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出来損ない少女と冷血の貴公子  作者: 神野 響
第一章 魔導科学園篇
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第06話 出来損ない少女と第一歩





「………は?」


キリュウは翌日の教室で、ヘンリーと話していた。

話題はマグダリアとどうなったかという事をヘンリーが聞いてきたため。

仲直りだけでも出来ただろうかと、気になっていたからだ。

なのに……


「付き合う事になった!?」

「ああ」


何故そんな事になっているのだと、ヘンリーは思考が追いつかなくなりそうになった。

昨日自分は、まず謝って関係を修復した後、徐々にマグダリアに好いてもらえるよう、ゆっくり進めていけと言わなかったか。

というか、絶対マグダリアの方はキリュウに対して負い目や萎縮があったはずだ。

先走って告白したとしても、フラれるのがオチだとヘンリーは疑いもしなかった。

なのに何故、こんな事になっている。


「はい、アシュトラル。最初から説明して」


昨日と同じ言葉を言う事になった。

そしてやらかしてしまったキリュウの事を知った。

話の途中、思わず口づけてしまったという所で、ヘンリーはさぁっと顔色が青くなるのを感じた。


『あれだな……フィフティちゃんは断る方が怖かったのかもしれない…』


冷血の貴公子に口づけられ、断れば制裁をくらうと思ったのだろうとヘンリーは解釈した。

無理もない。

相手はキリュウ・アシュトラルなのだから、と。

だが、続きを話していくキリュウの言葉に段々その考えが筋違いだと気付く。


「………え? 好きだった?」

「ああ。マグダリアは確かに俺を好きだと言った」


無表情でコクンと頷くキリュウに、本当にこいつは喜んでいるのかとヘンリーは疑問に思う。

普通、少し照れたりするだろう。

けれど目の前の男はいつも通り、いろんな意味でいつも通りなのだ。

そしてマグダリアの事を名前で呼んだ。

家名ではなく、マグダリア、と。

キリュウは人のファーストネームを呼ぶことがない。

全ての人間を家名で呼ぶのだ。

けれどマグダリアだけはその者だけを示す名で呼んだ。


「一応聞くけど……妄想じゃないよね?」

「………俺はお前に妄想を話したことがあったか?」

「ないね」


ならば本当なのだろう。

キリュウが嘘を言ったことなど一度もない。

むしろ正論ばかり言い、相手にダメージを与えるのが常だ。


「で?」

「俺に傍にいて欲しいと可愛い事言うから、また口づけた」

「………」


そりゃ好きな子にそう言われたら可愛いし、嬉しくもなるだろう。

けれど目の前の男から幸せというオーラを全く感じない。

何故未だにいつも通り無表情なのだろうかと、ヘンリーは苦笑する。


「じゃあ、付き合う事になったってことで。おめでとう」

「ああ」

「で? 具体的にまた会う約束したの?」

「は?」

「………ん?」


意味が分からないという顔をされ、ヘンリーは嫌な汗が流れるのを感じた。


「………まさか、今日の昼一緒に食べようとか、今度の休みに一緒に出掛けようとか、そういう約束一切なし?」

「………」


無言になるキリュウに、ヘンリーはガックリと項垂れることとなった。

昨日と今日とでどれぐらい彼に脱力させられることになるのだろうかと、ヘンリーは他人事のように思ってしまった。


「あのねぇ。同じクラスでも、同じ学年でもないんだよ? フィフティちゃんに会える確率の方が少ないんだからさ……約束しないと……いつ、どこで、何時に待ち合わせるって会話しないとダメだよ……」

