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【コミカライズ作品】根っからの悪役令嬢

【コミカライズ化】わたくしは根っからの悪役令嬢ですが、婚約者がエキセントリックすぎて出る幕がありませんわ!

作者: りったん


 エレオノーラは立派な悪役令嬢である。

 もしこの世に悪役令嬢選手権があればベスト5に必ず入るほど悪辣で、平民を人間とも思わない高慢ちきで傲慢な悪女である。

 そしてほかの悪役令嬢と同じく王妃の座に人一倍執着を持ち、婚約者である王太子に首ったけである。もちろん、婚約者の座はお茶会で王太子に一目惚れしたエレオノーラが父の権力をフル活用してもぎとった。

 ここまでは世間一般の悪役令嬢と同じ。

 だがしかし、エレオノーラは一度たりとも公の場でその悪女っぷりを見せつける機会はなかった。

 たとえば、上位貴族を集めてのお茶会があったとしよう。


 金髪碧眼で頭脳明晰、眉目秀麗の王太子は非常に令嬢からの人気があり、婚約者がいようとおかまいなく王太子に話しかける。

 だが、当の王太子はなびく気配もなく、


「ねえ、僕はエレオノーラと話したいから用件は侍従に伝えてくれるかな?エレオノーラ、はやくこちらにおいでよ。東国から届いた珍しいお菓子を一緒に食べよう」


 一瞬にして明るい笑顔に変わる王太子の顔はエレオノーラのみに向けられる。エレオノーラとしては踊りださんばかりに嬉しいが、あの菓子は王と王妃、そして王太子にのみ献上された貴重すぎるものだ。

 いくら悪役令嬢たるエレオノーラも、それを食べるのはさすがに拙いことはわかる。そんじょそこらのパッパラパー令嬢と違い、エレオノーラは頭脳派なのである。


「あの、殿下。お誘いはありがたいのですが、そのお菓子は火林国皇帝から王族にと送られた貴重なものでは?茶会に出すようなものではないかと……」


「貴重なものだからこそだよ!一刻も早く君と食べたかったんだけど、なぜかこんなお茶会に来るはめになったんだよね」


 はあ。とため息を吐く王太子の顔は愁いを含み、とても美しかったが言っていることは相当ひどい。

 ちなみにこのお茶会はどうしても王妃になりたい宰相の娘アデライドの差し金である。それを知ったときエレオノーラは怒り狂ってお茶会であの女の頬を扇でぶってやろうとわざわざ鉄扇を用意した。ぶっちゃけすごく重くて立っているのもやっとだが、エレオノーラは目的のためなら手段は選ばない。

 喧嘩を売るつもりでこのお茶会に出席したのだが、王太子は宰相の娘、アデライドのことは全く無視である。一応、この茶会のホステスなのに。

 アデライドは王太子の『お茶会に来るはめになった』発言にぴきっとこめかみに青筋を浮かべながらも、すぐに傷ついた令嬢の顔をした。エレオノーラほどではないにしろ、彼女も悪役令嬢である。


「ごめんなさい。リディアンさま。わたくし、どうしてもリディアンさまとお話ししたかったんですの。火林国との国交を開いたのはリディアンさまのお力だと宰相の父が申してました。さすがリディアン様ですわ。わたくしも、国の役に立てる女性になりたくて……」


 しおらしく語るセリフはまさしく憂国の女性だが、裏の意味は「リディアン様を支えたい」である。続く言葉も容易に想像できる。外国語の習得に追い付けていないエレオノーラの弱点をあげつらい「わたくしは語学にたけていますの。王太子妃として殿下のお力になれますわ」とでも言うのだろう。

 エレオノーラは鉄扇を取り出したが、その前にリディアンが致命傷をアデライドに与えた。

「ほんと?ちょうどよかった。火林国は女性を送りあって同盟の証とする習わしがあるんだよ。こっちにそんな風習はないと断るつもりだったんだけど、君がそんな立派な志を持ってるならぜひやってもらいたい。ダーガル。さっそくこの……えーと、名前がわからないけどまあ、いいや。彼女を火林国に送るよう手配して」

