表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
出来損ない少女と冷血の貴公子  作者: 神野 響
第五章 王家篇Ⅱ
56/81

第56話 出来損ない少女のお忍び③




街を堪能し、そろそろ王宮に帰ろうかとしていた時だった。

見覚えある赤いドレスが目の前に立ち塞がった。


「オラクル!」


呼び止められたオラクルは勿論、マナもゲッソリと相手を見た。

懲りてないアンジェリカがそこにいた。


「………まだなんか用か」

「お母様に頼んで、王女に直接面会して頂いて婚約破棄の撤回を頼んで頂きましたわ! 王女は承諾してくださったそうで念書に署名も頂いてきてくださいましたの!」


………満面の笑みでアンジェリカが言った。

得意げに。

目の前にいる王女であるマナの前で。

堂々と。

面会など一切マナは承諾していないし、アンジェリカの母親に会ったこともない。

そもそもアンジェリカの家名さえ知らない。

マナに面会できる者など、今のところフィフティ家のみ。

しかもマナはアンジェリカに初めて会ったときから今まで街にいたのだ。

王宮にいるはずもない。

更に王女との謁見など承諾されたとしても、こんな短時間で許可され、更に念書に書名など成されるはずもない。


「………バカなのこの人」

「バカなんだよ」


マナは半目になり、思わずこぼしてしまう。

それにオラクルが返す。


「なっ!? どういう意味ですの!?」

「今現在、王女は面会は全て断っているのをご存じないんですか」

「は!? そんなの聞いてないわよ! そ、それにほら! 王女の署名があるのよ!?」


確かにマナ・リョウランの署名があるが、マナ自身が書いていないし、筆跡も違う。

オラクルもマナの筆跡を知っているし、書いてないのを知っている。

二人して呆れてしまう。

堂々と王女の目の前で不正行為を宣言するとは。


「偽物の署名を見せられてもオラクルは渡しませんよ」

「に、偽物ですって!? このアンジェリカ・ウォールに対して失礼じゃありませんこと!?」

「………ウォール?」


マナは家名に引っかかり、オラクルを見上げる。


「ああ、アンジェリカはウォール家の者だ」

「………ということは剣闘士のイラン・ウォールの…?」

「妹」


あの合同訓練最初の説明の時に、オラクルに抗議した男の妹らしい。


「………兄妹揃ってプライドの固まりなの?」

「言うな」

「ちょっと! 私を無視しないでくださる!?」


喚くアンジェリカをマナは何の感情もこもっていない顔で見る。


「では、本当かどうか殿下に確かめてきます。その念書を渡してください」

「そ、それは出来ませんわ!」

「何故」

「わ、私はウォール家の人間ですのよ!? 貴女なんかよりずっと上の人間ですわ! 貴女に指図される謂われはないわ!」

「………」


マナは呆れた。

アンジェリカの言い分に。


「私より貴女が上だと、どうしてそんな自信満々に言えるのですか? 私の家名も知りませんでしょ」

「泥棒猫の貴女は、良い教育など受けてないんでしょう。オラクルの家柄を利用してのし上がろうとしてるのでしょ!」


何処までもマナを馬鹿にするアンジェリカ。

オラクルの顔色はもう真っ青で、いつマナの怒りが爆発するのかヒヤヒヤしていた。

スッとマナの前に体を入れてさり気なくアンジェリカから遠ざける。

また周りに野次馬が集まって来た。

今日は厄日かもしれないと、マナはため息をつく。


「それに子供が出来ただなんて嘘で、オラクルを私から奪うなんてとんでもない悪女ですこと」

「アンジェリカ!」

「本当にオラクルはこの女を愛しているんですの!?」

「ああ」


即答するオラクルに、マナは不覚にも顔を赤くする。

こんな大勢がいる場所で宣言するなど、嘘だと分かっていても恥ずかしい。


「じゃあここで証明してくださる?」

「………は?」

「………」


唖然とするオラクルと、目を細めるマナ。

このままでは悪い方向へ行きそうだと。

マナが口を開く前にアンジェリカが言葉を発した。


「ここで口づけてくださいな。その泥棒猫に。そうすれば認めてあげなくもないですわよ」


とんでもないことを言い出すアンジェリカ。

さらに上から目線のアンジェリカに、マナは呆れ果てた。

これが今の貴族なのかと。


「こんな所で出来るわけないだろうが!」


オラクルはアンジェリカの要求をかわそうとしたのだろう。

だがそれは悪手だ。


「出来ませんのね。やはり嘘だったわけですわね」

「常識的に考えろ! そんな事すればマグダリアの悪評になるだろうが!」

「そんな事関係ありませんわ! 抱きしめたりするだけなら愛していなくても出来ること! 証明できないなら、嘘だと判断いたしますわ! 今すぐ証明してくださいませ!」

「――っ!」


マナは間に入るべきかどうか悩んだ。

オラクルと口づけをするなど出来ない。

マナ・リョウランとしては。

キリュウ・リョウランという夫がいるため。

だが、今はマグダリア・フィフティとしてここにいる。

オラクルをアンジェリカから守るなら、口づけをするのが手っ取り早い。

アンジェリカがこの事を言ってくる前に諫めようとしなかったマナの失態。

それぐらいの代償は支払うべきだ。

けれど、マナとしては何とかあの念書を手に入れたい。

偽造書類の証拠品押収。

ウォール家の自分勝手な振る舞いを諫めなければ、第二のターギンス家を生み出してしまう。

チラッとオラクルがマナを見る。

マナに解決を委ねるということだろう。

自分ではどう言ってもアンジェリカは諦めない、と。


