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出来損ない少女と冷血の貴公子  作者: 神野 響
第五章 王家篇Ⅱ
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第54話 出来損ない少女のお忍び




マナは今日お忍びで街に来ていた。

付き人はオラクル。

ここはキリュウとデートだろう! と言われるかもしれない。

けれど、今日はキリュウとは出かけられない理由がある。

リンッと耳元で鈴の音がする。

今日は、完成した通信機の試運転だった。

しかもマナとキリュウだけの。

マナが夢現で言った言葉をきっちり実行してくれたのだ。

と、いうことで中々外出許可が出ず、王女としてお披露目してから一度も城下へ行っていないマナの為に、キリュウが実験の為だと言って許可を貰ってくれた。

キリュウに感謝しながら、城下の令嬢と変わらない服装でマナは今街に来ている。

髪色も魔法で変えている。

耳に付けているピアス型の通信機をマナはピンッと指で弾く。

宝石を雫の形に加工し、魔法陣を埋め込んだピアス。

勿論、見た目はガラス細工のただのピアスに見える。

キリュウとお揃いの黒いピアスを付けている逆の耳につけている。

どの距離にいても繋がるかどうかを実験するため、街の端まで行くつもりだ。

着いてから通信機を起動させる予定の為、見たい店は沢山あったが、眺めるだけで入ったりはしなかった。


「マナ様、宜しいのですか?」

「うん。戻ってくる時にゆっくり見ようと思って。あんまり通信が遅くなるとオラクルがキリュウに何されるか分からないわよ?」

「げっ!」

「それと、マグダリアって呼んでって言ってるじゃん。敬語も無し」

「………恐れ多いんですけど…」

「こんな所でまだ王宮魔導士長だと思われているオラクルに、様なんて付けられたら、上級の者だと公言しているものじゃない。お忍びなのに」

「ぐっ……」


オラクルは反論できず言葉に詰まり、悩んだ後ため息をついた。


「分かった。行くぞマグダリア」

「切り替えが早いオラクルは好きよ」

「キリュウに殺されるからそんな事言うな」


嫌そうな顔をして腕を出してくるオラクル。

その腕にマナは手をかけ、共に歩く。


「そういえば、どうなってんの? 破棄」

「一筋縄ではいかねぇよ。あの女だから」

「ホントに嫌そうだけど、なんで二年も付き合ってたの」


マナの言葉に、ハァっとオラクルはため息をつく。


「親父が連れてきたんだ。まぁ、親父が逆らえない祖母の命令だったから、仕方なかった。俺も親父も受け入れるしかなかったんだ」

「………そっか」

「でもで………マグダリアのおかげで別れるきっかけが出来た。親父も“あの方の命令じゃ仕方ない”と満面の笑みで、破棄の件を手紙にしてあいつの家に送っていたよ」

「ま、駄々捏ねるだろうね」

「だな」


二人で困ったように笑う。


「じゃあ、会議までって短かったかな?」

「短い方が良い。その方が親父もやりやすいだろうしな」

「………」


マナはオラクルを見上げる。

近くで見ると本当に整っているオラクルの顔。

キリュウの方が格好良いと思うが、オラクルも上位に入るだろう。


「何?」

「オラクルは誰かと恋愛したい?」

「? いきなり何?」


本当にキョトンとした顔で見返され、マナは困る。


「いや、一方的に恋愛とか結婚禁止って言っちゃったから。オラクルの意思を無視してしまったなって」

「今更なにさ」

「ですよね…」


苦笑し、前を向く。

街には色々な人がいる。

一人だったり恋人だったり家族だったり。

それを見ていると、悪いことをしたと思う。

オラクルにはオラクルの人生がある。

マナの立場に巻き込むことはない。


「かなり気にしてるのか?」

「ん~………わりと」

「気にしなくていい。言っただろ。俺はお前の物だと」

「――っ!?」


顔を前に向けていたので、オラクルがマナの耳に唇を近づけていることなど気づかなかった。

更に囁かれるなど。

バッと組んでいない方の手で、囁かれた方の耳を押さえる。

真っ赤になった顔で、口をパクパクさせる。


「ふっ。マグダリアは免疫がないんだな」


王女としてなら気を張っているから問題ない。

だが今日はお忍びで気を抜いていた。


「ちょっ、仕返しのつもり!?」

「やられっぱなしだからな」

「~~~~~!」


睨みつけるが、オラクルは笑顔だ。

赤くなっている顔で睨んでも、迫力は無い。


「ちょっと! なんなのよ貴女!!」


オラクルに怒ろうと思って口を開く前に、誰かが前を塞いでマナの体を力一杯押した。


「――ぇ」


警戒の欠片もなかったマナは、いとも簡単に後方へ体が流れる。


『やばい!』


咄嗟にマナは両腕で腹部を覆い、足に力を入れた。

が、後方へ流れた体は止まらない。


「マグダリア!」


オラクルが瞬時にマナに手を伸ばし、背を支えてくれたことで、何とか転倒は免れた。

ゆっくりと地面に座らされる。


「大丈夫か!?」

「う、うん…」


焦るオラクルに何とか頷き返し、マナは自分を押した人物だろう者を見上げる。


「良かった……おい! アンジェリカ! どういうつもりだ!」


オラクルの言葉に、マナは“ぁぁ…”と他人事のように納得した。

目の前にいる令嬢はド派手な真っ赤なドレスに身を包み、髪も豪華に盛り、化粧が濃い。

成る程。

オラクルの相手に相応しくない令嬢がそこにいた。

これはオラクル、アンジェリカを好きになれないよな、と。