 側近の男にリディアンが言うと、彼はアデライドの手を取り、「失礼、エスコートいたします」と連れ出していった。

 アデライドは理解しきれていないようで目をぱちくりしていたが、広間の扉を出る際に悟ったらしく、


「いやよいや!側室だなんて冗談じゃないわ!王太子殿下!わたくしは……!」


 縋るような目を王太子に向けたが、王太子の視線は冷ややかである。


「え?国の役に立ちたいって言ったのは噓だったの?へえ、君はできもしないことを平然と口にする人だったんだね。はあ、こんな女性を送るなんて火林国に失礼になってしまう。ダーガル、その女を放してやれ。火林国には当初の予定通りに良馬を送る」


 恋い慕う相手にぼろくそに言われたアデライドは涙目で、怒り狂っていたエレオノーラがついハンカチを差し出すほど哀れだった。


「あの、これ。お使いになって……」


「……ありがとうございます。エレオノーラ様はお優しいのね。婚約者の座を奪おうとしてごめんなさい」


 涙でくぐもった声でアデライドは言った。

 エレオノーラは何と答えていいかわからず、オホホと笑ってごまかした。

 こんなことがしょっちゅうあるものだから、王太子の評価は「イケメンの皮を被った悪魔」である。

 しかし、膨大な公務を片手間に済ます規格外の処理能力、数か国語を操って優位に条約を締結させる交渉能力は稀にみる逸材で、国王などは「こいつに人の心があったら絶対後世に名を残す名君になるのになあ」と日夜嘆いている。

 親も周囲も認めるほど王太子は人格破綻者なのだが、エレオノーラには人間らしい優しさを見せるので、彼女は周囲から「救世主」とあがめられている。


 エレオノーラの家にある屋根裏には、毒殺用のトリカブトや中毒性のある外国の薬草、メリケンサック、モーニングスター、ヌンチャク……と古今東西の危険物があり、邪魔者を抹殺する準備はできているのだが、今のところ活躍する気配がない。



 王太子とエレオノーラが16歳になり、王立学園パライソに入学することになった。通常なら、付きまとう悪役令嬢に嫌気が差して距離を置く時期である。

 だが、王太子は毎朝、エレオノーラを馬車で迎えに来てくれるのでエレオノーラは毎日ご機嫌である。


「リディアンさまぁ」


 学校に着いて馬車から降りた二人の前に一人の可憐な女子生徒が声をかけてきた。少し癖がある亜麻色の髪、色白でぱっちりとした目は庇護欲をそそり、声は蜂蜜でも含んだかのように甘ったるい。

 これが素なら大したものである。

 男を落としにかかる女の行為にエレオノーラはにょきにょきと怒りの角が生えかけたのだが、隣のリディアンはこてんと首をかしげる。


「君、誰?」


「え?いや、昨日こけそうだったところを助けてもらったマーラです!お借りしたハンカチを返そうと思って……!それとお礼にお弁当を作ってきたんです!お昼一緒に食べましょうよ!」


 マーラは始めこそ顔をひきつらせていたが、じょじょに人好きのする可愛い顔でリディアンにねだった。

 ところが、王太子の顔は冷たい。


「君、僕が王太子だって理解している?いくら身分問わず門戸を開いている王立学園だからといって無秩序なわけないだろう。ここが社交界の縮図ってことをちゃんと理解しなよ」


