第04話 貴公子の悩み
「………」
キリュウは教室に戻り、頬杖をついて考え事をしていた。
そんなキリュウに近付いてくる人物。
キキョウ・ヘンリーだ。
「どうしたの? フィフティちゃんに会いに行ってたんでしょ? なんでそんな眉間にしわ寄せてるの?」
「………見ていたのか」
「うん。仲よく座ってたよねぇ」
「………泣きそうな顔で逃げられた」
「………ん?」
首を傾げ、意味が分からないという顔を向ける。
「はい、アシュトラル。最初から説明」
ヘンリーは、キリュウと会話が成り立たない事は良く知っている。
最初から順序立てて話してくれるように言う。
キリュウは会話を思い出しながら、マグダリアが走り去っていったところまで詳しくヘンリーに話した。
話し終え、キリュウがヘンリーを見ると、ガックリと肩を落としていた。
机に突っ伏してしまいそうだ。
「どうした」
「どうしたじゃないよ。それはフィフティちゃん泣くよ」
「何故だ」
本気で目を見開いて驚くキリュウに、ヘンリーは呆れてしまう。
こういう表情を見るのは、最近になってからだ。
高等部で同じクラスになり始めてからの付き合いで、かれこれ四年目に入った所。
キリュウはヘンリー相手でも常に無表情だったのだ。
他人に無関心の、まさに冷血の貴公子という二つ名にヘンリーも納得していた。
それが一月ぐらい前、考え込んで眉を潜めているキリュウの珍しい顔に、ヘンリーはニヤリとしてしまったのは事実。
冷血の貴公子が、人前で無表情じゃなくなっていたのだから。
なにかよほど心動かす何かを見たか聞いたのだと分かった。
事情を聞けば、学園の誰もが知っている魔法が使えない少女マグダリア・フィフティに会ったのだという。
それだけでキリュウが心動かされるはずもない。
キリュウはモテる。
女子に言い寄られるのは日常茶飯事なのだ。
キリュウは勿論、どんな美女の告白にも一言でバッサリ切る。
お前に興味はない、と。
良くも悪くも普通なマグダリアに惚れるはずもなく。
なのに考え込んでいるキリュウに面白半分で事情を聞いた。
すると本当に魔法を発動できないマグダリアの奇妙な現象を研究したいのだという。
彼女は別の意味で、キリュウを惹かれさせたのだ。
誰にも心を動かされたことがないキリュウを、無意識に引きつけたその少女に会ってみたいと思っていた。
先日の課外授業はチャンスだった。
そしてヘンリーもまた、マグダリアの魔法を発動できない現象を実際に見た。
キリュウの興味を引いたのも頷ける。
落ち込んでいるマグダリアには悪かったが、いい観察対象だと思っていた。
そんな楽観的に考えていた課外授業で、キリュウがまさかマグダリアに庇われるとは思わなかった。
普通、魔法が使える者でも、恐怖で身体が動かなくなるはずなのに。
マグダリアは身を呈してキリュウを守った。
非力な少女が。
ヘンリーはキリュウの行動がどう変化するのか楽しみだった。
案の定、マグダリアの看病を率先して行い、見張りで一人起きていた時には、ずっと周りを警戒しながらもマグダリアを見つめていたことを知っている。
今まで誰が怪我しても自業自得だと、放置していたキリュウが、だ。
誰かを心配し、行動できるようになった事を嬉しく思う。
ヘンリーにとっては、キリュウが友人なのだ。
キリュウがヘンリーをどう思っているかは知らないが。
彼がずっと変わってくれることを願っていた。
将来宰相の地位に望まれていることは誰でも知っている。
他人に無関心な彼は、局面がどんなに見えても、人が見えなければ宰相など務まるはずがない。
少しでも周りを見て、頼れる人が出来なければ、いつかキリュウは潰されてしまう。
ヘンリーはずっとそれを心配していた。
