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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

聖女様

 聖女様は世界を救うため、犠牲となる。

 その身に宿る不思議な力で大魔女、カサを封印するために。


「ついに来ましたね」


 魔女の住む孤高の城は目の前だった。

 元々は林業や農業で栄えていた小さな村に人の姿はない。

 ここは10年以上昔、魔女の逆鱗に触れて地図から姿を消した村だ。

 微かに残る住居跡も、今は草が生い茂りかつての賑わいは消えている。


 更地となった村の上にテントを張る。

 結界の影響か、魔物の数が少ないのはありがたいが、いつでも動ける体制を取れるよう見張りは欠かさない。

 この旅で多くの仲間が犠牲となった。

 たくさん傷つき、悲しんで、消えない傷跡を抱え。

 けれどそれももう終わる。

 この世界は一人の聖女によって救われる。


 彼女の名前は知らない。

 長い旅路だったが、私のような一介の傭兵ごときが聖女様と会話をするのは許されなかった。

 いや、私だけではない。

 彼女には多くの護衛がついた。

 国の騎士団から出兵した兵士、教会から派遣された術士たちが、傷つけられないよう、逃げられることがないよう常に見張るために傍にいたがそのほとんどが、彼女と会話することを禁じられていた。


 聖女様は同意を求めるよう側仕えの神官を見た。

 最初は大所帯だった神官共も、裏切りや確執、狭い世界での蹴落とし合いで多くが姿を消した。

 残ったモームという大男は無口で、聖女様には退屈そうな相手ではあったが、彼女に従いどこまでも尽くすその姿、心は誰よりも清いものに見えた。


 私は少し離れた位置で周囲を警戒しながら聖女様の様子を見る。

 許されるならば話をしてみたい。

 貧しい家の出で、学がないため彼女たちの信仰するリアリアット教についてはよく分からない。

 けれど、時折独り言に近い言葉で神の愛を囁く姿が美しく、彼女が説く話ならばきっと私も興味を持つだろう。

 そして、私はきっと彼女をもっと好きになるはずだ。

 聖女様は屈託のない顔で微笑み、仲間の死に涙し、苦しい現実に心を痛める。

 ただの若い娘だった。

 そこらの村娘とかわらない、年頃の女の子。

 特別な能力は、この旅路では見受けられなかった。

 奇跡とも呼ばれる能力をおいそれと他人の前に明かすこともない、というわけだろう。

 だからこそ、ただの普通の娘にしかみえず、屈強な兵士たちに囲まれて死へと旅をする聖女様へ、同情を禁じ得なかった。


 焚き木を囲む聖女様たちに背を向け、夜闇に目を向ける。

 明るい火を見つめていたが、じきに目が闇に慣れる。

 この暗闇の先に、魔女の住まう城がある。

 訪問者を待ちわびているかのように、それはとても静寂だ。

 気づくと手に汗をかいていた。

 決戦は明日だ。

 明日、大魔女カサは封印され、聖女様の命と引き換えに、世界は平和になる。



 *


 城の中は魔物の巣窟であった。

 大魔女の元へたどり着くために、武器を取り、命を賭けて聖女様を守った。

 幸いなことに、怪我はあれど突入時から誰一人として欠けていない。

 ここから出る時は、真ん中を歩く聖女様だけがいない。


 彼女の背中は震えている。

 華奢な、傷1つないキレイな娘だ。

 彼女を贄として、私たちは生きていく。

 それが正解なのか、私にはわからない。護衛するためだけに雇われて、相応の報酬を貰う約束になっている。

 こんな状況下でなければ、私はきっと彼女を助けただろう。


 大きな扉があった。

 今までとは明らかに雰囲気が違う。

 左右に大きな獅子の像が、まるで門番のように置いてある。

 団長が扉を指した。

 この奥が玉座で、カサはそこにいる。

 汗ばんだ手を一度拭う。

 剣に手をかけ、何があっても、自分がどうなっても、彼女を守り抜く。



「待ってたのよ」


 王座に腰を下ろす全身黒の女。

 明らかに人間と異なる様子は、その紅い瞳と左右に生えた角が表している。

 カサは緩慢な動きで立ち上がる。それは大男のモームを越す長身。

 獲物を狙う獣のように鋭く光る紅い瞳に、妖艶な口元。それが嬉しそうに歪められる。


「……キレイだ」


 誰かがポツリとこぼした。

 場違いな言葉ながら、的確だった。

 カサはそれほど異様だった。

 人ならざるものだと認識していても、これが人を超えた者なのだと見せつけられて私たちは誰も動けなかった。


「あなたが、カサなのね」


 聖女様が声にして、そして一歩踏み出した。

 先頭に立っていた団長が制するも、彼女はそれに首を振りゆっくりと近づいていく。


「あなたが、そうなのね」

「ええ、会いたかったわ」

「ずっと聞こえていたの。私を呼ぶ声、キレイな声。会ってみたくて、夢にも出てきたの」

「失望したかしら?」

「いいえ、想像よりもずっと、ずうっと、美しいわ」


 聖女は一歩、また一歩と近づいていく。

 カサは恍惚の表情を浮かべ、ゆっくりと身を屈めて聖女様との距離をつめた。


「貴様、聖女様に近づくな!」


 団長が剣を抜いた。

 一瞬見惚れていた私を含む兵士は、遅れて武器を構える。

 大声を出して場を制すはずだったが、カサは鋭い視線を一瞥くれると再び聖女様へ向ける。

 聖女様は振り返ることもなく、カサの体へ両手を広げて抱きついた。


 我々はこれが彼女の作戦だと思っていた。

 そうでなければ、何だというのだ。

 敵陣で、まるで恋人同士のように喜びを前面に出して抱擁する彼女は。

 大魔女を前に気が触れたとしか思えない。

 ――これが作戦でなければ、何だったというのか。


 私にはもうわからない。

 祈りの言葉を囁き続けるモームの声が次第に小さくなる。

 視線をやると、彼が息絶えるように眠りに落ちた様子が見えた。

 私もいずれそうなるのだろう。

 先程から耐え難い睡魔が襲ってくる。

 眠ってしまえば、城の養分として二度と目を醒ますことはない。

 団長は早々にナイフで自身の太ももを刺した。

 痛みで抗おうとしたのだ。

 けれど、彼はしばらく後、動かなくなった。

 倒れた団長に駆け寄り、気遣う団員は誰も居ない。

 もはやここには起きて、まだ生きている人間はいないのかもしれない。


 玉座へ視線を向けると熱い口づけを交わし合う二人が見えた。

 まるで昔から知っている恋人同士のように。

 私たちのこの旅は、犠牲は一体何だったのだ。

 憤る力もなく、考える余裕もない。

 ただ目の前のそれを見つめることしか私にはできなかった。

 けれど、これでもう聖女様は命を賭けて世界を救う必要がない。

 それを思うとどこか安心できる自分もいた。


お読みいただきありがとうございます。

2作続けて世界が終わる系ってどうなんでしょうね。

次はコメディでも挑戦してみたいです。

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