第07話 出来損ない少女と冷血の貴公子の変化
「いただきま~す」
そう言ったのはヘンリーただ一人。
共に座っているキリュウは黙々と食べ始め、マグダリアは手をそっと合わせて食べ始める。
「………」
タラっと汗が流れたのは気のせいではない。
ここに来てからの会話は無い。
それぞれ家の者が作った弁当持参している。
マグダリアを迎えに行ったキリュウ。
その間にヘンリーが自分とキリュウの弁当を取りに行き、合流をして今度はマグダリアの弁当を三人で彼女の教室に向かい彼女も弁当を持って、校庭に来たのだ。
クラスメイトの視線を一切気にしない三人。
マグダリアは気にしそうに見えるけれど、キリュウと昼を食べるという事にだけが思考を占領し、周りが見えていないだけだった。
校庭で待ち合わせた方が時間短縮になったはずだが、一刻も早く相手に会いたかったのはキリュウだ。
マグダリアが誰かと一緒にいるだけで不機嫌になることに気付いていない。
それが分かっていてヘンリーはキリュウの弁当を取りに行って二人の時間を作ってあげたのだ。
二人と合流する直前、キリュウがマグダリアに口づけていたのは見なかったことにした。
あまりにもマグダリアが真っ赤になって可哀想だったから。
キリュウは気にしない様子でいつも通りだった。
そして現在会話もなく黙々と食べている二人をどうしたものかと考える。
というか…こんな会話もないなど、本当に付き合っていると言えるのだろうか? とヘンリーは不安になる。
口づけを交わしてマグダリアが嫌がっていないのを見ていたから、疑う事もないのだが。
「ねぇねぇフィフティちゃん」
「………は、はいっ!」
ヘンリーが話しかけると、ポロッと弁当のおかずが落ちて弁当箱に戻って行った。
そんなに緊張しなくてもと、苦笑してしまう。
「ごめん。急に話し掛けて」
「い、いえ……」
「フィフティちゃんは、アシュトラルのどこが好きなの?」
「え!?」
途端にかぁっと顔を赤くするマグダリア。
あ、可愛い、と口に出したらキリュウに殺されるだろうと思って、ヘンリーは心の中で思う事だけに留めた。
マグダリアは普通の容姿なのに、その反応で可愛く見える。
「え……っと……」
チラッとキリュウを盗み見たマグダリアだが、キリュウはそんなマグダリアをじっと見ていた。
そんな無表情で見てたら怖がるでしょ、とヘンリーは思ったが、当のマグダリアはキリュウに見られていると気付いたらもっと顔を赤くしていた。
え……っと思わずヘンリーはマグダリアを凝視してしまう。
普通は怖がるでしょ、と。
「あの……その…は、初めてお会いした、時に……」
「うん」
「えっと……私の事…出来損ないって……言わなくて…」
「………はい?」
「その後、魔法……使えないって…分かっても……見下されなくて…」
「………」
「課外……授業で…私の事……守ってくれるって…」
恥ずかしそうに言うマグダリアを唖然と見てしまうのは仕方がない。
キリュウはただ、目の前にある事実を認識し、それ以外の言葉は出さなかっただけだろう。
そして課外授業の時は、自分を庇って怪我をしたし、下級生を守るのは上級生の務めだ。
ヘンリーが困惑しているのに気付いて、マグダリアは慌てて両手を横に振る。
「ち、違い、ますよ…!? ちゃんと、始め、は……自惚れ…って、考えて、みんなと、同じ立ち位置、なんだ、って…」
「ああ、うん」
それはそうだろう。
マグダリアは自分を過信しない。
キリュウと話しても、相手にされない事は分かっていただろう。
「で、も……あの…私の為に……ペンダント…の事、調べて……くれていて…嬉しく、て………私の事……気にして、くれたのは…両親以外、初めて、で……自分が平民って…分かっても………先輩の事……憧れって…だけでは……言い表せ…なくなってて……」
ヘンリーは納得してしまった。
確かにマグダリアはこの学園に居場所なんてなかったのはヘンリーにも推測できる。
魔導科なのに魔法が使えない。
それだけで蔑みの対象となってしまう。
今まで苦労して来ただろうとヘンリーは頷く。
「そ、それで、今まで…の……先輩との……会話…思い返していたら……好きだったんだ…って……だ、だから…や、優しい先輩、に会えないって……に…逃げてしまって…」
「優しい!?」
思わずヘンリーはマグダリアとキリュウの顔を交互に見てしまった。
キリュウが他人に優しくしたことなど一度もない。
事実をありのままに言い、この言葉がキツくて恐れられているのが現状だ。
「や、優しい……です…私、なんかの……為に…調べもの…してくれ、て…と…図書館、から締め出され、ても…寝ちゃった…私と…ずっといてくれ、て……」
「それはアシュトラルが自分の為にやってたことだから…」
「ヘンリー」
マグダリアを惑わす言葉を言うな、と鋭く睨まれる。
「そ、そうだと、分かってる、んです」
「え」
