第42話 出来損ない少女と問題②
権力主義の当主を退室させ、マナは報告書をしまい議題を変更する。
「本日新たに浮上した問題の共有と対策を議題に挙げさせて頂きます。最近、街外れで魔獣の存在が目撃されているようです」
マナの言葉に真っ先に反応したのは、魔導士長オラクルと剣闘士長イグニスだった。
「バカな!?」
「殿下、それは確かですか?」
二人に問われ、マナは顔を向ける。
「まだ裏を取っていないので確証はありませんが、本日民から寄せられた事案ではあります。そこで、私から魔導士長とサードのヘンリーを中心に、探って頂きたいと思いますが」
「それが本当でしたら、由々しき事態です。すぐに調査隊を組織します!」
「ま、待て! あ、いや、待って下さい殿下」
イグニスがマナに向かって敬語を使用するのに慣れず、四苦八苦しているのに内心苦笑する。
彼には魔導士として接していたし、戦の時には助けてもらった。
お披露目の後に会った彼の最初の言葉は『打ち首は勘弁してくれ!』だったのには笑ったなとマナは思い出す。
「何ですかエンコーフ剣闘士長」
「剣闘士もその調査隊に入れてくれ! あ、さい。万一魔獣がいて突進などの物理攻撃があれば魔導士より剣闘士の方が良い! あ、と思います…」
なんとも面白い言葉遣いに、マナは内心笑う。
「良いでしょう。魔導士と剣闘士の連携が取れるようになり、王女としても魔導士としても喜ばしいことです」
マナが言うと、ホッとしたようにイグニスは頭を下げた。
「殿下、魔獣が何処から来ているかも不明なのですよね?」
魔導科学園理事長が声を発する。
「ええ。念のために聞くけれど、学園の結界は大丈夫ですか?」
「はい。問題は上がっておりません。穴が開いたということも破れたということもありません」
「私とキリュウは、ある問題を疑っています」
「問題、ですか?」
聞き返されマナは頷き、書物を開く。
「禁止された魔導具を使い、ホウライ国が魔獣の魔力を無くして、我が国の結界をすり抜けさせているのではないかと」
全員が動揺し、ザワつく。
「人を操ることが出来る魔術を持っているホウライ国。魔獣も操れるとも思った方が良いかと思って、それも視野に入れながら調査して欲しいの」
オラクルとイグニスに目を向けると、二人とも頷き了承を示す。
「次の定例会議は一週間後。それまでにラインバークとエンコーフは、殿下の任務の報告が出来るように動いてくれ。勿論早急に解決が望ましい。では、解散」
シュウの言葉にまず女王が立ち、続いてマナが立って退出した。
「マナは良い感じになってきたわね。威厳も出てきたし」
「そうですかね。だと良いですけど」
ホウメイと別れ、自室に向かおうとする。
「殿下」
呼び止められ振り向くと、そこにはオラクルとイグニスがいた。
「どした」
「………殿下、公の場と言葉遣いが違うのは別に構わないと思いますが…変わりすぎかと…」
「ほっといて。で?」
「ああ、民の意見用紙を見せて頂けないかと。場所を知らないと行けないので」
「ん。部屋にある」
マナは二人を引き連れて部屋に戻る。
イグニスが喋らないのはボロを出さないためだろうけど。
「剣闘士長。別に普通に喋って良いよ」
「い、いや……」
「殿下、甘やかさないで下さい。こいつはちょっと練習させないと。陛下の護衛で他国に赴くことだってあるんですから」
「そうね」
「殿下のように使い分け出来るように特訓中だと思って下されば」
「分かった」
苦笑しながら部屋のドアを開ける。
「おかえり」
「ただいまキリュウ」
部屋で待っていたキリュウに声を掛け、マナは机に向かう。
「魔獣が出た場所の領地は……ターギンス家が管理している領地ね」
「先程国家反逆罪で捕縛された人の所ですか…」
「まぁ、彼が以前からあの思想なのだとしたら、魔獣が出ようがなんだろうが放っておいたでしょうね」
「では、何度も出ている可能性があるのではないかということですね」
「ええ」
マナがオラクルを見上げると、彼は頷いた。
「分かりました。詳細をお調べしご報告します」
「お願い」
「行くぞイグニス」
「あ、ああ。し、失礼いた――っあいた!」
イグニスが舌を噛んだ。
「「「………」」」
どれだけ敬語になれていないのだ、とマナとオラクルとキリュウまでが呆れた顔を向けた。
「す、すまねぇ…」
恥ずかしそうに頭を掻くイグニスに、マナは苦笑した。
「急がば回れ。繰り返し言葉にしないと身につかないよ」
「お、おう……じゃない! はい!」
挙動不審になってしまうイグニスは三十代の男には見えず、いつもの恐ろしい形相な男は何処にもいなかった。
大柄で厳つい顔をして部下を扱く姿は、恐ろしいと言われているのに。
「いつもそれだったら女も出来るだろうに…」
「煩い! お前に言われたくないわ!!」
「俺は彼女いるんだが?」
「いつも仕事ばっかりで構ってくれないと、頻繁に喧嘩しては俺んとこにやけ酒に来るじゃねぇか!」
「俺の周りに女がいないのはお前だけだからな。愚痴りやすい」
「お前な!」
突然喧嘩を始める二人を見ながら、マナはソファーに座ってスズランが煎れた紅茶を飲む。
仲が良いなぁ……と思いながら。
マナが三杯目の紅茶に口を付けた時、喧嘩が終わったようで二人ともがハッとし、マナを見た。
「………ん。終わった?」
自国の王女の前で喧嘩をしていたことに漸く気づいた二人は、真っ青になった。
「「も、申し訳ございません!!」」
がばぁっと頭を下げる二人に苦笑する。
「別にそんな慌てなくても。女王の前でやらなければ良いんじゃない?」
「いや、普通殿下の前でもあり得ませんからね…」
「今更じゃない?」
「「………」」
あっけらかんと言うマナに、大丈夫かと思ってしまう二人だが、殿下となってからは間違ったことをしていないので何も言えない。
王宮魔道士だった頃は、色々やらかしてるが。
「さて、二人も落ち着いたことだし、任務よろしく」
「「はっ!」」
二人が礼をし、出て行くとマナは息を吐く。
「………何もなければ良いけど」
「あの二人なら原因を突き止め、対策も考えてくるだろ」
「ん。そだね…」
マナはゆっくりキリュウに寄りかかって、目を閉じた。