 真顔でリディアンは言う。

 彼の言っていることはもっともで一つもおかしいことはない。ただ、エレオノーラとしては「それ、わたくしのセリフ……!」ともやもやが残る。


 マーラは王太子の冷たく突き放した態度に目じりに涙を浮かべ、「そんな……。ひどいっ!」と言い出した。

 すると、どこから湧き出したのか体格の良い男子生徒がマーラをかばうように前に出た。


「マーラを泣かすとは何事だ!いくら王太子殿下とはいえ見過ごすわけにはいかない!」


「そうですよ。身分を笠に着て純粋な彼女を詰るとは恥を知りなさい!」

 彼らの名はバルディとカーター。体格がいいのが騎士団長の息子で、細身で眼鏡をかけているのが財務大臣の息子だ。


「おはよう。バルディにカーター。婚約者とは一緒に来ていないの?」

 王太子は彼らの言葉に答えず、ふとした疑問をぶつける。


「話を逸らすなっ!それにユーリアは父が勝手に決めた婚約者だ。それにあいつはマーラと違って強いからな。俺が迎えに行かずとも問題ないさ」


「わ、わたしも同じです。家同士が決めた結婚になぜ人生を縛られなければいけないんでしょうか!私の心はマーラにあるんです!」

 二人は酔っているかのようにキラキラとした瞳で言い放った。心の内を曝けだした彼らの顔は満足感でいっぱいである。

 彼らの答えに王太子は意外にもにこやかである。


「えー君たち本当に貴族?家同士の付き合いが恋だ愛だので片付けられるわけないだろう?そんなの貴族なら5歳児でも知ってるというのにね……。あーあ。君たちの家は格式があって王家とも繋がりは強いけど、お頭が弱い君たちが当主になるかと思うと背筋が凍ってしまうよ。不幸な結婚は見たくないから婚約破棄を君たちの婚約者と父君に勧めておくね」

 にこやかにリディアンが言い切ると、バルディは口をぽかんと開けて目を丸くした。カーターはふるふると体を震わせる。


「お、横暴です!このようなことがまかり通るなんてあなたに正義の心はないんですか!」

 カーターがリディアンをにらみつけるが、リディアンは目をぱちくりと瞬かせた。


「なぜ僕が非難されるの?君たちが嫌がった婚約を破棄してあげようといってるのに?」


「ぐぅ……な、なぜ婚約解消ではなく破棄なのですか……!」

 苦虫を噛み潰したような顔で彼は言った。頭のいい彼は自分たちが正当性を欠いていることをきちんと理解していた。しかし、それでもなお、貴族としての名誉は汚されたくないのだ。


「もちろん君たちの一方的な感情で婚約者を蔑ろにしたからだよ。ルールを破ったのは君たちなんだからペナルティがないと彼女たちの気が晴れないだろうし、今後にも関わってくるだろう」


 すこぶるいい笑顔でリディアンは言った。

 はたから聞くと「公正な王太子様」と見えるだろうが、バルディやカーターのような簡単に責任を放棄するような輩は信用できないので、早々に切りにかかっているだけだ。王太子の不興を買って、力ある貴族との婚約を破棄した彼らを生家は放っておくはずがなく、次男や優れた養子に挿げ替えるだろう。