だがマグダリアと接触したことで、周りを見れるようになってきた。
少なくとも、マグダリアを気にして、そして分からない事をヘンリーに聞いてきたのだ。
ヘンリーの前で表情を変わらせるキリュウを見て、本当に嬉しかった。
けれどマグダリアと付き合っていくのは、彼はあまりにも不適切だった。
マグダリアはずっと劣等感に押しつぶされそうになっていた。
わずか一週間の付き合いのヘンリーでもすぐに分かったのだ。
夜、落ち込んでいるマグダリアは、本当に魔法が使えない事に悩んでいた。
そんな彼女の魔法が使えない原因は、彼女のペンダントだった。
本当の両親に持たされて施設に入っていたのだとしたら、間違いなく捨てられたのだと分かる。
彼女の魔法の暴走のせいだ。
それを淡々と語られたら……
「あのねぇ……それだと、フィフティちゃんが施設に捨てられたのだと思って辛い思いをするのが分かるでしょう」
「? 施設に入っていたなら、そうだろう」
本気で分からないといった顔で返されたら、ヘンリーはガックリと項垂れるしかない。
「フィフティちゃんは、本当の両親に貰ったのだと思うって言ってたんでしょう?」
「ああ」
「それが唯一の彼女と両親を繋ぐものだったんだよ。フィフティちゃんは平民の出だと聞いていたから、彼女は自分を育てていける余裕がなくて仕方なく預けたんじゃないか。淡い期待だと分かっていても、捨てられなかったんだと思うよ」
「………平民?」
「………ん?」
首を少し傾げたキリュウを見て、ヘンリーも疑問に思った。
「………まさか、アシュトラル……フィフティちゃんは貴族か何かの血筋で王家の血筋に養子に入っていたと思ってた?」
「………ああ」
「………はぁ…」
これもすれ違いの原因だと分かった。
「フィフティちゃんは純粋に、魔法が使えない自分が王家の血筋であるフィフティ家に居ていいのか。分不相応なんじゃないか。本当に平民なら出て行った方が良いんじゃないか。本当の両親にいつか会えるんじゃないか。そうやってずっと悩んでたんだと思うよ」
「………」
「なのに、アシュトラルが“フィフティちゃんの両親が恐れてペンダントを渡し、施設に預けたのではないか”なんて言ったら、泣いちゃうに決まってるでしょ。疎まれて施設に入れられたんだと知ったら」
「………」
ヘンリーの言葉に、キリュウは目を閉じた。
そうだったのか、と。
「………どうしたらいい」
「ん?」
「………泣かせた」
キリュウの言葉にヘンリーは目を見開く。
まさかキリュウからアドバイスを具体的に求められるとは。
理由を知っても、その後どうすればいいかなんて言われたことはない。
後は自分で考えて行動する。
それがキリュウだ。
「ねぇアシュトラル。フィフティちゃんが気になる?」
「当たり前だろう。俺の言葉で泣かせたんだ」
「でもさ、今まで泣かせた女の子たちにはそんな事思ったことないでしょ」
ヘンリーに言われて初めて気づく。
「………何故だ」
「………本気で聞いてる?」
「ああ」
こくっと頷いたキリュウ。
本気で分かってないと分かったヘンリーは思わず苦笑する。
「それは自分で考えなきゃね」
「分からない事を聞いている。誤魔化さずに言え」
「いやいや、これはアシュトラルが自分で気付かないといけない事だよ」
クスクス笑うヘンリーにキリュウは不機嫌そうな顔になる。
自分は分かっていて教えない。
誰でも不快になるはずだとキリュウは思う。
ヘンリーが分からない事はキリュウが教えてきた。
逆もしかり。
けれどいくら聞いても、答えないヘンリーにキリュウは諦める。
一体なんだというのか。
「ああ、フィフティちゃんにはちゃんと謝りなよ?」
「謝る?」
