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出来損ない少女と冷血の貴公子  作者: 神野 響
第四章 王家篇
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第38話 出来損ない少女と利用された身体




振り下ろされた剣は、マナの体を貫かなかった。

マナの目の前で交差する剣。

見上げるとそこにはイグニスがいた。

マナの位置に一番近かったのはイグニスだったから駆けつけてくれたのだろう。

助かった――とは言えない。

相手の顔が見えているから。


「おいおい。どうなってるんだこれは」


イグニスが混乱するのも仕方がない。

何故なら……

相手がイグニスの剣を反らし、後ろにいるマナに剣をまた突き出した。


「させるかよ!」


流石剣闘士長。

マナを守りながら相手の剣をまた受け止める。


「その顔、間違いねぇな!」


イグニスが剣を押しのける。


「何故お前が生きているんだ。死んだはずだろアルシェイラ・ゴーシェイ!」


魔導士訓練場にある絵姿と全く同じ人物。

マナに何度も剣を振り下ろしていたのは、実父であるはずのアルシェイラ・ゴーシェイだった。


「………」

「黙りかよ。それより何故こいつばかりを狙う?」


アルシェイラに瓜二つの男は無言で剣を構える。

声を失っているのか、それとも…


「………」

「くそっ!」


容赦なく男の剣がマナに向かい、そしてそれを阻止するためにイグニスは立ち回る。


「おい、アシュトラル! さっさとホウライ国の騎馬隊を殲滅させろ! ここの殲滅が終わればあいつらと合流できる!」


マナの全力ですぐ殲滅すれば、ここでの戦を収束でき、キリュウ達もここに来れる。

一番遠い東のキリュウ達の相手はもう残り少ない。

多く残っているイグニスの担当とマナの担当の区域の敵があちらに向かっている為に、キリュウ達はこちらに来られないのだ。


「こいつは任せろ!」

「分かった」


マナはすぐさま杖を手に取り、ホウライ国の騎馬隊に杖を向けた。

体に魔力を循環させ、広範囲攻撃魔法を発動させる。


「アースクェイク!」


森から国境まで広範囲の地震を起こし、ホウライ国の人間を馬から次々落としていく。

そして最初に使った地面に亀裂を作る魔法を使用し、国境までの大きな亀裂を作った。

足で逃げる速度ではとてもじゃないけど逃げられない。

全員が裂けた大地に吸い込まれていった。


「よっしゃ! アシュトラル! 身体強化を頼む!」

「了解」


マナはイグニスに身体強化魔法をかけた。

これで少しはアルシェイラに対抗できるだろう。

――本物の、アルシェイラだったのなら、だけれど。

イグニスと男の戦いを見続けながら、マナは考える。


「………(本当に、お父様、なの……? それとも、他人の空似? でも、あの剣筋…)」


マナはイグニスの剣筋と男の剣筋を見比べる。

リョウラン国とホウライ国の剣の型は違う。

その人物の振るう剣筋を見れば、どちらの国の出自かすぐに分かると言われている。

男の剣筋は、イグニスとそっくりだ。

だから、アルシェイラらしき人はリョウラン国出自の可能性がある。

それをふまえると、目の前の男はアルシェイラ本人の可能性が高いということ。

そうすると何故マナの命を執拗しつように狙うのかが疑問だ。

本物で記憶があるのなら、顔形がそっくりなマナを娘だと気づかないはずがない。

記憶がなく、ホウライ国の者に操られている可能性もある。

………けれど…

アルシェイラは女王を守って死んだはず。

ここにいるのは可笑しい。

ホウライ国の者に死体を持ち去られたのならば、女王が知らないはずがない。

そしてそれをマナに言わないはずはない。


「おら!」


イグニスが振った剣が男の肩に突き刺さった。


「………」


剣が刺さっても男は呻き声一つ出さなかった。


「っ!」


それを見た瞬間マナは拘束魔法を男にかけた。

地面から木の蔓が生え、イグニスの剣が男をその場に繋ぎ止めているため、簡単に拘束できた。

グッと男が蔓を引きちぎろうとするが、外れない。

意識を奪おうと睡眠魔法をかけようと思うが、恐らく彼には感覚がないだろう。

痛覚がないと思えば、呻き声一つ出さない理由になる。


「………アシュトラル、こいつは」

「………私に聞くより、女王に聞く方が良いと思いますよ」

「だが、お前の顔…いや、何でもない」


