第39話 出来損ない少女と家族(マナ視点)
私は、マナ・リョウラン。
ホウメイ・リョウランとアルシェイラ・ゴーシェイの第一子。
私が生まれる直前でアルシェイラは死んだ。
ホウメイから生まれた私はすぐにホウライ国の暗殺者に攫われたそう。
だが、赤子だった私を持て余し、いろいろあって最終的に施設に引き取られることになった。
そして平民の孤児として生きていた私は、フィフティ家に引き取られる。
フィフティ家両親は私を随分可愛がってくれた。
私は本当の両親として見ようとしていた。
学園生の時は魔法が使えず、出来損ないの娘で申し訳ない気持ちでいっぱいで。
でも原因が分かって魔法が使えるようになったら実は王女だったと判明し、王宮へ来た。
実の両親に捨てられたのだと思っていれば、愛されて生まれていたと。
実父であるアルシェイラは女王と私を守って死んだ。
だから二度と会えないのが普通だ。
けれど、今私の目の前には――
ガシャンッ
アルシェイラがいる。
実の父親がいる。
死体をホウライ国に利用され、人形にされていた。
牢に繋いでいるが、操り人形であるアルシェイラは拘束具を外そうとずっと暴れている。
死体である彼は勿論食事は必要なく、疲れも知らない。
彼のために特注した拘束具のため、外れることはないだろう。
「………」
たまに鉄格子越しに見られる。
見られると変な気持ちになる。
名前を呼ばれることもなく、娘として抱きしめてくれることもないのに、私は淡い期待を抱いてしまう。
もし、命を吹き込めるなら……
アルシェイラをこの世に呼び戻せることが出来たなら………
そんな方法があったなら――
私は実行するのだろうか……
本当の父親に、名前を呼ばれるために。
抱きしめてもらうために。
笑ってもらうために。
そんな望みを叶えるために。
「………どうして…」
死んだと聞いたから、諦めていたのだ。
本当の父親に愛されることを。
なのに何故今目の前に現れる。
動かない身体だけならよかったのに。
なんで動いているアルシェイラを私に見せたのだホウライ国。
何故私を襲わせたのだ。
父親に殺させようと意図したのか。
………非情すぎる。
アルシェイラにかけられた魔術。
女王に言われた密命を果たす前に、アルシェイラの身体を調べようとしたのだけれど、どうしても平常心ではいられなかった。
でも、シュウにしてもらうわけにはいかない。
ブンッと首を振り、動揺した心を落ち着かせようとする。
けれど、アルシェイラと目が合えばまた動揺してしまう。
自分が嫌になる。
王女としても、王宮魔道士としても、役目を果たせない。
「………無理、だよ……お……父様………私……やっぱりお父様…みたいな……魔導士に…なれないっ………」
リョウラン国一の魔導剣闘士。
そう呼ばれた優秀な父親。
魔法が使えるようになった。
王女になった。
王宮魔道士になった。
魔法が使えるようになって本当の自分が出せた。
そして魔力が女王の次にあると判明して…
自分は知らないうちに驕っていたのだと気づく。
今の自分には殆ど敵う者などいない。
だから自分は強いのだと。
………出来損ないの自分は、変わっていない。
私は……家族も救えない。
父親を望まない魔術から解放することも出来ず。
母親に頼まれたことの最初の一歩も踏み出せない。
………私は……出来損ないのままだ。
「心なんて……自制できると……思ってたのに……」
こぼれ落ちそうになる涙を堪える。
泣いたって何も変わらない。
今出来ることをする。
分かっている。
…分かってる。
………分かってるのよっ!
「マナ」
ハッとする。
目の前にいるアルシェイラは無言でガシャガシャ音を立てているだけ。
では今私を呼んだのは――
ゆっくりと振り向くと、そこに立っていたのは私の愛しい人だった。
私の全てを受け入れてくれる人。
私の全てを愛してくれる人。
私の全てを引き出してくれる人。
「………キ、リュウ…」
「………」
私の顔を見た瞬間に、キリュウがその腕の中に入れた。
ホッとするキリュウの体温が、私の強張っている体を解す。
「落ち着け」
………どうしてだろう…。
どうしてキリュウは私の全てを分かってくれるのだろう。
今何を思っているのかも、分かっているんだろうな…。
「………操りと、拘束」
「………!」
パッとキリュウを見上げると、キリュウはアルシェイラを見つめていた。
一瞬で魔術を解析したというのか。
どうしてこうも違うのだろうか。
私は、キリュウようになれない…
キリュウを真っ直ぐ見られず俯く。
「………絵姿で似ていると思っていたが、こうしてみると本当に瓜二つだな」
「………」
「心配するな。女王も責めたりしない」
「………ぇ…」
「女王の心を読ませてもらった。何も話してくれなかったからな」
「ぁ…」
そうだった。
私はアルシェイラの事でいっぱいいっぱいで……
キリュウを戦地に残したまま…
伝言も残さず…
イグニスに女王の所へ行くとだけ言ったから、キリュウは女王の所に行ったのだろう。
で、話さない女王の記憶を読み、私の現状を知った。
恐らく、密命までも…。
「………流石だなぁ……キリュウは……シュウ義父様と同じで心を読めるのね…」
心を読む魔法は無属性魔法と言われ、どの属性にも当てはまらない。
そして習得できる者も限られる。
聞いた話では、精神力が強い者だけが習得できるという。
何故なら読んだ相手の心に引きずられれば、術者の精神も汚染される場合があるから。
………だから、私は習得できない。
身内の顔を見ただけで、王宮魔道士の顔も、王女の顔も出来なかったのだから。
……自分で呆れてしまう。
魔導士など、王女など、名乗るのもおこがましい…
私は……只の人間なのだと、思い知らされる。
「マナ、しっかりしろ。あの魔術を解析し、もしも組み替えることが出来れば、身体に残された情報でアルシェイラを生き返らせることが出来るかもしれん」
「………っ!」
キリュウをまた見上げると、そこには何も感情がない、ただそこにあるものを見つめ、何も感じていないキリュウの瞳が。
「………意地悪ね。私を試すなんて…」
「………」
「死んだ人間は、どうやっても生き返ることはないわ」
キリュウの言葉のせいだろうか、それともキリュウがいるからだろうか。
私は自分の感情を制御することが出来たみたいだ。
「………キリュウ、愛してるわ」
「ああ。俺はもうお前の家族なんだ」
「………キリュウ?」
「お前の家族は俺の家族。家族の問題に、俺を外すな」
キリュウの言葉が嬉しくて。
キリュウの優しさが嬉しくて。
私はゆっくりキリュウに抱きついた。
アルシェイラを元の状態に戻せるよう、冷静に対策を練れそうだ。
………ありがとうキリュウ……
私の大切な人であり、家族。
なくてはならない、かけがえのない人。
私はゆっくりと瞳を閉じた。




