第二話 密入城
「じゃ、アタシ行ってくるから、ポトはここで待ってろ」
アタシは次の朝早く、荷物をまとめ終わるとポトにそんなことを言った。
盗みの時はいつも一緒だったのだが、今回はポトは連れて行かない。冷戦とはいえ目的地は敵国であり、危険と考えたからだ。
「僕もついて行く」と彼は言ったが、あくまでリーダーはアタシだ。アタシの決定が全てだときつく言って聞かせると、渋々頷いてくれた。
……実はポトもアタシのこと好きらしい。だから心配してるんだろう。
相思相愛だなんて、笑ってしまう。そのくせアタシもポトも、姉貴分と弟分という関係から進もうとしないんだから。
まあ当然か、八歳も年が離れていては躊躇するというものだ。
「絶対に帰ってきてやるから、待ってろよ。『黄金の秘宝』が手に入った暁にゃ、祝いの宴だな!」
アタシはできるだけ朗らかに笑って、山頂の拠点を後にした。
本当にここに戻って来られるかはわからないが、死んでも帰ってくるつもりだ。もちろん、できれば生きた状態がいいとは思うが。
「行ってらっしゃーい」とまるで子供のように、ポトが手を振っているのが見えた。
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隣国――エルド王国へ渡るのは、なかなかに大変だった。
陸路は閉じられており突破することは不可能。海路で行こうにも、冷戦により船便が止まっていた。
「クソ。空路を使うしかねえか」
空路と言っても、この世界に飛行機やヘリなどの便利な航空機はない。
じゃあどうやって移動するかと言えば、鳥の背中に飛び乗るという奇策を取るのである。
事実、アタシみたいな盗賊や、闇商人等々黒い仕事の奴らは大抵その手を使っているようだった。
黒鳥屋と呼ばれるその店は、こちらの国とあちらの国の境の街に居を構えていた。
「いらっしゃいませ」
「よう店主のおっさん。アタシに黒鳥をくれ」
黒鳥というのは密入国専用の鳥のこと。サイズはかなりデカい。
訓練されているから、人が乗っても全然平気で長距離を飛べる。その代わり、値段はかなり高くつくという。
店主の男との交渉の末、ありったけの金を注ぎ込んで黒鳥を入手したアタシは、躊躇いなく巨鳥にまたがる。
いざ隣国へ出発だ。
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黒鳥は優雅に空を飛ぶ。
大きな両翼を美しく羽ばたかせるその姿は、地上からはどんな風に見えるのだろう。
そんなことを思いながらアタシは下を見ていた。
どうやら、もうエルド王国へ着いたらしい。
あまりにも難がなさすぎたのでいまいち実感がない。もっとハラハラな密入城になるかと思っていたので残念ではあるが、うっかり追い返されたりでもしたら困るしこれでいいか。
「ったく、城はどこだよ……」
王国――と言っても上空だが――に入ってからしばらく経っているが、それらしいものは見当たらない。
祖国より圧倒的に広いエルド王国。アタシは正直驚いていた。
「よくもこんな超大国と戦争なんかできたな。ほんと、感心するよ。――あ、あれか」
そんなこんな言っているうちに、遥か遠くに城が見えてきた。
想像以上に大きい城だ。赤い垂れ幕が下がっているのがよく見える。
「黒鳥、とっととあそこに行きやがれ! 飛ぶの遅えぞ!」
怒鳴り、アタシは期待に胸を躍らせる。
「『黄金の秘宝』って何だろうな。まあ何にせよ、奪ってやるぜ」
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……そう意気込んでいたのだが。
黒鳥を急かして城へ行き、王城バルコニーに着地。
そこまでは守備よく進んだものの、城の構造が全然わからない。
「チッ、考えてみりゃ当然だわな。さてどうするか……」
とりあえず見つからないように王城散策をするしかないだろう。
秘宝があるのはおそらく宝物庫。もちろん見張りがいるだろうが、本当に倒せるだろうか。
そう思い、アタシは手にする剣を見た。
細身の剣は馬車を襲った時に手に入れたものだ。
男ものだし、まともに扱ったことはない。それでも多少役立つに違いない。
「アタシはこの剣一本しかねえんだ。でも何をビクビクすることがある? 今まで失敗したことなんざ、一度もねえじゃねえか」
そうだ、失敗するわけがない。
城の中を息を潜めて歩く。ランプの吊るされた廊下に全くひとけはなく、しんとしていた。
「誰もいねえとは、無用心にもほどがあるだろうが」
誰にともなく呟かれる声は、口の中だけで消える。
アタシはそれから宝物庫を探し続けた。城は広く、探すのが大変だ。
そしてようやく見つけた。カーブを描いた廊下の突き当たり、そこに立派な扉があり、三人の兵士が待ち構えていた。
「三対一かよ。……やるしかねえ」
きっとこの中に、『黄金の秘宝』があるのだから。
アタシは剣をさらに強く握りしめる。そして、兵士どもへ向けて走り出した。
「やぁっ!!!」
狙うは、首。
何もわからないまま、アタシは剣を振り下ろし――。