第76話 出来損ない少女と貴公子の絆②
「………女王に認めてもらったって……オラクルの子ではなく、私とキリュウの子…って事で……ちゃんと産んであげられる、の……?」
「そうだ」
「なっ……ど、どうやって……」
キリュウの言葉が信じられない。
マナは唖然と聞く。
「女王はそんなに簡単に意見を変えるような甘い人じゃない!」
「ああ、甘くない。だから俺に対して怒り、俺の子とは認めないとした。俺も甘い考えだと自覚した」
「………甘い、考え……?」
「………すまない。俺は、お前に対しても、子に対しても、何も思いやれていなかった。………自分の気持ちを優先させていた」
「そ、それは私も同じで……」
「いや、お前は俺の子を必死で守っていた。だから俺と対立した。本来なら俺が守らなければならなかった。お前も、子も」
「………キリュウ……」
キリュウの口からそんな言葉が聞けるとは、思ってもいなかった。
キリュウがそんな性格なのは出会ったときから知っていた。
でも、分かっていてもマナはキリュウの意見を優先できなかった。
話さずに、分かってもらいたいと思っていたところで、キリュウに伝わるわけもないのに。
分かってくれないからと最初から諦め、キリュウと話すことをしてなかったマナも同罪なのに…
「………私も、ごめんなさい……キリュウと話し合うことが、最優先だったのに……」
「………その時間を削っていたのも俺だろう。お前の仕事を邪魔して、お前の……マナとしての時間を取らせてやれなくしていた」
「そんなこと……」
「過去の王女の仕事を全て確認し直した」
キリュウが視線をずらし、つられてマナも部屋の隅に視線を向ける。
「………あれは…」
「今までお前が主体となってしていた仕事だ。………俺がやれば済む仕事が沢山あった」
「………」
「お前の采配に異議を唱え、ヘンリー達に振っていた仕事は………本当に時間がかかっていた……臣下としても、俺は失格だ」
「………そんなに責めないで……」
「怒れ」
「………ぇ」
「お前は俺を怒る立場だろうが。何故許す」
ハッとする。
義父にも義母にもキリュウを甘やかすなと言われた。
王女として、臣下を怒るのもマナの仕事。
それをせずにいたから、今の状態なのだと。
マナは自分に対して失笑した。
キリュウが歩み寄ってくれたのに、自分がそれを否定しては、今までと変わらない。
でも……
「………私にも責任がある事よ。だから、今までのことに関しては、キリュウを怒れない」
「マナ……」
「………でも、これからはちゃんと怒る」
「ああ。それでいい」
キリュウの口元に少し笑みが作られる。
それを見てマナの瞳が潤んでくる。
「………ありがとうキリュウ……この子を……愛してくれて……」
マナの腹部が倒れる前と――倒れる前より大きいのは、キリュウが守ってくれたからだ。
そうじゃないと、あの時死んでしまっていただろう。
マナは腹部が通常の大きさに戻っていないことに、心底安心する。
トクントクンと腹部に触れれば鼓動の振動が力強いことを感じた。
――キリュウの子が、いる。
「当然だ」
キリュウが当たり前のように“当然”という言葉を発した。
それに泣きそうになる。
子を愛してくれると分かる言葉。
きっと皆だ。
皆がキリュウを変えてくれた。
マナが出来なかったことを、周りがサポートしてくれたのだ。
なんて情けない妻なのだろうか。
落ち込みそうになる。
『………けど……』
ここで落ち込んで、自分には無理なのだと諦めたら前の自分と一緒だ。
………変わろう。
周りに頼ることなく、胸を張ってキリュウの妻なのだと言えるように。
努力し続けることが、マナの今後の課題だ。
マナは自分に言い聞かせた。
「………ぁ、それでどうして…」
「? ………ぁあ。何故女王に認めてもらえたか、か?」
「そう。………お母様は私…というか、子供を守る為って……」
「だろうな。俺はまず、瀕死のお前達を女王の元に運んだ。義母が回復魔法をかけ続けてくれているうちに」
「………お義母様が…」
マナは心の中で義母に感謝した。
キリュウの変わった姿を見れたことは、話せたことは、義母のおかげだと。
そしてなにより……
キリュウはお前“達”と言った。
子も大事な一人の人間として認識している。
当たり前のように言ったキリュウの何気ない一言が、マナの胸をいっぱいにした。
幸せな気分にしてくれた。
「足でドアを開けたら怒られたが」
「………そりゃそうでしょう……」
「お前達を抱いていたからな。で、そんな事どうでも良いからマナと子を助けてくれと怒鳴った」
「………え……」
キリュウが、怒鳴った?
とマナは唖然とキリュウを見る。
「女王はすぐにお前達を回復させてくれたが……また、マナは目覚めぬ眠りについた」
「………ぁ……」
「その間、前までの俺ならお前の傍を離れなかっただろう」
「………そう、ね…」
でも、キリュウはいなかった。
マナが目覚めて最初の違和感はこれだった。
「だが俺は第Ⅰだ。お前の代わりに臣下の指揮を執る者。お前の傍にいてずっとお前を見ていると、甘えたことは言えなかった」
王女としては喜ばしいことだった。
けれど、妻として目覚めたときにキリュウがいないのは寂しかった。
我が儘な自分に、マナはまた失笑した。
ここからは話が長くなるからと、キリュウに横になるように言われ、大人しく従った。




