第63話 出来損ない少女と施策の行方
キリュウと仲直りしたマナは、比較的穏やかな時を過ごしていた。
キリュウの子に対する思いは変わっていない。
けれど、マナにとってはあのキリュウの言葉だけで良かった。
今の子を産む前に影武者を見つければ、今後もキリュウとずっと共にいられる。
ならまだ時間はある、と。
お腹が膨らんで、命の温かさをキリュウに分かってもらえれば、子を好きになってくれるはずだ、と。
キリュウに謝れたことで、マナの気持ちは比較的冷静になれた。
一方的に喧嘩腰になってしまって、本当に申し訳なく思う。
少しずつキリュウと元のように話せるようになって良かった。
ウォール家の謝罪はオラクルと共に受けた。
もちろんマナは変装し、マグダリア・フィフティとして。
オラクルはマグダリアと籍を入れ、フィフティの名になることを選んだ。
マナの臣下として傍にいると忠誠を誓ったオラクルは、マグダリアの時のマナの傍にいると言って。
それでオラクルが良いのならと、マナは了承した。
もう既に義父とシュウが動き、オラクルとの入籍は済んでいる。
オラクルはこれからラインバークではなくフィフティと名乗っていく。
不思議なことに忠誠の名は入籍した途端にオラクル・ラインバークからオラクル・フィフティに変更されていた。
五人でオラクルの杖を覗き込んで暫く固まるという可笑しな図になっていた。
一段落した騒動の締めに、マナは臣下四人に自分がしている腕輪型通信機を見るように指示した。
執務室の真ん中にある机に置くと、四人が囲む。
「殿下、これがどうかしましたか?」
「不具合でもあったか?」
オラクルとキリュウが問いかけてくる。
が、キリュウはオラクルを横目で睨みつけながら。
一方的にキリュウがオラクルを睨んでいるのはいつものこと。
隣に居るのに、その間が開いているのも仕方がない。
オラクルの方が年上だから普通にしているとも思うが、一番の理由はキリュウの嫉妬心。
マナは自分のせいなので、仲裁しようにもどうにもならなかった。
マナとキリュウの仲は戻ったが、キリュウとオラクルの溝は深まった。
キリュウは臣下を纏める第Ⅰだから、指示する立場。
そのトップがこれでは示しがつかない。
この状態でマナに何かあればキリュウに全てを託す事になる。
それが心配だ。
それもこれもマナの責任なので、どうにかしないと……と思うがいい案が浮かばない。
マナは首を振り、一旦その問題は横に置いておく。
「この通信機を使って、この間の実家帰りますの時実験してみた」
「実験?」
「そ。通信している魔力を利用して時空間移動してみたの。フィフティ家に」
「「「「なっ!?」」」」
マナの言葉に全員が驚く。
「ちょっと、妊婦が何やってるのさ!?」
「子に何かあればどうする、んです!?」
「そうですよ! それに時空間に飛ばされたらどうするんです!」
「空間を飛ぶのは体に負担が掛かる! 何かあったらどうするつもりだったんだ!」
全員に怒られたマナは目を見開いてびっくりする。
マナはそんな事考えずに、思いついたことを実行しただけ。
それにあの時はキリュウに怒っていて、そんな事思いつきもしなかった。
「ご、ごめんなさい…」
謝るしかなかった。
「まぁ、無事だったから良いけど……それで?」
「あ、うん。試してみたら、通信に使う魔力と、空間移動する程度の魔力だけで、時空間移動できた。通信している同士の魔力が繋がっているから、時空間に飛ばされる危険はないわ」
「え、それ凄いじゃん! 難易度SSSの魔法が難易度Aの、空間移動が出来る人間なら誰でも出来るって事でしょ?」
「だから問題なの」
「………どういうことだ?」
マナはキリュウを見る。
「ヘンリーの言った通り、難易度Aの空間移動が出来る人なら誰でも出来るから、通信機を持っている当主、あるいは身内なら相手のところまで飛べる。………誰にも見られず密会や暗殺が出来るのよ」
「あ!」
マナの説明にヘンリーが声を上げ、キリュウが眉を潜め、オラクルは考え込み、イグニスが天井に顔を向けた。
