第41話 出来損ない少女と問題
意見箱を設置してから一週間。
最初は何も入っていなかった。
でも、数日後に少しずつ意見が書かれた紙が入っていた。
内容は、街の治安が少し悪くなっている、農場用の用水路の水が少なく作物が育たなくなってきている、などマナやキリュウで采配できる案件だった。
が、今日受け取った内容にマナは眉を潜めた。
「………」
「どうした」
「これを見て」
キリュウに意見用紙を渡す。
「………街外れに魔獣?」
「魔獣なんて、意図せず引き入れないとリョウラン国に入ってこられないわ。生息する山は魔導学園が管理しているはずだし、問題があるとは上がってきてないわ」
披露目が終わってからマナはホウメイと共に定例会議に出るようになった。
会議に上がる議題は国の問題以外ない。
何かあれば出席している者から議題が出される。
キリュウはまだ出席できる役職を持っていないので出席は出来ない。
出席できるのは、女王(または王)・王女(または王子)・宰相・王宮魔道士長・王宮剣闘士長・魔導科学園理事長・剣闘士学園理事長・各王族貴族の当主のみ。
後は護衛としての近衛兵。
キリュウが宰相になるか、王宮のどちらかの長になるしかないのだ。
アシュトラル家当主にはマナの籍に入った為になることはない。
「国境付近の森も魔獣除け結界が張ってある。結界が壊された報告もない」
「壊れたら掛けた術者がすぐ分かるものね」
「主に王宮魔道士が交代で掛ける。意図せず報告を怠るとは考えられんしな」
「………場所は山とも森とも離れてるわね……」
マナは顎に手を当てる。
結界を破って入っているのではないなら、やはり誰かが召喚している可能性が高い。
けれどこれは魔導士がやっているとは一概には言えない。
ホウライ国の魔術でも操れる術があるだけでなく、マナが攫われた時に使われた禁止魔導具を魔獣に使用すると、結界に憚られる魔獣の魔力をゼロにし結界をすり抜けさせる事が出来る。
「………人の人形の次は魔獣をけしかけるか」
不意にアルシェイラの事を言われ、マナは息を飲む。
まだアルシェイラは地下牢の中にいる。
会ったときのまま、まだ魔術に操られている状態だ。
休むことなく、拘束具を壊そうとしている。
徐々に体に傷が増え、でも切れても出血はない。
死んだ人間なのだと、思い知らされる。
「マナ」
キリュウに呼びかけられてハッとする。
今はアルシェイラの事を考えている場合ではない。
目の前の問題を解決する事が、今マナのするべき事だ。
「何でもない。とにかくこの場所に行かないとなんとも言えないわね」
「魔導士長に部下を派遣してもらおう」
「え? 私が行くよ」
「ダメだ。お前はこの後定例会議だろう」
「………」
「それに、王女に外出許可がそう簡単に出るわけないだろう」
王女として披露目した後の不便なのがこれだ。
王宮さえも自由に歩けない。
訓練場にまで行けなくなってしまった。
こういう時こそ交流を持った方が良いと思うのだが、難しい。
「………分かった」
タイミング良く呼びに来たロンに促され、マナは席を立った。
「ヘンリーも行くように伝える。そして詳細をこっちにも」
「ああ」
頷くキリュウを残してマナは部屋を出る。
悔しい気持ちを押し殺し、王女としての顔を作り前を向いて歩いて行った。
定例会議にて、女王の隣に座ってマナは現在の国の問題点を聞いていた。
が、主に王族貴族から見た視点の問題点であり、平民の意見がない。
意見箱に入っていた国全体の問題点ではないため、マナはやはり平民用に意見箱を作って良かったと思う。
「では殿下。意見箱の問題点はありましたか」
会議を仕切る宰相であるシュウから言われ、マナは口を開いた。
「まず、先日意見があった経過報告を」
マナは書類を見る。
これは王宮魔道士剣闘士から直で渡された報告書だ。
裏付けはキリュウとヘンリーに任せているため信頼できる。
