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出来損ない少女と冷血の貴公子  作者: 神野 響
第五章 王家篇Ⅱ
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第53話 出来損ない少女の思う心




マナが仮眠を取って目を覚ました頃、ドタドタと足音が聞こえてくる。

ゆっくりと体を起こしたマナは、クスリと笑う。


「どうした」


やはりマナの傍にずっといたキリュウに問われる。

それに笑い返しただけで、マナは執務室に繋がっている扉を見た。

バンっと乱暴に執務室の扉が開かれる音が聞こえてくる。


《殿下!!》


執務室からマナを呼ぶ声がした。


「あん? オラクルか? もう帰ってきたのか」


イグニスの言葉通り、オラクルの声だった。

言った通り、早急に帰還する手紙の内容だったらしい。


《殿下!?》


執務室の中でマナを探しているようだった。


「イグニス」

「あ?」

「………」

「あ、い、いえ、なん、でしょ」

「………察しなさいよ……オラクルをこちらへ」

「あ、そ、そうか…あ、そう、ですね」


イグニスが慌てて扉を開き、それに気づいたオラクルが仮眠室に入ってくる。


「ででででで殿下!!」

「………動揺しすぎよ。落ち着いて」

「落ち着けるわけないだろ!?」


ズイッとマナに近づいてきたと思えば、バッと顔面に紙を突きつけられる。


「なんだこれはぁ!?」


気になった他の三人もマナの後ろに回りその紙をのぞき込んだ。


「拝啓、ラインバーク当主様

 私の可愛いサードⅢ臣下は、

 貴方が決めた婚約者には勿体ないわ。

 それにオラクルはもう私の物。

 何処の馬の骨とも知れぬ令嬢に

 差し出すわけにはいかないわ。

 よって、王女の名の下に、

 オラクルの婚約は解消して頂きます。

 そして今後私の物に一切近づかないように、

 令嬢に言い聞かせておいて下さいまし。

 近づけば最後、どうなるか分かりませんことよ。

 それに、オラクルは私の物だから、

 恋愛や結婚など生涯出来ぬと思いなさい?

 だってオラクルには私以外に大事な人など

 いないのだから。

 理解できたのでしたら、

 次の会議までに婚約破棄状を

 私にお持ち下さいましね。

 持ってこなかった場合は――

 ご想像にお任せいたしますわ。

   マナ・リョウラン」


ヘンリーの朗読の声が仮眠室に響く。

マナはうんうんと頷いており、キリュウは無表情。

イグニスはパカッとバカみたいに口を開けて唖然としている。


「領主を脅すなど、王女の品位を疑われるだろ!?」

「そっちなのか!?」


イグニスが突っ込むが、オラクルはマナを見たまま。


「更に、破棄状持って来れなかった場合はどうなる!?」

「あら、破棄したくないの?」

「違う! 持ってこられなければ殿下はどうするつもりなんだ!? 気になって速攻戻ってきてしまったじゃないか!!」

「だからそっちなのか!? 婚約は良いのかよ!?」


イグニスの突っ込みに漸くオラクルはイグニスを見た。


「俺は散々お前に愚痴ったはずだが?」

「そ、そうだけどよ……それでも別れなかったから、お前は令嬢を少なからず好いていると思ってたんだ」

「まさか」


本当に嫌そうな顔をしてオラクルはイグニスを見る。

実はマナは少しイグニスと同じ事を考えていた。

飛んで帰ってくるのは破棄したくないからマナに願いに来るためだろうと。

だが、さっきのオラクルの言動をするかもしれないという考えもマナの中にあったから、半々の意味で帰ってくると思っていた。


「それによぉ、お前は俺と違ってモテんだから、殿下に一生恋愛も結婚も禁止されたら…」


イグニスが気まずそうにマナを見る。


「だから、俺は跡継ぎを残さなくていい次男だって言ってるだろ。それに殿下の言うとおり俺は殿下の物なんだ。殿下がするなと言えばしないし、政略で指名された相手と結婚しろというならする。イグニス、お前は臣下という者がどういうものなのか知らずに殿下のフォースⅣになったんじゃないだろうな」

