第44話 出来損ない少女と王女の権限
マナの規定違反は、結論を言うとお咎め無しだった。
キリュウとヘンリーが大丈夫だと言ったように。
けれどマナはそれを気にしており、王宮内の女王の部屋から自分の部屋へ歩きながらため息をついた。
彼らの主君は女王であり、マナの直属の臣ではない。
これからは女王の許可を貰うように気をつけなければ…と思いながら部屋へ戻った。
『なんなら彼らにマナの言うことを聞くように言いましょうか?』
『………女王自ら規定違反許可しないでもらえますか……』
報告すればのほほんと言われ、マナの方が待ったをかける形になった。
「………この国の女王があれで大丈夫なのだろうか…」
つくづく子に甘いと思ってしまう。
違反は違反で処分しないと、下に示しがつかないのではないかとマナは思った。
「あ、おかえりリョウランちゃん。さっき現地の魔導士から報告書が飛んできたよ~」
ヘンリーの言葉にマナは思考を切り上げて、ヘンリーが持っている紙を見せてもらう。
「やっぱりリョウフウ領の被害はあったみたい。でも、もうどうすることも出来ないくらい壊滅状態みたいだよ」
「!」
マナは思わず報告書をグシャッと握りしめてしまった。
「民は!」
「………」
ヘンリーが首を振る。
それを見てマナの顔色が真っ青になる。
「………リョウフウ当主は何をしている…」
「魔導士が問い詰めても、何も答えず虚ろな目をしていたそうだよ」
定例会議に見た当主は、どこも変わったところはなかったはずだ。
マナだけではなく、シュウや魔導士長も気づかなかったのだから。
では何故?
「………キリュウ、女王の所に行ってリョウフウ当主の心を読んでもいいか聞いて、許可が出たらリョウフウ領まで飛んでくれる?」
「了解」
キリュウが足早に出て行った。
「ヘンリー…魔術か魔導具の中で、記憶を消す術ってあったかしら?」
魔導具に関しては、キリュウやヘンリーの方が詳しい。
マナは問いかける。
「どうだろう…魔法にはあったと思うけど…無属性で」
「定例会議の時のリョウフウ当主は普通に見えた。領の状態を知られないように記憶を消したというのなら説明が手っ取り早くつくんだけど…。権力主義だったとしても、領地が壊滅状態になっているなら税の徴収がままならず、リョウフウ家も貧困していたはず……他の領に援助を求めたのなら何処かの領から報告が来るだろうし…」
「ターギンス領からの援助は期待できる状態じゃないから、あるなら魔導士長の領だけど、魔導士長もターギンス領の状態に驚いてたから、ラインバーク当主も多分知らないだろうね」
マナは唇を噛んで考えられる問題を思いつく限り走り書きをする。
「リョウフウ当主は悪い噂聞かないから、普通の人だと思うけど…息子の方は違うけどね」
「………ぁぁ、課外授業の時に話が上がった……」
「そ。アシュトラルに対してコンプレックス抱えてた」
「………彼は今どこ所属?」
「自分の領の担当魔導士じゃない? いうなれば辺境魔導士」
「………生存は?」
「確認されてない」
ヘンリーの言葉にマナは眉を潜める。
キリュウに対して良い思いを抱いていなかったのなら、見返してやろうという気が起きるのではないか?
なんとかして自分の力を見せつけてやろうと…
そこまで考え、マナはゆっくりと俯かせていた顔を上げ、ヘンリーの顔を見た。
「………ねぇ、彼が魔獣を招き入れた可能性は? ホウライ国の者に唆されて」
「………!」
ガタンッとヘンリーが椅子から立ち上がった。
マナはキリュウの魔力を探る。
「………まずい。ヘンリー、リョウフウ領までかキリュウの元へ至急飛べる? キリュウがもうリョウフウ領まで飛んでいったみたい。リョウフウ当主の息子を警戒するように伝えて!」
「了解!!」
ヘンリーがその場から消えた。
何もなければいいのだが……
「はぁ……」
本当にもどかしく思う。
自分の立場が。
「………って、ああ!」
マナは何かに思い当たって叫んだ。
「………キリュウもヘンリーも一応女王の臣だよ……」
二人とも王宮魔導士所属。
キリュウはマナの臣も兼ねているが、ヘンリーの主君は女王だ。
先程反省したのに早速またやらかしてしまった。
ガックリと項垂れて、マナはまた部屋を出ることになる。
現地の状況が分かるのは早くても数十分はかかるはず。
緊急の状況になっているが、マナは王宮しか身動きが取れず、今は何も出来ない。
トボトボと女王の部屋へ向かった。
二回目の規定違反を報告。
勿論新たに分かった件を報告してから。
それから何故かホウメイにお茶に誘われ、即席のお茶会になってしまった。
「………女王」
「お母様」
「………お母様、私はゆっくりお茶を飲んでいる暇は……」
「じゃあ部屋に帰ってゆっくり休むのかしら?」
「………」
「そんな顔色で命令される臣下の身にもなりなさい」
ホウメイに指摘され、マナは言葉に詰まる。
「で、でも、私には臣下は……」
「いない? 偉そうに罵倒して領地へ調査に行かせておきながら?」
「………っ」
痛いところを突かれる。
感情に任せてみんなを各地に散らばらせたのは、他ならぬマナだ。
ホウメイからお咎めはないが、マナ自身が違反したのを認めてしまっている。
