しにがみの呼び鈴
こんにちは。
多治凛です。
毎日投稿の第六弾です。
今日の小説も人間の狂気を主題に据えています。
どうぞお楽しみください。
「しにがみの呼び鈴?」
「そ。呼び鈴。聞いたことないの?」
彼女は朝のショートホームルームの最中にも関わらず、結った髪を揺らしながらなおも続ける。
「「しにがみの呼び鈴」ってのは、ホラ、ホテルのフロントにある呼び鈴みたいな見た目なんだけどね。嫌いな人を全員殺してくれるんだって。」
名前からして物騒なのだが、効果を聞いた瞬間季節外れの寒気を感じた。
「一昨日隣の町で一家全員が殺された事件あったでしょ?」
「うん。」
「しにがみの呼び鈴の仕業って噂なの!あの家の近くを呼び鈴を持った怪しい人が通ったらしくて。」
にわかに信じがたい効果だが、現に事件になってるせいで妙に現実味を帯びてきた。でも、そんなもの小説の中だけの存在だろう。いまいち信用できず、なんとなく外を見る。深緑の山々を今にも雨が降りそうな鉛色の雲が覆っている。
「はぁー。あたしもしにがみの呼び鈴欲しいなぁ。」そう言って彼女は腕を頭の後ろで組み、私と同じ方角を見る。
半分冗談、半分興味で「もしその呼び鈴が手に入ったら、誰を殺すの?」と聞いてみる。
「えー?もちろん担任と、数学の担当と、あと部活の連中。」
「あはは!こっわ、サイコパスじゃん!」
「おい!俺がしゃべってんのにうるせえぞ!」
担任に聞こえたのかわめき始めたが、もちろん無視した。クラスメートたちもまた始まったよとでも言いたそうだ。他にもしゃべっている人はいるのに、私たちにだけ言ってくるのは止めてほしい。たしかに、殺したくなるな。
帰宅すると、すぐに二階の自室に閉じこもる。積み上げた漫画を倒さないように歩き、リュックを置き、ベッドの上の物をどかして倒れこむ。スマホを開き、いつものようにSNSや動画を見て過ごす。飽きてきたら、カレンダーのアプリを開き、日記を書き込む。なんとなく以前の記述を見返す。
六月二十日
今日は宿題をやり忘れていた。他の人は翌日出すことになったが、私は学校に残された。宿題が終わった後、小一時間説教され、さらに帰りが遅くなった。校内ではスマホが使えないため、母親に連絡するのが遅れて怒られた。
六月二十一日
今日は部屋の掃除をする予定だったが、結局できなかった。机が使えないし、ごみ袋からごみが溢れそうなため、いいかげん掃除をしなければいけないと思ったが、できなかった。計画を立てても自分で壊してしまう自分が嫌になる。こんな自分が嫌いだ。女子なのに、部屋が汚いと幻滅されるかもしれない。
六月二十二日
恋愛の相談を持ち掛けられた。彼氏のはっきりしない態度が気に入らないらしい。他の女と一緒に帰っていたことを問い詰めたが、答えを濁すだそうだ。嫌いなら嫌いと言ってほしいらしいが、彼女も彼女で思わせぶりな態度で友達以上恋人未満の男をストックしているのだ。正直なところ、彼氏がいない私にそんな話をしないで欲しい。
見れば見るほど嫌になるから、止めにした。最近ずっと良いことがない。楽しくない。
消えてしまえたらどれだけ楽だろうか。でも、怖い。タオルケットに巻き付く。誰か私を温めてほしい。気温が高くても、私だけが寒い。
左手首の傷跡がかゆい。半袖だからみんなにばれないか、いつも気にしてしまう。
私もしにがみの呼び鈴ほしいなあ。みんなきえてくれないかなあ・・・。
どれだけ寝ていたんだ。母親の声で目が覚める。夕飯ができたそうだ。
階下へ移動すると、父親も帰宅していた。ソファに腰かけてスマホをいじっている。見ないならテレビ消せよ。
母親に言われて食器や箸を用意する。父も席に着き、夕飯にする。
「あなた。遅くなる時は言ってっていつも言ってるでしょう?せっかくのご飯が冷めちゃうでしょ!?」
始まった。いつもこうだ。食事をする時が嫌いだ。食事が始まると、必ず空気が悪くなるのだ。
「・・・ごめん。」