話は聞いていたから性格は良くないと知っていた。

容姿もだめだ……とマナはため息をつきたい。

破棄させる方向に動いて良かった、と心底思う。


「貴方こそどういうつもりよ! こんな女と浮気して! 私という良い女がいるのに、こんな女に惚れて婚約破棄なんて! 私は許しませんことよ!」


何故かオラクルの相手にさせられているマナ。

理由を考えると、なんてことはない。

どうせ当主がオラクルに相応しい相手を見つけたとか何とか書いたのだろう。

実際オラクルにはマナが(主人として)いるのだから、多少言葉を変えても間違ってはいない。


「お前が許す許さないんじゃないんだよ。女王と王女の命令だ。俺は彼女の物だ。俺は彼女を愛(敬愛)してるんだ。俺はお前を心底嫌っている。もううんざりなんだよ!」

「なっ!?」


直球で伝えるオラクルの言葉にアンジェリカは顔色を失う。

今までそんな言葉をオラクルは言わなかっただろう。

仮にも婚約者で、仲を深めようと努力してきた人だ。

相手に何を言われても、キレ返す事も無かっただろう。


「デートしてでもいつもお前は気に入らないとすぐに暴言を吐く! 俺はお前のおもちゃじゃねぇんだよ!!」


オラクルはマナを守るように、腰に手を置いたままアンジェリカに言う。

往来で喧嘩しているものだから野次馬が凄い。

でも、アンジェリカに対してなんだか視線が冷たい。

察するに、彼女は色々なところで問題を起こしているのかもしれない。


「わ、私は、そんな…」

「自覚ねぇのかよ。最悪だな。俺の女(主君)に手を出して、ただで済むと思うなよ」

「ま、待ってよ! わ、たし、そんなつもりじゃ…」


オラクルは言いたいことを言い終えたのかアンジェリカから視線を外してマナを見る。


「痛いところはないか…?」

「………大丈夫」


オラクルに支えられながらマナは立ち上がる。


「お腹に何か異変は?」

「………へ?」


聞かれてマナはハッとして下を向く。

ずっとお腹を庇うように腕が、倒れる前から今まで固定されていた。

自覚がなかったマナは慌てて腕を放す。


「大事な体なんだ。何かあっては遅いからな」


あの一瞬で、マナの腕の状態で、察したらしいオラクルにマナは内心苦笑する。


「ありがとう。異変はないわ。………早く会いたいわね」


マナはオラクルの胸に額を付けた。

髪の隙間からアンジェリカの様子を伺いながら。

オラクルもマナの肩に腕を回し、まるで愛し合う恋人同士に見えるよう振る舞う。


「ああ。産まれる前にちゃんと綺麗に身の回りを整理するからな」

「待ってるわ」


顔を見合わせ、幸せそうに微笑む。

アンジェリカはマナの言葉に、ギリッと歯を食いしばった。


「アンジェリカ。俺と婚約破棄して貰う。元々親が決めた政略結婚。お前の方から強引にしてきた婚約だ。親父が書状を出した通り、俺は女王と王女の命令で彼女と共に生きる。これ以上引き延ばすようなら、お前の家に王家から最後通達が行くかもしれないぞ。――――今の生活が続くかな」


オラクルの言葉にアンジェリカは真っ青になり、その場から走り去って行った。

野次馬達はスッキリした顔で解散していく。

周りの人がまばらになり、マナとオラクルは街外れまでくっついたまま移動した。

誰もいなくなったところでスッと離れる。


「………すみません、殿下」

「マグダリア」

「………ごめん、マグダリア」

「ま、良いんじゃない? あれでサインするでしょ」


オラクルは実に良いようにホウメイとマナの名前を使った。

利用されても別にマナは困らない。

しかも陰で言われるのではなく、マナの前で口にしていた。

マナが許可したから口に出した、で追求されれば答えられる。


「………それより」

「そうだで――マグダリア。いつから…」


マナの言葉を遮り、オラクルはマナの腹部を見ながら聞いてくる。


「………ぁぁ、やっぱ気づいた?」


苦笑してマナは腹部に触れる。


「この間――オラクルが休暇の時気分悪くなって、知ってる感覚だったから気づいた」

「“知ってる感覚”?」

「ぁ…」


失言した、とマナは口を押さえる。

暫く悩んだが、オラクルには言っておこうと口を開く。

一度授かった命を失っていることを。

それがあの事件の時だったことを。

話を聞いてオラクルの顔が真っ青になっていたけれど、あれは誰のせいでもない。

強いて言えば、結界も張らずに戦闘したマナのせいなのだ。


「キリュウが気づくまで黙っててくれない?」

「なんで…」

「………また失ったら………キリュウが気づいてたら……悲しむでしょ……」


少し悲しそうな顔で笑うマナに、オラクルは首を横に振る。


「マグダリアに言ってもらえなかった方がキリュウは気にするだろ」

「………ぇ」

「マグダリアだけが大事なキリュウだ。キリュウはマグダリアが悲しいとか辛いとか…感情の乱れに敏感に反応する。前までのキリュウならなりふり構わずマグダリアに追求していただろうが、時々マグダリアが言ってくれるのを待っている風なキリュウに気づいているか?」

「………!」


オラクルに言われ、マナはキリュウの行動を思い返してみる。

言われてみれば、くらいにしか分からない微妙な変化。

それがここ最近起こっている。


「早めに言ってやれ。子は親二人が守るもので、一人で守るものじゃない。俺もいるし守ってやるが、親はキリュウだろ」

「………ん」


オラクルの言葉に、マナは弱々しく頷いた。


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