第32話 出来損ない少女と女の嫉妬
最近周りが辛気臭い。
そうマナは思っていた。
魔導訓練場で指導官として魔導士と剣闘士、そして推薦組を見ている時、よく殺気を感じる。
最初の時からそうだが、特に推薦組の中から感じた。
無視して来たのだが、徐々に鬱陶しくなってきたところ。
「アシュトラル」
「はい」
オラクルに呼ばれ、マナは前方へ行く。
「そろそろアシュトラルの番にしてもいいかと思うのだが、どうだ?」
他人の目がある為、オラクルは敬語を使わない。
その方がマナも気楽に話せる。
「………私としてはもう少し様子を見たいですね。特に推薦組の遅れが気になります」
「そうか」
オラクルは日程表に視線を落とす。
「では、この辺ではどうだ?」
一月後のヘンリーの後の日を指すオラクルに、マナは暫く考えた後頷いた。
「一度入れてみますか。無理ならまた改めてという事で」
「そうしよう。では――」
話し合っている間休憩している魔導士剣闘士。
その時には殺気は感じない。
『――気付いていますか?』
日程に書き込んでいたオラクルの文字がそう記入した。
「ここでいいな」
「そうですね」
マナはトントンと日程表を軽く叩く。
するとマナの指先から光が出、文字が空に書かれていく。
誰にも見られない位置で。
『ええ。殺気ね』
『誰か分かるのですか?』
『分かるわよ。でも泳がせておいて』
『よろしいので?』
『かなりの確率でキリュウ絡みだから』
『ああ……』
会話を終わらせ、マナはオラクルから離れた。
令嬢の次は魔導士相手か。
若干口角を上げるマナ。
ずっと指導官で退屈していた。
少しストレス発散させてほしいと思う。
本来のマナは好戦的なのだ。
負けず嫌いもある。
そろそろマナも魔法を使いたい。
「マ……アシュトラル教官!」
休憩時間を利用してアンナ・ヤギョウが走り寄ってくる。
ここ最近はこれが日常になってきていた。
「どした?」
「ここ教えてくれませんか?」
アンナが魔導書を開いて見せてくる。
流石推薦組に選ばれた者。
アンナは四大魔法の中級までマスターした。
現在は休憩時間や訓練後の時間を使って、上級魔法の習得に力を入れていた。
訓練中に行っているわけではない為、何ら問題はない。
「これは……」
「そう! アシュトラル教官が課外授業で見せてくれたもの。私も出来るようになりたくて」
アンナが習得しようとしているのはファイアーストーム。
マグダリアだった頃初めて使用した魔法だ。
「また難易度が高いものを……」
「だって教官を早く追い抜かなきゃ」
アンナはあれから向上心というものを身につけ、技術を習得することに貪欲になった。
他の推薦組より抜きん出ている。
マナを追い抜く気満々なアンナに苦笑しながら魔導書を指さす。
「ストームは渦の流れを意識しないといけない。渦のイメージが不完全だと発動しないから。だからまずは―――」
マナの説明を真剣に聞き、魔導書にコツを書き込むアンナを見ていると、かつての自分を思い出す。
学生だった頃は魔導書に書き込みすぎだというぐらいに書き込んで、それでも魔法が発動しなかった。
悔しかったけれど、それがあったからこそ今こうして魔法が使えている。
あの時の猛勉強は無駄じゃなかった。
魔法はイメージがしっかりしてないと発動しない。
他の者よりイメージをより固めていたからこそ、ここに立っている。
「最初は小さいものからやりな」
「小さいもの?」
マナは手の平サイズの可愛いストームを発生させた。
「わぁ! 可愛い!!」
「喜んでないでしっかり見る」
「はぁい」
苦笑するマナに素直に返事をするアンナ。
「この渦を今はゆっくり回しているけど――」
「あ、回転が速くなった!」
「そ。これを練習して――ここまで回転させられるようになれば徐々に大きくしていっていい」
ゆっくりの回転を高速回転するまで段階的に速めていった。
「なるほど。ありがとうございました!」
満面の笑みでマナにお礼を言うアンナ。
女のマナでもその顔は可愛いと思う。
同時に羨ましい。
