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第四話 溺愛の日々

 アタシが捕まったその夜、変な王様がやってきた。

 一体何を言い出す気だろうかと、アタシはゾワゾワする。今すぐにでも逃げ出したい気持ちだが、アタシは今監禁状態でこの部屋から出られないのだ。


「エステルと言いましたね。昼間は名乗るのを忘れており、大変失礼いたしました。私はこの国の王、ザヌープと申します。以後、お見知りおきを」


「なあ王さん。なんであんた、そんなクソ丁寧な喋り方なんだ? アタシ仮にも罪人だぞ? 他にも疑問はたくさんあるぜ。なぜアタシを処刑しなかった? なぜアタシを『気に入った』だなんて戯言をほざいた? なぜここにアタシを閉じ込める? なぜ今わざわざアタシの部屋に来た?」


 一気に質問を投げかけてやると、相手は困ったように薄ら笑いを浮かべた。

 なんとも言えずムカムカする野郎だ。


 その時、アタシはある考えに至った。


「ああそうか、アタシを戦争に使いたいのかよ」


 これで全部合点がいく。

 アタシは一応敵国の女だ。ボロボロとはいえ、服装を見ればすぐにわかるだろう。


 だから祖国に攻め入ろうとしているこの王様は、アタシから色々な情報を聞き出すための道具にしようと思ったのだ。そうに違いない。


「そうだろ、王さん? でも残念だったな。言っとくがアタシはただの盗賊で、国の情報とかは全然握ってねえ。だから、どんな優しくされようとどんなに拷問されようと、意味ねえぜ?」


 詰め寄っても、相変わらず王――ザヌープは笑っていた。

 何がそんなに楽しいのか、一発殴りつけてやりたいくらいだ。そんなことをしたら殺されるだろうが。


「あなたは何か勘違いをなさっていますね。別に私は、敵国の女性だからと言って気に入ったわけではありません。……あなたの容姿が、その……」


「何だよ? 間違ってもアタシは美人じゃねえぞ」


「その、妹に、よく似ておりまして」


 アタシは思わず黙り込んでしまう。

 何言ってんだこいつ、またもやそう思った。呆れた。


「あのなあ王さん、あんた変だぞ? 妹に似てるとか何とか知らねえけど、アタシはあんたの『黄金の秘宝』を狙ってここまで来たんだ。そんな女を匿うとか、どう考えてもおかしいだろ。嘘つくなよ」


「嘘ではありません。これは本当です」


 そうして王様は、勝手に一人語りを始めた。



******************************



 クソ長い過去話の概要はこうだ。


 ザヌープ王が王太子であった時代、彼には腹違いの妹がいた。

 どうして腹違いかと言えば、彼の父は正妻だけではなくたくさんの女を妃に持っていたからである。まあそんなことはどうでもいい。


 彼は腹違いでありながら、三歳下の妹をとても可愛がっていた。そして妹も兄を慕っていたのだとか。


 しかし彼女はある日突然病気に倒れた。そして二度と回復することはなく、命を散らしたという。


 その妹が、アタシと同じ茶髪に紺色の目、ペチャパイ小尻だったそうで、アタシを見た瞬間に「妹の生まれ変わりだ!」と思ったのだそう。


 アタシは改めて、呆れ果てた。


「王さん、あんたの考えてることはわかったが、バカもほどほどにしろ! 大体妹が三歳違いなら、アタシがその生まれ変わりなわけねえだろ。アタシこれでも二十四だぞ二十四! 多分あんたより年上だろ!」


「わかっています。でも、私はあなたの中に妹の姿を見たんです」


 ――そんなことで処刑を免じられたのかと思うと、笑いを通り越して何も言えない。

 このままアタシを死んだ妹の代わりにでもするつもりだろうか? そんなのごめんだ。


「アタシはあんたの妹じゃねえし、他人に遊ばれるのは嫌いなんだ。とっととこの部屋から出しやがれ」


「そうはいきませんよ。……私はあなたを愛したいんですからね、エステル」


 この時の彼の笑みは、とても恐ろしく見えた。



******************************



 あれから十日以上経ったが、アタシはまだ監禁されている。


 最初はこんな生活ちっとも面白くないと思っていたが、何も盗まないでも美味しいものにありつけるというのは、意外に快適だった。

 馬鹿な話だが、次第にアタシはこの暮らしが気に入ってきてしまったのだ。


 毎日ザヌープ王がやってきては、アタシに話しかけてくる。


「あなたはどんな人生を送ってきたのですか?」

「盗賊になった理由は?」

「なぜそんな男のような喋り方なのです?」


 最初は無視していたがあまりにも執拗いので、答えてやる以外になかった。


 思い出したくないことも、色々と話した。




 アタシは散々な人生を送ってきたと思う。

 生まれてすぐに親に捨てられて、山の麓に放置されていたと聞く。それを拾ってくれたのがアタシの育ての親、通称『山賊王』と呼ばれる男だった。


 そこで育てられるうち、アタシはたくさんのことを教わった。

 盗みの方法、生きる知恵、言葉、知識……。十歳になる頃にはすっかりチビの女盗賊の完成だ。


 こんな喋り方になったのは、女だからって侮られないためにと『山賊王』に躾けられたせいである。おかげで逞しくなれた。


 そして十歳を少し過ぎた頃、『山賊王』が死んだ。商人を襲っていた時にうっかり返り討ちにあってしまったらしいことを、彼の死体を見つけたアタシは悟った。


 それからは独りで過ごした。麓に降り、盗みを繰り返す毎日。


 そんなある日、ひょっこりとポトを拾った。崖崩れに巻き込まれて怪我をしていたところを助けたのだ。


 それから一緒に行動するようになり、ポトもいつしか盗賊見習いになって。一緒に盗みをやって、でもアタシは満たされなかった。


『いつか、いつかもっと大きなお宝を手に入れて見せる』


 それが『山賊王』の夢であり、それを受け継いだアタシの目指す場所だったから。


 そして、今に至る。




 なんで他国の王様なんかにこんな話をできたのだろうか。

 それはきっと、アタシが彼に心を許し始めていたからだろう。だってザヌープは、とてつもない変人だったけれど、アタシを大事にしてくれたから。


 こんなに愛されたのなんて、初めて。


 朝から晩まで寄り添ってもらえて、見つめられる。

 彼の瞳に宿る感情は、家族に向けるような愛おしむ気持ち。それが恋心ではないとわかっていても、アタシは嬉しかった。


 毎晩、残してきたポトのことを考えて恋しくなる。けれど同時に、こうも思うのだ。


「アタシ、ザヌープの嫁さんになってもいいかも知れねえな」


 いつの間にか呼び方が『王さん』から名前呼びに変わっているのは、自覚すらしていないことだった。

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