第73話 出来損ない少女と貴公子を害する者③
俺は怒りに任せて魔力を解放した。
先程のマナの言葉に。
俺の迂闊な行動に。
ヤギョウのしている行為に。
頭の中に思考が一切ない。
初めての事態に、魔力を解放した後、ハッとする。
しまった、と。
今まで自分の理性がなくなったことなどない。
当然怒りに支配されたこともない。
常に冷静でいた。
客観的に見ている自分を知っている。
だから、自分でしてしまった事がどういう事になるのか、悟る。
魔力が怒りの炎に変わり、ヤギョウの――マナの元へ向かう。
やめろ。
マナを――一番守りたい女を傷つけるな!
止まれ!
俺の願いもむなしく、無情にも炎はマナの元に向かう。
「くっ…」
ヘンリーが杖を構え、マナに結界を張る。
だが……
元々マナの魔力だ。
マナの方が魔力の中の潜在能力――魔力に宿っている元々の力は俺より上。
俺に劣るヘンリーの結界で防げるとは思えない。
魔力譲与が禁止なのはこのせいでもある。
元々持っていた者の魔力の強さそのものも引き継がれてしまう。
更に自分の魔力の力も加わる。
今俺が使った魔力には、マナと俺の魔力の強さが混じっている。
使い切れば自分だけの魔力になり、譲与された力は消え去る。
マナが通常の状態なら、難なく消し去れるだろう。
けれど今は意識を失っている上に、魔力を俺に譲与したせいで残っていない。
俺がマナを殺す……?
………やめろ!!
「あ、アシュトラル!」
俺はマナと炎の間に体を滑り込ませる。
炎は渦を巻き、移動速度は遅かった。
だがその分、威力が増していく。
横に、縦に、広がっていく。
「ちょ、ちょっと! こ、こんなの聞いてないわよ!!」
ヤギョウが何か叫んでいるが、関係ない。
「魔法拘束解放」
マナを壁から解放する。
これでこの場から移動できれば……
「アシュトラル!」
ハッとする。
ヘンリーの言葉で、すぐそこまで炎が来ていることを知る。
くそっ。
せめてマナだけでも!
「………ト…」
耳元でマナの声を聞いた気がした。
マナを見ると、目は閉じたまま。
だが、唇が少し動いている。
耳を近づけると、震える声が、マナの声が聞こえる。
「ペ……ダン……ト…」
「………ペンダント?」
考える暇もなく、俺はペンダントトップを握りしめた。
すると、マナの魔力が流れ込んでくる。
………まさか、俺に魔力譲与する際に、ペンダントにも魔力を込めていたのか…?
………お前ってヤツは……
「魔法消滅!」
パンッと炎が弾け飛んだ。
「アシュトラル! リョウランちゃん! 無事!?」
「………なんとかな…」
「無茶しないでよね! 二人とも!」
「それより敵は」
「拘束済み」
ヘンリーの視線の先を見ると、ヤギョウ諸共、全員拘束魔法で縛っていた。
「それと……」
この場所に次々と覆面で顔を隠した者達が現れてくる。
あの気配は…フィフティ家で感じていたもの。
………つまり、フィフティ家の影達か。
そして、コツコツと足音を鳴らし、ゆっくりと近づいてくる人物。
良く見知った人物だった。
「………陛下の愛娘と、殿下の第Ⅰを害した者。王家とフィフティ家に喧嘩を売るとは大した者達だな」
義父のユーゴ・フィフティ。
その目は何の感情も宿していない。
「ちょ、ちょっと待って! 何なのこれ!? ヘンリー先輩! 助けて下さい!」
「………なんで?」
「………ぇ……」
「僕は、殿下の第Ⅱだ。殿下を害した者を助けるとでも思ってるわけ?」
「で、殿下って……」
「………お披露目式を見てなかったの? 殿下の隣に居た殿下の夫は誰だったの」
「誰って……キリュウ……リョウ、ラン……」
目を見開いてヤギョウが俺を見る。
そして俺の腕の中でグッタリしているマナを見る。
マナはマグダリアの変装に使う魔力もなく、俺を助けた後から元のマナだ。
「殿下の名前はマナ・リョウラン。元マナ・アシュトラルだ。君は殿下を傷つけた。その君を僕は決して許さない」
「さ、先に裏切ったのはマナの方よ!!」
「………どういう事」
「王宮魔導士時代に私はマナに私の好きな人を伝えていた! でも、いつの間にか姿を消し、私の好きな人まで消えたのよ! 探したらマナと一緒にいた! どうして!? 私から好きな人を奪ったマナは許されて、私は許されないの!?」
「苦言を言うだけなら許されただろうね。でも、君は“殿下”を傷つけたんだよ? 分かってるの?」
「………そ、れは…」
「この国のトップⅡを傷つけた。そしてその臣下も。許されるはずないでしょう」
「………っ」
ヘンリーの容赦ない言葉にヤギョウが唇を噛んだ。
………俺はいい。
俺もマナを傷つけた一人だ。
だが、マナをこんなにしたのは許せない。
抵抗できなくなったマナを、壁に叩きつけ、拘束した。
この国の人間が、マナを攻撃したことに変わりはない。
「それに、僕は君の気持ちに応えるつもりはないよ」
………何の話だ?
