第60話 出来損ない少女と衝突
「どういうことだ」
感情を抑えたキリュウの声が、女王の執務室に響く。
ここにはホウメイ、マナ、シュウ、オラクル、そしてマナの義父がいた。
ホウメイと義父の提案――いや、命令がキリュウに伝えられた。
つまり、マグダリアとオラクルの婚約と結婚の件だ。
「私がマナに頼んだのです。ウォール家の不正疑惑を探るために、マナにマグダリアとしてオラクルの婚約者として街で振る舞うようにと。そして、庶民と貴族の一部に婚約の件が広まったのです。騒ぎを起こさないために、マグダリアとオラクルは婚約、暫くしたら籍を入れさせます」
マナとオラクルが勝手にやった尻拭いを、女王にさせてしまった。
罪悪感に押しつぶされそうになる心を表に出さないように、必死で無表情を作る。
「マナもマグダリアも俺の物だ」
「マグダリアは違います。マグダリアはフィフティ家に居るのですから。貴方はキリュウ・リョウラン。マナの夫であってマグダリアの夫ではありません」
「………っ」
言葉に詰まるキリュウを心配そうに見てしまう。
これでキリュウと別れることになったらどうしよう、とマナは自分のことしか考えていない事を思わないようにするのが精一杯。
自分でまいた種だ。
マナに心配する筋合いはない。
キリュウの責めを甘んじて受け入れる。
それしかマナには出来ることはない。
「それにキリュウ。マナを妊娠させておきながら、子供に興味がないらしいわね」
「!? それは!」
「ですから産まれる子はマグダリアとオラクルの子とします」
「「「え……!?」」」
ホウメイの言葉に反応したのはマナとキリュウ、そしてオラクルだった。
「オラクルはマグダリアの子を育て、守る意思はありますね?」
「――はい」
ホウメイの言葉に即答するオラクル。
マナは思わずオラクルを見上げ、その視線に気づいたオラクルは、マナに微笑んだ。
それを見て、キリュウはマナを引き寄せた。
「わっ……キリュウ?」
「俺とマナの子は誰にも渡さん!」
「ではキリュウ。貴方はマナより子を守れますか」
「――!」
「子は最初から自分を守ることは出来ません。マナは自分の身は自分で守れますが、子は成長し成人するまで無防備です。貴方はマナよりも子を守ると誓えますか」
「………お、れは…」
「子を守れない、まして子の存在を喜べない貴方には、父親になる資格はありません!」
ホウメイの言葉にキリュウは顔を俯けた。
苦痛に顔を歪めるキリュウの表情は見たことがなく、マナは思わずギュッとキリュウを抱きしめる。
「………俺は、危険と判断したら迷わずマナを選ぶ、と思う…」
嘘をつけないキリュウは、子を守るとは言えないだろう。
今でもマナが一番だと思っているのだ。
それはマナにとって喜ぶところだろう。
けれど、母親としては喜べない。
間違いなくキリュウとの子供なのに、キリュウに守ってもらえないのは、辛い…。
「マナの中の子はオラクルの子です。これは女王命令です。いいですね」
「「「「はい」」」」
キリュウ以外がホウメイの言葉に頷いた。
マナも頷かないわけにはいかなかった。
キリュウの望んでいない子供を産んでいいのかという悩みが、解決したように思えた。
彼に望まれてないのなら、二度と子供を産めない体になったとしても、子供を殺さないといけない可能性があると少なからず思っていた。
でも、これで愛する人の子供を産める。
心から安堵してしまった自分が確かにいた。
「それからキリュウ。二度とマナを妊娠させることのないように」
「………」
「子を守る意思がない父親になる覚悟もない男が、無責任なことをしないように。そしてマナ」
キリュウを睨みつけるようにホウメイは命令し、スッとマナに視線を移される。
内心ビクつきながら、マナはホウメイを見返す。
「はい」
「ラインバーク領と王家の血筋を作るためにオラクルと関係を持つことを命令します」
「「「なっ…!?」」」
ホウメイの言葉にマナ、キリュウ、オラクルが反応する。