「うん。泣かせてごめんって。辛い事を言ったって。それで許してくれるよ。フィフティちゃんは素直な優しい子だから」
「………お前が言うな」
何故か不快になり、眉を寄せてしまう。
それを見てヘンリーがニヤニヤと笑った。
それにも苛立ってしまう。
「どうしてフィフティちゃんだけが気になるのかは考えて、自分の中で答えを出しなよ?」
そう言って自分の席に戻っていくヘンリーの後姿を視線だけで追い、魔導書を取り出す。
次の授業の準備だ。
だが、魔導書の内容は頭に入ってこないだろうと、どこか分かっていた。
考えてしまうのは、ヘンリーの言葉とマグダリアの涙。
取り敢えず早いほうが良いと思い、次の休み時間にマグダリアの元へ行こうとキリュウは思った。
あれからマグダリアの事を探すが、キリュウは会う事が出来なかった。
魔力探知は得意だ。
誰がどこにいるかなんて、キリュウには息をすることと同じくらい自然に感じることが出来る。
そんなキリュウがマグダリアの位置を知ることができない。
校庭にいた時はすぐに分かった。
だからマグダリアの魔力は知っている。
けれど感知できずに、会う事も出来なかった。
かれこれ一月。
徐々にキリュウの機嫌が悪くなり、今では彼の体の周りにどす黒いものが見えるようになっていた。
勿論、目の錯覚である。
だが、そう見える錯覚に陥って、普段彼の周りに近寄りがたい生徒たちがさらに距離を開けるようになった事もまた事実。
「避けられてるね」
「………」
ギロッとヘンリーを睨み付けるキリュウ。
だが慣れた感じでクスクス笑うヘンリー。
それにも苛立つ。
「フィフティちゃんは消極的だったし、アシュトラルに自分が近づいたらダメって思ったのかもしれないね~」
「何故だ」
「何故って、アシュトラルは王家にも王族にも一目置かれてるんだよ? フィフティちゃんはアシュトラルに近付けないでしょ」
意味が分からないという顔を向けてくるキリュウに苦笑するヘンリー。
「魔法を常に発生させてたかもしれないって言ったって、王族や貴族がそんな子供を産んでも、なんでもないように対処してコントロールさせるし。持て余すような血筋は平民だけだよ。その可能性が強まったら誰でも萎縮する。アシュトラルに近付いただけで不敬罪で処罰されると思ってるかも」
「そんなことするか! フィフティ家は王族だろ!」
「でもフィフティちゃん自身は王族の血筋じゃないでしょ。フィフティちゃんは平民なんだってアシュトラルの言葉がそれを実感させちゃったんだから。」
「っ……それは…」
グッと言葉を詰まらせるキリュウに、ヘンリーはため息をつく。
「そんなに会いたい?」
「当たり前だろ! 俺が傷つけて泣かせたんだぞ!」
怒るキリュウの言葉に、うんうんと嬉しそうな顔をして頷くヘンリー
「ああ、アシュトラルに春が来て僕は嬉しいよ。人のように感情を出すようになって」
まるで母親みたいな言葉を言うヘンリーに、キリュウはますます苛立つ。
「春だと? 今は夏だが」
「うん、アシュトラルらしいや」
「何が言いたい」
「鈍感なアシュトラルに僕からアドバイス」
人差し指を立ててにやつくヘンリーにキリュウは眉を潜める。
ヘンリーは一月前にも聞いた事を再度投げかけた。
「他の子を傷つけて泣かせても、アシュトラルは気にする?」
「何故俺が他人を気にしないといけない」
変わらないキリュウに苦笑するヘンリー。
「フィフティちゃんだけ気になるんだよね?」
「………何が言いたい」
「アシュトラルにとってフィフティちゃんって何?」
「何って何だ」
「いいから」
ヘンリーに聞かれてキリュウは考える。
というか、考えても答えが出ないのだ。
マグダリアを探し回っている時にも散々考えた。
何故自分が他人の為に動いているのだと。
