第16話 右手をご覧下さい
6月7日の日記読了後――
日記内容を語り終えたケヴィンは、いつもと違って元気が無いように見えた。
気遣うようにミリアムが声を掛けてくる。
先程まで恥ずかしがっていたというのを感じさせない普段通りの姿だった。
しかし、彼女にとっても気になる事柄はあるので、自然とそちらに向いてしまうのは否めず。
「ケヴィン様、あの……初代様の事で何か?」
「――え? ああ、違うんだ。ミュリエルは特に関係ない。
そういうのじゃなくて……。
この頃のオレってこんなに無知を晒してたんだな、と。
その、恥ずかしいってだけだ」
「あ、そういうことですか。
――そうなんだ」
ミリアムはあからさまにホッ、とした表情になっている。
昨日のやり取りでだいぶ元に戻ってきてはいるが、まだ少し尾を引いているようだ。
微妙な空気になりそうなところを変えたのはやはりアマラの明るい声。
「そうね~。
この頃本当に天然さんだったみたいだし~。
なんだかカワイイかも~」
「男に向かってカワイイはないだろカワイイは……。
そんな事よりだ、色々確認したい事がある」
空気を変えてくれたアマラの言葉に乗っかりつつ、ケヴィンは話題の変更とばかりに質問を三人に行う。
「前にミリアムがパルハ大神殿から通信してきただろう?
ということは今もパルハという名前は残っていて健在なわけだ。
でもミリアムはメリエーラ王国って名前使ってなかったよな?
あれはどういう事なんだ?」
「一応、今もこの国はメリエーラ、なんですよ。
詳しい話はまた今度にしますけど、神暦1527年にメリエーラ王国が世界を統一します。
つまり世界全土がメリエーラ王国の統治下になったわけですが、以前の王国と区別するために統一王国メリエラあるいは大メリエラと呼ばれるようになったんです。
今の世界は分裂していて統一王国の名は相応しくないので、大メリエラの方を使うのが一般的になってますね」
「メリエーラが世界を統一⁉。
何が起きたらそんな事になるんだか……」
初めて現在世界の歴史に触れたこともそうだが、予想の遥か上をいく状況だったことにケヴィンは驚きと疑問が混ざった表情を見せる。
ケヴィンとしては興味はあるが、それを追っていてはいくら時間があっても足りない。
「気にはなるが今は置いておこう。
それで、今のパルハってどんな感じなんだ?
もしかしてセドニクル城も残ってたり?」
メリエーラが残っているならあるいは、と幾らか希望を滲ませてケヴィンは聞いてみる。
初めて城を見た時の感動は、日記を読んだ今では鮮明に思い出せる。
残っているものなら今の姿を見てみたいとケヴィンは思っていた。
「何度も補修や改修を繰り返していますが、残っていますよ。
正直王家の人間だけが住むのに、あの広さは勘弁してほしいんですけどね……」
「現在のパルハは……見て貰った方が早いでしょうね。
アマラ、お願いします」
「分かりました。
――ケヴィン君、こちらをご覧くださ~い」
マーティンの声に応え、アマラが左手で手元端末を操作した。
アマラは右手で自身の前の何もない所を示している。
一体何が起こるのかとケヴィンが期待していると、直後目の前の空間に何かが現れる。
ケヴィンの目から見てそれは初め一枚の絵が目の前に現れたのだと感じていた。
ところが、よく観察してみるとその絵のようなものは見る角度によって見え方が異なっている事に気付く。
そこでケヴィンは目の前の絵が立体的に表されているのだと理解した。
自分の理解範疇を遥かに超える未知の技術を見せられてケヴィンは目を輝かせる。
「おおー。凄いなこれ。
どうやってるんだ?」
「空間投影式立体映像と言います。
技術的な事は私にもわからないので、詳しい説明はできませんが。
いろいろな魔具を利用して実際に見るものと同じような絵――映像と言いますが、それを空間に表すものだと思ってください。
そして、今映っているのがパルハの全景ですね」
「何⁉
こ、これが今のパルハ、だって言うのか?」
今ケヴィンの目に映っている、マーティンが言うにはパルハの姿。
ケヴィンの記憶にある、赤や茶色や灰色といった見た目の雰囲気もいい街並みとは似ても似つかない。
広さは少し広くなった程度のようだが都市の全てで建物の高さ自体が全体的に高く、その色は白や灰色。
建物の材質がどこか金属的な物の印象があるため、全体像としてみた場合非常に無機質だとケヴィンには感じられた。
中央部にある建物がケヴィンの記憶にもあるセドニクル城だったが、かつてはパルハで最も高かった建物が、周りの建物に埋もれるような情景になっている。