「ちょ、キリュウとの子をこれから作らないようにという命令は理解できます! でも、王家とラインバークは跡継ぎは必要ないでしょ!?」
「………ユーゴ」
「はい」
ホウメイに呼ばれ、義父がマナを見る。
ユーゴ・フィフティ。
それが義父の名前。
「マナ、それにオラクル殿。これは君達の事をラインバーク当主に許可を貰いに行った時、当主に聞いたんだけどね。オラクル殿の兄君がリョウフウ領で実験体にされた被害者の中に居たそうだよ」
「はぁ!?」
義父の言葉にオラクルが素の反応をした。
「俺、何も聞いてないですよ!? あの遺体の中に兄の姿は…」
「今、リョウフウ領の解体をしているのは知ってるね?」
「………はい」
「その解体作業の時に、使い捨てられた人形にされた人の遺体が土の中から出てきてるそうだよ。君の兄の遺体と、奥方の遺体も発見された」
「………」
「だからラインバーク当主は、マグダリアとオラクルの子を一人ラインバーク家の跡継ぎにする事を条件にしてきたんだ」
オラクルは唖然とし、その場に膝をついた。
「オラクル!」
マナは咄嗟にオラクルに近づこうとするが、キリュウに抱きしめられ動けなかった。
「ちょ、キリュウ!?」
「………行くな」
その目に嫉妬の感情を見つけ、マナは動けなくなった。
マナが愛しているのは今でもキリュウで、オラクルではない。
けれど――
「――離しなさい」
キリュウを睨みつける。
この部屋ではマナは王女であり、オラクルの主だ。
主が臣下を見捨ててどうするのだ。
キリュウがたじろぎ、腕の力が緩む。
マナはオラクルに駆け寄る。
「オラクル…」
「………殿下……すみ、ません……」
手で顔を覆うオラクルに、マナは背に手を当てる。
ゆっくりと背を撫でると、オラクルは落ち着いてきたのか息を吐いた。
「………ラインバーク家の事情は分かったわ。オラクルしか跡継ぎがいないならオラクルが継ぐはずだけど、私の臣下だから領主になれない。だから子をってことね?」
「そうだよ」
「なら、今いるこの子をラインバーク家にって出来ないの?」
「今いる子はフィフティ家の跡継ぎだよ。婚約者の立場で言えばフィフティ家の方が上。第一子はフィフティ家の。第二子はラインバーク家。第三子を王家の子とする」
「………っ。お、王家の子って、王家は世襲制じゃないでしょ!?」
「世襲制じゃないからって、子孫を残さないで良いだなんて思ってないでしょうね?」
「………ぁ…」
結婚したからには子を要求される。
当たり前のことにマナは気づいていなかった。
独身なら誰か臣下と関係を持ち、子を作る。
リョウラン家にも子孫は要るのだ。
王家の血を薄めるなど、以ての外だと。
………キリュウと結婚できないと思っていたとき、ずっと独身でいるつもりだったマナ。
でも、それは出来ないことに今気づいた。
あの時の自分に戻りたいと思う。
身ごもれない体なら、諦めさせることが出来た。
でも、マナは今、子を宿している。
「………じゃ、じゃあ、キリュウとの子を作れば…」
「これ以上、親になる資格のない人の子を産むことは許しません。子はただ産めば良い道具じゃないのよ」
マナとオラクルの咄嗟の芝居が。
キリュウの揺るがない心が。
こんな事になるとは思わなかった。
「お母様……」
「今は陛下。いい加減に腹をくくりなさい」
厳しい言葉にマナは唇を噛んだ。
「………マグダリア・フィフティの影武者はどうですか」
「当てはあるの? 貴女と同じ考えを持ち、貴女のように行動できる人物が」
「………そ、れは……」
「いいわ。そういう子がいるなら連れてくれば。ただし、待てるのは貴女の出産までよ。ラインバークもそれでいいわね」
「はい。殿下の都合のいいように」
オラクルの言葉に、マナは恥ずかしくなった。
嫌だ嫌だと駄々を捏ねている自分が子供で……
でも、諦めたくない……
キリュウ以外の手を取らない方法を。
密かに影武者を探そうと、マナは心の中で決心した。




