第47話 出来損ない少女と忠誠②
「マナ」
キリュウに名を呼ばれ、顎で後ろを指されて振り向く。
「………!? ちょ、ヘンリー!?」
「我、マナ・リョウランを主とし、我が命尽きるまで主の身を守り、決して裏切らぬ事をここに誓う」
慌てて立ち上がらせようとする前に、ヘンリーが忠誠の言葉を述べてしまった。
マナに向かって杖を差し出しながら。
「………」
忠誠の言葉を述べられ、それを断ってしまえばヘンリーは今後、主として仰ぐ人間を持つことが出来なくなる。
忠誠を誓うと告げた相手に拒否られるということは、人として部下としてその人物は何かしらの不都合があるとみなされ、持っている武器――ヘンリーの場合は杖にその旨が自動的に魔力で刻まれ、他者にも知られることとなる。
それを見られれば、誰もヘンリーを臣下に選ばない。
言わせたくなかった。
それはマナに縛るということで、ヘンリーの夢を、憧れを、失わせることになるから…
「………王宮魔導士にはもう、戻れないわよ」
「構いません」
ヘンリーのキッパリした声に、マナは覚悟を決めた。
ヘンリーの生涯を背負うことに。
マナはヘンリーの差し出している杖に触れる。
「マナ・リョウラン。王女の名の下に、キキョウ・ヘンリーの忠誠を受け取る」
マナが言い終わると同時に、ヘンリーの杖に金の文字でヘンリー自身の名が刻まれ、その文字を鎖のように巻き付くような形でマナの名も刻まれる。
そして数秒光った後、その文字は人の目に見えなくなった。
消えた文字は杖の中心部に沈み込み、今後ヘンリーがマナを裏切れば、杖がヘンリーの心臓を攻撃し、命を奪い、その後マナの元へヘンリーの杖が現れる。
それにより、マナはその者の裏切りを知ることになる。
忠誠の言葉は生半可な覚悟で使用してはいけない。
主はその者の命を握り、臣下は裏切ることは死を意味する。
マナはヘンリーを悲しそうに見るが、ヘンリーは至って満足そうだ。
「これで僕は二人から引き離されずに済むね」
「………ヘンリー」
「僕から二人を奪うなんてこと、もうしないでよね。僕は王宮魔導士より、君たちと一緒に居ることの方が大事なんだから」
「………貴方の楽しみのために、でしょ」
「勿論!」
ニッコリ笑って言うヘンリーに、マナは苦笑した。
ヘンリーの忠誠の言葉で杖にマナとヘンリーの名が刻まれたことに、真っ先に反応したのはキリュウだった。
何故なら、忠誠を誓った順番でマナの臣の序列が決まってしまうからだ。
今からキリュウが忠誠の言葉を言ったところで、ヘンリーが一番、キリュウが二番になってしまうのは変わりない。
怖い顔になるキリュウに、マナとヘンリーは苦笑する。
「大丈夫だよアシュトラル。リョウランちゃんの一番はアシュトラルなんだから」
「当たり前だ」
けれどキリュウの機嫌は直らず。
困ったマナに、キリュウが杖を差し出してくる。
「我、マナ・リョウランを主とし、我が命尽きるまで主の身を守り、決して裏切らぬ事をここに誓う」
ヘンリーに対抗するキリュウに、マナは苦笑する。
「マナ・リョウラン。王女の名の下に、キリュウ・リョウランの忠誠を受け取る」
キリュウの杖に金の文字でキリュウ自身の名が刻まれ、その文字を鎖のように巻き付くような形でマナの名も刻まれる。
そして数秒光った後、その文字は人の目に見えなくなった。
更にキリュウの名の下にⅡの文字も出ていた。
それにますますキリュウの顔が怖くなっていく。
「………はぁ。ヘンリー杖貸して」
「何するの?」
マナはヘンリーの杖を受け取り、キリュウの杖も手に取った。
「多分出来ると思う。忠誠の言葉ではなかったとはいえ、キリュウは私に最初に忠誠を誓っていたのだから」
マナ自身がキリュウが一番だと思っている。
臣下はマナの物。
マナの思考が優先される――――はず。
杖に魔力を込めていくと、誓いの名が浮かび上がってくる。
ヘンリーの名の下にⅠ
キリュウの名の下にⅡ
それが徐々に薄れ、消えたと思えば数字が入れ替わって浮かび上がってきた。
キリュウの名の下にⅠ
ヘンリーの名の下にⅡ
それを確認していた二人も目を見開いた。
「………出来た」
相当魔力を持って行かれてしまった。
忠誠の証は聖なる誓い。
マナ程の魔力が無ければ出来なかった芸当だろう。
よろけたマナをキリュウが支える。
「マナ!」
「だ、だいじょ、ぶ」
そう言うが、マナの瞼は落ちていく。
虚ろな目に映る杖と剣。
何だろうと思ってそれを握ったままマナの意識は遠くへ行った。
次にマナが目覚めた時、マナは絶叫することになった。
「なんてこと!!!!」
叫ぶマナに対して、ニコニコ笑っている目の前の二人。
「騙し討ちして随分楽しそうね、二人とも」
睨みつけるマナに対しても笑うだけ。
状況は、最悪だった。
意識を失う直前に見た杖と剣は、オラクルとイグニスの物だったらしい。
そしてマナの意識が曖昧になっていることをいいことに、忠誠の言葉を述べたそう。
更にマナに許可の言葉を言わせ、契約してしまった。
曖昧な意識だったマナに返答させるには、簡単だったそうだ。
元々望んでいた事で、夢現だったマナは無意識に答えたのもあるだろう。
彼らの杖と剣に忠誠の名が刻まれているのを確認してしまった以上、マナはもう彼らを引き離すことが出来ない。
ドンヨリと落ち込むマナに、ヘンリーが追い打ちをかける。
「あ、女王にはちゃんと許可もらってきたらしいから、これから王宮魔導士長剣闘士長は副魔導士長副剣闘士長が務めることになるって」
「ひぃ!」
現役最強の魔導士長と剣闘士長を臣下にしてしまった。
望んでいたとはいえ、実際になってしまうと恐怖に震える。
大体マナの何処に敬愛したのか不明だ。
女王以上に魅力があるとは思えない。
「まったく……長が勝手に主を変えるなんて前代未聞よ!」
「元々女王に誓っては居ませんでしたから。最初の殿下の指示を聞いて調査開始したときから、機会があれば誓いたいと思っていました」
「………なんでよ」
「確かに我々は女王の臣で国を守る者。けれど、女王の命令はあくまで国全体の命。殿下のように一領地一民の為の命令を聞く方が、より国を守ることに繋がるのではないかと」
「お、俺も、そう、思……ます」
ぐったりして机に突っ伏したマナは、ひらひらと手を振る。
「………ぁ~…公の場以外は普通でいい……」
「だから殿下、イグニスを甘やかさないで下さい」
「………はぁ…」
頭を抱えるマナ。
マナの臣下四人はいつも通りだ。
だからマナは心を持ち直すことが出来た。
「………過ぎたことはどうしようもない、か。分かった。貴方達四人には今後私の臣として働いてもらう。直属の臣下(近衛兵)は定例会議に出席できる。会議まで時間がない。報告書を全員で仕上げて」
「「「「御意」」」」
マナが眠っていた時間は長かった。
失った魔力を取り戻すために。
会議開始日の午後に近い時間に起きてしまったマナには時間がなかった。




