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出来損ない少女と冷血の貴公子  作者: 神野 響
第六章 王家篇Ⅲ
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第70話 出来損ない少女と親心




「ないな」


ヘンリーと共に温泉宿まで戻り、オラクルと義父のところに向かったマナ。

宿の一室を借り、のんびりしている。

ウォール家に泊まるのに、短時間なのに一室借りるとは…

さすが王族…とマナは苦笑する。

入室すると義父と話しながら、少し顔が引きつっているオラクルが目に入る。

会話中失礼、とマナは間に割って入り、王宮魔導士の行事を聞いた。

遠征に行く時、各領地への訓練があるのか、その間に休暇などあるのか、と。

その返事が冒頭の言葉だった。


「やっぱりないんだ?」

「ああ。遠征は学園の上級魔獣がいる所だったり、それこそ国境だな。各領地へは王宮魔導士ではなく、城下魔導士や辺境魔導士が訓練に訪れる。休暇もない。帰ってきてから纏めて取る。学園と同じくな」

「………念のため聞くけど、王宮魔導士が城下、または辺境に飛ばされることは?」

「ないことはない。ただ、その場合は王家に連絡が行く。マグダリアが知らないわけがないだろう? 俺やヘンリーなどマグダリアの臣下も通知書類を目にするだろう。誰もそんなもの見てない」