 有用な人材の登用こそが王太子の狙いである。

 王太子の真意を読み取ったカーターは震える声でぽつりとこぼした。


「……ですが、マーラは天使なのです。彼女のおかげで私やバルディは救われました。彼女を思うことがそんなにも罪なのでしょうか」

 悲しみに染まったカーターの顔に先ほどまでの激情はなかった。ひたすらに愛した女性を思う男の顔だった。

 王太子はカーターの涙に一つも揺さぶられることはなく、珍獣を見る目で見ている。だが、カーターの次の言葉は王太子の胸にクリティカルヒットした。


「王太子殿下は婚約者のエレオノーラ嬢をご寵愛だと聞いています。もし、婚約者が別の人でも先ほどの言葉が言えますか?」

 カーターの言葉は王太子にとってまさに雷だった。

 棒立ちになった王太子はさきほどのカーターのように体を震わせ、悲壮感いっぱいに涙を流す。


「無理だ……無理だ!私にはエレオノーラ以外を愛するなんてできない……。すまなかったバルディにカーター。私はなんてひどいことを……!」

 もはや生気がなくなった王太子は仲間を求めるかごとくにふらつく足でバルディとカーターに歩み寄った。

 ここで動いたのがエレオノーラである。

「お待ちになって王太子殿下」

「どうかしたの?エレオノーラ」

 くるりとエレオノーラに向き直る表情は明るい。


「……感情的になってはいけませんわ。それにわたくしと殿下は未来永劫一緒ですもの。例え話でも離れ離れなんて悲しいことおっしゃらないで下さいな」

 エレオノーラが言えば王太子の顔はぱああと明るくなった。そして厳しい目をカーターに向ける。


「貴様っ!私の愛するエレオノーラを悲しませるなんて断じて許しがたい!だが、優しいエレオノーラは感情的になるなと私を諌めてくれる。彼女に免じて今回の騒動は見逃してやるが、次にやったらただではすまさない。いいな!」

 王太子の顔は怒りに染まっていた。

 冷たい美貌がより一層冷気をまとい、射殺さんばかりの鋭い目は猛禽類を思わせるほど獰猛だった。

 カーターとバルディはこの世の終わりに直面したかのように青ざめ、マーラは恐怖で倒れてしまった。

 見るに見かねたエレオノーラは従僕に命じて医務室に連れて行った。後日、マーラはエレオノーラを聖母と崇め始めた。





 侍女のリューナから、王太子殿下にちょっかいを出す女狐がいると聞いたエレオノーラは、取り巻きに命じて女狐を旧校舎裏に呼びつけた。

 役員の仕事で待ち合わせ時間に遅れてやってきたエレオノーラは、人影を見つけて意気揚々と言いたかったセリフを口にする。早まったのは今まで言いたいこともロクに言えなかった反動である。


「おーほほほ!命が惜しかったら王太子殿下に近寄らないことね!」


 高笑いと共にエレオノーラが現れると、

 かすれ気味の声で、


「もっと早くその言葉聞きたかったです……!あんな悪魔だと知っていたら近づきませんでした!」

 と廃人のようになった女がかすれ切った声で言った。

 髪は老婆のように真っ白で、頬はやせこけて病人のように憔悴した女狐ラーシアというらしいを目の当たりにしてエレオノーラは顔をひきつらせた。


 エレオノーラは、ようやく悪役令嬢の本領が発揮できると呪いの魔石(魔法の攻撃力15%UP。使用すると対象者の魔力を毎年1%削る。時価)、泥水(ドレスを汚すため、外国から取り寄せた高級泥)を投げつけようとしたのだが、彼女のライフはどう見てもゼロだ。


「何があったの……?」


 エレオノーラの素の感情を口にすると、人が来て安心したのか彼女は気を失った。

 後日、彼女が「エレオノーラ様より自分の方が婚約者に相応しい」と言ってしまったため、それを聞いた王太子が激高し、大の男でも涙目になるくらいの罵倒をしたという話を聞いた。

 エレオノーラには甘い顔しか見せないのであまりピンとこないのだが、それを言うと「エレオノーラ様は愛されてますね……!あの悪魔を御せるなんて本当にすごいです……!」と畏敬の目で見られるようになった。


 ちなみに、エレオノーラと王太子は半年後に結婚を控えているのだが、王太子は早く結婚したくて関係部署にせっついている。おかげで、『エレオノーラ様に一目惚れした王太子様が無理やりこの婚約を取り付けたのだ』と国中の噂である。



