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出来損ない少女と冷血の貴公子  作者: 神野 響
第五章 王家篇Ⅱ
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第62話 出来損ない少女と修復




女王の命でオラクルと関係を持たなければならないことになり、マナはキリュウと話せずにいた。

オラクルはマナの心情を理解しており、あれから変わらずマナの傍にいる。

ヘンリーとイグニスは事情を知らないため、今もいつもと変わりない。

マナとキリュウだけがギクシャクしているだけ。


「殿下、次の資料です」

「ありがと」


いつも通りの仕事をする。

それがマナの今できる事。

マナが立ち止まれば民が苦しむ。

そうマナは教育されているから、心理状態がどうでも仕事をしなければならない。


「各領に置く通信機の調整は?」

「難航してます。使用できる人数の登録に時間が掛かりますから」


領家に置く通信機は領当主の身内全て使用できるようにする。

各領に赴き、魔力を登録しないといけない為、一朝一夕にとは言えない。


「………気長にいくしかない、か」

「あ、そういえばリョウランちゃん。昨日何処に行ってたの。護衛も付けずに」


ヘンリーとイグニスの鋭い目がマナに刺さる。

臣下として主の一人歩きは許容できない。

厳しい視線に、マナはケロッとして言う。

自分は危ない目に遭ってはいないから、という自分勝手な理屈で。


「ああ。民が言う“実家帰ります”をやっただけ」

「………ああ、アシュトラルと喧嘩したから?」


ヘンリーの言葉にピクリと反応するキリュウ。


「お義父様に愚痴聞いて貰ってたの。既婚者だからね」

「まぁ、僕たちは結婚してないから苦労とか辛さは分からないね」

「自分の首を絞めたような物だけどね」

「? どういう意味?」


マナはチラッとキリュウを見、オラクルを見る。

キリュウは無反応だったけれど、オラクルは頷いた。


「全員で情報共有しておきましょうか。私の第二の実家フィフティ家に、マグダリア・フィフティが復活する」

「え?」

「誰だ?」


首を傾げるイグニスに、マナは昔の事情を話した。

驚くイグニスは置いておいて、マナは続ける。


「そしてマグダリア・フィフティはオラクル・ラインバークと婚約中。暫くしたら結婚する」

「「はぁ!?」」

「さらにこのお腹の子はマグダリアとオラクルの子としてフィフティ家で育てられる」

「ちょっと待って! どうなってそうなったのか全く分からないんだけど!?」


ヘンリーが頭を悩ませる。

イグニスに至っては頭から湯気が出てそうな間抜け顔。


「ヘンリーは察してたでしょ。オラクルの婚約を破棄させるために芝居したの。街中でマグダリアと名乗っちゃったから街の人はマグダリアの存在を認識した。だからマグダリアがいなくなると困る。更にオラクルの実家にも跡継ぎが必要になったの。だからマグダリアとオラクルの第二子をラインバーク家に」

「………ちょっと待って。じゃあ…」


ヘンリーがハッと気づき、マナを凝視する。

マナはゆっくりと頷いた。


「女王命令」

「あちゃー…」


ヘンリーへの説明は簡単で済む。

早急に察してくれて助かる。

影武者探しはマナ一人の我儘だ。

だから彼らにも言えない。

見つかった後に話せばいいと思った。

確かに彼らに手伝ってもらえば早く見つかるだろうけれど、彼らにマナ個人の我儘に付き合わせるような事はしたくない。

王女としての仕事ではない個人の為に思うように命令するなど、どこかの誰かさんみたいなこと、マナはしたくなかった。


「私も最初はキリュウとの子をまた作るって女王に進言したけど、受け入れられなかった」

「………まぁ、仕方ないね。だってラインバークの血を引いてない子を、ラインバーク家に入れるわけにはいかないだろうし。ラインバーク様は健在だから養子ってわけにもいかないだろうしねぇ。更に貴族に王家の血筋を入れるとややこしくなるだろうし」

「………ぇ」

「アシュトラルは元は貴族だけど限りなく王族に近い血だよ。王家と王族の子って物凄い力引き継ぐと思うよ。貴族家のラインバークより、王族であるフィフティ家が妥当でしょ。ラインバークに子を行かせるなら、王家と貴族の間に引き継がれる子の方がいいだろうね。均衡のために」


ヘンリーの言葉にマナは唖然とした。

そんな意図もあったのか、と。


「だからアシュトラル。ラインバーク様との子をリョウランちゃんが身ごもるまで目を瞑りなよ」


いつもの調子で言うヘンリーに、マナは慌てて立ち上がる。

止めようとするが、ヘンリーに手を上げられ言葉を発することを止められた。


「………殺されたいかヘンリー」

「だってアシュトラルは子供、守れないでしょうが」


女王と同じ事を言うヘンリーにマナは唖然とする。

やはりヘンリーはこういう事に関しては鋭い。


「………」

「父親っていうのは、簡単になれるものじゃない。リョウランちゃんの為に我慢しな」

「………マナの為?」

「リョウランちゃんはアシュトラルとの子を、フィフティ家に渡さないといけない事に苦しんでないと思ってるわけ? 昨日のリョウランちゃんの言葉、理解してる? アシュトラルの子が出来て嬉しいって言ってたでしょ。なのに自分で育てられずにフィフティ家に渡さないといけないんだよ!?」