「街の治安は、王宮剣闘士経由での城下剣闘士増員指示が適応され、巡回剣闘士の数が増やされて盗みや喧嘩の件数が激減し、民は問題が軽減されて過ごしやすくなったと」
マナは二枚目の報告書に変更する。
「続いて農場用の水路の水位が低くなった件を城下魔導士に調べさせたところ、水路途中に土砂が溜まり水の流れを止めていました。土砂を処理した後は通常の水位に戻り、作物の製造が通常通りに戻りつつあるそうです」
その他にも解決した件を報告する。
続いて新たに浮上した問題を挙げようとした時――
「殿下、宜しいでしょうか」
遮られ、マナは顔を上げずに視線だけを向けた。
「何故平民の問題を解決するのです。そんなのは平民自身に解決させたら良いのです。我々は彼らとは違う。彼らを管理する立場であり、下々に媚びへつらう者ではないのです」
「………」
何処にでもいるこの権力絶対主義当主。
マナは隠さずため息をついた。
当主は確かに領地を管理する立場だ。
だが、民は上の者がより良い生活をさせてくれると思っているから税を納める。
信頼があるから成り立つのであり、信頼を失うと税の徴収も出来なくなる。
するとどうなるか。
国庫が傾き、最終的には国を潰すことになる。
王がいるから民が生活できるのではない。
民がいるから王が生きる。
「………なら聞きますが、権力を盾に貴方は民に命令をするのですか? 例えば貴方の領地で作物が育たなくなれば、その問題を民だけに解決するように言い、貴方は何もしなくて良いと?」
「ええ。原因は民にあるでしょうし」
イラッとするが、耐えろと自分に言い聞かせる。
「………では、領地の問題が解決せずとも、今後食事が今まで通り出来るというのですね?」
「ええ。その為に別の領地があるのですし、支援を頼めば良いのです」
自分の管理不足を棚に上げて、他の領地に恥もなく頼むというのか。
マナの怒りは徐々に増していく。
「で、それは貴方の元に入ると?」
「当たり前でしょう。民が働かなかったから作物がないのです。民は飢えても仕方ないです」
マナの隣から殺気が漏れてくる。
今はマナが対決しているのだ。
女王は出てこないで欲しいとマナは思う。
「では、その原因がもしも他国侵略による戦略であってもそう言うのですね」
「はい?」
「例えば、街が魔獣に襲われていてもそれは民の責任で、自分は何もしなくて良いということですね」
「いや、殿下。それは飛躍しすぎですし、今のところ戦の予兆は――」
「ないと言い切れるのですか? 国から調査員を派遣しなくても、民の問題だからと放っておいてこの国が攻め込まれる原因を作っても、貴方は何の責任もないということですね」
「………」
黙り込んだ貴族当主に、マナはやっと顔を上げた。
無表情の。
「王族や貴族が何のためにいると思っているのですか。権力が欲しいならホウライ国にでも行くんですね。リョウラン国は権力を持って他人を虐げるのを許していません。民のためにならない貴族はいりません」
マナはドアの前に立っている近衛兵に手で合図を送る。
「国家反逆罪です。連れて行きなさい」
「「はっ!」」
「ま、待て! 私は何もしていない!! だ、大体小娘に命令される謂われは――」
「では女王命令です。ターギンス当主を国家反逆罪で連行。ターギンス家は貴族階級を廃止します」
今まで黙っていた女王がついに動く。
ホウメイも我慢できなかったようだ。
マナを侮辱されたのも大きいだろう。
「な――!」
「王女は間違った判断をしていません。リョウラン国は民を大切にする国です。権力主義者はいりません。早く連れて行きなさい」
「「御意」」
男は会議室から連れ去られた。
部屋の外で何か喚いているが関係ない。
こういう男もあぶり出せるから、施策は成功していると言えるだろう。
マナはため息一つ落として、次の議題のために口を開いた。