「………そうか」


恋愛初心者でもそれぐらいわかるよ……と言いたくなったが、ヘンリーは堪えた。

彼は恋愛というより、人付き合いが悪い。

自分中心なのだ。

良い意味でも、悪い意味でも。


「毎日俺が図書館に行けばいいと思っていた」

「………ああ」


なるほど、とヘンリーは頷いた。

マグダリアは毎日図書館に通っていると、情報を提供したのは自分だ。

その自分の言葉があったからこそ、キリュウは約束せずに自分が図書館に会いに行けばいいと思っていたのだ。

誰かに会いに行くこと自体、キリュウには初めての事。

その変化に嬉しくなったが、いつも図書館デートでは味気ない。

昼休みにでも、ヘンリーがキリュウを連れてマグダリアの所に行こうと思った。

一緒に昼を食べるために。

そう思っていると、コツコツと窓に何かが当たる音がした。

キリュウとヘンリーが同時に窓を向く。

そこには紙で作られた鳥がいた。

この国では珍しくもない、連絡手段に用いられる魔法だ。

自分が書いた手紙に魔法を使うと、持ち主の希望通りの形となり、相手の所まで飛ばせる。

ヘンリーが窓を開けると、スゥッとキリュウの所まで鳥は飛んでいき、キリュウの手の中で紙に戻った。


「誰から?」

「………」


窓を閉めながら、キリュウ宛の伝言だと何も疑問を持たずに聞く。

だが返答はなかった。

不思議そうに眺めていると、キリュウの頬に赤みがさしたように見えた。

へ……?と目を見開いていると、キリュウが急にいそいそと何かを探し始める。

珍しく慌てた様子のキリュウを唖然と見ているしかなった。


「おいヘンリー」

「え、なに?」

「………便箋、貸してくれ」


返事を書く紙がなかったらしい。

確かにヘンリーはよく女子からラブレターを貰い、断りの返事をすぐに書くため常備しているが。

いつもならその辺の裏紙にでも書いて仏頂面で送っているのにどうしたのか。

そこでようやく、キリュウに来た手紙がマグダリアからだと察する。

マグダリアの手紙一つで、キリュウの珍しい顔を拝める。

それが嬉しくて、便箋を渡してどう返事を書こうか悩んでいるキリュウを眺めながら笑う。

きっと、マグダリアはかなり悩んで出そうかどうか決めたのだろう。

その証拠に、届いた手紙の端がよれよれになっている。

チラリと見えた手紙の内容は、今日の放課後一緒に校庭で過ごさないかということだった。

日課の図書館通いを止め、キリュウを誘うという事は、マグダリアもキリュウと過ごしたいという事。

これを見れば、両想いなのだと疑えない。

数分前思った言葉を、ヘンリーは消した。

二人を観察するいい機会。

逃しはしないよ、と心の中で思った。




パタパタという音に気が付き、マグダリアは顔を上げる。

先程送ってしまった手紙。

マグダリアは昨日屋敷に帰ってから、ハッと我に返り自分がキリュウと付き合えることになった実感に悶えていたのだが、滅多に、というか今まで出会わなかった相手と両想いになったとしても、次会う機会があるのかとふと疑問に思った。