ハッとキリュウはマナを見る。

マナはキリュウを見れずに視線を反らす。


「アシュトラルが最初から喜んで受け入れていれば、第一子を手元に置いておけたのに。リョウランちゃんが泣かなくて良かったのに。アシュトラル以外と関係を持たなきゃいけないって命令受けて、リョウランちゃんが辛くないわけないでしょ! アシュトラルは自分だけがリョウランちゃんに裏切られるって思ってるわけ!?」


裏切られる。

ヘンリーの言葉を聞いて、マナは改めてキリュウへの裏切りを自覚した。

命令通りに動かないといけない自分が、酷く汚い人間だと再確認する。

オラクルの事は嫌いじゃない。

でも関係を持てと言われて、はいと直ぐには頷けなかった。

キリュウ以外に関係を持つことなどないと思っていただけに、ショックだった。

けれどそんな事、マナは言えるはずもない。

確かに女王の命令に傷ついたけれど、キリュウを裏切ったのは自分で、キリュウに責任はない。

キリュウと話し合う事をしなかったマナの責任なのだ。

変わってしまった自分が、キリュウに申し訳ないと思う。

キリュウを説得する余裕がなくなった自分。

恋人同士だった時は……あの頃の王女という立場とか、夫婦じゃなかった時が幸せだった。

キリュウになんでも合わせられた。

キリュウだけを見て、キリュウの思うままに歩めた。

愛されてると分かる度に嬉しかった。

ずっと、一生結婚せずに恋人同士だったらよかった。

二人だけの世界で、他を一切考えず、生きられたら良かったのに…。

でも…


『ごめんなさい……キリュウの意見に賛成できなくて…キリュウに合わせることが出来なくて………自分を優先させて………子供をもう失いたくなくて…』


マナはキリュウより子供を優先してしまった。

愛する人との子を身ごもって嬉しかった。

でも、一度亡くしてしまった。

目に見える形でキリュウとの愛をこの世に存在させられると分かったことが、嬉しかった。

でも実際にはキリュウは子供を望んでくれなくて……

傷ついた心がオラクルと街で過ごして癒された。

だから揺れ動いた心が、マナの罪だ。

子供を産めるまではと、キリュウの意思を変えようと動けなかったマナの罪。

愛してくれているキリュウに対して、向き合えなかった弱さが、今の状況で。

マナはヘンリーに庇われる資格はないのだ。


「先に裏切ったのはアシュトラルでしょ!」

「………俺が、マナを…」

「リョウランちゃんは今までアシュトラルに寄り添ってくれていた。なのにアシュトラルはリョウランちゃんを傷つけた。だからアシュトラル、君も傷つきなよ。リョウランちゃんが傷ついた分、苦しめば良い」

「ちょ、ヘンリー…?」


マナはヘンリーの厳しい言葉に、らしくないと思う。

戸惑いながら声をかける。


「リョウランちゃん……いや、殿下。僕は殿下を守る臣下。殿下を傷つけたファーストⅠをセカンドⅡとして許せません」


ヘンリーの強い意志がこもった視線に、マナは息を飲む。

自分が楽しむために、自分の喜びのために、ヘンリーはマナを選んだんだと今まで思っていた。

けれど、ヘンリーはちゃんとマナの臣下でいてくれている。

いてくれたのだ。

マナの潤んできた瞳に、ヘンリーは困ったように笑う。

それにまた涙が溢れ、零れた。

この結果はマナが招いたことで、キリュウに責任はない。

なのに仲の良い二人が仲違いをしてしまった。

これはマナの責任だ。

泣く資格などありはしないのに――


「………あり、がと……ヘンリー……」


蹲って涙するマナの背に、ヘンリーが手を置き擦る。

少なくともヘンリーがマナの傷ついていた心に気付いてくれていた。

自分を責めていたマナの心が温かくなる。

自分勝手にキリュウとの会話を拒んだマナに、庇われる資格はないのに。

一瞬でも嬉しくなったマナは、また自分を責めた。


「………ごめん、ごめんね……キリュウ……ごめん……」


この執務室の中では王女でいようと気を張っていたのに、マナとしての顔を出してしまう。

女王の命令が、重かった。

従わないといけない自分が、無力で。

自分のまいた種で女王を巻き込んでおきながら、尻拭いをさせておきながら、その代償の命令を拒否することなど出来なかった。

王女としてではなく、マナとしてやった事は、間違いだらけで…

それによって更にキリュウを傷つけた。

けれど、マナとして流れる涙は止められなかった。

泣きながら謝るマナの前にキリュウが膝をついた。


「………俺も謝る。泣かせてすまない……俺に親になる資格はない。女王の言う通りだ。………だが、リョウラン王家の子は俺の子が良い」


キリュウの言葉にマナは顔を上げる。

信じられない言葉を聞いた。


「子を愛せるように努力する。女王に…いや、マナの夫として、マナの子の親になれるように努力する。だからそれまで、待っていてくれるか」


キリュウがマナの子も守れるようになると、そう言った。

言ってくれた。

こんな事にならないとその言葉をキリュウから引き出せなかった自分が悔しい。

けれど、もう一度キリュウとの子を作れる可能性があると知る。

愛する人との子をこの手で育てられるという希望が見えた。

マナはそれだけで落ちていた心が浮上するのを感じる。

何度もマナは頷き、キリュウはマナを抱きしめた。

久しぶりのキリュウの体温は、マナを安心させる。

キリュウに抱きしめられたまま、ゆっくりとマナは目を閉じた。


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