「そっか」

「どうかしたのか」


オラクルに先程見た光景を話す。

勿論、キリュウと共にいたことは伏せ、アンナ・ヤギョウがいた、とだけ。


「………」


マナの言葉にオラクルが考え込む。


「影に聞くかい?」

「………流石フィフティ家ですね……王宮魔導士の情報も筒抜けですか……」


オラクルの顔色が悪くなる。

マナは首を傾げながらオラクルを見た。


「………なんかやらかしたの?」

「やらか……いや、特には……」

「やんちゃしてたってだけだよ」

「ちょ、義父上!」


義父の言葉に慌てるオラクル。

それに苦笑しながらマナは義父を見る。


「なんか知ってるの? お義父様」

「数人怪しい動きをしているって連絡が入っているだけだね。それにそのアンナ・ヤギョウとやらがいるとは聞いてないけど」


義父の言葉にマナは眉を潜めた。

マグダリアの顔からマナの顔になったのを、三人は見た。


「………王家に反感持つ者ではないでしょうね?」

「それは大丈夫。それなら私が既に動いてるよ」

「………ちょっと情報を貰って良い?」

「構わないよ。でも、それは帰ってからだよ。ここではマグダリア、だろう?」


義父の言葉を聞き、マナは表情をマグダリアに戻した。


「………そうだった」


王女の仕事をしない。

そういう約束をここに来る馬車の中で言われていた。


「………でも、気になる…」

「大丈夫。動きがあれば報告される。だからそれまで心を休めるのが役目だよ」

「………分かりました…」

「あ、敬語」

「ぁ……ごめん。分かった」


これも馬車の中で言われていた。

マナは苦笑し、言い直す。


「………そういえばキリュウが帰ってこないな」


ふと義父がドアに目を向ける。

キリュウの名が出、マナはギクリと体が反応しないように視線を反らす。


「………何か頼んだの?」

「うん。お使い」

「お、おつ、かい…?」

「そう。屋台で売ってるまんじゅうを」

「………キリュウに、おつかい…? おまんじゅう…?」


マナの顔が引きつる。

その時のキリュウの表情が想像できない。


「やっぱりキリュウにはお使いはまだ早かったか…」

「い、いやお義父様……キリュウはもう21なので早かったとか子供みたいな表現は………で、でもお使いは出来ないかと……」


なによりキリュウは貴族だった。

使いは使用人がするもので、キリュウがするものではない。


「………っていうか……承諾、したの……? キリュウ、が…?」

「うん。分かったって言って」

「………(ど、どうしちゃったの? キリュウ…)」


戸惑っているマナを横目に、残りの三人は口角を上げる。

キリュウが変わろうとしている。

他人の言うことを聞き、周りを見ようとしている。

マナの為に。

方向性がズレているが、キリュウが自分の意見ではなく他人の意見を受け入れ、行動しようとしている。


『さて、キリュウの行動が変わってきていることに、マナは気づくかな?』


『やっとアシュトラルがリョウランちゃんの為に動くことを覚え始めたか。でも、お使いはないと思うなぁ…』


『殿下もキリュウもこれで気持ちのすれ違いが少しは改善されるかな』


三者三様に二人の変化を楽しみにしている。

二人とも三人にとって大事なのだ。


『でも、そう簡単に認めるわけにはいかないよ』


ユーゴは今のままのキリュウでは、マナを支えることは出来ないと確信している。

王女になってから数ヶ月。

――いや、一年が過ぎようとしているのに、変わっていくマナと変わらないキリュウの二人の温度差に眉を潜めていた。

王家の仕事に責任を負うことになっているマナを、何故キリュウは支えていないんだ、と。

恋人だったときと、夫婦になった後。

全く同じではいけないというのに。

更に王女になったマナはキリュウを優先できないのだ。

なのにキリュウは独占欲を出し、臣下としての行動が出来ていない。

何度か面会した際、マナの表情が段々と曇っていっていることに、全く気づいていない様子のキリュウに、怒りを感じていた。

確かに愛しい相手として仕事のしすぎだと休ませることはあるだろう。

が、仕事のせいでマナの表情が曇っているのではないことに、ユーゴは気づいていた。

影に探らせると、キリュウの行動が王女としてのマナの足枷になっていることが分かった。

………ふざけるな、と怒鳴ってやりたかった。

確かにマナはキリュウのモノだ。

だが、王女のマナはこの国の民の命を握っていると言っていい。

そのマナの負担を軽減するのが臣下としてのキリュウの――ファーストⅠの役目だ。

逆にマナの負担になってどうするというのだ。

毎日のように報告されてくるマナの様子に、ユーゴは最悪の事態になる前に別れさせようとしていた。

ユーゴが大事なのはマグダリアの――マナの…愛おしい娘の幸せだ。

キリュウの存在が……例えマグダリアの心を救った恩人であったとしても、負担になるのなら排除する。

そう思っていた矢先の出来事だった。

オラクルとの出来事は。

これを利用する。

そう考えたユーゴは即女王に報告した。

女王を利用した最初の人間はユーゴだったのだ。

マナがどんなにオラクルとの事を後悔しようが関係ない。

どんなにキリュウを愛していても関係ない。

マナの心が揺れ動いたのは、キリュウの責任だ。

キリュウがしっかりマナを支え、マナが笑顔のままならこんなことにならなかった。

なのに、マナは笑顔を見せなくなった。

学生時代のマグダリアを笑顔にしてくれたのはキリュウではなかったのか。

キリュウと共にいるようになって笑うようになったマグダリアを見て嬉しかったのに。

自分たちではマグダリアは萎縮し、笑わなかった。

でもある日を境に、マグダリアが笑うようになった。

自分たちが笑顔に出来なかった娘を変えたのはキリュウだ。

だから交際を認めたのだ。

やっと笑うようになったマグダリアだったのに。

笑顔を引き出した張本人が、マグダリアの――マナの笑顔を消したのだ。

自分の娘の気持ちを、幸せそうな笑顔を、引き出しておいて泣かせた。

感謝していたのに、それを裏切った。

だからオラクルがマナを大事にするなら、オラクルを好きになるように根回しする。

ユーゴはマグダリアの――マナだけの親なのだ。

親が子を守らないでどうする。

マナが子供を…妊娠して一人部屋で愛おしそうにお腹を撫で、微笑んでいた場面を影が報告してきた時、泣きそうになった。

今のままの状態で、子を産むのか、と。

マナの負担にならないわけがない。

キリュウがあのままなのだから。

マナ以外を愛せないのだから。

子が出来ることは喜ばしいことだ。

なのに何故マナの表情を曇らせる。

キリュウがマナのお腹の中の子を殺す。

無責任な親は要らない。

マナに相応しくない。

だから今度はキリュウが苦しむ番だ、と。

ヘンリーがキリュウの味方をしないようにも手を回した。

元々するつもりが無かったようで、あっさり承諾してくれた。

更にキリュウを追い詰めてくれる者としても立ち回る、と。

マナがオラクルの方に一瞬ではなく、再度気持ちが向くように仕向け、キリュウを焦らせるように、とも指示した。

それでもキリュウがマナの為に変わらないようなら、どうしようもない。

元々ユーゴは冷酷な男だ。

この国の情報を手中に収める男で、そんな男が穏やかな性格をしているはずもない。

敵とみなせば容赦なく排除する。

それでもユーゴがキリュウに温情として、再度キリュウを観察するのは、マグダリアを救った恩人だからだ。

オラクルとラインバーク当主にも手を回した。

ラインバークの長男夫婦が死んでいる事も利用した。

ラインバーク当主があの条件を出したのではない。

ユーゴがラインバーク当主に打診した。


『お前がこのままなら、俺は一生お前をマナから引き離す。悔しかったら成長して俺に変わった姿を見せろ』


この温泉宿でキリュウと二人きりになった時に、ユーゴがキリュウに言った言葉だ。

ギリッと歯を噛み締め、睨みつけるように見てきたキリュウの顔を思い出す。


『………まぁ、エンコーフと話して少しは自分の立場が分かったようだから、マナが子を産むまで様子を見る。それでもキリュウがマナの為にならないようなら…』


戸惑っているマナを微笑んで見る。


『マナ、君は幸せになる権利があるんだよ。王女だからと、キリュウの性格だからだと、我慢して何もかも諦めることはないんだ。君は王女以前に、一人の女の子なんだから。普通の幸せを、諦めることはないんだ。我が儘を言う事も覚えなさい』


「お義父様?」

「ん?」

「私の顔に何かついてるの? じっと見てるけど…」

「何もないよ。いつも通り可愛い顔だ」


ユーゴの言葉にマナは照れながら微笑む。


『そう。君は笑顔が良い。いつも笑っていて欲しい。………だから、その笑顔を奪ったキリュウを中途半端に許すわけにはいかないんだよ。怠慢は、罪なんだよ。自分だけの意見を押しつける者はマナに相応しくない。いつまでも学生気分で…子供のままでいられると思ったら大間違いだ。お前はマナを支える夫であり、臣下だろう。マナを愛しているなら、乗り越えてみせろ』


微笑みながら未だ帰ってこないキリュウに、ユーゴは心の中で思った。


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