 エレオノーラは父に呼び出され、「断り切れなくてすまなかった!」と謝られた。いきなり公爵である父に頭を下げられ、エレオノーラは戸惑うしかない。


「お……お父様?。耄碌するのはまだ早いですわ。わたくしがお父様にお願いして王太子殿下の婚約者になったのをお忘れ?」


「そうだったっか……?」

 公爵は首をひねった。

 エレオノーラとしてはショックである。

 自分でも惚れ惚れするほどの悪役令嬢っぷりを発揮して王太子の婚約者の座を奪い取ったのに、忘れ去られるなんてプライドが傷ついた。


「王太子の婚約者にしてくれなきゃ屋敷に放火すると駄々をこねたこともお忘れですの?」

 公爵は変な顔で首をひねる。

 エレオノーラは焦って次なる手札を出す。


「では、王太子殿下を家に呼んでくれなきゃメイドに鞭を打つと脅したことは?」

 公爵は首をますます捻る。

 その態度にエレオノーラは自分の記憶が間違っているのかと自信がなくなってきた。しょげかえる娘を前にして公爵は言いにくそうに口を開き、


「すまん。なにしろ王太子殿下がお前と婚約できなければ古の火竜を召喚して国を焦土化するとおっしゃられてな。そっちの方が強烈すぎてお前の話は正直覚えてない」


「か、火竜……?」

 伝承に残る恐ろしい魔獣で、召喚できるものは魔王くらいだと言われている。

 さすがに怯んだエレオノーラだが、公爵の口は止まらない。


「しかも、家に呼んでくれなきゃ宮廷騎士の首を刎ねるとダダもこねられてな……!」

 公爵は恐怖が蘇ったのかぶるぶる震えて自分の体を抱きしめた。

 しかし、それは一瞬のことで、エレオノーラには父親らしい目を向けた。


「……まあ、お前が王太子殿下を好きでいてよかったよ」

 疲れたように笑った。

 うっかり裏事情を知ったエレオノーラであるが、王太子を愛する心は燃え滾るマグマのごとくまだまだ熱いのでそのまま結婚した。

 リディアンは極端なところはあるものの、エレオノーラの言葉には耳を傾けてくれるし、もともと能力が高いので国政は安定して国は豊かである。 

 ちなみに、100年前の著名な占い師が、『100年後、魔王の魂が解き放たれる。運命の悪しき女が力を与え、世界を滅ぼすだろう』と予言を残していたのだが、眉唾物と皆が思い込んでとくに気にせず生活をしていた。

 ところが、お茶会中のエレオノーラの前に魔王軍大幹部ベヘリモスが現れたのである。


「悪に心を委ねし毒婦よ。魔王様のためにその力を寄こすがよい」

 大木のような巨躯に牡牛のような角、トカゲのように突き出た口は恐ろしく、禍々しい魔物の風貌に侍女たちは恐怖した。

 エレオノーラも怖かったが、心のどこかでほっとしていた。

 なにしろ自分は自分が認める最高の悪役令嬢なのだ。今まで活躍の場がなく、なぜか周囲から「聖母エレオノーラ様!」と慈悲深い女と扱われて自分のアイデンティティを見失いかけていた。

 王太子殿下にちょっかいをかける平民を襲わせるため裏社会と繋がりを作ったり(なぜか周囲からは不良少年を更生させていると思われている)、成績を不正に上げるために教師たちの弱みを集めたり(王子がつきっきりで勉強を教えてくれるので不正をせずとも成績上位になった)、気に入らない令嬢を王子のお茶会からはじき出したり(王子が怖かったから助かりましたと後でお礼を言われた)、エレオノーラはそれなりに悪いことをしてきたがすべて意味がなく。あれだけ努力してきたのに私の人生なんだったのとエレオノーラは人知れず悲嘆に暮れた。

 しかし、魔物がああ言ったことで、自分は紛れもなく悪女なのだと自信を取り戻せたのだ。

 ひそかにガッツポーズをするエレオノーラだが、言った張本人のべヘリモスはいつのまにか地面に頭からめり込んでいた。いつのまにかリディアンが長い脚を彼の頭の上に押し付け、ぐりぐりと踏みつけている。


「はあ?皆から聖母のようだと崇められているエレオノーラが悪女だって?寝言は寝て言いなよ。こんな素晴らしい天使のような女性を悪し様に言うなんて魔物はどうしようもない存在だね」