キリュウは何も言わずに去って行った。

そして気づく。

好きだとは言われたが、それで付き合う事になったと言えるのかと。

恋愛小説は好きだ。

だから人と人が付き合うようになる過程まで、知識としては認識している。

けれど、“付き合いましょう”“はい”で関係が持てるとの認識だったため、キリュウが自分と付き合うことになったと思っているのかどうか。

マグダリアはぐったりと項垂れてしまった。

自分から言えばよかったのか、けれどあの状況では自分も好きだという事しか言えなかった。


「………はぁ……」


マグダリアはベッドに突っ伏してしまう。


「………で、でも……口づけ…してくれた……し…」


付き合ってなければそういう事してくれないよね……と、自問自答を繰り返す。

そしてマグダリアは自分のデスクを見る。

引き出しには使われてない便箋などが入っていたはず。

よろよろと立ち上がって引き出しを開ければ、綺麗に整頓された中身が見られる。

フィフティ家は王族とあって、侍女たちが沢山いる。

家族だけでは掃除もままならない程に屋敷が広いからだ。

そもそも王族や貴族がその手に掃除道具など持つはずもなく。

マグダリアも引き取られた当初は、施設に居た習慣で雑巾を手に持とうとして慌てて取り上げられたのをよく覚えている。

お嬢様と呼ばれるようになって、慣れるのに時間がかかった。

いや、今でも慣れない。

マグダリアの部屋は豪華で、何もかも侍女が管理し、お人形の如く大切に扱われた。

自分で何かをしたいと思う事は、平民ならではの習性だと思う。

服を自分で着たい、湯あみは自分一人で、なんて絶対にやらせてくれない。

それを窮屈だと未だに思うのは、平民だから、と仕方ない事だと思う。

思考が横に逸れている事に気付いたマグダリアは、キリュウに放課後一緒に過ごしたいと手紙をしたためた所までは良かった。

その後に気付く。

こんな手紙を送っても、キリュウが嫌だと言ったらどうしようかと。

悶々と考えて夜更かししてしまい、慌てて睡眠をとる為にベッドに入った所までで昨日は終わった。

次の日起きて学園に向かい、教室に入った所でハッと思い出した。

無意識に手紙を鞄に入れていたらしく、魔導書と魔導書の間に便箋が挟まっていたのだ。

どうしようかと悩んでいた時、クラスメイトの声が耳に入ってきた。

いつもなら耳に入っているのだろうが内容が耳に入って来ず流れていくのに。

その会話だけが耳に残った。


「え!? ―――先輩にラブレター出したの!?」

「ちょっ! 声が大きいってぇ…」

「それでそれで!?」

「だ、ダメだったけど、出して後悔してないよ! だって、もしかしたらってくらいの気持ちで送ったんだし。断られても、ああやっぱり…って思って諦めついたんだ!」


出さないで後悔するより、出した方がマシ。

その言葉には同意し、マグダリアはキリュウに送ることを決心し、飛ばしたのだ。

最初の授業は移動で魔法室へ行く。

その為マグダリアは魔導書をもって教室を後にした。

魔法室は魔法の検査の為の教室で、どんなに強い魔法を使っても、壁に魔法が吸収されてその威力の数値が出る。

規定数値の上か下か、これで成績が決まるのだ。

その試験に向けての練習も、授業に含まれている。

魔導科はこれがメインの教育で、一番多く時間が取られているのも魔法実戦訓練強化。

この日も三時間組まれている。

トボトボ一人で廊下を歩いている所に、先程のパタパタという音が聞こえてきたのだ。

手を伸ばすとマグダリアの手に鳥が止まって可愛い便箋になった。

え……と思っていると、目に入った内容はキリュウの言葉だと認識する。

最後の所にキリュウ・アシュトラルという署名が入っていたから。

手紙の返事が来た事の驚きより、何故こんなに可愛い便箋を持っているのだろうかという疑問の方が大きかったが。

桃色の紙に周りに花の柄。

見るからに女の子が持っていそうだ。

クラスメイトからもらったのだろうかと、少しモヤモヤした。

そんな事より返事を見ないとと、慌ててマグダリアは読んだ。


「………放課後、より、もっと……早く…会いたい……ヘンリーも…一緒だが……食事を…一緒に!?」


しないか、という最後まで読めずに、マグダリアはその場でオロオロしてしまった。

そんなマグダリアを変な目で見ていく生徒の事は、マグダリアの目に入らない。

こんな返事が返ってくるとは思わず、便箋を持ってきていない。

慌てて購買部に行こうとするが、無情にも予鈴の音が廊下に響き渡った。

授業に遅刻するわけにはいかず、マグダリアは泣きそうになりながらも、廊下を走って魔法室まで向かう。

心の中で何度も謝りながら。

魔法実戦訓練の時は通しでやる為、今日は昼休みの時間まで休憩時間がない。

返事を書けずに嫌われたらどうしようと涙目になりながら、マグダリアは走って行った。




「返事来ないねぇ」


ニヤつきながら休憩時間に寄ってくるヘンリーにイラッとするキリュウ。

返事が来ない事を一番気にしているのはキリュウなのだ。


「ヘンリーと一緒と書いたのが駄目だったのかもな」

「ちょっ!? 僕のせい!? 心外だなぁ~」


ヘンリーは窓に近付き空を見る。

鳥は飛んでいない。

今回の休み時間も空振りのようだ。

