第46話 出来損ない少女と忠誠
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「マナ様っ」
「………大丈夫」
ロンに支えられながら、涙を流すマナ。
「………私は…」
国も、民も、考えなければならない立場。
女王の領域に踏み出さない境界線。
娘としての思い。
彼らに対する複雑な思い。
「………いつからこんな傲慢な考えを持つようになったんだろう…」
マナは話していて思っていた。
――彼らの忠誠が欲しい――
と。
自分のために考え、動く人が欲しい。
さっきまで自分の指示で動いていた彼らは、次は女王の為に動く。
今更何を言っているのだと、マナは自分を叱咤する。
王宮に仕える者は皆、女王の物だ。
動かす権限はあれど、彼らはマナに忠誠を誓わない。
マナの為になど動かない。
だからこれ以上自分の傍に居させてはいけない。
頼ってしまうから。
寄りかかって涙など見せられないから。
だから早々に出て行ってもらった。
アルシェイラの事で動揺して涙したマナを見せたくないから。
弱い王女だと思って欲しくなかったから。
彼らは――キリュウとヘンリーはともかく、オラクルとイグニスはマナではなく王女として見ているから。
一人の女ではなく、女王の子だから。
彼らの前では強くあらねばならない。
繕わなければならない。
息苦しい。
マナ自身を見てくれる、マナの気持ちを察してくれる、忠義ある人が欲しい。
キリュウだけで良かったはずなのに。
彼らは自分の言葉を聞き、動いてくれた。
信頼できると思った。
けれどそれはマナの一方的な信頼でしかなく。
彼らは女王の子の命令だから動くのだ。
だから素は――弱いマナは何処にも見せてはいけない。
女王に支えている者達に、子が弱いなどと思われてはいけないのだ。
「マナ!」
戻ってきたキリュウを見た瞬間、マナはその腕の中に飛び込んだ。
自分の弱さを出せるのはキリュウの前だけ。
改めて王女は不自由なのだと気づかされる。
自分の感情のままに命令しないように、強い鍵を心の中にかけた。
「ロン、暫くはマナに仕事を振るな」
「畏まりました」
「………え……で、出来る、よ」
「そんな真っ青な顔で泣かれては説得力は皆無だ」
確かに、とマナは自分で納得してしまった。
「暫く休ませる。退出していい」
「失礼いたします」
ロンをキリュウが出て行かせ、マナはキリュウに抱き上げられた。
「………ぇ、キリュウ…?」
「寝るぞ」
「寝るって……まだやること…」
執務室の隣の部屋にある簡易ベッド(といっても豪華なのは変わりない)に優しく寝かされた。
反射的に起き上がろうとすると、キリュウがマナに覆い被さってくる。
手を絡め取られ、ベッドに縫い付けられる。
「………!? ちょ、キリュウ!?」
「寝ろ。この三日もろくに寝てないだろ」
「だ、だからって、この体勢…」
ここ最近ずっと王女として気を張っていた。
勿論キリュウとの関係もなかった。
久しぶりにキリュウの顔をベッドで間近に見て、顔を赤くしないなんて無理だった。
「俺の愛しい妻は、無理矢理寝かされるのがお好みらしい」
「!? そ、そんな台詞何処で覚えてくるのよ!」
抵抗するマナを押さえつけるように、キリュウは唇を塞いだ。
その後は、キリュウにされるがままになってしまい、疲れ切って眠ってしまった。
疲労が溜まっていたマナは、丸一日眠ってしまった。
その間に女王に命を受けたヘンリー達は彼方此方走り回っていたらしい。
キリュウはマナを見張っているようにと命令を受けたようで、言われずともと返してマナをベッドの中で抱きしめていたそうで…。
目が覚めたマナは恥ずかしさに悶えた。
他人に素肌のまま抱き合っている場面を見られた羞恥心に。
ロンとスズランは使用人。
だからなんとも思わない……いや、思わないことに慣れた、というべきか。
けれど女王に見られたなんて、自分の母親に知られる事ほど、恥ずかしいことはない。
ベッドの上で突っ伏していると、キリュウがマナの頭を撫でてくる。
「………キリュウ?」
「俺の大切な物はマナしかない。女王もマナの臣でいていいと言った。俺はお前の物で臣下だ。倒れそうになるぐらいに自分一人で抱え込むな。俺に何でも言え。俺を使え」
「!」
キリュウがマナの臣になってくれる。
