Hello World
一面に見たことのない景色が広がっている。
地面の質感は固いタイルのようでいて質量を一切感じない。
まるで宙に浮いているようだがしっかりと身体が支えられており、地面が崩れるのではないかという不安は感じない。
なぜなら俺一人分がギリギリ入る程度の大きさに区切られたタイルが何枚も連なって見るからに複雑そうな「道」が出来ているからだ。
「夢かな。。」
夢だったとしたら俺の想像力は大したものだろう。
こんな場所は全く記憶にないし、ゲームや映画にもこんな場所が出てきたことはない。
とりあえず起き上がってみよう。
夢から覚める前にこの世界を探索してみるのもいいだろう。
手に力を込めて起き上がると、伸びをしてみる。
驚いたことに全身が青い光に包まれている。
鏡がないので自分の姿を見ることはできないが、少なくとも自分の首から下は青い光に包まれており、身体自体もゆらゆらとゆらめいていて質量を感じない。
「#&#¥&¥#&」
聞いたことのない音が耳に届く。
一瞬何かのノイズ音かと思ったが、それは獣の威嚇音のようだ。
獣が50メートルほど先、タイルの数で言うと50個分ほどだろうか。
目線の先には獣のような虫のようなよくわからない生き物がいた。
周りに障害物が一切ないため、幸いなことにかなり先まで見通すことができる。
その獣は鋭い咆哮を上げ、こちらに向かってきている。
節足動物のような六本足を踏ん張り、不意に獣が立ち止まった。
無理に開いたような口の中からドス黒い血のような光が、収束する。
それまでボーッと見ていた俺だが、さすがに攻撃されようとしていると気づいた。
「うわ。。死ぬ!」
全く危機感の無い声で危機的な状況を叫び、飛びのこうとしたが、体がゆらめいて上手く動けない。
こんな幽霊みたいな状況で死んだらどうなるんだろうと呑気な事を考えていたら、不意に目の前に少女が立ち塞がった。
動きやすそうなホットパンツからスラリと伸びた足がみえている。
あらわになっている太ももに目を奪われていると不意に氷のような壁が目の前に現れた。
「… シールド インストール」
囁くような女性の声がなんとか耳に届く。
壁が完全に現れると同時に彼女は獣が撃った黒い玉に向かっていった。
目の前には盾があるが、氷のように透けているため彼女が黒い玉を最低限の動きで避けるのが見えた。
「......」
また何か呪文のようなものを唱えている声が聞こえたが小さすぎてうまく聞き取れない。
黒い玉は彼女に迫っているがまるで何もないかのように接近していく。
見えていないのではと思った刹那、不意に彼女が飛び上がった。
驚愕の跳躍力で獣まで迫り、そのまま縦に旋回してスラリと伸びた足から一本の刀のような刃が出てくる。
そのまま落下の勢いに任せて獣の頭部に深く突き刺すと、獣はたまらず雄たけびを上げ、粒子状に爆散した。
同時に獣が放った黒い玉が目の前の盾にぶつかり音もなく四散した。
「アクティベーション シールド アンインストール」
彼女が発音すると目の前の盾が跡形もなく消え去った。
「あんた流体のまま何してるのよ?」
彼女のかわいらしい容姿から出てくるとは思えない強気な言動と「流体」という人間を指すには聞きなれない言葉に戸惑いつつ尋ねる。
「流体ってなんだ?」
「あんたバスターじゃないの?とにかく早く存在固定しなさいよ。その状態じゃうまく動けないでしょ」
「・・・どうやるの?」
「・・・あきれた。そんな初歩的なコマンドも忘れたの?アクティブ ソリッド ステートでしょ?」
度々出てくる聞きなれない単語に首をかしげながら言われた通りに発音してみる。
「アクティブ ソリッド ステート」
すると青く揺らめいていた身体が光に包まれスポーツタイツにフード付きのジャージがついたような姿になる。