アンナは化粧っ気がなくても可愛く、身長も低めの為に小動物のような可愛さ。
マナも少しでも可愛い部類に入れば、絡まれる事もあまりないだろうに。
「あ、マナちょっといい…?」
教官相手に聞くことは聞いたのか、今度は友人として話しかけてくる。
「ん?」
「今度の休み、何か用事ある?」
「………なかったと思うけど…」
お披露目が後回しになった為、王女教養はお休み中。
従って休日にレッスンはない。
「ちょっと街に買い物に付き合って欲しいんだけど…」
「?」
首を傾げるマナの耳にアンナは口を近づける。
「ヘンリー先輩に贈り物を買いたいの」
「………は?」
「もうすぐヘンリー先輩の誕生日らしくて、でもヘンリー先輩の好みが分からなくて……」
「………私も知らないけど…」
「でも、マナの方が付き合い長いじゃない。一緒に選んで欲しい」
アンナを横目でチラ見すると少し頬を赤らめていた。
なるほど、と納得する。
「………告白すんの?」
「ひぇ!? そそそそんなわけないじゃん!」
明らかに挙動不審になるアンナに苦笑する。
ヘンリーは無理だと思うけど……とマナは思うが、本人同士のことなので何も言わない。
アンナはヘンリーのタイプではないことは分かっている。
マナとキリュウにヘンリーは絡んでくるが、アンナに対しては他の者に対する態度と代わりない。
つまり、ある程度距離を取っているのだ。
付かず離れず。
アンナがヘンリーの気を引きたいのなら……
そこまで考えてマナは思考を止める。
マナもキリュウも面白いことなど何もしていない。
けれどヘンリーは面白いと言って付きまとって来るのだ。
良いアドバイスなど出来るはずもなく、更にアドバイスをするガラでもなく…
「………」
マナは少し考えた後、現状維持――つまり今まで通りということにする。
なるようになるだろう、と。
アンナの肩をポンと叩き、元の場所に戻るように言う。
その後キリュウが来、後方の魔導士剣闘士の情報を。
ヘンリーとオラクルも来て、情報を交換する。
どの列の誰が遅れているか、と。
その者達を中心に指導強化。
そして休憩が終わる。
位置に付くと、また殺気が来た。
あからさますぎるとマナは呆れる。
だが、丁度良いと思った。
今から――
「では、これより対人戦を開始する」
魔導と剣闘戦だ。
これはある程度魔法を皆が使えるようになった為、新たに剣闘士訓練も加えたものをオラクルとイグニスが考えついたもの。
一対一で剣を使って隙を作り魔導で攻撃する。
そしてこの戦闘は、魔導士剣闘士対指導員。
つまり、殺気を放っている人物と直接戦えるということ。
自分の担当している魔道士剣闘士が対象である為、マナは丁度良いと思ったのだ。
「最初はマナ・アシュトラルの担当からだ。立候補者はいるか?」
「はい!」
真っ先に手を上げたのは、マナが希望していた人物ではない。
「では、アンナ・ヤギョウ。前へ」
手を上げたのはアンナだった。
一瞬カクッと脱力したマナ。
案外殺気を放つ人物は冷静のようだ。
マナの出方を見るのだろう。
「勝負です!」
「………何処からでもどうぞ」
マナとアンナは剣を持つ。
今回は剣筋も見るため、魔法は杖無しで行う。
慣れたら杖も使うが、現在は剣だけ。
「はじめ!」
「はぁっ!」
アンナが真正面からマナに斬りかかる。
マナは剣を軽く振り、アンナの剣をいなす。
「やぁっ!」
いなされた体制のままマナにまた剣を向けてくる。
それもいなした瞬間に目の前に火の玉が飛んで来た。
マナは水魔法で打ち消す。
「ウィンドアロー!」
「………」
打ち消した瞬間、風の矢が飛んできたがマナはライトバリアで防ぐ。
「あー!」
「持っている魔法は互いに全て使って良いと言われているだろう? 言っておくが、回復に特化している光魔法は攻撃防御にはあまり向かない。属性の中の最弱防御を破れないなら、攻撃魔法の鍛錬が足りないと思いな」
口角を上げアンナを挑発するマナ。
「むー!」
ムキになったアンナはもう単純攻撃しか出来ず、あっさりマナに負けた。
「………次」
マナが視線を向けると、スッと前に出る人物。
