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出来損ない少女と冷血の貴公子  作者: 神野 響
第五章 王家篇Ⅱ
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第61話 貴公子の葛藤




マナに子が出来た。

俺はそれが当たり前だと思っていた。

そうかとしか反応しなかった俺に、マナは怒った。

何故だ。

今までのしたことが形になって現れただけだろう。

思ったことを口に出しただけだ。

マナはそれから口をきいてくれなくなった。

夫婦の寝室にも、帰ってこなくなった。

執務室の仮眠室で少しの睡眠と、残りは王女の仕事をしているという。

体を壊す。

注意しようとしてもマナは俺を避ける。

何故だ。

俺が子を授かった事を喜ばなかったせいだと、ヘンリーの言葉で知る。

けれど、何故喜ばないといけない?

避妊しなければ子は自然と出来るだろう。

事実である以外に、何が必要なんだ。

俺の父と母の間に愛はないが、俺と兄がいる。

愛がなくても子は出来る。

そうだろう?

命が一つ産まれただけだ。

俺は母に愛というものを貰ったことはない。

一般では、母が子に構うのが愛というのなんだろう?

俺もマナの子が産まれた時に、構ってやれば良いだけじゃないのか?

マナが俺に目を向けない理由は何だ。

分からん。


「………」


ズキズキと頭が痛む。

なんだこの痛みは。

………今までこんなに考え込んだことがあったか?

………マグダリアに庇われた時にあったな…

あの時は、必ずマグダリアを自分の物にして離さないと思っていた。

いや、今も。

マナは何に不満を持っているんだ。

………俺の何処が悪い。

どうすれば、マナが怒らなくて済む?

どうすれば、俺の元に帰ってくる?


「どうしたアシュトラル」


通路に立っていると声をかけられる。

見るとエンコーフが立っていた。


「………お前か」

「………お前、俺が年上だと認識してるのか…?」

「お前はⅣで俺はⅠだ」

「………へぇへぇ。んで、こんな所に突っ立ってどうした。殿下の所にいないのは珍しいな」

「………」

「ああ、お前避けられてたっけ」

「殺すぞ」


睨むと、エンコーフは笑う。


「殿下が怒るのはよっぽどだったんだろうよ」

「………」

「俺、お前らの会話聞いててよ、思ってたことがあるんだが」

「なんだ」

「殿下って、お前に反対したことないよな」

「………は?」


言われた意味が分からず、エンコーフを訝しげに見る。

それに苦笑するエンコーフ。


「いや、ヘンリーとお前が言い合ってても、殿下はヘンリーをやんわりと嗜めることはあっても、お前には何も言わねぇじゃん?」

「………」

「殿下が譲れないことがあったとしても、全部お前に合わせてるんだなぁって思ってたんだよ」


エンコーフの言葉に、俺は目を見開いた。

………なんだそれは。

俺はちゃんとマナの意見を……

………マナの、話を……


『キリュウ、さっきのはちょっとダメだと思うよ?』

『何故だ。あいつが悪い。だからあれで良かったんだ』

『………そうだね』


『キリュウ、イグニスとちょっと行ってきて欲しいんだけど』

『マナの傍にいる』

『え…うん、分かった。じゃあごめんヘンリー行ってきて』


『ちょっ、キリュウ! 私はまだ仕事が!』

『そんなのはいい。寝るぞ』

『………分かった』


………そうか。

いつもマナは俺に合わせていたのか。

俺を不快にさせないために。


「今回、ヘンリーも殿下側だしよ。お前、考えること下手だろ」

「………」

「殿下はさ、そりゃお前の妻としてお前を支えなければいけないと思っているんだろうけど、それって可笑しくねぇ? 殿下が一方的にお前に合わせることが、お前の愛って事なのか?」

「………そ、れは…」

「王宮魔導士時代からお前が少しずつ変わっているのは知ってる。殿下の言葉を聞くようになったしな。でも、圧倒的に殿下がお前に合わせることが多いんだ。恋人同士なら相手を思いやることで何も問題ないんだろうが、今は夫婦。それ以前に主と臣下の関係で、臣下の意見を主が全面的に賛同するのは俺はどうかと思ってる。殿下も殿下だってな」


俺は自分の意見を貫くことが、マナの賛同の言葉を聞くことが、当たり前だと…。


「………マナを悪く言うな…」

「いや、言う。殿下がお前の意見に合わせることで………仕事に支障きたしていること知ってるかよ?」

「なんだと…?」

「だから殿下はお前との寝室に戻って話し合う時間すら作ることが出来ねぇんじゃねぇか。お前の反対意見があるだろう案件を、お前が退室した後にしてるんだからな。主が臣下を気にして遠慮するのが今後のリョウラン国を支えていく立場の王女って事に俺は不安があるね。ようは臣下の思うままに国を動かす――お前の思うままの国になるって事だぜ? 俺が忠誠を誓った女は、無能だったって事なのか?」


エンコーフの言葉が理解できなかった。

マナの邪魔をしているのか、俺は…

そして俺のせいで、エンコーフがマナに対する不満を膨らませている事を知った。

………何をしているんだ、俺は…

マナの邪魔をするために、リョウランの名前を持ったのか?


