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内助

作者: 広峰

内助【ないじょ】名詞:内部からの援助。特に、妻が家庭内に居て夫の働きを助けること。例:「――の功」




 暗闇の中で、低く甘いささやき声が耳をくすぐった。

「大好き、愛してる。愛してる」

 筋肉質の太い腕枕と、繰り返される優しい響きになかばうんざりしながら、私は

「はいはい」

 と返事をした。

「本当に愛してるからね。もう、世界中でよっちゃんが一番好きだ」

「あー、そう。ありがと」

 うっかり気の無い棒読みの答えをしてしまったら、相手はものすごく悲しそうな声を出した。

「もう、素っ気ないなあ。なんか、俺ばっかりものすごく好きみたいで哀しいなあ。毎日、家を出てから帰ってくるまでずううっとよっちゃんのことばっかり考えてるのに。仕事中だって忘れたこと無いのに。本当に俺のこと愛してる?」

 あわてて私は言い訳をする。

「いや、ちゃんと私も好きだよ。愛してるって。ただ、今はもう眠いだけ」

「眠いの? つまんないなあ」

 当り前だろう、何時だと思ってるの、と思いつつ口には出さない。

 ぶつぶつ言う相手をなだめるように、私は彼の髪に手をやりいいこいいこ、と撫でてやった。

 それで少しは機嫌が直ったらしい。嬉しそうに小さな笑い声が漏れた。

 全く、でかい図体したいい大人が。年がら年中ベタベタしてるんじゃないわよ、この甘ったれめ。

 と言ってやりたいところだが、これも彼の心の均衡を保つため、と自分自身に言い聞かせ、今は甘やかしてやる。

 真っ暗な中、彼のおでこを探り当てて小さく口付けを落として言った。

「朝早いんでしょう。もう眠りましょ。明日、頑張ってね」

「うん。大丈夫。よっちゃんのために滅茶苦茶がんばるよ」

 彼は私をぎゅう、と一瞬力強く抱きしめた後やっと解放してくれた。


 翌日、出がけに玄関先ででかい体を折り曲げしつこく頬に行ってきますのキスをする彼を外へ放り出して、私は手早く家事を済ませた。

 彼は在宅中、あきれるくらい私の後をついてまわり何かと話しかけるので、可愛い奴だと思う反面鬱陶しい。

 だから、元来一人が好きな私にとって、彼の居ない穏やかな日常を満喫できる日はとても貴重だ。

 のんびり一人の時間をお茶と読書に当てて、夕方には独りきりの気兼ねの無い食事をとった。

 それが終わると、私はため息をつきながら居間のテレビをつけ、ソファに移動した。


 今日は彼が夜の特別番組に映るのだ。

 画面には白い四角いリングが現れた。観衆の声援が物凄い。

『赤コーナー、○×ジム所属……。青コーナー、△□ジム所属……』

 ちょうど、彼が観客の間に設けられた通路を通って出てくるところだった。

 仰々しい煽り文句なんかは聞いちゃいない。勝手に耳を素通りする。

 精悍でどこか鬼気迫る顔の筋骨隆々とした体躯のチャンピオン。

 その後ろから、チャンピオンよりも眼つきの悪いセコンド、その後ろに白髪交じりで厳しい顔をしたジムのオヤジがついて行く。

 ああ、殴り合いなんて興味無いんだけど、見ないと後で色々と拗ねられちゃうからしかたがない。


 熱気が画面を通して伝わってくる。

 今日はチャンピオンの初防衛戦だ。

 家では甘え放題の彼も、流石にここでは気合の入った顔をしている。

 王者の背中をバシン、とセコンドが叩く。

 送り出されて、軽やかなステップを踏み両方のグローブを胸の前でかまえたチャンピオンはいかにも強そうで貫録十分だった。

 こうして見ると鍛えられた肉体なんかはそれなりにカッコいいんだけど、やっぱり格闘技は好みじゃないなあ、と思った。

 挑戦者が間合いを取る。

 チャンピオンは何度か試すように繰り出された拳をするりとかわし、強烈な左を挑戦者のこめかみのあたりにお見舞いした。

『よっしゃあ、いけえ!!』

 私は、セコンドのドスの効いた低いどなり声を聞きながら試合の行方をだらだらと見続けた。

 長くかかったらいやだなあ。


 しかし、予想に反して試合は異例の速さで終了した。

 挑戦者がチャンピオンの左を食い止め、僅かな隙を見てボディに強烈な一撃を喰らわせた。

 チャンピオンは吹っ飛ばされ、不運にも後頭部をしたたかに打ち付けた。

 カウントをとる間、妙な静けさがその場を支配していた。

 倒れたまま動かないとわかると、会場は一転してかつてないほどの騒ぎになった。

 結局、第1ラウンドで挑戦者がチャンピオンをKOしてしまった。


 試合後、新たな王者を称える歓声とあっさり負けた元チャンピオンを罵倒する喧噪の中、涙ながらにコメントする元チャンピオンのトレーナー陣が映し出された。

『応援してくれた皆さん、すんませんでした。』

 そして、うなだれる元チャンピオンのセコンド。

『本当に残念です。頑張ると約束したのに……よっちゃん、ゴメン』

 沈痛な表情の彼を見ながら、はあ、と私は盛大に溜息をついた。

 また、帰ってきたら鬱陶しいどころじゃなく、殴り倒したいくらいにわあわあ泣かれて甘えられてしまうのだろうな。

 あーあ、と私は頭をかかえた。



 終


このお話に最後までおつきあいいただき、どうもありがとうございました。

少しでも楽しんでもらえたなら嬉しいです。


そして。格闘技に全然詳しくないくせに、こんなの書いてしまってすみません。


2009.05.06作成 2009.08.18微修正


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