………来た、とマナは心の中で笑う。
「よろしくお願いします」
礼儀正しく礼をしたその人物は、金の髪を後ろで一つに結んだ女。
深蒼の瞳。
着飾ればそれは美しい令嬢となるだろうその容姿。
しっかりと真正面で合わさる視線。
これがこの女と初めて交わした視線である。
一方的に向けられる敵意に馬鹿正直に向き合う必要がない。
直接向かってくる相手でなければ付き合う気も起きない。
けれど長きにわたっての殺気。
訓練に影響が出てもいけない。
何が気に入らないのか知らないが、いい加減にしろと言いたい。
スッと目の前で構えられた剣。
隙のないその立ち姿は真面目に訓練をしている証拠。
そんな人物が何故マナに敵意を持つのか。
マナも剣を構えると、オラクルが合図をする。
「はじめ!」
「はっ」
短くついた息。
呼吸の仕方も心得ている。
先程のアンナの太刀筋とは違い、真っ直ぐにマナの急所に向かってくる。
「………」
マナはスッと体を後ろに引き、女の剣を受けた。
「流石です。最初から本気で行ったのですが」
「………へぇ」
本気と言うが、まだまだ余裕がある雰囲気。
「ふっ!」
グイッと剣で押されマナの体は後ろへ飛ばされる。
「ウォーターボール!」
水のボールが真っ直ぐに飛んでくる。
それを弾こうとしたが、下からの魔力に気付き横に飛ぶ。
その瞬間、地面から鋭い棘が生えてきた。
「チッ」
小さな舌打ちがマナの耳に聞こえてくる。
とても小さなものでマナだけに聞こえただろう。
やはりマナを傷つける目的で魔法を放っている。
トッと軽く地を蹴り、マナは剣を振り上げ斬りかかった。
「!」
ハッと女は我に返ったように、反射的に剣を横に構えた。
ガキッと剣がぶつかり合う。
「よそ事考えていると怪我するぞ。指導員が攻撃するわけがないと思っているなら大間違いだぞ」
マナは無詠唱で魔法を使った。
「きゃぁぁああああ!!」
女の体が水の渦に取り込まれ、辛うじて顔だけ出ている状態で空に浮いていた。
「く、くるし…」
ただ水が渦を巻いているだけとは思わないことだ。
水の圧は相当負担になるし、締め付けている。
息も絶え絶えになることは必須。
マナが意識すればそのまま絞め殺すことも可能で、水を広げれば溺れ死ぬ事にもなる。
「それまで!」
オラクルの声で戦闘は終了する。
「私の勝ちだ」
「っ!」
苦しみながらも悔しそうにする女。
「剣筋は良いが、一つの技に集中しすぎだ。避けられる事も計算し、二・三手先も考えながら魔法を放て」
マナは魔法を解除し、女を解放した。
「………つ――」
闘志が少しは無くなっただろうとマナが視線を外し、待機している人たちの方を見た瞬間だった。
ズブッ
マナの腹部に何か刺さったのは。
「マナ!!」
キリュウが叫んでこちらに向かってくるのが見える。
自分の体を見下ろすと、自分の腹部に剣が刺さっているのが目に入った。
『ああ、油断した――』
マナは自分の迂闊さを知る。
「――あんたさえいなければ、キリュウ様は私のモノだったのに」
そっとささやかれた言葉。
やはりキリュウが原因だったのか。
マナが思ったことはそれだけだった。
剣が引き抜かれ、血が噴き出る。
女が闇に包まれる。
キリュウがマナの肩を抱く。
全てが他人事のようだった。
キリュウが杖を手にしているということは、あの闇はキリュウの魔法ということ。
足に力が入らず、キリュウにグッタリと寄りかかり、目が霞む。
『ああ……キリュウを止めないと………周り全て闇に包まれてしまう……』
マナは口を開いたが、出るのは声ではなく血液。
ゴホゴホと咳き込みながらマナは視線でヘンリーを探す。
キリュウを止めてくれと言わないといけない。
そう思っていれば目の前に映り込む友人。
「止め……キリ………まほ…」
言葉が出ない。
こんなのでは分からないではないか。
そう思ったが、ヘンリーは頷きマナの頭上へと何かを叫んでいた。
『もう、大丈夫だ…』
そう思いながら、マナは支えていられなくなった瞼を閉じた。
願わくば彼女を殺さないでおいて欲しいと思いながら。




