第52話 出来損ない少女の不安
マナは王家専属の医者と仮眠室に二人きりだった。
体に異変があった感覚で、マナは自分がどういう状態なのか、ある程度分かっていた。
「殿下……」
「………ん。今度は気をつける」
「本当でしょうかね…」
初老の医者にため息をつかれる。
それに苦笑し、マナは下がるように言った。
「………ふぅ…」
気持ちを落ち着かせ、マナは横になった。
自分には安静が必要だ。
肉体的にも、精神的にも。
マナはキリュウに話していないことがあった。
自分の中に宿った命のことを。
前回マナが女に刺された時、実は妊娠していた。
が、腹部を刺され倒れたことで流産してしまっていたのだ。
授かった命を殺してしまった。
あの日の数日前に定期的にきていた月物がずれていることに気づき、医者に診てもらった。
確実に妊娠しているとわかり、キリュウにどう伝えようと悩んでいた矢先の出来事だった。
伝えていなかったことで、キリュウが落胆することは避けられたのだが、マナにはショックが大きかった。
口外していない以上、表には決して出せなかったが。
キリュウは子の事をどう思っているのか知らない。
けれど、避妊しようとしていない時点で望んでいると思う。
せっかく授かっていたのに、マナのせいで一つの命が消えた。
それに罪悪感が募っていた。
医者に一度失ってしまえば、次に授かることは難しいかもしれないと言われていたから。
そっとマナは腹部に手を当てる。
「………来てくれた」
マナの元にまた新しい命が宿った。
今度は死なせられないと、マナは瞼を閉じる。
絶対に守る、と強く思った。
だが――
「………キリュウにはまだ言えないな……」
言わなくてもキリュウは気づく可能性が高いが、マナは言いたくなかった。
また死なせてしまったらと思うと。
それに、キリュウは通信魔導具の開発責任者だ。
そっちの研究開発に集中して欲しいのも理由。
マナの妊娠が発覚すれば、マナに付きっきりになるのは目に見えている。
早く通信魔導具が誕生した方が国のためになる。
マナが提案したことだ。
放棄させて良いわけがない。
キリュウも王家に入ったのだから、そちらを優先する。
………とは思えない。
キリュウはマナが大事で、マナ以上に優先させることはない。
それをマナは知っている。
だから言うのを躊躇う。
「マナ入るぞ」
ノックもそこそこにキリュウが入室してくる。
そしてベッドサイドに腰掛けた。
「医者は何と?」
「ん? ただの疲れ。領地の件が片付いて休んでいたつもりなんだけど、もっと休めと言われた」
起き上がろうとするマナを制し、そのままで話す。
「そうか。では俺はマナの傍に」
「ダメ。開発進めてもらわないと」
「だが」
やはり傍に居ると言うキリュウに、マナは困る。
マナ個人としては嬉しいのだが、国のためにはならない。
「もう…研究してくれないと、私が研究に没頭するわよ」
「それはダメだ」
キッパリと言われ、マナは微笑む。
「じゃあ、キリュウが研究してよ」
「………」
キリュウの眉間にシワが寄ってくる。
「………ん~…じゃあ、実験は実験室でやるとして、構想を練るのは私の近くでする、っていうのは?」
「それだ」
即答したキリュウはさっさと出て行き、すぐに帰ってくる。
両手に資料を抱えて。
その姿にマナは苦笑する。
思い立ったら即行動。
キリュウらしい。
「ちょっとアシュトラル! 僕が計算していた書類まで持って行かないでよ!」
「お前もここですれば良い」
「どれだけリョウランちゃん大好き人間なのさ」
呆れて言うヘンリーだったが、文句言いつつもキリュウの正面に座って計算し始める。
従うんだ…とマナはまた苦笑した。
ヘンリーの後にイグニスも入室してきて、共に書類に目を通し始める。
臣下一人は必ずマナの傍に居なければならないから、仮眠室に誰か居なければならないが、この図はどうなんだろう…とマナは悩む。
が、すぐにまぁいいかと思って目を瞑った。
「リョウランちゃん」
「………ん?」
微睡んでいた所にヘンリーに声をかけられ目を開ける。
「休んでいるところ御免ね。領当主達に渡す予定の通信機の装飾品はどんなのにしようか?」
ヘンリーに聞かれ、そういえば考えてなかったと気づく。
身につけられると言えば、腕輪、ペンダント、指輪、ピアスなど様々な物が上げられるが。
通信だから話すことになれば一番良い物と考える。
「………腕輪とか、いいんじゃない?」
「腕輪かぁ」
「通信機用の魔導具本体は、宝石にするつもりなんでしょ?」
「そう。魔法と相性が良い物を何点か見繕っているよ」
「それを腕輪に嵌め込んで固定。側面の模様はそれぞれの家紋を入れるとか」
「成る程ね」
紙に記入していくヘンリーをマナはぼんやり眺める。
そろそろ睡魔の方が勝ちそうだ、と。
「リョウランちゃんとアシュトラルは揃いの指輪とかにする?」
ニヤニヤ笑って言われ、からかわれているのが分かる。
マナは少しだけ微笑み、チラリとキリュウを見た。
「それだとヘンリーに貰ったことになるわよねぇ。土台はヘンリーが担当するんだし」
「ヘンリー。死ぬ覚悟は出来たか」
ぎろりとキリュウがヘンリーを睨みつける。
「ちょっと言ってみただけじゃない。でも僕、王家の家紋を彫るのは気が引けるなぁ」
「別に良いんじゃない? 王家である私の臣下なんだし」
「ん~。頑張る…」
珍しく乗り気じゃないヘンリーに首を傾げる。
ヘンリーなら喜びそうなことだと思ったのだが。
流石に腰が引けるらしい。
なんでも怖い物なしではないようだった。
サラサラと各領の家紋を紙に書いていくヘンリー。
「魔導学園と剣闘学園は、それぞれ杖と剣の模様にしようか」
「そうね…」
またウトウトしてしまうマナは夢現で相づちをうった。
「………ぁ……キリュウ……」
「どうした」
「………キリュウとだけ……話せる……通信機…欲し……」
ふと薄れゆく思考の中でそんな事を思い、途切れ途切れに告げている途中でマナの意識は途絶えた。
マナの言葉を聞き、速攻で構造を練り始めたキリュウの様子など知らずに。