答えが出ない様子のキリュウに、ヘンリーはしょうがないとため息をつく。
本当はこういうのは自分で答えを出した方が良いのだ。
だが、キリュウは答えを導き出せない。
当たり前と言えば当たり前。
答えを出せるとしたら、それはマグダリアに会って、話してみて、だ。
何度も繰り返して徐々に分かってくるものなのだ。
だが、マグダリアがキリュウを避けている。
これでは先に進めようとも進めない。
実はここ一月、ヘンリーは何度かマグダリアに会っている。
キリュウにばれないように行動するマグダリアの行動を予測して先回りしていた。
何度もキリュウに会うよう説得しているが、マグダリアは逃げる。
ヘンリーは余計なお節介だと分かってはいる。
だが、大切な友人のこれからの為。
だから、キリュウに変化をもたらしたマグダリアを逃すわけにはいかない。
マグダリアの成長には目をみはるものがある。
ヘンリーも行動予測が出来なければ、マグダリアに会う事はかなわなかっただろう。
マグダリア自身が魔力をコントロールし、自分の魔力を感知させないようにしていた。
実際マグダリアを前にしても、ヘンリーは本当に目の前にマグダリアがいるのかどうか分からなくなりそうだった。
それほど、気配を消していたのだ。
魔力探知に優れているキリュウは、逆にそれが妨げになり、マグダリアにたどり着けることができないのだろう。
「ねぇアシュトラル」
考えても答えが一向に出てこないキリュウに声をかける。
視線が合うと、ヘンリーは優しく笑う。
「あの時、そのままフィフティちゃんが死んじゃってたら、って思うとどう感じる?」
「死……」
目を見開いてヘンリーを見るキリュウ。
そして数秒後、目を伏せた。
「………二度と会えなかったら、か」
「そう」
「それはない」
目を開いて鋭い視線を向けてきたキリュウがきっぱりと返答し、逆にヘンリーが目を見開く。
「あいつは俺が守ると言った。言ったからには絶対に死なせん」
「………」
「だから、あいつは生きて俺の視界に入る。もしもなどない。あいつだけは死なん」
そこまで思ってるのに、何故分からない!
ヘンリーは叫びそうになったが、堪えた。
「そう思ってるって事は、アシュトラルはフィフティちゃんが大事なんでしょ」
「………大事…?」
「うん。隣にいるのが当たり前になってるんでしょ」
ヘンリーの言葉にキリュウは妙に納得してしまった。
この一月の間に心に漂っていた霧が晴れた気がした。
すぅっとキリュウの周りを覆っていた黒いものが消えたように見えた。
もちろんこれも目の錯覚だが。
「そうか。これが恋というものか」
「………」
呆気。
その言葉が一番だ。
何故今の今まで気づかなかった男から、すぐに恋という言葉が出てくるのか、逆に不思議だ。
ヘンリーにとっては、その言葉にたどり着くまで後何年かはかかると思っていた。
大事なのだと気付いて、そして自分と同じような位置の友人から入って、彼女に対する思いが特別なのだと知って、恋に発展する。
普通ならこれだ。
それなのにいきなりキリュウは、その感情に名前を付けてしまったのだ。
逆にやばいと思った。
勘違いという事もあるのだ。
勘違いで恋だと思ってマグダリアに伝えてしまって両想いになり、後で覚めて捨てられればマグダリアが傷つく。
慌てて納得顔ですっきりしているキリュウに言葉をかける。
「い、いやアシュトラル。それを決定するのは早くない? もう少し考えて…」
「だが、フィフティだけが気になるのだ」
「は……?」
「他の女には何の魅力も感じない。だが、フィフティが笑えばどんな顔なのだろうかと気になる」
ポカンと口を開いたまま固まるヘンリー
まさか冷血の貴公子からそんな言葉が出てくるなど、誰が予想できただろうか?