「う゛……」

「それに殿下は恋愛と結婚を禁ずるとだけ言ってる。なら遊びは許可範囲内だろ」

「お前最低だな」


得意げに言うオラクルを、イグニスは睨みつける。

マナはふふっと笑う。

オラクルはイグニスをからかっているだけで、本当に令嬢と遊ぶことはしないだろう。

顔を見れば分かる。

ヘンリーがマナとキリュウをからかう時の顔にそっくりだったから。


「って、イグニスで遊んでいる場合じゃなかった!」


オラクルは本題を思い出したらしい。

マナの方へ顔を向けてくる。


「あそ……お前な!!」


今更からかわれた事に気づいたイグニスは置いておき。


「何をするつもりだ殿下!」

「それは、破棄状が届かなかった時のお楽しみに取っておけば?」

「それは俺をハゲさせるという解釈で良いのか!?」


気になって眠れない日々を送ってしまうだろう。

これでは令嬢に悩まされている方がまだマシかもしれないとオラクルは思う。

マナは謂わば何でも出来る力と権力を持っているのだ。

ラインバーク領を無くすとか簡単だ。

人の命を命令で失わせることも。


「大丈夫よ」

「何が!?」

「王女が一人、私怨で一人の命を奪うだけだから」


ニッコリ笑ったマナにさぁっとオラクルは顔を青くした。


「それは俺か!? 父か!? アンジェリカか!?」

「さぁ? もっと近い人かもよ?」

「!!!!」


言外に目の前の人物かもしれないと臭わすと、オラクルの顔色が無くなった。


「で、ででで殿下が死ぬとか言わないよな!?」

「さぁ?」

「止めてくれ! 俺の命がない!!」


そう言いながらオラクルはマナからキリュウへと視線を向ける。

オラクルのせいでマナが死んだとなるとキリュウがオラクルを消す。

そして原因になったラインバーク当主もアンジェリカも死ぬ。

更に国中の人間が死ぬことになるかもしれない。

結果、世界を巻き込んだ死になる。

マナはそんな事をするなど微塵も考えていないが、少し考えを誘導させることでオラクルにこれ以上無い動揺を植え付けることになる。

これが見たかったのだとマナは考えていた。

オラクルが動揺し、作った性格を捨てさせ本性を曝け出させる。

臣下の本質を出させるのも主の仕事。

これで仲も深まれば、より一層主と臣下の連携が取りやすくなる。


「まぁ、冗談はさておき」

「ほんっっっっっっっっっっっとぉに、冗談なんだな!?」

「溜めたわねぇ。本当よ」

「はぁ…」


安堵のため息をついて、オラクルは床に座り込んだ。


「じゃあ、一体何を……」

「大丈夫よ。悪いようにはしないわ」

「………」


疑わしい目で見てくるオラクルの前にしゃがみ、ついっとオラクルの顎を人差し指で上げさせる。


「あら、手紙の時も私は貴方の悪いようにはしなかったでしょ。信じられない?」


ニッコリと至近距離で笑えば、オラクルの顔が真っ赤になっていく。

女にこんな事をされたことがないのだろう。

意外に免疫がないオラクルに、内心笑う。


「い、いえ……し、信じます……」


動揺も一周回っていつもの作った性格に戻ったらしい。

敬語になっている。


「よろしい。貴方は私の物なんだから、私に任せておけば良いのよ」


スッと顎をなぞって離せば、真っ赤な顔のままオラクルは自分で顎を押さえた。

クスクス笑って立ち上がったマナを、背中からキリュウが抱きしめる。


「俺以外に触れるな」

「あら、キリュウ。ヤキモチ妬いてくれるの?」

「マナは俺のだ」

「夫婦としてはね。でも、王女としては四人とも私の物よ」


王女として振る舞っているときはキリュウを特別扱いできないと言外に言う。

ムッとするキリュウに苦笑し、よしよしとキリュウの腕を撫でる。


「今日は覚悟しておけよ」


キリュウを妬かせた代償は、寝かせてくれないことのようだった。

やり過ぎたとマナは思いながら、どうやって止めさせようかと微笑みながら頭をフル回転させていた。

負担があることは避けたい。

お腹の子のために。

そんな事を思いながら、マナは一段落した四人に新たなる仕事の指示をしたのだった。


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