「ぐぁっ……やめ、やめろっ!証拠があるのだ!その女は嫉妬に狂って毒薬を買い集め、虎視眈々と使う機会をうかがっている!やつの部屋には禁呪の魔導書や呪いの魔道具がわんさかあるんだぞ!」

 ベヘリモスがもがき苦しみながら反論する。ちなみにすべて事実であり、図星を指されたエレオノーラは血の気が引く。

 だが、そんなエレオノーラをリディアンは、冤罪を被せられてショックを受けていると勘違いし、


「悲しまないでエレオノーラ。君の無実は僕がよく知っているから。僕だけは君の味方だよ」

 と優しい笑顔を向けた。

 何があっても王太子妃を信じるなんてリディアンはできた男である。大抵の王太子は罪のない妃をろくな証拠もないのに糾弾してしまうのに、エレオノーラの印章がはっきり押された証拠書類を突き出されても、リディアンは「捏造だろ。魔物は姑息だな」と一蹴してしまう。


「まったく、証拠を捏造してまで優しいエレオノーラを糾弾するなんて本当にろくでもないな。さっさと殺してしまおう」

 リディアンが淡々と言うとベヘリモスは悲鳴を上げる。


「私は嘘なんか言っていない!本当なんだ!信じてください!王太子殿下!どうか……!」

 ベヘリモスは渾身の力を振り絞って地面から抜け出して涙ながらに語った。彼の青い目は孤立した恐怖と、人に信じてもらえない辛さがにじんでいる。

 彼の痛々しさに、エレオノーラは胸が痛んだ。


「あの、殿下。その話なんですが……その真偽はさておき、ゴホン。彼が嘘を言ってるようには見えません。き、きっと嘘の証拠を掴まされたのですわ」

 どもりながら言うエレオノーラにリディアンは愛しくてたまらないという視線を向ける。


「相変わらずエレオノーラは優しいな。魔物にまで情けをかけてやるなんて君はまさに地上に降り立った女神だよ。おい、魔物。慈悲深いエレオノーラに感謝することだな」

 リディアンに言われてベヘリモスは涙目である。

 自分は何も嘘なんかついていない。

 エレオノーラは正真正銘の悪女なのだ。それに自分の部下が目にクマを作ってまで調べ上げた証拠もある。一週間、家にも帰れず深夜残業で疲れ切った部下の顔がベヘリモスの脳裏に浮かんだ。

 ここで引き下がることは彼らの努力を無下にするに等しい。ベヘリモスは部下の名誉のために異を唱えた。


「いいや、断じて嘘ではない!お前は騙されているのだ!あの女こそ悪に染まった毒婦だ!」

 ベヘリモスが叫ぶと、リディアンの表情は見る見るうちに赤く憤怒に染まった。

 リディアンは激高し、「もはやお前と話している時間が惜しい。さっさとくたばれ」と特大魔法を繰り出そうとしたが、エレオノーラが止めた。

 悪役令嬢たるエレオノーラでも、ミジンコ程度の良心は残っている。それにベヘリモスは悪役令嬢としてのエレオノーラの努力を唯一認めてくれた存在である。そんな彼が消し炭にされるのを見過ごす気にはなれなかった。

 エレオノーラが「わたくしはまったく気にしておりませんから!どうか命だけは助けてあげてくださいませ!」というと、リディアンは「君がそう言うならいいよ。相変わらずエレオノーラは女神のように素敵な人だなあ」とでれまくった。


「でも、こんなことが二度と起こらないように少し魔王城に行ってくるよ」

 リディアンは買い物にでも行く気軽さで火竜を召喚してびゅーんと飛び立っていった。


 魔王城では眠りから復活した魔王が玉座に座り、大勢の魔物たちから復活の祝辞を受けていた。轟き渡る魔物の歓声は大地を揺るがし、人間が見たならば恐怖で心の臓が止まってしまうだろう。