これで二回目の休み時間。

次の休み時間は昼休み。

つまり、一緒に食事をしようと書いた時間になってしまう。


「………行くぞ」


無表情だが、明らかに背中に哀愁を漂わせているキリュウが教室を出て行く。

それに苦笑しながらヘンリーは後を追う。

次の授業は体育。

体を動かすのは魔法を維持するための体力を鍛える為。

魔法使いは体力も必要になる。

今日は外で走り込みだ。

キリュウとヘンリーにとって楽な授業なのだが…


「そんなに落ち込んでて集中できるの?」

「落ち込んでいない」

「無理しちゃって」


クスクス笑うヘンリーに苛立ってくる。

何がそんなに楽しいのか。

思わずため息をつきそうになりながら歩いていると、


「あ」


ヘンリーが何かに気付いたように声を出した。

チラリと見ると、笑いながら指をさす。

それに従いキリュウが視線を向けると、そこには魔法実戦訓練をしているのだろう、魔法室の外で順番を待っている列が見えた。

全員が魔法室に入っているといざという時、全員が巻き込まれる危険性がある。

だから数人ずつ入り、残りの者は外で詠唱の確認をしたり、魔導書を読んでいたり、休憩時間が取られない代わりに、魔法室の外にいる間は自由時間。

これで授業が成り立つのだ。

その列の離れた場所に、マグダリアが一人ぽつんと座っているのが見えた。


「………魔法実戦訓練の時間だったのか」

「フィフティちゃんは真面目だし、授業中に返事書けなかったのも頷けるね」

「ああ」


頷いたキリュウの雰囲気が柔らかくなったのに気付く。

マグダリアが返事を書かなかったのではなく、書けなかった事実にホッとしたのだ。

顔には出なくとも、雰囲気で機嫌の良し悪しを表現するキリュウにヘンリーは笑う。

大分、人間味が出て来て嬉しいのだ。

その変化が分かるのはヘンリーくらいしかいないのだが。


「………ヘンリー」

「はいはい」


移動先を変更したいのに気付き、ヘンリーは手を振った。

キリュウはそれを見ずにすでに歩き出していた。

近付いていくと、それに気づいたのだろうふと俯いていた顔を向けてくるマグダリア。

そしてキリュウの姿を見ると目を見開き、クラスメイトとキリュウを交互に見てオロオロするマグダリアに、ふっと微笑がこぼれる。

キリュウにとってマグダリアだけがいればよく、他人の目など全く気にならない。

自分に気付いて驚いているマグダリアのクラスメイト達など元からいないものなのだ。


「せ、先輩……」


目をキョロキョロさせながらも、ほんのり赤くなった顔をして恥ずかしそうにしているマグダリアが、凄く愛おしくなる。

やはり恋だと気付いてよかったとキリュウは思う。

彼女が他人の物にならなくて。

自分の物だと。

誰にも渡さないと。

何故こんなにマグダリアに惹かれているのか分からない。

一般的に恋と気づくまでに時間がかかると書物に書いていた。

マグダリアの存在は知っていても、出会ったのはわずか二月程前。

恋に発展する程の時間が経っているとは思わない。

けれど彼女しかいないと思ってしまったキリュウ。

他の者はどうでもいい。

早すぎると言われても自分は自分だ。

今までと何も変わらない。

思ったことを言い、思うがままに行動する。

マグダリアもキリュウを受け入れたのだ。

何を遠慮することがある。


「マグダリア」

「は、はい……」

「返事は?」

「ぇ……」


名前を呼ばれて返事をしたではないか。

そうマグダリアは思うが、キリュウはマグダリアの手元を指さした。

俯いて魔導書の読みこみを熱心にしているのかと思えば、開いた魔導書の間に自分の書いた手紙があることに気付いたのだ。

真面目だと思っていた彼女が授業中に自分の手紙を、一行しかない手紙を何度も読み返していた。

それが妙に嬉しかったのだ。

だからいつもよりも仏頂面になってしまったかもしれないと、少しキリュウは心配になる。

自分の顔がどうだろうが、一切気にしたことは無いのに。

マグダリアが相手だとどうも気になってしまう。


「ぁ………」


カァッと見る見るうちに真っ赤になっていくマグダリアを、可愛いと心の中で思う。


「え、っと……これは…その…」


熱心に手紙を何度も読んでいたのを見られて恥ずかしくなり、思わずパタンと魔導書を閉じて書を抱え込む。

そんな行動もキリュウの心を乱すことに気付かない。

暫く俯いていたマグダリアは返事を聞かれていたのだと、大分待たせてしまっていると気付いたのは、予鈴が鳴ってからだった。

ハッと顔を上げるとキリュウはその場に留まったまま、ただマグダリアの返事を待ってくれていた。

それにマグダリアは嬉しくなる。

話すことが苦手…というか話すことがあまりなく、更に考えながら口にする為にしどろもどろになってしまってもキリュウは最後まで聞き、マグダリアが落ち着くまで待ってくれる。


「ぜ、是非……ご一緒…に……」

「ああ。授業が終わったらここに来る。待っていろ」


少し頷いてからマグダリアの頭を一撫でし、キリュウは身を翻して立ち去った。

その背をボーっと眺め、姿が見えなくなっても暫くその方向を見つめ続けていた。



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