アルシェイラの顔を見て、更にマナを見て、似ていないと思う人はいないだろう。


「剣闘士長、私は先にこの者を王宮へ連れて行きます。ここは頼んで良いですか」

「それは構わんが…」

「お願いします」


マナは男の腕を掴み、時空間魔法を発動させた。

行き先は、女王の所。

シュウの所も考えたが、女王を溺愛している彼の元へ行けばどうなるかわからない。

女王の方もだが、アルシェイラ本人かどうか確認するには一番の人物だ。




目の前が真っ白になったが、次の瞬間にはホウメイの部屋でホウメイの真正面に立っていた。


「マナ……? っ!?」


座って執務をしていたホウメイが顔を上げ、マナを見、マナが連れているアルシェイラに瓜二つの男を見て息を飲んだ。

目を見開き、固まる。


「ど……して……」

「国境付近で襲われました」


マナが詳細を語ると、ホウメイは女王の顔になった。


「鑑定をかけるわ。そのまま押さえておいて」

「はい」


ホウメイが引き出しから魔導具を取り出す。

そしてそれを男に向け、発動させる。

鑑定とは知りたい情報を嘘偽りなく教えてくれるもの。

この魔導具は悪用されないよう、王が管理している。

相手のあらゆる情報を引き出してしまう魔導具は危険だ。

悪用される可能性がある為。


「………その身体、アルシェイラに間違いないわね」

「身体、ということは人格は……」


ホウメイは首を振った。


「………死体に、魔術が込められている。操り人形、って事ね」

「………アルシェイラ・ゴーシェイが死んだ時、遺体は?」

「埋葬したわ」

「………掘り出された? ホウライ国の密偵が?」

「………自分たちが殺した男を利用、ね」


ホウメイの顔は、無表情だった。

かなり怒っていると、マナは分かる。

愛した人を利用された事を。

静かに眠らせてあげられてなかった事を。

ホウライ国への憎しみが、増加していく。


「女王、アルシェイラ・ゴーシェイを如何しますか」


マナは平常心を保つ為、ホウメイの怒りで支配された思考を戻す為、ホウメイを“女王”と呼ぶ。

ハッとしてマナを見てくるホウメイに、マナは真っ直ぐ見返す。

女としての感情に飲み込まれるな。

貴女はこの国のトップだろう、と。


「………そ、そうね。取りあえずアルシェイラ・ゴーシェイの中に魔力は無くなっているわ。牢に繋いでおけば…」

「物理攻撃の腕は確かです。拘束具に強化魔法が必要でしょう」

「………シュウに頼むわ……」

「はい。ホウライ国との戦、今後の対応は如何しますか」

「………前線はほぼ壊滅させたのよね?」

「はい。数にして約五万ほど。先遣隊が潰しました。リョウラン国とホウライ国の国境の間は崖になり、橋が向こうから架けられない以上、進軍は出来ないでしょう」

「なら警戒はそのままで、先遣隊を戻して……」


ホウメイはチラッとアルシェイラを見る。

愛した人が動いている。

けれど、彼はもうホウメイが愛したアルシェイラではない。


「………マナ、極秘任務受けてくれない?」

「命令とあれば、なんなりと」

「もし機会があれば、ホウライ国の魔術の詳細をあちらから奪ってきて欲しい。死んだ人間を動かすことが出来るなら、このリョウラン国に送り込まれている可能性があるから」

「死んだ人間が生き返ってくれば噂になりましょう。今は心配ないかと」

「ええ。でも、今後のために……」

「分かっています。もし戦が本格的になれば向こうに潜り込める機会も出来ましょう」

「頼んだわ」

「畏まりました」


マナはホウメイに頭を下げ、未だ暴れて蔓を切ろうとしているアルシェイラを連れて部屋を出た。

扉を閉める際に目に入った、崩れ落ちるホウメイを見なかったことにして。

大分揺れ動いてしまったのだろう。

アルシェイラとシュウの間で。

ようやくアルシェイラの事を過去にし、シュウだけを愛せると思っていた。

そんな矢先にアルシェイラの動く身体。

もう愛を囁くこともない。

抱きしめることもない。

只の人形として動くだけのアルシェイラ。

愛した人をこんな状態にしたホウライ国への憎しみを、女王としては抑えなくてはいけない。

マナもこんなに近くに実父がいるのに、名前さえ呼ばれない。

実父を人形にした者を許せない。

怒りを心の奥底に沈め、只の王宮魔道士としての職務を全うするためにその場から離れた。


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