父親の答え方もいつも通りだ。反論するでもなく、反省の色も見えない。いつも無口で存在感が薄い。
「もう。それと里香!あなたまたテストの成績渡すの遅かったじゃない。それに、何よあの順位は!お姉ちゃんのほうがよっぽど出来たわよ!?」
私には姉が居て、今は大学生だ。とても優秀で、学校で一番勉強ができた。父親に文句を言った後は、必ず私に飛び火するんだ。
「成績が悪かったのか?もっと勉強しなさい。良いところに就職できないぞ。」
さっきまでおとなしかった父親も参戦してきた。自分は意気地なしの派遣社員のくせに。
早くこの時間が終わらないかなあ。
早々と食事を済ませるて部屋に帰ろうとすると、マグカップ大の小包が目に留まる。
「これ何?」
「里香宛の荷物よ。何か買ったの?」
身に覚えがないが、確かにあて先は私だ。ソファに座り、荷物をテーブルに置いて開ける。
中には呼び鈴が入っていた。
え?これってもしかして「しにがみの呼び鈴」!?私のところに!?でもなんで?誰から?伝票は黒く塗りつぶされていて送り主は判らない。見た目は他の呼び鈴と変わらない。え、待って待って待って、来ちゃった!私に?私のために?誰を殺そう!今なら私は世界で一番強い。殺せない人間は一人もいない。気に入らなければすぐに死刑にできる。
いや、待て待て。人を殺すのは悪いことだ。嫌いでも殺すのはさすがにかわいそうじゃないか?それに捕まる。
でも、実際に殺すのは私じゃない。死神だ。なら、私は捕まらない?それに、周りの人はさんざん私を傷つけてきた。さんざん私の心を殺してきた。それは悪くないことか?いや、悪い。復讐してやろう。同害復讐だ。私から幸せを奪うものは全員消せばいい。そうすれば私は幸せになれる。間違いない。
みんな、大嫌いだ。
私は呼び鈴を押した。乾いた音がリビングに響いた。
すると玄関が開く音がした。来た。死神だ。
ドアには鍵がかかっていたはずだが、死神には関係がないのだろうか。
足音が近づいてくる。
ドアを開けた死神は黒いマントを羽織った骸骨ではなく、喪服の少年だった。だが、例にもれず身の丈を超す鎌を持っている。
驚く私をよそに父親と母親のいるキッチンに向かう。
「誰だお前は!」
父親の一言の後、肉をミンチにする音が聞こえた。母親は悲鳴を上げて持っていた皿を落としたようだが、すぐに何も聞こえなくなった。
私はクッションに顔をうずめることしかできなかった。だが、私は体の震えが止まらなかった。あの噂は本当だった。これで嫌いな人を皆殺しにできる。
事が済んだ死神はリビングに来た。両手と服と鎌は血に染まっていた。
しかし妙だ。仕事が終わったのに死神は帰らない。
首をかしげていると、死神はべっとりと血の付いた鎌を私に向けてきた。
「どうしたの?とりあえず私の父親と母親を殺してくれたから、帰っていいんだよ?」
「まだお仕事が残ってるから、帰れないよ。」
「どんなお仕事?」
「お姉ちゃんを殺すの。」
「え、私を!?」
「うん!」
「なんで!?私の嫌いな人を殺してくれるんじゃなかったの!?なんで私を殺すの!?」
「だって、お姉ちゃんは自分のことが嫌いなんだもん。だから、殺さなくちゃいけないんだ。お姉ちゃんはね、自分では気づいてないかもしれないけど、自殺願望があるんだ。でも、その覚悟がないの。だから僕が背中を押してあげる!」
「やめて!お願いだからやめて!死にたくない!まだ死にたくないの!せっかく手に入れた力を満喫したいの!」
「大丈夫。痛くないように一瞬で殺してあげるからね。」
そう言って死神は生暖かい鎌の刃を私の首にそっと当てた。
読了有難うございます。
死神というのは本当は子供の姿をしているという都市伝説に影響を受けて子供の姿で登場させました。
感想や評価、レビューをいただけると大変励みになりますので、よろしくお願いします。
毎日投稿も明日が最後です。最後までお付き合いください。
失礼します。