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出来損ない少女と冷血の貴公子  作者: 神野 響
第五章 王家篇Ⅱ
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第51話 出来損ない少女の異変




領地の件が一段落し、マナはいつも通りの日常を過ごしていた。

臣下になった四人は交互に休息を取りながら、マナの傍に控えている。

今日はオラクルが休暇。

婚約者と親睦を深めてこいと王宮から出したのだが――


「………女って分からねぇ……」


オラクルは三時間もしないうちにマナの元へ戻ってきていた。

しかもマナに向かって敬語を使えない程に憔悴して。

まさかの事態に、マナは困惑していた。

喧嘩しても、休暇は休暇でちゃんと休み、マナの元に来るのは明日だと思っていたのだから。


「あーもう! あんな奴知るか! 元々親が決めた婚約者だ! 破棄してやる!」


やけになったのか叫ぶオラクルにギョッとする。

そりゃ気が合わない同士という者もいることは知っているが、こうも簡単に別れ宣言できるのだろうか。


「まぁ、落ち着いてオラクル」

「だって殿下! 会う度に「私と仕事どっちが大事なの?」「この間私が渡したプレゼントをどうして付けてないのよ!」「今度はあの店で装飾品を買ってって言ったでしょ!」「今私以外に見とれてたでしょ! 浮気者!」とか往来で色々言ってくるんだぞ!? あんな我が儘な女に付き合わされる俺の気持ちはどうなる!?」

