第五話 『黄金の秘宝』の正体
「結婚してほしい……です」
赤い顔でそう言われて、アタシは一瞬迷った。
いつか来るだろうとは思っていたが、いざ実際にその時が来たとなるとドギマギしてしまう。
アタシは悩んだ。一体どう答えればいいのかと。
でも答えが出ないので、いっそのこと正直に言ってしまうことにした。
「アタシはあんたに興味が湧いた。悔しいが、好きになっちまったよ。だから、受け入れてやる。……『黄金の秘宝』を条件に、な」
アタシはこれぞ盗賊の意地とばかりにお宝の名前を言った。
元々、それを目的に来たのだ。条件に出しても構わないだろう?
「……わかりました。では、『秘宝』を花嫁への贈り物として渡すことを、約束いたします。それで本当にいいんですね?」
「ああ。一度言ったことは曲げねえ」
「よかった」と本当に嬉しそうにザヌープがはしゃぐものだから、アタシは何度目になるか、呆れてため息を吐いた。
これでもうポトと二度と会えなくなってしまう。この決断が正しいのかどうか、アタシにはわからなかった。
「ポトには悪いことしたな……。きっとアタシのこと、待ってるだろうに」
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すぐに結婚式の日程が決まり、あっという間にその日がやってきた。
久々に監禁部屋から出て、自由になる。ざっと一ヶ月ぶりだ。
「まあ、自由になるって言っても見張りはたくさんいるんだけどな」
アタシは今、従者たちに囲まれている。
女もいれば力の強そうな男もいる。よほどアタシが逃げる心配をしているように見えた。
「逃げやしねえよ。大体、一人で逃げられるとも思えねえし」
そして向かったのは衣装室。
そこで花嫁ドレスに着替えるのだ。アタシはヒラヒラした服を着るのは初めてなものだから、内心ワクワクしていた。
「アタシがお姫様になるなんて、思ってもみなかったぜ。人生わかんねえもんだな」
ポトにも見せてやりたい、そう思って、アタシは慌てて首を振る。
いつまで彼のことを考えているのだろう。もうきっと会うことはないのに。
純白のドレスはガリガリのアタシの体を、ふわりと包んでくれる。着るのは面倒だったがなかなかに可愛かった。
「飾れば輝く、か」
ポトに昔、言われたことがある。
『姐さんはきっと飾ると輝くよ』と。
「チッ。だからあいつのことは忘れろって言うのに」
「――エステル様。お約束のものをお持ちしました」
その時、従者が突然そう声をかけてきた。
アタシは今までの煩わしい思考を全部吹き飛ばして振り返る。そこには、金色の小箱があった。
「おっ、それが『黄金の秘宝』!? 意外に小さいけどどんなものなのか見せてくれ!」
「はい。この王国に伝わる、大切なものでございます。くれぐれも壊さぬよう」
渡された小箱の蓋に手をかける。
一体この中には何があるのか。鼓動を高鳴らせ、箱を開けると――。
中には、黄金に輝くティアラが入っていた。
「……これが」
「そうです。王家に代々伝わる、花嫁儀式のティアラ。それこそが『黄金の秘宝』」
アタシは思わず見入ってしまった。
ティアラは細やかな装飾が施されており、光を反射してキラキラと輝いている。
さすが、『黄金の秘宝』だ。
これは売ったらかなりの額になる。それこそ、遊んで一生暮らせるくらい。
「……頭にお飾りください。もうすぐ式が始まります」
言われて見てみれば、確かにあまり時間がないようだ。アタシは「けっ」と言ってティアラを被った。
花嫁用、ということはアタシのものになるわけではないのだろう。そこがかなり残念だ。
「まあいい。『黄金の秘宝』、今だけだとしてもアタシの手にあるんだ」
そう思うと笑顔になった。
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「――お美しいです、エステル」
「そうだろ? さあ、とっとと始めようぜ」
ザヌープの方もいつもにも増してきちんとした服を着ていて、その姿はとても凛々しい。
アタシは少し身が引き締まる思いだった。
「これから、こいつと結婚するんだな」
変な気持ちだ。
一生、結婚なんてしないだろうと思っていた。例えポトと相思相愛であったとしても、きっとぐずぐずダラダラいって、お互いに老いてしまうのがオチだろうから。
人生、本当にどうなるかわからない。
「――」
アタシは、一旦ザヌープ王と離れ、花嫁として壇上へ上がる。
これからアタシは花嫁になるんだ。このたった一ヶ月だけを過ごした、この国の王妃様になるんだ。
ザヌープも壇上へやってきた。それを見て、司祭が何やら話し始める。
「さあ、誓いの言葉を――」
そこへ突如、乱入者が現れた。
式が執り行われている広間の大扉を開けて、人影が覗く。
アタシより頭ひとつ分以上低い背丈。少し弱々しい体つき、ボサボサの金髪、青年に成り切っていない幼さを残した顔。
アタシはそれを見て、声が出なくなった。愛の誓いも何もかも、一瞬でそんなことはどうでも良くなる。
「何者ですか」
いつもの優しいさのカケラもない、氷のように冷たい声音でザヌープが問いかける。
侵入者はまっすぐこちらを見据え、答えた。
「僕はポト。姐さんを、エステル姐さんを連れ戻すために、来た」