「伝える人間を選ばないといけないの。今のところは私とユーゴ・フィフティ、それから貴方達しか知らない」
「成る程な…」
「だから、私は貴方達を信用はしてるけど、貴方達も本当に信用できる人にしか口外しないで欲しいのよ」
マナの言葉に全員が頷いた。
「でも、これでターギンス領みたいなことになったら、私も現地に瞬時に飛べるようになったって事よね! 向こうに誰かいたら」
「「「「それはやめろ(やめて)(やめてください)」」」」
全員が止めてきた。
「………何でよ…」
「王女がそんなホイホイ他領に出向かないで!」
「危険すぎるだ…でしょ!」
「戻ってくるときはどうするんだ!」
「こっちに誰かいるとは限らないでしょう!」
「そ、そんな怒らないでよ……」
四人の顔が怖い。
主人に対してストレートに怒りすぎだろう。
とマナは思うが、それが自分の臣下なので文句は言えない。
それに素で接しろとマナが言ったのだ。
「まぁ、リョウランちゃんが勝手に出掛けないように常に誰かがいるだろうし、そうなった時はその時の担当が止めるということで」
ヘンリーの言葉に全員が頷くので、マナは少し複雑だ。
「と、いうことは、僕たちの通信機も必要って事だよね?」
「そうだな。空間移動はともかく、俺達の間の通信機は後回しになってたからな」
各領地に置く通信機の魔力記憶を優先させていたため、キリュウ達は自分たちの通信機は途中になっていた。
マナとキリュウの通信が出来ていれば、今は大丈夫だろうという理由もあった。
「………どうせなら全ての通信機に繋がるのもだけど、私と皆の間だけのもあればいいかもね? キリュウと私の通信機みたいに」
何気なく言った言葉に、全員がマナを凝視した。
「………ぇ、何…」
「「「「それだ!」」」」
「へっ!?」
「五人だけの通信機はどんな形にする?」
「腕輪とピアス以外だろ。誰が見ても不自然じゃない装飾品が良いな」
「カフリンクスはどうだ?」
「それは殿下が付けられない。ドレス全てに合うデザインや色は作れない。何種類も用意できないしな」
「ならペンダントトップに通信機を付ければいいかな? 服の中に隠れるし」
「ダメだ」
「なんで」
「俺とマナの揃いのを外すことになる」
「あ、そ……」
「じゃあ他に服の下に隠れる物は?」
あーだこーだと四人で盛り上がり、マナは蚊帳の外になった。
何気なしに発言した事が、この置いてきぼり。
むぅっとマナは頬を膨らませた。
「………どうせなら私の臣下のマークでもデザインしてタイピンとかピンバッチでも作れば良いのに」
頬杖をつきながら窓の外に視線を向けてマナは呟いた。
どうせ五人だけの物だ。
マナを中心としての物を一から作ればいい。
なにも服の下に隠す物でなくて良。
通信機だとバレないような物なら何でも良いのだ。
そう思いながら拗ねた。
「それいただき! リョウランちゃんありがとう!」
「………へ?」
「早速デザイン画を描けヘンリー」
「了解!」
「………な、何…?」
「殿下のアイデアを頂いたんですよ」
「………聞こえてたの……」
「殿下の言葉を我々が聞き逃すわけないでしょう?」
「………優秀な臣下で助かるわ…」
蚊帳の外のはずだったのに、ちゃんと臣下は聞いていたのだ。
マナは苦笑して、ヘンリーを中心に中央の机を覗き込む男四人の臣下を、マナは眺めていた。
第五章 王家篇Ⅱ こちらで章を変更いたします。
感想をくれた方々に感謝します。
感想を頂いた時、すでに62話まで書き終えておりましたので、
返信する際はそれを伝えることが出来ず、遠まわしな言い回しになり、申し訳ございません。
マナだけが変わるのではなく、キリュウも変わるにはキリュウの性格上、
障害を甘いものに出来ませんでした。
もう6、7話はこのままマナもキリュウも悩み、
周りもマナとキリュウを追いつめる方向になるとは思いますが、
二人の行く末は、第六章で変化を徐々に見せられたらいいなと思っています。
第六章も読んで下されば、嬉しく思います。
今後もよろしくお願いいたします。
2019.08.12 神野 響