「………うん、面倒なのは分かる」


マナはそんな事を言わない。

それは自分がそんな性格ではないこともそうだが、マナは愛する人を既に得ている。

例えキリュウにそんな事を思っても、口に出して困らせたくない。

それに他人事だとしても、どうして相手を思いやれないのかという疑問は出る。

現場を見てはいないが、半日もしないうちに別人みたいにやつれ、ゲッソリしてマナの元へ現れたオラクルの顔は、哀れで仕方がなかった。

さらに自分の臣下をこんなにした相手に、怒りさえ感じる。

マナは四人の臣下を得てから、誇れる主を目指そうと努力してきたつもりだ。

見捨てられないように、更に自分を律しようと。

彼らが大事だから。

だから、マナは許せなかった。

自分の臣下をこんな風にした相手を。


「元々俺は跡継ぎを作らなくてもいい次男なんだ。婚約者なんていらないのにあの親父が勝手に連れてきた。好きになる努力をしようとしても、相手があれではもう無理だ!」

「………って俺にいつも愚痴ってくる、んですよ」


イグニスがマナの耳元でそっと囁いてくる。

それを見てキリュウが眉を潜めこちらに来るのが見え、マナはそれを手で制する。


「で、これが何年?」

「あ~……確か………二年…?」

「あ、そ」


それだけの期間がありながら、相手はオラクルを蔑ろにしすぎている。

自分の気持ちだけを押しつけるのは愛ではない。

お互いに相手を思いやり、慈しむのが愛だと思う。

一方的な物言いは、相手を殺す。

言葉は凶器にもなるのだ。

魔導士はそれを良く知っている。

口に出したが最後、相手を傷つける場合もあるのだ。


「ヘンリー、ちょっとそこにある白紙の紙取って」

「これ?」


ヘンリーに執務机にあった用紙を取ってもらい、筆記具も同時に受け取る。

サラサラと記入した紙を、封に入れ、封蝋をしてからオラクルに差し出す。


「………殿下?」


吐き出して少しスッキリしたのか、幾分かオラクルの目に正気が戻ってきていた。


「これをラインバーク当主に渡してきて。今日は休暇でしょ。泊まって明日帰ってくれば良いよ」

「殿下…」


喜ぶと思っていたが、オラクルの顔は真っ青になっていく。

何故!? と逆にマナは焦る。


「殿下は俺を見捨てるのか!?」


オラクルはソファーから立ち上がって、マナに向かって前のめりになる。

机に両手をついて。


「なんでそうなる!?」

「俺が愚痴ったからか!? 俺が女一人蹂躙できない男だからか!?」

「蹂躙って別の意味に聞こえる! 使うな! って、そうじゃない! 見捨てるなんて一言も言ってない! オラクルは私の大事な人なんだから、手放すわけないっしょ!?」

「本当か!?」

「本当だ! ってか近い!!」


オラクルが机に乗り上げ、対面に座っているマナに顔を思いっきり近づけている。

その距離五cm。

焦りすぎだろう。

更にオラクルが壊れた、とマナはどうにかしていつものオラクルに戻そうとする。


『もしかしなくてもこれが素なのか!? ラインバーク当主が言っていたのはこれなのか!?』


とマナは多少混乱する。

ついでにキリュウの殺気が膨れ上がってるから!! と焦ってしまう。

オラクルを消されてはたまらないし、キリュウに臣下殺しをして欲しくない。


「明日戻って来いっつったでしょ!」

「………あ…」


やっと止まってくれたらしい。

オラクルを押しのけ、元の位置に座り直させる。

キリュウの顔を見ると、オラクルを睨みつけていた。

まだ手に杖を持っていないので、最悪な事態は避けられたようだ。


「し、失礼いたしました殿下!」


オラクルがハッとし、マナに頭を下げる。

どうやら落ち着いたらしく、いつもの口調に戻っている。

臣下の本性を見れたことは、マナにとって良かったのかもしれない。


「手紙の内容は当主と共に見ればいい」

「え、良いんですか?」

「うん。見てから帰っておいで。まぁ、オラクルの事を考えたら、私的にゆっくり休んで明日来て欲しいけどね」

「………それは、早急に帰還する内容であるかもしれない、という事ですか………?」

「そんな不安そうな顔をしないでよ。オラクルにとって悪い話じゃないよ」


マナの言葉と笑顔に、オラクルはホッとする。


「………多分」

「多分!?」


その後呟かれたマナの言葉にまた気を揉んでしまうが、そのままマナに追い出されてしまう。

時空間で無理矢理飛ばされるか、自分の足で行くか選べと言われ、オラクルはマナをチラチラ見ながら出て行った。


「全く……」

「殿下、何と書かれた、んですか?」

「オラクルが帰ってきたら聞いてみな」


イグニスの言葉に、マナは答えなかった。


「でも、オラクルのあれって素なの?」

「学園に居たときはああだ…でしたね。王宮魔導士になった時から、段々あの胡散臭い性格を作り上げ、て、ました」

「胡散臭いって」

「殿下は今のオラクルしか知らね…なかった、からそう思うんだ…でしょうが、成人前のオラクルを知ってる奴からすりゃ……すれば、気持ち悪い、ですよ」

「………私には今のイグニスの喋りも滅茶苦茶気になるけど」

「ぐっ……」


マナは言葉に詰まるイグニスに苦笑する。


「まぁ、オラクルの素を知ったから、これからは素で居て欲しいけどね」

「何故だ…あ…ですか」

「だって臣下って要は私の手足でしょ。自分の手足に気を使う?」

「………使わねぇ、ないです、ね」

「いつも気を張っていると疲れるでしょ。適度に気を抜かないと倒れるわよ。だからオラクルもイグニスもヘンリーみたいに図々しくいたらいいのよ」

「ちょっとリョウランちゃん。さり気なく僕を貶さないで」


今まで部屋の隅で笑いっぱなしのヘンリーを出せばすかさず言い返してくるヘンリー。

それに笑い返すだけでマナは執務机に行こうとする。

その時、体に異変を感じ足を止めて自分を見下ろした。


「………どうした」


いつの間にかキリュウがマナの背後に立っており、すぐにマナに触れられる位置で聞いてくる。


「………なんか、へ……ん……」


目に映っていた光景が、グルッと回った気がした。

フラついたマナを即座にキリュウは抱きとめる。


「マナ!?」

「ごめ……なん、でも……」


何でもない。

そう言いたいのに言えなかった。

何故ならキリュウがマナの体を、有無を言わせず素早く横抱きで抱え上げたから。


「ちょっ……キリュウ……?」

「顔色が悪い」

「………ぇ」


先程までなんともなかったはずだ。

オラクルと言い合いをしていたのだから。


「ヘンリー、医者を呼んでこい」

「分かった!」

「エンコーフは仮眠室のベッドの用意を」

「ああ!」


キリュウの指示に異論を出さず、二人は走って行く。


「マナ、目を閉じてろ」

「………キリュウ…」

「疲れが出たのかもしれん。今日は急ぎの書類はないんだろ。休め」

「………分かった」


こうなった以上キリュウはマナに仕事をさせない。

抵抗は諦めてゆっくりとマナは目を閉じた。


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