首を傾げると、ヘンリーが気づき苦笑した。
「僕が大事なのは殿下とアシュトラルで、君じゃない。そして二人を傷つける君は、僕の大切なものに入るはずもない。アシュトラルちゃんだった時にアシュトラルちゃんの友人だっていうから一緒にいただけでしょ」
「そ、そんな……」
「僕は君を楽しい、面白い人物だとは思わない。むしろ、殿下を傷つける敵だよ。殿下が許しても僕は許さない」
………よく分からないが、ヤギョウはヘンリーを好いていたということ、か?
マナはそれを知っていた?
ヘンリーが臣下になって接点がなくなった。
だから恨まれた、ということか。
「回復魔法」
ハッと顔を向けると、義母がマナに回復魔法をかけていた。
「………私も光属性よ。陛下ほどじゃないけれど、マナのこの状態を少しでも回復しないと……」
「………すみません」
俺の言葉に、義母は微笑んだ。
「貴方の成長を嬉しく思うわ」
「………どういう意味ですか」
「前の貴方なら、自分は悪くないと、謝罪などしなかったでしょう?」
「………」
「でも、今の貴方は凄く魅力的よ。マナが惚れ直すわね」
「………そうでしょうか…俺はマナを傷つけてばかりで…」
腕の中のマナを見て、眉を潜める。
そんな俺の頬に、義母が触れてくる。
「それが夫婦でしょ?」
「………は…?」
「傷つき傷ついて、それでも愛おしいから一緒にいる。相手の譲れないことを知り、自分の譲れないことを伝える。それが互いを思いやるということ。それが分からなければ独りよがりの愛だもの」
「………独りよがり…」
「今までの貴方は、独りよがりの愛だった。でも今は違う。マナの言葉を聞き、周りを頼る。マナを大切にするということが、どういう事なのか、もう分かっているはず」
義母の言葉に頷く。
マナを本当に大事にしたいなら、俺は視界を広く持ちマナの気持ちに応える努力をし続けることだ。
だが……
顔色が少し良くなったマナの顔を見る。
………この状態のマナに、俺は何をしたらいいんだ……
何をしてやれるんだ……
「………マナの状態はどうだい?」
「………恐らくマナは大丈夫だと思うわ……でも……」
義父の言葉に義母はマナの腹部を見た。
………壁に叩きつけられたのだ。
子への影響は、計り知れない。
いつの間にか周囲は義父が収めてくれていたようだ。
俺達以外はいなくなっている。
ヘンリーも覗き込んできていた。
「………無事に産めたとしても……何処かに何かしらの障害を持ってるかもしれない………産めない方が、逆にマナの心に傷を付けないかもしれないわね…」
「………そう」
義母の言葉に俺は唇を噛み締める。
………あんなに……あんなに子が出来て嬉しそうにしていたのに。
その為に俺と喧嘩になったのに。
そのマナが子を産めない方がいい、だと……
グッと拳を握りしめる。
「………マナの中に居るのは俺の子だ! これぐらいでどうにかなるわけないだろ!」
俺の言葉に三人共俺を見てくる。
「マナと俺の子だ! 強いに決まっている! 無事に産まれてくる! マナが悲しむことになるわけないだろ! 俺とマナの元で最強の魔導士になる事はマナに宿った時点で決まっている!」
勢いに任せて言い切った俺の言葉が、部屋に響いた。