実際、ケヴィンが上から覗き込まないとそこにセドニクル城があるとは気付かなかった。
しかし、そこまではまだ常識の範疇。
今ケヴィンを驚かせているのはその程度のものではない。
「これ……浮いているのか? 都市全部が⁉」
そう、その映像ではパルハと呼ばれる都市が地表から浮かび上がっていたのである。
都市全体を浮かび上がらせるという、ケヴィンからすれば常識外れの事を行える現代人に戦慄めいたものを覚える。
しかしどれだけ驚こうが魔法に関係する事なら思考を止めないのがケヴィンだ。
「おそらく“飛翔”と他に何かを組みあわせて空間固定を実現しているんだろうが……。
確かに凄いという他は無いが、意図が分からないな。
どうして都市を空中に上げる必要があるんだ?」
それはケヴィンの思考から漏れ出た独り言だったのだが、マーティンはそれを汲み取り答えを話す。
「何でも昏き扉の観測結果によりこうなった、という話ですね。
パルハが浮いているのは比較的高めの地表より1000mですが、パルハ周辺では500mより高い位置で出現したことはないそうなので」
「昏き扉に備える為に浮かせている、と?」
「少なくとも私はそれ以外の理由を知りません。
とはいえ、魔族の出現自体が稀な今となってはその理由も形骸化してしまっていますが」
マーティンからの説明で一応の理解を示すように頷くケヴィン。
と、そこでケヴィンはマーティンの言葉に引っかかるものを感じた。
「ん? 待ってくれ。
さっき言った比較的高めってどういう意味だ?」
「言葉の通りですよ。
他の都市はせいぜい2、300mの高さです」
「……という事はまさかここも?」
「勿論です。
ここヒスロンは高さ500mで浮いてますね」
あまりにも平然とマーティンが答えるので、ケヴィンは少し頭痛を覚える。
他の二人を見れば、驚くケヴィンの様子を面白そうに見てはいるが、マーティンの言葉には何の関心も示していない。
つまり、現代人にとって都市が浮いている事は常識なのだとケヴィンは納得する他なかった。
「……はあ。
そりゃ窓の外から見える景色がずっと空にしか見えなかったはずだよな。
実際に空の上だったんだから」
ケヴィンの知る王国東部周辺はほとんど平野部であり、山があってもそれほど高いものではなかったのである。
現在それより高い位置にいるなら山など見えるはずも無い。
「まさかとは思うが。
世界の人間全てが空中で生活している、なんて言わないよな?」
「さすがにそこまででは。
世界の都市全てが空中にあるわけではありませんし。
大体全人類の4割ほどが“都市人”。
残る6割が“地上人”です」
「都市人……地上人……」
「私たちのように都市で生まれた者は、そのまま都市で一生を終える事が多く、自然と都市人と言われるようになったとか。
また逆に地上で生まれた者は、地上だけで一生を終える事が多いので地上人、と」
「………………」
窓の外から見えるひたすら続く空を見ながら、ケヴィンはこれまで感じていたものとは別種の隔たりを覚えている。
魔法による利便性を追求した結果、空に住むようになった。
それはいい。
だが地上から離れていても何も思わず、さらには都市と地上とであたかも別人種であるかのように考え、それを不自然と思わない。
一人の人間として、考え方や在り方が違っていると感じるのだ。決定的に。
その事実は目覚めてから、初めてといっていい寂寥感をケヴィンにもたらすのだった。
(やはり現在においてはオレという存在はどうしようもない“異物”なんだよな)
その事を表情に出すことなく考え続けている。
今日は驚きすぎて少し疲れたから、と少し強引にお開きにして休もうとする。
そんなケヴィンの内心に気付いているかのように、心配そうな一対の視線が向けられていることに彼は気付くことが無かった。
翌日、同所
昼過ぎ、ミリアムが転移してきた時にはまだマーティンの姿が部屋の中に無かった。
「マーティン先生はどうしたんですか?」
「先生は午前中に届き物があったから、それの対応をしてるのよ。
ほら、ミリアムちゃんも関係あるアレ」
「私も関係しているアレ……?。
ああ! ケヴィン様の義手!」
「ぴんぽ~ん。正解」
3日程前にマーティンから近い内にお披露目と言われていたのを思い出したミリアム。
何かの擬音と共にパチパチと拍手しながらアマラは正解を褒めていた。
そんな時、ノック音の後でマーティンが箱を携え入室してくる。
「お待たせしました。
こちらの中にケヴィン様の義手が入っています。
