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出来損ない少女と冷血の貴公子  作者: 神野 響
第四章 王家篇
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第45話 出来損ない少女と絡繰り




女王と同じ権限を持っていると知ったマナは安心して臣下に命令を出せる。

そんな楽観的にはなれなかった。

同じ権限を持つとはいえ、境界線があるのには変わりなく、間違った判断をすれば臣下や民が死ぬ。

更に用心深くならねばと気負ってしまう。

それでもマナは立ち止まるわけにはいかず、足早に部屋に戻る。

部屋にはロンが居て、ヘンリーが中途半端にしていった報告書を纏めてマナの机に置いてくれていた。


「ありがとう。すぐ目を通すわ」

「スズランにお茶を用意させます」

「ん」


ロンが出て行き、マナは椅子に座って報告書に目を通し始める。

ヘンリーの報告書は分かりやすく纏められていた。

三人からの報告が簡潔に述べられていたことを補足するのは充分だった。

領地に入る所から何を見たのか、何を調べたのか、報告書を見るだけで目の前に現状が映し出されるようだった。


「………さすが」


ヘンリーの報告書を読みながらマナは口角を上げた。

やはりヘンリーは優秀で。

ゆくゆくはマナの臣下になって欲しいが難しいだろう。

王宮魔道士は魔導科学園に通っていた者の憧れ。

ヘンリーは夢を叶えたのだ。

その夢を壊すような真似をするほど、マナは非情ではない。

マナの臣下ということは、マナの近衛兵になれということ。

近衛になるという事は、マナへ忠誠を誓うということで。

マナ以外の命令を聞かず、マナの為に命をかけろということになる。

女王の臣下を奪うことになる上、自分の為に死ねなどと言えるはずもない。

それに――


「………己の主は己で選べ」


ポツリとマナは呟く。

自分の意思で主を決め、忠誠の言葉を述べる、そして主になる者が許可する。

忠誠の儀式はあくまで本人の意思で行われること。

命令など以てのほかだ。


「………はぁ。女王と話してて気が抜けたか…」


民が苦しんでいる時に何を考えている、と自分を叱咤し報告書に再度目を通した。

彼らが帰ってきたら、新たに分かった情報を聞き、次の指示をしないといけない。

その為に最短で状況判断できるように。




キリュウとヘンリーを向かわせて三日目。

マナの執務室の床が光ったと思ったら、キリュウとヘンリー、そしてオラクルとイグニスが現れた。


「………状況は」


時空間移動してきた四人を咎めることなく、マナは書類に目を通したまま問いかける。


「まず、先に報告したターギンス領の隣のリョウフウ領はほぼ壊滅状態にあり、民の生き残りは殆ど居らず。辛うじて生き残っていた民達はラインバーク領へすぐに移送。手当と食事を与え、ました」

「ラインバーク当主にターギンス領への援助を依頼しました。即対応して頂き、食料をターギンス領民へ配布。餓死した人数は少なく、今領民は身体を休めています。更に事後報告になりますが、ラインバーク当主が信頼できる部下を何人かターギンス家に送り込み、屋敷内を捜索。不正書類などを押収し、暫くは部下達がターギンス領の管理をさせて頂きたいとの申し出です。魔導士剣闘士より領家の管理がスムーズに出来ます」

「リョウフウ当主はやはり操られていた。王宮に来るときのみ記憶を消し、領地にいる時は傀儡にして魔獣を結界内まで召喚していたらしい。それで領民を襲わせホウライ国の人間が領家に隠れ傀儡人形を作っていた。――死体を使ってな」

「リョウフウ領当主の息子のフキョウ・リョウフウは、リョウランちゃんが危惧したとおり、ホウライ国の人間にそそのかされて実験に加担してた。ホウライ国の者共々捕らえてある」