「泣かせたままだからな。そんな顔だけしか残っていない。今までどんな顔をしていたのか忘れてしまったように、泣き顔しか思い出せない。夢にまで見る」
「夢!?」
「ああ。手を伸ばしても届かず逃げられる」
スッとキリュウが廊下から見える空を見上げた。
「今どんな顔をしているのか気になる。これは、恋なのだろう?」
問いかけているようで問いかけていない。
自分の中に投げかけているようだった。
「………さぁね? もしかしたら違うかもしれないよ。………ねぇ、もし僕がフィフティちゃんと付き合うってなったらどうする?」
試しに挑発してみたヘンリー。
するとすぐさま鋭い視線を向けられる。
「………殺すぞ」
「うん、間違いないね。アシュトラルが気づいた通りだよ。僕にはその気はないから、その手の中の闇魔法を収めようか?」
笑って両手を上げ降参の表明をするが、キリュウの手に現れているどす黒い魔法は消える気配がなかった。
その魔法は近くにあった校舎の一部を徐々に飲み込んでいき、飲み込まれたものが溶けて消え去って行く。
辺りが段々暗くなっていき、空気が重くなる。
顔は笑っているが、ヘンリーの背には冷や汗が流れた。
この件に関する挑発は禁止だ。
命がない。
ヘンリーは四年目にして、キリュウの中の冷血さを実感させられた気がした。
長い時間が流れた気がする。
実際は、一分程だっただろうに。
ようやく消された魔法にほっと息をつく。
「今まで気づかなかったのに、なんでいきなりそんな嫉妬深いの」
「………嫉妬?」
「………」
それは気付いていないのか…とため息をつきたい。
キリュウには恋愛用の書籍を渡して勉強させた方が良いのではと思う。
「まぁとにかく、すっきりしたところで、フィフティちゃんに会う方法を考えないとね」
「………」
ヘンリーが言うと、キリュウの肩が脱力したように見えた。
その様子を見て、よっぽどマグダリアに会えないのが堪えていたのだと気付く。
いや、恋だと自覚してマグダリアに避けられている原因が自分にあると思い出し、落ち込んでいるのかもしれない。
無自覚だったとしても恋している相手に会えないのは、ダメージが大きい。
何より自分自身が相手に嫌われるようなことを言った。
謝れないままここまで来ているのだ。
落ち込むなとは言えない。
「アシュトラル」
「………」
「方法、あるよ」
「なに?」
「フィフティちゃんは、放課後いつも図書館に通ってるよ」
「………」
すぅっとキリュウの目が鋭くなっていく。
それを見て慌ててヘンリーは手を振る。
「偶然見たんだよ! で、追いかけて聞いたら勉強の為に毎日通ってるって言ってたから!」
「………何故それを隠していた」
「自分で見つけなきゃ意味ないでしょ。無自覚のままだったんだから。こういうのは自分で気付くことからなんだから」
「………」
「でも、もうアシュトラルはその感情の名前を知ったんだから、ちょっとだけ手助け」
「………」
無言で背を向けたキリュウにヘンリーは声をかける。
「あ、そうそう。いきなり告らないようにね!」
「何故だ」
顔だけを向けてくるキリュウに、やはりとヘンリーは苦笑する。
「まずアシュトラルは謝らなきゃでしょ~」
「っ………」
忘れていたという顔を向けられ、しょうがないとヘンリーは眉を下げた。
「それに、一方的に想いを伝えても伝わらないでしょ。彼女は負い目もあるんだから。だから、好きになってもらえる努力をする! そして、彼女がアシュトラルに好意的になってきてから告白する!」
「………分かった」
少し不満そうな顔をして去って行くキリュウに、ヘンリーはまた苦笑しその場に座り込んだ。
彼にとっては初恋なのだろう。
そして、もし他人と恋人同士になったらと想像だけであれだけの殺気を放ってきたのだ。
「あ~……足がガクガク……さすが貴公子だなぁ……」
本気で殺されるかと思った。
そしてそんな彼に愛されたマグダリア。
これから彼女は大変だなと、けしかけた本人が他人事のように笑う。
友人がやっと他人に興味を持ち、恋心まで抱いた。
血も涙もないのだと思っていた彼を人の世界に戻した彼女は、一体何者なんだろうか。
好奇心だけで、彼を落としてしまったとは思えない。
なにか人を寄せ付けるものを持っているのだろうか。
けれど今まで見向きもされなかった彼女だ。
絶対的存在だったキリュウと、存在感がなかったマグダリア。
対極的な二人だったからこそ、気になったのだろうか。
そんな事を考えながら、ヘンリーはゆっくりと立ち上がって、その場を後にした。