「そ、それで…貴方の整理が終わるなら…」


恥ずかしそうに視線を落として言えば、オラクルが息を飲んだ気配がする。

その間、マナはアンジェリカの動きを冷静に見ていた。

アンジェリカはマナを睨みつけていた。

令嬢として他人の目があるこんな街中まちなかで口づけるなど非常識な事、マナが了承するとは思わなかった。

だからあんな条件をアンジェリカは出した。

これで二人が口づけてしまえば、アンジェリカはオラクルを諦める以外の選択肢がなくなる。

けれど今更撤回など出来ない。

自分が突きつけた条件なのだから。


「マグダリア、本気で…?」


オラクルが狼狽えながら聞く。

そんな状態では演技に気づかれてしまうではないか。

マナはオラクルの袖を引っ張り、屈ませる。


「バレる。覚悟決めろ。男だろ。それともアンジェリカにこれからも付きまとわれたいのか」


オラクルにだけ聞こえるように囁けば、覚悟を決めたような顔になった。

オラクルがマナの顎に手をかけ、マナに口づけた。

アンジェリカに見えるように、角度を調整して。

マナに噛みつくようなオラクルの口づけは、アンジェリカを動揺させた。


「なっ……は、破廉恥ですわ!!」


自分でしろと言ったにも関わらず、アンジェリカが喚き始める。

オラクルと離れ、マナはアンジェリカを見た。


「これでオラクルを諦めてくださいますよね? それに、殿下に謁見しますので、その署名の件も確認いたします」

「はぁ!? そんな事、底辺の令嬢のくせに出来るわけないじゃない!!」

「………はぁ」


マナはため息をついた。

そして、アンジェリカを睨みつける。

マナはアンジェリカの条件を呑んだのだ。

アンジェリカもマナの言う条件も呑むべきだ。


「改めて。私はマグダリア・フィフティと申します」

「………ぇ……フィフ、ティ……?」


唖然とするアンジェリカに、マナは淡々と言う。


「今の殿下に謁見できる人は、フィフティ家の人間だけです。ですから、謁見許可が出ていないウォール家の方が何故殿下に謁見できたのか、確認せねばなりません。我がフィフティ家の総力をもって」


マナの言葉に真っ青になるアンジェリカ。


「私とオラクルは、王家から直々に婚約の命令を受けました。それを覆そうというウォール家は国家の意思に反する貴族ということで、報告せざるを得ないでしょう。その証拠品は押収します」


チラッとオラクルを見ると、素早くオラクルがアンジェリカから念書を奪った。

最初からその俊敏性を見せてくれれば、口づけなどしなくて良かったものを……と、マナは自分の失態を棚に上げて思ってしまった。


「そ、んな……」

「………大人しくオラクルを諦めてくれていれば、ウォール家は没落せずに済んだのに」


マナの無感情な声色で言われた言葉に、アンジェリカはその場に崩れ落ちた。


「誰か、剣闘士を呼んできてくれ」


オラクルがアンジェリカを拘束し、野次馬に声をかけた。

誰かが呼んできてくれたらしく、剣闘士がアンジェリカを連行して行った。

野次馬から事情を聞いた剣闘士は、王家にも報告すると言って。

事情は王女本人が知っているが、城下剣闘士はマナの顔を遠目にしか見ておらず、記憶していないので気づかず。

周りから誰もいなくなり、オラクルと共に王宮への道を歩き出す。


「「………」」


お互い暫く何も話さなかった。

城下と王宮の丁度中間辺りで、マナはオラクルを見上げる。


「意外とオラクルって上手いのね」


不意に言われたマナの言葉に、オラクルが躓いた。


「は!? 何が!?」

「口づけ」

「わ、忘れてくれ! キリュウに殺される!!」

「痴情の縺れに私を巻き込んだ罰ね。それに、舌まで入れられるとは」

「あ、あれは、久しぶりすぎてつい……って、違う! すまん!」


主人に理由はあれど口づけたという事実は、オラクルの生涯で一番の失態だろう。

更に言わなくて良いことまで口にしてるということは、相当動揺しているということで…


「だ、大体こういうのはマグダリアの方が慌てるだろう!? キリュウがいるんだし!」

「あら? 一夫多妻制のこの国で、しかも男性の貴方からその発想が出るの?」

「お前達の仲を知っているから思うんだろ!?」


慌てるオラクルに、マナはフッと諦めたような顔で笑った。


「キリュウに子供を望まれていないと分かった私が、他に優しくされた男に絆されなかったと思う?」

「………!」


キリュウの言葉に傷つかなかったわけじゃない。

その直後にオラクルに街中まちなかで優しくされた。

似合うと言ってブレスレットを買ってくれた。

美味しい物をくれた。

芝居でも、愛してると言われた。

揺れ動かない鉄壁な心なら、どんなに良かったか。

キリュウ以外に心が動くとは、思ってもいなかった。


――――キリュウのあの返答を、聞くまでは。


これはキリュウに対しても、オラクルに対しても、裏切りだ。


マナは自分が今日、嫌いになった。

自分も、汚い人間と同じだと。

マナはそっと芽生え始めていた気持ちを、心の奥底に封印した。

二度と開かぬよう、何重にも鍵をかけるように。

自分は、マナ・リョウラン。

ホウメイ・リョウランの娘であり、キリュウの妻なのだと何度も心の中で繰り返す。


「今日は楽しかった。ブレスレットも、クレープも、ありがとう」


オラクルに心から嬉しく思っている笑みを見せ、マナは前を向いた。

マグダリアの顔を捨て、王女の顔に戻す。

その場にオラクルを残し、王宮へと帰還した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