態度で分かっていても、実際に“臣になる”とキリュウが口にしたのは初めてだった。
笑いたいのに涙が溢れて無理だった。
キリュウの胸元に顔を埋め、ギュッと抱きつく。
キリュウはマナを優先する。
分かってても言葉にしてくれたことが嬉しかった。
マナとしても王女としても絶対的味方で居ると宣言したようなものだ。
実際に忠誠の言葉を言ったわけではないのだけれど。
けれどマナにはキリュウの言ってくれた言葉が、忠誠の言葉なのだという風に力強く聞こえた。
暫くして落ち着いたマナはそっとキリュウから離れた。
「………あ、そういえば明日よね? 定例会議」
「ああ。資料は作ってある」
二人は起き上がって衣類を着用する。
隣の執務室に行こうとドアに手をかけ、開いた。
「………!? び、びっくりした…」
マナは執務室に居た人物に驚き、身体がビクついた。
誰も居ないと思っていたから。
「おはようリョウランちゃん」
ニッコリ笑って声をかけてくるヘンリー。
それだけならまだしも……
「………魔導士長と剣闘士長まで……何でここに…?」
緩んでいた顔を、すぐさま王女仕様にする必要があった。
「昨日のリョウランちゃんの態度が気になってね」
「………ああ、ごめんなさいね。疲れすぎてて早く休みたかったから」
「そうなんだ。ゆっくり休めた?」
「キリュウのおかげでね」
「仲良いね~相変わらず」
からかうヘンリーにはもう慣れている。
マナは苦笑し、キリュウは無表情でヘンリーを見る。
「女王の命で手配したことなど、リョウランちゃんにも報告をと言われたんだけど」
ヘンリーの言葉に、マナは執務机に向かい椅子に座った。
「………聞きましょうか」
「リョウフウ領とターギンス領にそれぞれ女王が信ずる臣下が一時的に派遣された。取りあえずリョウフウ領は壊滅してたから復旧にかなり時間が掛かる。領民はもう既に居ない土地だから、更地にして最終的に森の一部にするみたいだから、主に解体要因として。領家の財産は回収してターギンス領へ。ターギンス領民への救済資金に充てるそうだよ」
「………分かった」
領地丸々一つ失い、民がその分減った。
早く気づいてあげられなかった事が悔やまれる。
けれど立ち止まっていてはいけない。
マナは民一人一人に寄り添うことは立場上出来ないし、物理的に不可能だ。
立ち止まれば止まるほど、ホウライ国に対して後手に回ってしまう。
これ以上、勝手をさせてはいけない。
開こうとした口を途中で止める。
「………リョウランちゃん?」
その様子を見ていたヘンリーが声をかけてくるが、マナは笑ってやり過ごす。
「キリュウ、悪いけど手伝って。女王に進言したい施策がある」
「ああ」
「三人ともご苦労様。下がっていいわ」
マナはヘンリーを含めた三人に出て行くように言う。
そしてキリュウに近づくため、立ち上がる。
「僕も何か手伝うよ。何でも言って」
「我々もお手伝いします」
三人が言ってくれるが、マナは首を横に振った。
「どうして? やることあるんでしょ? だったら二人より三人でしょ。命令してくれていいよ」
「あれは緊急事態だったからね」
「緊急事態以外なら命令できないの?」
「………ヘンリー…」
困ったように笑うマナ。
ヘンリーはこういう事には頭が回らないのか、と困ってしまう。
いや、今までずっと一緒に居たのだ。
その延長線上に居るだけで、組織のことなど頭にないのかもしれない。
ヘンリーにとってマナとキリュウは友人で、助け合うのが当然だと。
「ヘンリー。お前は女王の指揮系統にある王宮魔導士だろう」
「え? 今更何? アシュトラルもでしょ?」
「俺はマナの臣だ」
キッパリ言い切ったキリュウに、ヘンリーとオラクル、イグニスまで目を見開いた。
「俺は王女を主に仰ぐ王女の部下。女王に忠誠を誓ってはいない。俺は王女に忠誠を誓った王女だけの物だ。ヘンリーは女王の物。だから王女は緊急事態ではない限り、お前達には命令できん」
「アシュトラル……」
「ヘンリー、魔導士長、剣闘士長。ご苦労様。下がって」
マナはキリュウの口元に手を当て、それ以上喋らないようにお願いする。
三人に下がるように言い、マナはキリュウを見上げた。
共に仕事をするための打ち合わせをしようと。
だから、ヘンリーがマナの方に歩いてきて膝をつく行動に気づかなかった。