「オラクルと俺が臣下になって時間が経ったが、段々と殿下はオラクルに影響されてお前以外に目を向けるようになって実は俺、安心してんだよ。お前以外に殿下は目を向け始め、お前の考えだけを肯定することは無くなったな、と」

「………」


そうだ。

マナは俺よりヘンリーやラインバークと共にいることが増えた。

それが納得いかなかった。

マナの一番は俺ではなくなったのか? と。

…だが、王女としては必要な事。

俺はマナを昔からのマナとしか見ていなかった。

王女としてのマナ、俺が知っているマナ。

どちらもマナで、俺がマナの行動、気持ちを制限することで、マナに負担をかけていたのか?

………マナは俺に対して言えなかったことを、今回口に出したのか?

俺が今のマナを作り出した、ということなのか?


「アシュトラル、暫く殿下の様子を客観的に観察してみろ。嫉妬とかは出して良いだろう。むしろ、それがお前だしな。でも、殿下の意見を撥ね除けるようなことをするな。聞く努力をしろ」

「………聞く努力…」

「俺は殿下やヘンリーみたいに一から十まで教えることはしない。俺自身そんな頭良くねぇし体で覚えるタイプだしな…」

「………」

「俺もお前の味方をしない。殿下の臣下だしな。でも、お前がいない執務室で静かに分からないように泣いている殿下を放っては置けない。その涙を拭えるのって、お前の気持ち次第なんじゃねぇか?」

「………俺のせいでマナが泣いてるのか……」


これではあの女王の命令も頷ける。

俺は――今の俺は、マナを支える夫としても、臣下としても失格だ。

子の事を考える以前に、俺は今の時点でマナを支える臣下の中で、ヘンリーやラインバークに負けていることになる。

俺の意見を押し付けて、マナを泣かせてどうする。

守るべき相手を泣かせて、それでも俺がマナもマグダリアも俺のモノだと主張したところで、女王に認められるはずもなかった。

全ては自分のせいだった。

女王を、ラインバークを恨んでいた。

俺からマナを奪うなど、許せなかった。

――だが、これは俺がマナの為に行動できなかった事の代償だと、気付いた。


「妊婦は情緒不安定になるって言うしな。お前と話す余裕を持てないのも無理はない。そういう時、お前が支える。それが夫婦なんじゃね? 俺も言うほど男女の仲は分からんがな」


エンコーフの言葉に俺は頷いた。

問い詰めるような行為は、逆効果なのだろう。

今までそれできていた。

その度にマナが折れていたということだろう。

それは、一般的なあるべき姿ではないことは、知識としてはあった。

けれど、いつの間にかそれを忘れ、マナは俺の物だからと、マナの気持ちを考えることを怠っていたのだろう。

………父にもあの時言われ、マナの意見を聞くようにしたのではないのか。

………俺以外がマナの傍にいるからと、考える余裕がなかったのだな。


「………感謝するエンコーフ。考える」

「ああ。ちゃんと仲直りしてくれるように願ってるよ」


エンコーフと共に執務室へ向かった。

俺はマナを取り戻す。

その為にはまず、周りを見ることから始まる。

マナだけ見てる、俺の意見だけ言う、それだけでは、マナ・リョウランの夫として失格なのだとエンコーフと話していて気付き、考え、理解した。

フッと俺は失笑する。

俺はマナに甘えていたのだ。

俺の為だけに向けてくれる笑顔をここ何日見ていないのだろうか。

何故ヘンリーやラインバークばかりに目を向けるのか、ようやく分かった気がした。

こういうことは、俺自身が経験し、考える必要があったのだ。


「………      に一瞬でもマナが惹かれるわけだ」

「あん? なんか言ったか?」

「………いや」


俺は首を振った。

マナは俺が気づいていないと思っているだろうが、気付いていないはずもない。

俺はずっとマナを見ているのだからな。

マナの表情一つでどこに気持ちが向いているのか分かる。

それが分かっていたのに、俺はマナの他の感情を、気持ちを聞こうとは、悟ろうとはしていなかった。

変わらないといけないのは王女となったマナだけではない。

俺もまた、変わる事を要求されていた。

マナの感情の変化にどうこう言うつもりはない。

これはマナの気持ちを考えずに、今まで通りに過ごしていた俺への罰なのだ。

今までずっと俺の知らない所で傷ついていたマナの苦しみが、俺の所に回ってきただけだろう。

だが、マナは俺のモノだ。

だから――また俺に向けさせる。

その為にやる事は既に分かっている。

俺は、知る必要がある。

自分自身で。

マナやヘンリーやエンコーフに教えられ、知識としてはあっても、決して身につけられやしない。

こんな事にならなければ、俺は本当の意味で考えなかっただろうな…

情けない。

冷血の貴公子が聞いて呆れる。

こういう事は俺以外の誰でも知っている事なのだろう。


「経験に勝る知識はない、か」


いつか読んだ書物の中にあった言葉。

意味が今、分かった。

俺は下に向けていた視線を上げる。

執務室が見え、俺はゆっくりと扉を開けた。

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