「け、結果的、に…私の…為…に、なったん、です」
「あ~まぁ、そうだね」
キリュウの探求心が、マグダリアの為になったのは結果論。
それを分かっているマグダリアには冷静な判断が備わっていると分かる。
「わ、私、を…どんな理由…だったと…しても、気に、してくれた…先輩が……………好、き……です…」
かぁぁっと真っ赤になるマグダリア。
ヘンリーが微笑ましく見ていると、穏やかな空気が隣から流れてきたのに気付く。
見ると、キリュウからまるでピンク色のオーラが出ているように錯覚してしまったのは仕方がない。
少しだけ笑みを浮かべ、目にいつもの鋭さはなく、穏やかな顔でマグダリアを見ているのだ。
ヘンリーはマグダリアがキリュウのこんな顔を引き出しているのだと、嬉しくなった。
「俺も好きだ」
「へっ?」
「っ…」
照れる様子もなく、いつもの声色でさらっと口にしたキリュウにヘンリーは目を見開き、マグダリアはビクッと反応して照れくさそうにキリュウを見る。
「どうした」
キリュウはヘンリーを見て問いかける。
あまりにも普通に言ったから驚いたのだ。
昨日まで恋という感情すら分からなかったのに、すごい変わりようだ。
「いや、アシュトラルがそんなスムーズに好きだなんて言えるなんてって、ビックリしただけだよ。時間をかけて関係を深めろって言ったのに、昨日の今日で付き合えるようになったって快挙だね」
「………」
「まぁ、時間をかけたとしたら、逆に言えなかったかもしれないね」
クスッと笑われ、キリュウは眉を潜める。
それは凄みがある顔。
「ほらほら、そんな顔をしたらフィフティちゃんが怯えちゃうよ」
「え!? あ、大丈夫、です」
名前を出されるが、ヘンリーが見ると何でもないような顔をしていたマグダリア。
「え? なんで?」
思わずヘンリーが問いかける。
怯えた様子がないのが不思議でならなかった。
「な、なんで……ですか…?」
逆にマグダリアが戸惑ってしまった。
怖くないものは怖くないので、理由を問われても答えられない。
「余計なことを言うなヘンリー」
「ごめんごめん」
マグダリアがキリュウを怖がらない事は良いことだ。
速攻で別れることもない。
まだまだヘンリーが観察できるとほくそ笑んだ。
「いたいた。おーいヘンリー!」
「あ、先生」
ヘンリーが廊下で呼んでいる教師の声に反応し、教師の下へ行く。
「マグダリア」
「は、はい!」
「………次の休日は、何か用があるか?」
「え………」
キョトンとしたが、マグダリアは考える。
特に両親とした約束はない。
「なかった、と……思い、ます」
「そうか。………行きたいところ、あるか?」
ドキリと心臓が跳ねる。
デートの約束だと思い、嬉しくなる。
引き取られてから、両親以外と出かけた事などない。
学園に入学してからは学業に専念したいと、両親との外出を自ら断っていた。
後ろめたさから。
「い、一緒に、出掛けて……くれるん、ですか…?」
「ああ。お前となら、共に居ても楽しいだろう」
キリュウの口から楽しいという単語は、初めて出たものだろう。
どうしてそんな単語を言ってしまったのか、キリュウは自分で不思議に思った。
マグダリアはそんな事は気付きもしない。
デート出来るという事が嬉しくて仕方がなかった。
顔を赤くしてマグダリアは笑う。
ヘンリーの言葉で誘ったのだが、マグダリアの嬉しそうな顔を見て、キリュウは誘ってみて良かったと思う。
「え、っと……あの…街、に………その……杖を…見に行っても……」
「ああ。まだ持ってないんだったな」
「は、はい…」
三年になれば学園から渡されるがそれは一般な物。
自分専用の杖を低学年で持っているのは、王族か貴族など財がある者のみ。
平民には高価なもので、禁止されてはいないが購入できるものではない。
平民は皆、三年で学園から渡される杖で学園生活をおくる。
フィフティ家の財なら持っていてもおかしくはないのだが、マグダリアは魔法も使えなかったし遠慮して購入してなかった。
けれど、魔法が使えるようになった今、コントロールの為にも必要だと思った。
キリュウと行けば、アドバイスを貰えるのではないかと思ったゆえの提案。
キリュウはコクッと頷き、同意した。
「いい店を知っている。そこに行ってみるか」
「は、はい」
嬉しそうに笑うマグダリアを引き寄せ、キリュウは口づけた。
真っ赤になるマグダリアの顔を見ながら満足そう。
人目がない事を確認してだろうが、マグダリアは恥ずかしくて仕方がない。
「あ、あの……」
「すまない。我慢できなかった」
初恋同士、距離感が分からないのは当たり前。
戸惑いながらも、マグダリアはキリュウの想いを受け止める覚悟をした。
自分を受け入れて、好きだと言ってくれる人を、ずっと信じていようと。
きっと、ずっと、嫌いにはならないだろうから、と。
ヘンリーが戻ってくるまで、二人は座っていた距離を詰め、寄り添っていた。