第75話 出来損ない少女と貴公子の絆①
「………ん……?」
あれから一月。
マナは目覚めることない眠りについていた。
ふと意識が浮上する感覚がし、マナは目を開いた。
暫くボーッとしていたが、ハッと周りを見渡す。
自分は、キリュウを助けてそのまま気を失ったのだ。
まだ戦いの場かもしれない。
警戒するも、自分がいるのはキリュウとの、夫婦の部屋だと分かり、力を抜く。
ここにいるということは、無事に解決したのだろう、と。
「………キリュウの匂い……」
………いつ以来だろうか。
自分がここに帰ってくるのは、とマナは寂しそうに笑った。
キリュウと今日は話せるのだろうか、と思った時、キリュウの姿がないのに気づく。
いつもマナと共にいると言っていたキリュウがいない。
ゆっくりと体を起こして周りを見るも、マナ一人しかいない。
………呆れられたのだろうか……
………嫌われてしまったのだろか……
自分勝手な自分は……見捨てられたのだろうか……
あの時――
キリュウの弱々しい声が頭に響いた。
そんな声、聞いたことがなくて…
すぐに飛んだ。
すると、グッタリとして意識がないキリュウがいた。
両腕に魔導具。
キリュウの魔力が放出され続けている。
それに気づくのに時間はかからなかった。
目の前が真っ暗になった。
何故、あの時追いかけなかったのだろか。
何故、通信しなかったのだろうか。
自分の罪だと思って、痛む胸を無視した結果がこれ。
どうして演じているからと、キリュウを後回しにしたのだろうか。
一番大切な人が目の前で弱っている。
考える必要などなかった。
このままキリュウが弱っていなくなってしまうなど、考えたくもない。
キリュウの手にそっと触れる。
「………道具破壊」
パキンとキリュウの魔力を吸っていた魔導具にヒビが入り壊れ、キリュウの魔力を吸うことが出来なくなる。
「………」
けれど、魔力を吸われすぎてキリュウの顔色が悪い。
魔力の多い人間は、魔力が尽きてしまうと高確率で死ぬ場合がある。
マナは自分の腹部に手を当てた。
………キリュウとの愛の証を、ここまで守ってきたけれど……
「………ごめんね。………お父様がいなくなったら、お母様は生きていけないの……だから……会えなくなるかもしれないけど……許してね…」
この子を失えば、もう子供は望めないだろう。
でも、キリュウは失えない。
かけがえのない人だから。
出来損ないの自分を見付け、魔法を使えるようにしてくれ、そして――
「………大好きだよ、キリュウ……」
だから、生きて……
マナはソッとキリュウの手を握り、更にキリュウの胸元からペンダントも取り出す。
「………こっちにも魔力込めてたら、………もし私が死んでも、キリュウと………魔力だけでも一緒にいられるかな……」
ペンダントトップを握りしめる。
「禁術魔法・魔力譲与………魔力量指定……全魔力」
勢いよく自分の体からキリュウに魔力が流れていくのを感じる。
数秒で、自分を支えられなくなる。
ゆっくりとキリュウの胸元に寄りかかった。
キリュウの魔力量はマナより少ない。
でも、譲与は自分50に対して相手1。
キリュウの意識を戻し、更に動けるようにする為には最低でも500は必要だろう。
「五千は最低いるね……でも、多分敵と戦うことになるだろうし…ヤギョウだけが……いるわけではないと思うし……やっぱり全部渡した方がいいよね……変身魔法に、時空間移動した…けど…………五万は最低でも……残っている……………は………ず………」
視界が歪み、霞んでいく。
「………キリュウ………い……きて…」
そこで意識が途絶えた。
「………生きてる……」
自分の両手を見つめる。
………まだ、自分は生きていていいのだろうか……
あの時、諦めたのに。
子が大事と言っておきながら、喧嘩しておきながら、子よりキリュウを選んだ。
なんなんだろう、この優柔不断っぷりは……
「………結局、私は中途半端………出来損ないだ……」
でも、キリュウだけは失えなかった。
キリュウが生きているから喧嘩も出来る。
抱きしめてくれる。
愛してくれる。
それをあの時、実感した。
キリュウがいなくなるなんて、考えたこともなかった。
だから、キリュウを選んだ。
キリュウがいなくなったら、子供がいてもキリュウの後を追っただろう。
「………勝手な女……」
マナは自分が嫌いになった。
自分勝手にキリュウと子を――周りを振り回す。
「………こんな女……見捨てれば良かったのに……」
今生きているということはキリュウに助けられたのだ。
キリュウだってこんな女嫌いになったはずなのに。
助けてくれた。
ポタポタとシーツが濡れていく。
「俺がマナを見捨てることなどない」
ハッとし、顔を上げるとキリュウがベッド脇に立っていた。
「………キ、リュウ……」
「それに、マナが勝手な女なら、俺も勝手な男だろう。無責任なことをしておいて、マナを妊娠させておいて、子が出来たことを喜べなかったのだからな」
「………」
キリュウの言葉に返せずにいると、ベッドに腰掛けるキリュウ。
「………マナ、歯を食いしばれ」
「………ぇ」
パチンッ。
マナが唖然としてキリュウを見る。
キリュウがマナの頬を軽く叩いたのだ。
食いしばる必要などない程、本当に軽く。
「………死ぬつもりだったのか」
「………可能性はあると思ってた」
「バカが」
「………」
その通りなので、マナは何も言えなかった。
「お前がいなくなったら俺はどうすればいいんだ」
「………それは……生きていてくれさえいれば……」
「俺は言ったぞ。お前の傍にいられないのなら迷わずこの命を絶つと。お前の傍にいることだけが俺の存在意義なのだぞ」
グッとマナはシーツを握りしめた。
キリュウの言い方はまるで――
「じゃあ、あの時のキリュウを見捨てたら良かったって事!?」
「そうだ」
「嫌よ! キリュウがいなくなるのは絶対に嫌!」
「………子を失ってもか?」
「ええ!」
「………」
マナの言葉にキリュウは眉を潜ませた。
「ふざけるな。お前も子も俺のモノだ。勝手に奪うことなど許さん」
「………ぇ……」
キリュウの言葉に唖然とキリュウを見上げるマナ。
「………女王に認めて貰えたぞ。お前の中に居るのはラインバークの子などではない。俺の子だ」
マナは目を見開く。
どうしてそんな事になっているのだ、と。