早速処置を行いたいと思いますが、よろしいですか?」
「ああ、よろしく頼む」
「分かりました。
アマラ、準備を」
「はい、先生」
マーティンはアマラに指示しながら、箱の中身を取り出す。
それは義手と言われながら、見た目が非常に精巧で肌の色も完全にケヴィンと一致していることから、本物の右手であるかのようだ。
ただ手の甲部分に窪みがあるため、本物ではないと区別できる。
マーティンは問題が無いか、義手の状態を事細かく調べていた。
一方アマラは手元の端末を操作し、ケヴィンが腰かけている寝台を変形させていた。
ケヴィンとしては何がどうすれば寝台がこんな形になるのか分からなかったが、今ケヴィンの右側には腕を置ける台が設置されていた。
ケヴィンはその処置台の上、支えがある部分に右腕を置いてマーティンを待つ。
その内、マーティンは最終確認が終わったのか、頷きながら処置台の前に立とうとしていた。
その両手には以前ケヴィンに治癒魔法を使用した時と同じく、医の手がはめられている。
「それでは始めます。
と言ってもすぐ終わりますが。
ケヴィン様は動かないようお願いします」
言いながらマーティンは処置台の上にあるケヴィンの右腕に義手を近づけていく。
そしてぴた、と止まる感触をケヴィンが感じたところで「アマラ、位置固定」とマーティンが指示出しした。
それを受けてアマラは再び端末を操作。
義手の方にも支えが出たのでマーティンは手を放す。
すると今度は寝台の下から金属状の細い腕が伸びてくる。
その腕は軟質状の薄い布のような物を掴んでいた。
金属腕はケヴィンの右腕真上まで行くと軟質布を被せてくる。
一瞬の後、その布は硬質化し右腕と義手の位置固定化は完了したようだった。
それを確認したマーティンは3個の箱状の物を出し、その内1個をケヴィンに差し出した。
「ケヴィン様、私が合図しましたら、これを手の甲の窪みに差し込んで下さい。
その際、この義手は自らの手であり自由に動かせるものだと強く意識しながら、こう唱えるのです――“物体操作”」
「分かった。物体操作、だな」
ケヴィンは頭の片隅でその言葉に引っかかる何かを感じていたが、今は腕の方に集中する為それを意識の外に置く。
マーティンは2つの箱を以前の様に両手の医の手にはめこみ、ケヴィンの右腕を上下から挟み込む形で手を掲げた。
「吸着と統合、発動。
……ケヴィン様、どうぞ」
マーティンの魔法でケヴィンの腕にすぅっ、と何かがはまった感覚があった。
そしてマーティンから出た合図でケヴィンは左手に持つ箱を右手の甲にはめ込もうとする。
(この右手はオレの手と同じ、意のままに動かせる……)
ケヴィンはそう意識し教わったように言葉を発しながら箱をはめた。
「――物体操作」
その瞬間、義手全体が薄く光を放ちすぐに収まる。
それを確認したマーティンは終了を告げた。
「これで処置完了です。
ケヴィン様、動かしてみてください」
「ああ」
いつの間にか腕を固定化させていた物は消えており、ケヴィンは腕を上げる。
その動作だけで右手に違和感が無くなったことを感じたケヴィンは、親指から順に曲げていく。
そして小指まで全部曲げた後は、ギュッと拳を握ってみた。
それを確認したケヴィンは歓喜の声を上げた。
「おお、本当にオレの右手みたいだ……。
違和感をまるで感じない」
「良かったですね、ケヴィン様」
「ああ、ミリアムありがとう。マーティンにアマラも」
「いえ、これも仕事の内ですから」
「うふふ~」
笑顔になって礼を言うケヴィンに三人も笑顔で返していた。
その後右手の感触を確かめるように細かく指を動かしていたケヴィンは一つの懸念を尋ねてみる事にした。
「この義手はどこまで力を入れていいものなんだ?
限界があるなら知っておきたいんだが」
「“統合”の魔法によってその義手はすでにケヴィン様の一部となっておりますので、即ち限界はケヴィン様の身体と同じくする……はずなのですが。
なにぶんケヴィン様が規格外すぎますので保証は出来かねます。
逆に私共と一緒に検証してほしいくらいでして」
「ああ、ここまでの事をしてくれたんだから、協力するのは問題ないぞ」
ケヴィンとしても統合という魔法の効果がどこまでのものか興味があったので、自ら進んで検証したい気分だったのだ。
「ありがとうございます。
では明日からの平日午前中は、検証のための時間を設ける事にしましょう」
昨日の落ち込みを一時忘れてケヴィンは上機嫌に頷く。
そして頭の中で日課以降の時間を割り振るのだった。
お読み頂きありがとうございました。