第50話 出来損ない少女とラインバーク
マナは執務室にラインバーク当主を招き入れた。
オラクルに話があるというのでソファーを勧め、自分は執務机の椅子に座ろうとすれば、向かいのソファーに座って欲しいと言われ、受け入れた。
マナとキリュウが隣り合わせに座り、ラインバーク当主が対面に座る。
ヘンリー、オラクル、イグニスはマナの後方に待機という、なんとも言えない状態になった。
「………オラクルと話すんじゃ…」
「せっかくの機会なので殿下とも話したいと思いまして」
「………あ、そう……」
何を言われるか分かったものではない。
早々に退出願いたいと、招き入れた直後にもかかわらず、そう思った。
「殿下、先程の会議で我が息子が殿下の臣下になったと解釈いたしましたが、本当でしょうか?」
「ええ。まぁ」
騙し討ちされましたとは言えず、マナは頷く。
「………本当に宜しいので?」
「………ん?」
首を傾げるマナを通り過ぎ、後ろのオラクルを睨むラインバーク当主。
「私が言うのもなんですが………こいつはバカなのです」
「はっ!?」
「ぶっ!」
真っ先に反応したのはオラクルだ。
そして吹き出したのはイグニス。
「言うに事欠いてなんてことを殿下に言うんですか!」
「お前、自分がバカだと自覚してないのか。本当に愚息だな」
「何度も言わないで下さい! ちょっとは成長してますよ!」
それでも少しなのか、とマナは別のことを考えてしまう。
「………あの、ラインバーク当主? オラクルがバカだと思ったことはないのですが…」
「体裁を繕うことは上手くなったのだな………。殿下、こいつはですね、婚約者を毎回泣かすわ、仕事で作っている顔は無理してるわ、一つのことしか考えられない猪突猛進な奴なのです」
「ちょっ!? アンジェリカの事は殿下には関係ないでしょう!?」
アンジェリカとはオラクルの婚約者らしい。
「何を言う。お前、この状況がまた泣かれる原因になると分かっていないんだろう」
「は?」
「………殿下の臣下になったということは、自由に王宮を出られず、常に殿下のお側に仕えるんだぞ。分かっているのか」
「………ぁ」
今気づいたようで、オラクルは“やばい”という顔をした。
「で、ですが俺は国のために仕事をしているのです! アンジェリカもそれは分かっているはずです!」
「………」
キッパリ言うが、マナは思わず遠い目になってしまう。
なんてことだ、と。
自分のせいでオラクルとアンジェリカが婚約破棄してしまうかもしれない、と。
仕事ばかりで喧嘩するぐらいだ。
アンジェリカという女性は、恐らく恋愛優先。
仕事を優先しているオラクルに不満があるのだろう。
令嬢はそんなものだろうが、マナのように理解あるものは少ない。
「………あ~。分かった。仕事バカって事ね……」
「それだけなら良かったのですが、ね」
「………まだ何か?」
「殿下も薄々気づいているとは思いますが、こいつは察するのが苦手なのですよ」
「………ぁぁ…」
「殿下!? その「ぁぁ」はなんの事ですか!?」
オラクルが焦ってマナに問う。
「え? 前の戦の件を話しているとき、ホウライ国の目論見をどう考えるか振ったときに、オラクルとイグニスは答えが出てこなかったじゃない」
「………あ」
自分で気づき、気まずそうにするオラクル。
「それに、リョウフウ領の事も思い至らなかったし。まぁ、それはヘンリーとイグニスにも言えることだけどねぇ」
二人に視線を向けるとヘンリーは苦笑し、イグニスは視線を反らした。
オラクルは魔導士長の頃しっかりした人物だと思っていたが、違う一面を見てマナは微笑んだ。
「………その微笑みはどういう意味でしょうか……」
ちょっとビクつきながら聞くオラクルは、三十代の立派な男には見えない。
「いや、親近感がわくなぁと」
「………嬉しくありません」
「まぁ、こんな愚息でも宜しいのでしたら、何も言いませんが………まさかファーストではありませんよね!?」
「なんでそんな絶望した顔で聞くんですか!! ファーストはキリュウですよ!!」
