻れない」


 こんなに立派な衣装を着て、こんなに贅沢な暮らしができて。

 幸せじゃないか。女の傲慢な願望が全て叶う。だけど、


「姐さんはこんな狭苦しい場所に閉じ込められて、楽しいのかい? 姐さんはその男といて楽しいのかい?」


 まっすぐな瞳で問われ、アタシは答えられなくなってしまった。



******************************



 ザヌープを見る。


 最初は信用ならない変態としか思っていなかったし、何の情もなかった男。

 しかし一ヶ月、昼夜一緒に過ごすうち、だんだん心を開いていった存在。男としての魅力があり、アタシはゾッコンになった。


 ……だけど。

 だけど彼は、本当にアタシを愛しているのか?


 彼は、アタシと死んだ妹を重ねている。『エステル』自体を好きなんだろうか? そう思うと、アタシはわからなくなってしまった。


 アタシの方が年上か同年代のはずなのに、どこか上から目線なのがいつも気になってはいた。敬語は使っているが、威圧的な感じがするのだ。

 それは兄が妹に思うような愛し方だからではないか? 思えば、最初に出会ったその日から、彼の愛の形は変わっていない気がする。


「――――」


 一方、ポトに視線をやる。


 彼はアタシをはるばる隣国から連れ戻すために来てくれるくらい、アタシのことを好いてくれている。

 まだチビだし頼りないところもあるが、ポトは強くなっていた。そう、アタシのために。


 アタシは胸に手を当てて考える。ぎゅっと目を閉じ、そして開いた。


「初っ端からアタシの運命は決まってたんだな。……ザヌープ」


 若き王を見上げると、彼は人形のように美しい顔をこちらに向けていた。


「何ですか? 彼と話をつけて、追い返せということですか?」


「違う。全然違う。……悪いけど、あんたとの婚談はなかったことにする。アタシは、ポトの面倒を見てやらなきゃならねえからさ」


 掴まれていた腕を振り解き、アタシはポトの方へ向かった。

 そして、彼の小さい体を抱きしめる。


「アタシ、やっぱお前がいいよ。お前じゃなきゃ、ダメみたいだ」


「……姐さん。僕も、僕もだよ」


 アタシは、欲望を捨ててでもポトを選ぶ。

 ……いや、正確に言えば捨てたわけじゃない。アタシは元々の願いを思い出した、それだけだ。


「何を言っているんです、エステル。あなたは私と結婚する、そうおっしゃったでしょう。私はまた、失いたくない」


「アタシはあんたの妹じゃねえ。だから兄さん顔して縛り付けるな」


 アタシは心を鬼にして言った。

 彼のことは、正直好きだ。芽生えてしまったこの気持ちは消せないし、消えることもないけれど。


「八つ年が離れてても、アタシよりチビでも。『エステル』を好きでいてくれるポトの方がよっぽどいい。あんたの思うアタシは、全くの別人だ。アタシじゃない」


 アタシはポトの体を抱き寄せて、ザヌープに向かい合う。

 若き王は顔を青くし、こちらを見下ろしている。悲しげだが、同時に少し安堵しているようにも見えた。


 一度は結婚するという運命を選んだ彼に、アタシは別れを告げよう。


「でもアタシ、あんたに愛されて、嬉しかったよ。楽しかった。……だから」


 アタシは今までに見せたことのない、最高の笑みを浮かべて。


「ザヌープ。……いい夢見せてくれて、ありがとよ。楽しかったぜ!」


 そう言い残して、ポトと一緒に広間を飛び出した。

 白い花嫁ドレスが揺れる。アタシの頭上には、『黄金の秘宝』が輝いていたことだろう。


「――――」


 振り返ると、ザヌープが手を振っていた。

 遠くなる彼が何かを言った。けれど、アタシの耳にはそれが届かない。


 アタシとポトはそのまま城を飛び出したのだった。



******************************



 私の花嫁は、逃げていってしまった。


 突然見知らぬ盗賊の少年が現れ、彼女を連れ去っていったのだ。……いや違う、彼女は自分で選んだ。自分の意思で彼についていき、いやむしろ彼を率いて出ていった。


 エステルは妹によく似ていた。

 だから親近感が湧いた。というより私は、彼女を妹代わりにしたかったに違いない。


 けれど彼女はそれを嫌がり、私の元を離れていった。これ以上エステルを縛ることは私には許されない。

 ほんの一瞬でも夢を見られたことが、私にとっての幸せなのだろう。


「――元気で」


 手を振りながら呟いた言葉は、彼女には聞こえなかっただろう。

 でもそれでいい。それがいいのだ。


 私は玉座にうなだれて、盗賊の少年に打ち倒され昏倒している兵士たちを見つめる。


 あの少年ならきっとエステルを彼女らしく輝かせることができる。私にはそんな直感があった。

 だから、


「おめでとう」と言葉を送ることが、私がすべきことであり、私にできる最善のことなのであろう。


 さようなら、私の愛しい人。

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