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出来損ない少女と冷血の貴公子  作者: 神野 響
第三章 王宮魔導士篇
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第34話 貴公子の願い




キリュウはマナを刺した女の元へ向かっていた。

王宮の地下にある牢は、罪人が魔法を使えないように魔力封じが施されている。

が、牢番までが魔法を使えないともしもの時に対応できない為、檻の中だけに適応する術。

足音を消さずにキリュウは通路を進む。


「―――か?」

「―――」


話し声が聞こえるが、キリュウは気にせず歩く。


「では、貴女はキリュウ・アシュトラルの嫁の座を狙うために、マナ・アシュトラルを殺そうとした。相違ないな」

「………はい」


丁度女の尋問中だったらしい。

シュウの声と女の声がする。

キリュウはその場にたどり着いた。


「っキリュウ様!!」


女の顔が明るくなる。

キリュウに会えて嬉しいというように。

だが、キリュウにはあいにく女の顔に見覚えがないし、マナを傷つけた人物に良い印象を持つわけもなく。


「………」


無表情で見下ろされ、女の顔は笑顔から引きつった笑みに変わる。


「父上。尋問は終わりか?」

「ああ。何する気だい?」

「消す」


即答したキリュウの言葉に女の顔が真っ青になる。

キリュウの愛する人を殺そうとしたのに、まさか助けてくれるとでも思ったのか。


「ダメだよ。女王の命だ。マナが目覚めるまでこの女の処分は保留だ」

「マナが起きたらこの女を殺せと言うはずだ。待つ必要はない」

「ダメ。命令だ。部下なら命令を聞け」

「マナを傷つけた相手を生かしておけというのか!」

「そうだ」


キリュウはシュウを睨みつけるが、シュウは冷静にキリュウを見返す。


「君の気持ちはよく分かる。愛する人を傷つけた人間は、苦しめながら殺したいだろう。けど、僕たちは宮仕え。女王の意思が何より優先される」

「なら、女王に直訴する」


その場を後にしようとするキリュウにシュウは待ったをかける。


「無駄だと思うよ」

「父上も女王も、マナをないがしろにしすぎている! マナの命が危ないんだぞ!!」

「だからってこの女を殺したところでマナの意識が戻るのかい?」

「それは……」


シュウの言葉にキリュウは返す言葉がない。

マナが起きるかどうかは、女を殺そうが何をしようが関係ない。


「………俺は、マナが居れば良いんだ……」

「ああ。分かってるよ」

「なのにこいつが俺からマナを奪おうとする」


眉を潜め、悔しそうに歯を食いしばる。

そんなキリュウの言葉と表情に女は目を見開く。



誰にも興味がないキリュウしか知らない。

こんな不安そうな顔を見せるキリュウを知らない。

学生の時から憧れだった。

一学年上のキリュウとは課外授業で一緒になることはなかった。

ただ学園内で遠くに見かけるだけだった。

でも、好きになった。

自分は貴族の出自でアシュトラル家と釣り合う家柄で。

親に強請ってキリュウとの婚約を懇願して貰った。

けれどアシュトラル家からはもう婚約者がいるからと断られた。

相手を探っていると、学園内でイチャついているのを見た。

調べたら魔法が使えない落ちこぼれの女だった。

どうしてあんな子が。

自分の方が相応しいと、どうにかして別れさせようと計画していた。

でもいつの間にか相手が居なくなり。

キリュウも一足先に卒業してしまっていた。

絶望した。

もう二度と会うことはなくなったと。

でも、王宮魔道士にと推薦を受けた。

そしてキリュウと再会した。

嬉しかった。

けれど、キリュウの隣にはマナ・アシュトラルと名乗る学園でマグダリア・フィフティだった女がいた。

何故名前が丸々変わっているのかなんてどうでも良かった。

まだ自分ではない女がキリュウの隣に居る。

それが許せなかった。

だから卑怯な手で刺した。

そしてキリュウに攻撃された。

何故自分が攻撃されなければならない。

キリュウの隣に居る分不相応な女を消そうとしただけ。

相応しい自分が隣に居るのだと。

どうせ政略結婚なのだろう。

なら自分の方が良い、と。

なのに何故、目の前のキリュウは見たことのない顔をしているのだ。

あの貴公子は何処に行ったのだ、と女は混乱した。



「何故、どいつもこいつも俺からマナを奪おうとするんだ」

「マナに対するキリュウの気持ちを知らないからだろうね。皆、政略結婚だと思っている」

「馬鹿な。俺は政略結婚などしない」

「そうだね。キリュウは一人で生きるつもりだったから。でも、他の人は知らないからね」

「………」


キリュウは拳を握った。


「………こいつを殺せないなら、この気持ちを何処にぶつけたらいい」

「マナが起きたら話せばいい。キリュウの言葉を。そうすればマナが道を示してくれる」

「マナが?」


少し目を見開くキリュウにシュウは頷く。


「そうだよ。キリュウ、ちゃんとマナの言葉を聞きなさい。マナがどうして欲しいのか、それとキリュウがどうしたいのか。夫婦なんだから、お互いの言葉をちゃんと聞きなさい。前回だって、ちゃんとマナと話してないんでしょう? マナが絡まれてキリュウが庇った時」