ラインバーク当主の真っ青な顔に突っ込んだのはオラクルだ。
マナは苦笑するしかない。
魔導士階級と同じで、臣下はそれぞれ臣下になった順番で呼ばれることがある。
Ⅰはファースト臣下
Ⅱはセカンド臣下
Ⅲはサード臣下
Ⅳはフォース臣下
「お前、殿下の夫君を呼び捨てとは…」
「リョウラン夫様って呼んだら誰だそれはと言われたんです! 呼び捨てで呼べと許可貰ってます!」
「そうか。いやぁ、ファーストでなくて良かった……」
「なんでそんな心底安心した顔で言うんですか!」
「お前…ファーストの意味を知らないのか。臣下の中の責任者という立場にあり、派遣された場所では指示系統を一任される。謂わば主の代わりを任せられる者だ。お前に殿下の代わりが出来るのか」
「それは…」
鋭い視線を向けられオラクルはたじろぐ。
「………………って! 俺はファーストではありませんって!!」
それに気づくのに二分ぐらいかかったなぁ…っと、マナは最早芝居を見ている観客みたいな感じで親子の言い合いを眺めていた。
「だから安堵しているのだろうが。お前に殿下の代わりをと言われれば、私は私の首を殿下に差し出さなければならない」
「何でですか!!」
「勿論、躾しきれなかった愚息の罪を償うために」
「俺を何処まで落とすんですか!!!!」
もう取り繕うことも出来ないぐらいにオラクルは焦っているらしい。
一人称が俺になってしまっている。
「まぁ、もう愚息を臣下から外すことは出来ないのですから、殿下、愚息をどうか見捨てないでやって下さい」
結局、オラクルを宜しくということを言いたかったらしい。
マナは苦笑しながら頷く。
オラクルの本性を見せ、今後差し支えがないようにしたかったようだ。
親の愛だな、とマナは微笑んだ。
「心配せずとも、私は王宮魔導士長だった時からオラクルを知っています。今更何を知っても見放したりはしませんし、これでもオラクルには助けられているんですよ」
「愚息に、陛下が、ですか?」
「………なんでそんな顔で俺を見るんですか」
眉を潜めてオラクルを見るラインバーク当主。
「今回もそれで助かっていますから。ターギンス領へ援助するようラインバーク当主へ要求する際に、オラクルでなければもっと時間が掛かったでしょう。正式な書類作成が必要ですし」
「ちょ、殿下、それは俺自身が殿下を助けたわけではないですよ! たまたま俺が当主の息子という立場だっただけで!」
「うん。ちょっと言ってみただけ」
「で、殿下……」
ガックリと項垂れるオラクル。
からかいすぎたようだ。
「王宮魔導士だった頃、オラクルは私の立場を分かっていて部下として扱ってくれていた。他の者と差別しなかった。それに大分救われていたんだよ」
「え…」
「まぁ、無理矢理入った私にも非はあるんだけどね。周りから冷たい目で見られるのに、無感情でいたわけではないから」
「殿下……」
「オラクルが普通にしてくれたおかげで、救われていた。オラクルは私を救った。自分に自信を持っていれば良い。私のサードなのだと胸を張ればいい」
「――はい」
オラクルの顔に笑顔が戻り、マナも微笑み返す。
「………ラインバーク、マナの笑顔を見るな」
「無茶をおっしゃいますね!?」
今まで黙っていたキリュウが間に入ってくる。
誰がいてもキリュウは変わらず、マナは苦笑する。
「それにオラクルよりイグニスの方がバカだと思うし」
「ちょ、俺!?」
イグニスが自分を指さす。
「言われたくないなら、ちゃんと敬語を習得しなさいよ」
「う゛……」
言い返せないイグニスに、マナはまた苦笑した。
第四章 王宮篇、これで完結になります。
話的にも、話数的にもきりがいいので、章を変更いたします。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
第五章も読んで下されば、嬉しく思います。
今後もよろしくお願いいたします。
また、1~2日に1話UPになると思いますが、お付き合いいただけると幸いです。
2019.07.30 神野 響