 そんな中、一人の魔物が恐怖に支配された顔でやってきた。


「魔王様!火竜がものすごい速さでこちらに向かっています!迎撃しようにも火竜は魔王様に匹敵する強さ!我々ではどうにもなりません!」

 悲鳴のような声は彼の恐怖を物語って魔物たちはざわついた。魔王はそんな彼らに檄を飛ばした。


「うろたえるな。わしが復活したからには火竜など恐るるに足らず!丸焼きにしてやるわ」


「それは困るな。この火竜はドラ助と名付けてエレオノーラが可愛がっているんだ」

 話せないはずの火竜から声が響き、魔王は驚いて見上げた。すると火竜の上に人間の男が仁王立ちしているのが見えた。

 魔王は目を疑った。


「な、何者だ貴様!火竜を従えるなど人間業じゃ……ぎゃっ!」

 魔王がセリフを言い終わらないうちに、リディアンは極大魔法をぶちかました。ちなみにこの極大魔法は禁呪中の禁呪で、扱えるのは人間じゃないといわれるくらい、威力も必要な魔力量もけた違いである。

 そして魔王にセリフを最後まで言わせてやれるほどリディアンは心が広くなかった。エレオノーラと茶会の続きをしたい彼にとって、魔物ごときと問答する時間も惜しいのである。

 だが、さすがに魔王ともなれば易易と倒れはしなかった。

 体中黒こげで立派な鬣がパンチパーマになろうとも、原形はとどめていた。羽虫を仕留め損ねた虫嫌いのごとくリディアンは舌打ちをする。


「手加減しすぎたか?それならこれで……」


「お待ちください!われら一同、あなた様のお力が十分身に沁みました!魔王などと思い上がって申し訳ありません!あなた様こそ魔王です!これからはあなた様の下僕となり、粉骨砕身の努力でお仕えする所存です!」

 魔王や大幹部が地面に頭を擦り付けてひれ伏してペコペコと謝る。異形の魔物たちが一斉に土下座をする光景はなかなかに迫力があるものでリディアンは楽しそうに笑う。


「へえ、なかなか理解が早いじゃないか。素直な子は好きだからね。いいよ、僕の下僕になるがいい」

 そして、魔王たちは『王太子直属魔物軍』という肩書を貰い、頑丈な体と怪力を活かして治水工事や土木工事などに従事した。国民のためにせっせと働く姿を見て、人間たちは差し入れやらを行って寝床などの面倒を見た。人間は優しい生き物だと理解した魔物たち(リディアンのトラウマで彼らの中で人間は恐怖の対象である)は、いつしか人間と仲良くなって国は発展した。


 王太子はやがて王となり、王妃となったエレオノーラただ一人を愛し抜いた。二人は豊かな国を作り上げ、いつまでも幸せに暮らした。


「よかった……。ほんと良かった。一時はどうなることかとっ!」

 涙を拭きながらその様子を水晶から見ていた女がいる。

 彼女はこの王国が存在する世界の担当女神、イリアーナである。うっかり者の彼女は間違って『魔王に入れる魂』と『王太子に入れる魂』を間違えてしまい、「世界崩壊しちゃうかも!?」と焦っていたのだが、逆に世界はいい方向に進んでいるのでイリアーナの失敗が主神に知られることはなかった。

 めでたし、めでたし。

 


連載版を投稿しました。

初めての長編ですが、楽しんで頂けると嬉しいです。

https://ncode.syosetu.com/n2694gt


ブシロードワークス様でコミカライズ致しました!!

『悪役令嬢? いいえお転婆娘です~ざまぁなんて言いません~アンソロジーコミック 2』に収録!

単話が電子書籍になりました。リディアンとエレオノーラのカラー絵が表紙を飾ります。

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― 新着の感想 ―
[一言] めでたしめでたし……じゃねえーよ!! 今回たまたま上手くいっただけだからね!! イリアーナ女神は主神様に叱られて来なさい!! 面白くかったです。
[良い点] 最後のオチが最高!
[一言] ほんとに一言ですが おもしろいです!!!
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