言い訳は出来ない。
「マナの真面目なところは評価するけれど、何事にも優先順位があるのよ? 今回の件は早急に対応が必要だった。だからマナのやったことは間違いじゃない。直後に報告もくれたし、この問題は一分一秒も惜しいと判断される。私も同じ事をしたわ」
「………はい」
「これからも必要なことはマナの判断でしていい。間違ってたらその場合は処罰の対象になるけれど」
「………」
マナは冷や汗をかいた。
間違った判断をすることもあるだろう。
その時の処罰はどうなるのだろうか、と不安になった。
マナだって人間だ。
間違ったことをする事もあるだろう。
処罰が怖いんじゃない。
処罰を受けた後、もしキリュウの傍を離れなければならなくなったら――
それが怖い。
その時フッと笑う声がした。
反らしてしまっていた顔をホウメイに向けると、ホウメイは笑っていた。
「大丈夫よ」
「………ぇ」
「マナはキリュウが居れば大丈夫。私の傍にシュウが居てくれると大丈夫のように」
「………?」
マナは意味が分からず首を傾げた。
「私にとってシュウはかけがえのない存在で、彼の傍に居たいから私は考える。正しい方法を」
「………ぁ…」
「彼が居なくならない方法を考えると自然に分かる。国をどうすれば良いのか。だって、国民は国民の中に大切な人が居る。私達と変わりない。女王も王女も臣下も国民に変わりないのよ。皆が生活するのにどうしたら暮らしやすいかなんて、難しいようで案外簡単なのよ」
実際にそう思いながら政をしているのだろう。
だから、説得力があった。
「だからマナが国民の意見を聞きたいって言ったとき、反対しなかった。私には思いつかなかった事をマナは進言してくれた」
「お母様は国のことで精一杯だから…」
「だからこそ、マナみたいな提案をしてくれる者は貴重なのよ。私はマナを信じてるわ」
握りしめていたマナの手の上に、ホウメイが優しく手を置く。
「違反なんて気にしなくて良いのよ。それを気にしてマナが動けないのなら意味がない。民のために動いてくれるマナが足を止めれば、それだけ民が苦しむ時間が増えるのだから」
ハッとしてホウメイを見れば、ホウメイが笑う。
「マナが私利私欲で彼らを動かしているなら私は厳罰を言い渡す。けれどそうじゃないでしょう?」
「………はい」
「女王じゃないからとか、権限がないからとか、そんな事気にしないでいい。現にマナには私の子という権限がある。それは女王の次に――女王の代理として命令を下せる立場にあるのだから」
「………はい?」
初耳のことを言われ、マナは思わず間抜けな声を返してしまった。
「どうかした?」
「………女王代理とは…?」
この国は世襲制ではない。
王の次に力がある人物が次世代の王になる。
現在の次世代の王候補はマナだろうが、正式に拝命したわけではない。
王の子=次代王 にはならない。
それにより、王家の権限は王または女王にしかないはずだ。
王子・王女に国を動かす権限はない。
だからマナは違反という言葉を繰り返しているのだ。
それなのに権限があると言われ、混乱する。
「………ぁ、そっか。マナは知らなかったのね。世間には王にしか権限がないって公言してるから」
「………どういう…」
「数代前の王家に二人の王子と三人の王女がいてね。その五人がまた甘やかされて育って臣下を良いように使うから国が荒れていったのね。そこで王がその混乱を沈めるために権限を王だけにしたの。それからリョウラン国は平和になった」
「………へぇ」
そんな事があったのに、学園では習ってない。
まぁ、歴史より魔導の教えの方が大事だったから、授業時間は余り取られていないことも事実。
常識として女王にしか権限がないと教えられているから、昔のことは知らずとも良いということかもしれない。
「でも、王だけにするのも問題があった。王が一時期国を離れた時、不慮の事故があった時など判断が仰げないときがあるでしょう?」
「………ですね」
「そんな時に指示できる人物が必要。まぁ、普通は宰相なんだけど、王の権限を許可する人物を王自身が指名することが出来る。それが代理権限」
「………ん?」
「だからマナは自由に指示して大丈夫」
ニッコリ笑うホウメイを見ながら数秒マナは固まり、そしてふるふると震えだした。
「初耳ですけど!?」
「今言ったじゃない」
「じゃあ最初の違反って報告した時言って下さいよ!」
「忘れてたわ」
「彼らに私の言うことを聞くように伝えるって言ってたのは!?」
「彼らが文句を言ってくる前に代理権利のことを伝えましょうか? って意味で言ったのだけど?」
「処罰の対象っていうのは!?」
「流石に全ての魔導士剣闘士を動かすのは権限を越えていると判断して処罰するわよ?」
「誰もそんな恐ろしいことしないわ!」
言いたいことを言い終え、マナは息を荒くしたまま脱力した。
「でも、マナが悩んだ時間は無駄じゃなかったでしょ?」
「………え?」
「あんなに悩んだんだから、ちょっとやそっとでは間違った判断しないでしょ」
………どうやら伝えるのを忘れていたわけではなく、マナを試すためにわざとやっていたらしい。
それに気づいたマナは、思いっきり肩を落としたのだった。




