第43話 出来損ない少女と現状
「失礼いたします!」
ノックもそこそこに、慌てて入室してくるオラクル。
その後ろにイグニスとヘンリーもいる。
「………なんか分かった?」
イグニスの慌てようにマナは書類から顔を上げる。
「はい! 魔獣の目撃証言者に会い、現状を確認しました! それで、魔獣の目撃は一月前程からあったようです!」
「………は?」
早口でイグニスの口から報告された事に、マナは目が一瞬点になった。
「で、襲撃されたのはここ数日前から。人が襲われることはなかったみたいだけど、農作物が滅茶苦茶。おかげでターギンス領の住民は餓死寸前」
逆にのんびりした声で報告するヘンリー。
そのヘンリーの言葉にマナはガタンと音を立てて椅子から立った。
「なんですって…?」
思わず怖い顔になってしまうマナの肩にキリュウが手を置き、椅子に座り直させる。
「取りあえず俺たちが行って発見した魔獣は討伐し、城下魔導士剣闘士を数名ターギンス領へ派遣依頼。王宮魔道士剣闘士も数名置いてきた。あ、きました」
「時間が惜しい。口調は今は良い!」
苛ついているマナは思わずイグニスに怒鳴るように言ってしまう。
「マナ、落ち着け」
「………キリュウの落ち着きを今はもらいたいわよ! ………ターギンス…領地の管理も出来ない無能め……何が民の問題で自分は関係ない、だ。馬鹿にして! 国民をなんだと思っている!!」
怒っているマナの口調になれているキリュウとヘンリーはともかく、オラクルとイグニスはポカンとマナを見ている。
「ロン」
「はい」
気配なくドア付近で立っていたロンに呼びかける。
気づいてなかったオラクルとイグニスがビクッとなり、数歩離れた。
「すぐに女王と宰相に今の事を報告! 宰相にはターギンスの取り調べを急がせて!」
「御意」
ロンは素早く出て行った。
「魔獣がどの方向から来たか聞いたか?」
「は、はい…森の方から、だと…」
ギロッとオラクルを睨みつけるように見てしまったマナ。
それにオラクルがたじろぐ。
「ターギンス領は国境の森に近い位置だが……リョウフウ領の方の被害は?」
マナに問われ、ハッとする三人。
「そ、それは…み、見に行ってねぇ…」
「イグニス、あんたも無能呼ばわりされたいか?」
「っ…」
答えたイグニスを睨み付けるマナ。
その目にイグニスは息を飲んだ。
イグニスとオラクルが知っているマナではない。
自分たちの目の前にいるのは魔導士ではなく王女のマナだ。
国を背負っている王家。
「チッ」
マナは舌打ちして唇を噛む。
国境の森に一番近い領はリョウフウ領。
次にターギンス領。
一番近い領に出ず、ターギンス領だけに出ているのであれば、それはそれで問題だ。
現地に行って現状が見られない。
行動制限された立場が歯がゆいとマナは思う。
ちなみにリョウフウ領とは、キリュウと仲違いをした時の課外授業で、キリュウを逆恨みしている人物の中で上級魔獣を召喚している可能性があると推測していた時、ヘンリーの口から出た名前。
「早急に現地の何人かをリョウフウ領に派遣。魔獣の被害がないか見に行かせろ!」
「は、はいい!!」
イグニスは慌てて部屋から走って出て行った。
「オラクル、ヘンリー。あんた達がいてなんで調べない」
「申し訳ございません…」
「ごめん…報告を優先しちゃったからそこまで頭回らなかった…」
二人に謝られ、マナはため息をついた。
「………向こうに私が知る人物がいれば飛んで見に行けたんだが…」
「そ、それはおやめ下さい!」
オラクルが慌てて止める。
「じゃあ、あんたが行くか?」
「っ……ご、ご命令とあれば……」
「あんたの頭は飾りか…」
マナは首を振る。
「オラクルはターギンス領の隣のラインバーク領の当主の息子だろ……即刻ラインバーク領の作物を少しターギンス領の民へ融通してやってくれ」
「………ぁ」
ハッとするオラクルにマナは脱力する。
「国庫から金品を出して王都から食料を輸送するより、ラインバーク領からの方が早い。当主に交渉して欲しいんだが? 減った分は王宮に請求してくれて構わない」
「すぐに!」
オラクルは走って出て行った。
「………二人とも優秀なんだが…」
「先日の戦があるまでは平和だったからな。ホウライ国と睨み合いだけで」
「リョウランちゃん。僕は何すれば良い?」
「………ヘンリーは取りあえず待機。ターギンス領であったこと詳しく報告書に纏めて提出してくれる? 定例会議用に」
「分かった。ここで書いて良い? 詳細に覚えているうちに」
「構わない」
ヘンリーが奥の机を使って報告書を作成するのを尻目に、マナは深く椅子に腰掛けた。
「マナ、少し横になれ」
キリュウに言われ、マナは顔をキリュウに向ける。
「………いや、いい。………民が飢えに苦しんでいる時に睡眠なんて取ってられないわ……」
「それでもここ二・三日ろくに寝てないだろう。寝不足では頭は回らない」
「………」
「だからキレやすくもあるんだろう」
指摘され、マナは自分の素を感情のままに、オラクルとイグニスに向けたことに今更ながら気づいた。
「………ぁ~……どうしよ…オラクルとイグニスに嫌われたかな…」
「大丈夫でしょ。リョウランちゃんは優秀だし、言われたことは正論だったしね。むしろ、信頼できる主君だと思われたんじゃない?」
ヘンリーの言葉にマナは少し笑う。
「彼らの主君はあくまで女王のみ。私が勝手に動かして良い者ではない。………って分かってるんだけどつい頼みやすくて……。うぁ…女王に怒られてこなきゃ……」
二人を勝手に動かしてしまった事に気づき、マナは頭を抱える。
「ぁあ! 請求も来るって言わなきゃ! 勝手に当主との交渉も頼んじゃった! あああ……規定違反山ほどしちゃったぁ……」
今更後悔しても後の祭りだった。
「女王なら大丈夫だろう」
「ちゃんとした命令だったと思うしね」
「………あのね、間違っていない命令でも、王宮魔道士剣闘士を動かすには女王の許可がいるし、領主への連絡も同じだよ…」
楽観視しているのはあのホウメイの性格を知っているからだろう。
けれど、マナはあくまで女王の子という立場であって女王ではない。
従って、女王の許可なく命令できる権限などない。
ゆっくりと椅子から立ち上がる。
「………怒られてくる…」
哀愁を漂わせて部屋を出て行ったマナの背中を見送った二人は、思わず顔を見合わせてしまった。




