物語の始まり
──。結局何事も起こることは無く、1日が終わった。帰りの支度をしていると、先に支度を終えたしの子が僕の方へ来て、「今日、一緒に帰ってもいいかな」といつも通りの優しい口調で聞いてきた。僕は、「いいよ」と素っ気なく答えたが、本心を言えば、凄く嬉しかった。その嬉しさのあまり、僕はてっきり今朝の事は許してくれたのだと思ったが、しの子の表情はいつも通りとは言えない感じだった。
やはり、僕が今朝した事は許されない事なのだと改て理解した。
そんな事を考えていると、しの子が突然「そう言えば、桜哉君今日は友達と帰るみたいだから、2人きりだね」と言ってきた。
僕は「そうだね」と、また素っ気なく答えた。
僕としの子が2人だけで、帰る事は今まで無かった訳では無いが、久しぶり過ぎて、何を話したらいいのか分からず、沈黙が続いた。
「何か、君変わったよね」
と、しの子が突然言ってきた。
「そりゃそうだよ…」と、僕はしの子の方は向かずに言った。しの子が僕の事を真っ直ぐ見上げている。僕は、更に恥ずかしくなり、更に視線を避けてしまう。
「そうだよね…。ねぇ、私を見て答えてくれないの」としの子が落ち着いた声で言った。僕は、その声を聞いた時背筋に悪寒が走ったような気がして、しの子の方を向かざるを得なかった…。
そうして、しの子の方を向いた。その時のしの子の顔からは一切の表情は消え失せ、ただただ、真っ直ぐ僕を見上げていた。
と、思ったがしの子はすぐにいつもの表情に戻り、「驚いた?」と少し悪戯に笑いながら、聞いてきた。僕は、しの子の変わり様に驚き何も言えなかった。「やっぱり君変わったね」と今度は笑いながら言った。
その後は特に何も喋らず、ただただ電車に揺られ、駅まで行き、駅からしの子を家まで送り、別れを告げ、家へ向かった。しの子の家からは徒歩3分もあれば着く距離にあるので、そんなに遠く無いはずだが、今日はやけに遠く感じた。
家に着き、「ただいま」と言うと、母が慌てた様子で「お…おかえり…」と言った。
明らかに母の様子が可笑しかった。家の中もいつもより静かだったし、家の中の空気が少し淀んでいる気がした。
「母さん、何かあったの?」と僕が聞くと、母の顔は青ざめていた。母は震える唇を少しずつ動かし「何って…、桜哉が死んだのよ…」と言った。
僕は一瞬理解出来なかった。それどころか、一瞬意識が飛んでいってしまったような気分になった。
僕は慌てて家を出た。その時母は何か言ったかも知れないけど、そんな声は聞こえていなかった。僕の頭の中はしの子の事でいっぱいだった。
しの子は今どうしているだろうか。どんな顔をしているのか。それだけで、頭がいっぱいだった。
しの子の家に着き、インターホンを押すと、しの子の母が出てきて、「どうしたの?」と少し怪しむ様子で聞いてきた。そう言われて、我に帰った。「あっ…その…し…しの子さんに用があって…」と僕が言うと、扉の向こうからしの子が出てきた。
「お母さん、いいよ私に用があるんだろうし…」と言った。僕はしの子の母が家に入って行くのを見届け、ゆっくりと口を開いた。
「しの子、今から君を傷つけると思うけど、大丈夫」と僕は、訳の分からないことを声のトーンを落として言った。しの子はゴクリと唾を飲み込むと、「うん…」と言った。それを聞き僕は少し安心してしまった。「桜哉が死んだ」と僕は、まるで他人事かのように言った。
「嘘…だよね…」と、しの子は完全に同様し切った様子で言ってきたが僕はまた同じ様に、「本当だよ」と言った。
しの子は「嘘だと言って。ねぇ嘘だと言ってよ!!」と、声のボリュームを上げて言った。そんなしの子を見て一瞬でも、安心してしまった僕が馬鹿らしく思えてくる。
しの子はその場で泣く事は無かったが、僕が返答しなかった事から察したのか、その後は何も言わずに家の中に入って行った。
そんなしの子を見て、僕は今まで1番絶望した。僕が桜哉の様に、今のしの子が求めている言葉を掛けてあげられたら。と思ってしまった。
しばらく、しの子の家の前で立っていると、空は暗くなり、雨がポツポツと降り出した。早く帰ろうと思ったが、体が思う様に動かず雨の中僕はただ立ち尽くしていた。
神は見ているのだろうか。
だとしたら、僕は神を憎む。何故、しの子から桜哉を奪ったんだ。何故僕を殺さなかった。そんな事を思い空を見上げたが、目の中に雨粒が入って来るだけで、何も答えは返ってこなかった。
桜哉の葬儀は、雨の中行われた。
僕は葬儀の日しの子に声を掛けれなかった。何て言ったらいいのか分からなかったし、何より、今のしの子はにとって必要なのは、僕でないと分かっていたから。
それから数日、僕は学校を休んだ。
その間に僕は今まで貯めて来た小遣いを崩し、髪型を変えた。変わった僕を見て、両親は驚き何も言って来なかった。
だって、僕のその髪型は桜哉と全く同じだっから。
僕と桜哉は顔が似ていたので髪型を同じにして話し方や歩き方、食事の食べ方その他諸々を桜哉に合わせれば、僕は桜哉としてしの子の側で生きていける。
そうすれば、きっとしの子は喜んでくれるだろう。
そう、僕はこの日桜哉として、しの子のために生きると決めた。
これは僕が桜哉としてしの子のために生きる物語。
この先にあるのは、幸か不幸か、それは読書の皆様に決めて頂きたいと思います。