「………マナは俺に守られていれば良い」

「それはキリュウの言葉を押しつけてるだけでしょう? 今だってキリュウが楽になりたいからここに女を殺しに来た。女王の命令も聞けない。僕の言葉にも耳を貸さない。そんな事では、周りにまだ冷血の貴公子なのだと思われる。だから勘違い女が出てくる」


シュウの言葉にビクッと女が震える。


「俺がまだ昔のままだと思われているからマナが襲われた…?」

「だろうね。政略結婚をしたと貴族令嬢は思っているから。君はマナと居るときはいつも部屋か、ヘンリーと一緒の時が多いでしょ。だからまだ人が多いところでは孤独の貴公子で、他人が思っているキリュウ像を押しつけられるんだよ」


シュウが女を見ながら良い、キリュウは考え込む。


「ねぇ、そうでしょ?」

「………」


女は青ざめたまま俯く。


「………俺のせいで」

「まぁ、この女はもうキリュウがマナを愛していると分かっただろうから、後悔するでしょ。刃向かうようならキリュウの怒りを買うって分かっただろうし」


震える女を無感情に見つめ、キリュウは背を向けた。


「………マナの所に戻る…」

「そうしな。マナが起きた時にキリュウが居なかったら悲しむだろうから」


シュウの言葉にハッとし、キリュウは走り去った。

それを見送って、シュウはまた顔を女に向ける。


「分かったでしょ。だから、ここから生きて出られるかはキリュウの奥さん次第になる。自分の気持ちを押しつけることは、自己愛が強い証拠だよ」

「………」

「キリュウのは溺愛しすぎだけどね。僕も人のことは言えないけど。ちゃんと反省してね」


シュウはそれだけ言い、牢から立ち去った。

ホウメイへの報告書をまとめなければと思いながら。




キリュウが急いで部屋に戻ると、そこにはロンとスズランが居た。

少し熱が出てきているのか、マナは苦しそうな顔をしている。

だが、目覚めた気配はない。


「お帰りなさいませ」

「ああ。マナは」

「少し熱が出ていますが、騒ぐほどではないかと」

「そうか」


キリュウはベッド脇に座り、マナの頭を撫でる。

確かに熱いが高熱ではない。


「キリュウ様、こちらに軽食をご用意しております」

「………いらん」

「少しは食して下さい。マナ様がお起きになった時、キリュウ様の顔色が悪ければ心配なさいますし、悲しまれます」

「………」


スズランに言われ、渋々席につく。

スズランに教育を受けている王宮侍女が給仕し、飲み物を置いたところでスズランが手を振り退出させる。

食欲がなさそうだがゆっくりと食事を取るキリュウに、ロンもスズランもホッとする。

マナの性格を知り尽くしている二人は、どうやったらマナが一番悔やまないかを知っている為、そのために動く。

これが主人に仕える者の役目。


「ロン」

「はい」

「………マナは…」


シュウの言葉の事を聞こうとしたが、キリュウは言葉を詰まらせる。

マナに聞けと言われた。

ロンに聞くのは違うのではないか、と。


「………いや、何でもない。それより、マナの仕事を俺に回してくれ」

「しかしながら、マナ様の仕事は女王と王女しか目にしてはいけない物もございます」

「俺もマナの仕事を手伝っている。もう俺も王家だからな。女王にも事前に許可を貰っている」

「畏まりました。王宮魔道士の訓練はいかがなさいますか」

「そっちはヘンリーが誤魔化してくれているだろう。マナが怪我をしたのは訓練場だ。全員が事情を知っている」

「では、私は伝言しなくても宜しいでしょうか」

「ああ………いや、一応ヘンリーと魔導士長に伝言を頼む」

「畏まりました」


ロンが少し微笑み、一礼して出て行った。

前までのキリュウだったら伝言などしない。

相手が察して当然という風に。

だが、マナの王女としての仕事の仕方を見ていた。

必要なことは伝言し、指示は口頭で伝え、あるいは手紙を飛ばしていた。

キリュウはもう貴族でも、学生でもない。

人の上に立ち、指示する立場。


「………マナが道を示してくれる…」


シュウの言葉を思い出す。

指示を飛ばすのも、マナが行動で示した道。

キリュウは思う。

マナは自分の道標なのだと。

そんなマナが今キリュウの隣に居ない。

笑顔を見せてくれない。

顔を赤らめて照れてくれない。

キリュウは食事の手を止め、立ち上がった。

ヨロヨロとマナが寝ているベッドに近づく。


「………スズラン」

「はい」

「………食事はこっちで取りたい」

「畏まりました」


本来なら寝室で食事などあり得ない。

だがキリュウはマナの顔を見たかった。

見続けていたかった。

スズランはそんなキリュウの言葉に異を唱えることなく、寝室に食事を運んだ。


「………不味いな」


キリュウは食事を口に運び、一言そう言った。

王宮の食事が不味いはずはない。

けれどキリュウの心中を察しているスズランは、何も言わなかった。

自分もきっと、後で食べるまかないを不味いと感じるだろうから。


「………俺の道標……声を聞かせてくれ…………目を…開けてくれ……」


キリュウは食事を止め、マナの額に自分の額をくっつけ静かに目を閉じた。

そんなキリュウを見て、スズランはそっと寝室から退出した。

ロンが帰ってくるまでは、その短い間だけは、二人きりの時間を過ごして貰おうと。


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