「なんだ。出来るんじゃない。ちゃんとしたライセンス持ちなのね。いつまでたっても流体のままだからウイルスかと思っちゃたじゃない。お詫びにさっきSPを使った分回復させてよ」
そういうと彼女は俺の右手をもって自らの胸元の膨らみに押し付けてきた。
右手に柔らかな感触が広がる。
「え!何してんの!?・・・ていうかいいの?」
「別に女の子同士なんだからいいでしょ。」
「いや、俺は男だけど」
「え。。。?」
彼女は急に俺から飛びのいた。
顔が真っ赤に染まっている。
「あんた!声の設定どうなってんのよ」
「設定。。。?」
そういえば俺の口から甲高い変な声が出ている。
彼女は完全にあきれ顔だ。
「ボイス チェンジ ディセーブルと言ってみなさい。」
言われた通りにすると俺の声が戻ってきた。
「もう。。。そんなコマンドも知らないの?ほんとにライセンス持ってんの?」
まだ赤みがかった頬を引きつらせながら彼女は訪ねてきた。
「ごめん。俺なんでこんなところにいるのか分かんないんだ」
「え。。。嘘でしょ」
「どうやってこんな世界に入ったか記憶がないんだよ。ここはどこで、さっきの獣は何なんだ?君はここのことを知ってるの?」
「う、うん。ここは電脳世界だよ。さっきのはウイルスと言われるモンスターみたいなもの。ウイルスバスタのライセンスを持った
人間はネットワークと言われる電脳世界に入ることが許可されてるの」
「俺はライセンスなんて持ってない。どうやって入ったかもわからない」
「さすがにそれはないよ。ライセンスを持っていないと。ううんライセンスを得るまでに取得する知識と技能がないとそんなふうに自分の体を保つことすらできないはずだよ。」
「じゃあなんで俺は出来てるんだよ。」
「知らないよ。入る前の記憶はどうなってるの?」
「うん。俺はさっきまで寝てたはずだよ。これは夢なんだと思ってたけどこんなにはっきりした夢もないと思う。」
右手に残る感触を感じて、とっさに振り払いつつ答える。
「まあとにかくログアウトしてみなさいよ。」
「ログアウト?」
「うん。ログアウトコマンドを使えば現実世界に戻れる。」
「どうせログアウトコマンドも知らないんでしょ?とりあえず信じてあげるけど。。。私の胸を触ったのは許してるわけじゃないからね。」
「う。。ごめん」
なんで俺が謝らないといけないんだと思ったが、逆らったら一生ここから出られないわけなのでとりあえずは彼女に従うことに決めた。
「とにかく助けてくれてありがとう。君名前は?僕は葵」
「私は一花。にしても名前まで女の子みたいなんだね。髪もまつ毛も長いし、ホントに男?」
といいつつ俺の胸をトントンと叩いてくる。
「一応男みたいね。どっちでもいいけど。なんでそんなに髪のばしてるの?」
俺の髪は彼女の襟元まで伸びた髪よりもさらに長く、首を覆い隠すほどになっている。
「俺はついこの間まで事故で寝たきりだったんだ。ついさっき目が覚めたから髪は伸びっぱなしになってたみたい」
「そうなんだ。身体はもういいの?」
「うん。自分でもびっくりするほど健康体だよ。」
「なら、これから人生もっと楽しまないとね。」
「じゃあログアウトする前にアドレスを交換しとこう。あなたはログアウトしてここに迷い込んだ理由を確認してね。」
彼女はそういうと手紙のようなものを渡してきた。
「アドレスを交換すると離れたところからメッセージを送ったり、お互いの場所に飛んだりすることが出来るよ。もちろん相手の同
意が必要だけど。助けた御礼ももらい損ねたし、私もあなたがここにいる理由気になるから、分かったらメッセージ飛ばして教えてね。」
「うん。わかったよ。ありがとう。一花さんは優しいね。」
「一花でいいよ。ログアウトした時はイグジットって叫ぶとyes/noのウィンドウが出るからyesを押して。そうすると現実世界に帰れるよ。」
「分かった。この御礼は必ずするよ。イグジット!」
宙に浮かんだ不思議なアイコンのyesの方を押すと、不意に目の前が暗転した。