四人の報告を聞きながらマナは報告書を作成していた。

記憶するのは簡単だけれども、後から正確な報告書を作るためにも必要だったから。


「イグニス、生き残りは何人」

「十名、です」

「オラクル、ラインバーク当主に許可する書状を作成する。部下に持って行かせて」

「分かりました」

「不正書類は今何処に」

「部下がラインバーク当主に渡し、現在当主が持っています。丁度二日後が定例会議ということで、当主直々に管理し王宮に持ち込みたいとのことです」

「ターギンス領家の者の妨害の心配は」

「ありません。全員捕らえて尋問しておりますから」

「なら大丈夫か。書類は当主の持ち込みを待つ」


マナは一旦手を止める。


「キリュウ、リョウフウ当主の状態を元に戻せる事は?」

「ほぼ不可能だ。操る魔術は脳を壊して別人格を埋める感じだと言えば分かるか?」

「分かった。新たに領主を立てるまで代理で生かしておきたかったけれど、処分するしかないわね」


躊躇することなく命を奪うというマナに、オラクルとイグニスが息を飲む。

マナはまだ若いし王女になって日も浅い。

簡単に処分対象にするなどと言えないと思っていた二人。

けれどマナは非情になることに躊躇はない。

それは、国のためだから。

報告書作成を再開する。


「ヘンリー。息子はそそのかされただけで操られてはいないのか?」

「うん」

「やったことの詳細は」

「ホウライ国の人間を引き入れたこと。人を操る実験に加担していたこと。魔獣を引き入れ領民を虐殺したこと」

「ん。極刑」


即答し、マナは報告書を書き終えた。


「ここまで来ると、あの戦は大がかりな陽動だったわけ、ね…」


椅子に背中を預け、天井を仰ぎ見る。


「殿下? どういう……」

「だって、国境の森近くの二つの領地に異変があったのに、あの時の私達はその状態に気づいた?」

「「!!!?」」


マナの言葉にオラクルとイグニスが息を飲んだ。

二人は今の領地の件で頭がいっぱいでそこまで頭は回ってなかったのだろう。

キリュウとヘンリーは予想していたのか、反応は薄かった。


「目の前の戦に目を奪われていたけれど、あそこまで行くのに使用したのは“空間”移動。“時空間”移動じゃない。視界に入る範囲での移動である空間移動を多用していくつかの領地を横切った。その時に領地が荒れてれば、流石に全員とは言わないけど私達が気づかないわけがない」

「そう、ですね…」

「ということはあの時は正常だった。………で?」

「「え………?」」


マナはオラクルとイグニスに向かって問いかける。

二人は分からないという風に戸惑う。

マナが何を求めているのか分からないのだ。


「………で?」


マナは今度はキリュウヘンリーに顔を向ける。

二人も意味を考えているようで、マナに返答はなかった。

マナは内心、自分だけが違う方向に考えが行ってるんじゃないか、と不安になるが顔には出さない。

令嬢は演技してなんぼ。

よくお義母様に言われたっけ、とつい別の方向に意識が行ってしまう。

気を取り直して四人を見る。

オラクルとイグニスは難しい顔をしたままだが、キリュウとヘンリーの顔はオラクルとイグニスに向いていた。

それを見て、キリュウ達は観察しているのだと分かる。

マナに返答しなかったのは、二人の考えを聞きたかったか、普段偉そうに指導している指導官の失態を見たいのか。

どっちもありそうだとマナは呆れてしまう。

まぁ、この二人のおかげで肩の力が抜ける為、ある意味助かってはいるのだが。


「で、殿下……?」


オラクルが限界だったのか、恐る恐る問いかけてくる。


「………あの時の不測の事態は?」

「「!!」」


マナの一言で察した二人が言葉を失った。


「アルシェイラ・ゴーシェイをマナにけしかけ、統率を乱す」

「そして僕らが戦の他に目を向けられないほどに集中させられれば」

「混乱に乗じて結界の中に入り、リョウフウ領内にホウライ国の人間が紛れ込んだ」


キリュウ、ヘンリー、マナの説明に二人が息を飲む。


「戦は早急に収束され、先遣隊は撤収」

「抵抗できない領民に為すすべはなく、実験体にされ……現在に至る」

「………それで、アルシェイラ・ゴーシェイの遺体、なのね…」


漸く父親の身体が使われた訳をマナは理解した。

娘のマナも、そして女王のホウメイも、アルシェイラに釘付けになる。

他に目を向けないようにホウライ国が仕掛けた罠。

早々に先遣隊を引き上げさせるために。


「………やってくれる」


マナは悔しさに唇を噛んだ。

そして机に両肘をつき、手を組んで手の甲に額を付ける。

これで無様な顔を見せずにすむ。

王女としての顔が出来ないマナの顔を。


「………取りあえずご苦労様。四人とも自室に戻って休んでちょうだい。次の指示は追って――女王からあるでしょう」


一刻も早く彼らを部屋から出す必要があった。


『なんて情けない』


父親を利用されたとはっきり推測できた。

それだけだったのに、マナは怒りに身が震えた。

許せない、と私怨が膨らんでいく。

彼らの前では王女としてあらねばならない。

マナは彼らの上に立つ者。


「え……殿下からの指示はないのですか…?」


オラクルが戸惑った声で聞いてくる。

散々命令していたのだ。

今後女王から指示があるだろうと言っても今更感が強いだろうし、拍子抜けしてしまうのも無理はない。

今度はどんな指示が飛ぶのか身構えていたなら尚更。


「………――ええ。さっき言った許可状は後でロンに魔導士長の所まで持って行ってもらう」


今更名前から役職名に変更しても、彼らと距離を取るのは難しいけれど。


「これから先は女王の管轄であり、私に権限はない。一刻も猶予がない状況は脱したわ。皆、女王の臣に戻りなさい」


キッパリとマナは言った。

無表情な顔を彼らに向けて。


「………リョウラン、ちゃん?」

「………何?」

「女王に何か言われたの?」

「………退出なさい。それとも、無理矢理が良いのかしら」

「マナ」


言葉を遮るようにキリュウがマナを呼ぶが、マナは椅子の回転を利用し、彼らに背を向けた。


「この部屋では殿下」


マナの言葉に便乗するかのように、ドアがノックされる音がする。


「失礼いたします。殿下、報告がございます」


ロンがそこに立っていた。


「………機密?」

「はい」

「全員退出して」


機密事項だと言われれば退出するしかない。

全員がマナの様子を伺いながら出て行った。

気配が完全に遠ざかってから、マナはその場に崩れ落ちた。


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