第30話 出来損ない少女と同級生
魔導士と剣闘士の合同訓練から七日後の今日、マナとキリュウとヘンリーはヤギョウと約束した場所へ来ていた。
ヤギョウは遅れているようで、三人とも平原に腰を下ろす。
ここは王都を見渡せる小高い丘。
今日の天気は晴れていて、いいピクニック日和だ。
といっても待ち合わせ時間が午後なので食事は終えている。
スズラン特製の紅茶だけを持参している。
ちなみに訓練の方は学園の日程と同じで六日訓練一日休みの日程で組まれている。
今のところまだマナの指導員としての仕事はまだないため、幾分気楽だ。
勿論魔法を使っているときに気を抜くことはしないが、指導員としてと指導員補佐としての気持ちの持ち様が違う。
隣でややグッタリしているヘンリーとは違う。
「う~ん……防御魔法はあんまり上手くいかないねぇ…どうしたものかな…」
「場所変えれば?」
「………ん? アシュトラルちゃん、今なんて…?」
「だから訓練する人の場所。今は魔導士長の決めた位置のままやってるじゃない」
「そう、だね?」
首を傾げるヘンリーに、マナは持っていたメモとペンを取り出す。
「今属性がバラバラのまま集まっているじゃない? 基本属性の火・水・風・土の中で得意な属性を選択してもらって四方に分ける。右前方に火、左前方に水、右後方に風、左後方に土。で、私たちもそれぞれ得意な属性に別れる。私は火、キリュウは土、魔導士長は水、ヘンリーは風。そうすれば同じ呪文を唱える者同士、下手に他属性の詠唱に引きずられる事もなく混乱することもないと思うけど」
マナは図を書いていた手を止め、ヘンリーを見る。
するとヘンリーがガックリと脱力していた。
「………どうしたの」
「………もっと早く言って欲しかった…」
「え? でもヘンリーは気づいてて敢えて言わないのかと……」
「………はぁ…」
「ご、ごめん…?」
「いや、アシュトラルちゃんは悪くないよ…」
「まぁ、マナの言うようにすれば俺たちの数にも振り分けられるな。その他の三属性を入れるから混乱する」
「………だよねぇ……」
なまじ全属性で防御魔法があるものだから気づかなかったようだ。
マナはもう少し早く提案すれば良かったと思った。
比較的早くこの問題解決策を見つけていたのだが、ヘンリーが思うようにした方が良いと意見しなかったのだ。
「アシュトラルちゃん、今後はなんかあったら言って?」
「あ、うん。ヘンリーがいいなら」
「いいよ。よろしく」
「うん」
コクンと頷いたところで、パタパタと誰かが走ってくる音がした。
「す、すみません! 遅くなりました!」
息を切らせながら物を持って走ってくるヤギョウ。
「大丈夫?」
スッと荷物をさり気なく持つのはヘンリー。
さすが女子にモテるだけはある。
素早い。
「あ、ありがとうございます! 買うのに時間がかかってお待たせしてすみません」
「買う? 言ってくれれば付き合ったのに」
「大丈夫です。家の者に手伝ってもらったので!」
「じゃあここまで持ってきてもらったら良かったのに」
「そ、そんな事出来ませんよ!」
話しながらヘンリーとヤギョウはマナとキリュウに合流した。
「只でさえお待たせしてしまっているのに、悠々と家の者と来るわけにはいきませんよ」
ヘンリーから荷物を受け取って、マナとキリュウの前に置き、向かいに座りヘンリーも元の位置に座る。
「改めて、お待たせしました」
頭を下げるヤギョウにマナは首を横に振った。
「大丈夫。訓練の打ち合わせしてたから。そんなに待ってないし」
「良かったぁ…」
「………何を買ってきたの?」
会話が終わりそうで、マナはヤギョウの持ってきた荷物を見た。
「あ、これ最近話題のスィーツなの。アシュトラルさん、王宮魔道士になったら王宮から中々出られないでしょ? こういうもの知らないかなって」
「………あり、がとう…」
キリュウ以外から贈り物なんて貰ったことがなく、しかも同性から何かを貰うなんて変な感じだった。
「食べながら話そう? これ、温度が高いと溶けちゃうの」
「と、溶ける、の?」
「うん。はい、どうぞ」
ヤギョウから渡された物は、薄茶色の楕円形の物だった。
「先輩達もどうぞ召し上がって下さい!」
「頂くよ。これはシュークリームだね」
「流石にヘンリー先輩は知ってましたかぁ」
「中にクリームが入っていてフワフワなんだよね。冷たいうちに食べるのが一番美味しいんだよね?」
「はい!」
ヘンリーとヤギョウが微笑み合っている間に、マナは恐る恐るソレを見る。
どうやって食べるのだろうか、と眺めているとヘンリーとヤギョウがそのまま口を付けたのを見て、納得した。
昔はよく直接食べていたが、フィフティ家に入ってから常にフォークかスプーンで食事するようになり、それが身についてしまってそういう食べ方があると忘れていた。
分かってからは躊躇なく口に含む。
フワッとした生地が最初に感じられ、次にこってりとした、けれどクドくないクリームが口の中に広がった。
「………美味しい」
自然に零れた言葉に、ヤギョウが満面の笑みになったのが視界に入った。
マナが気に入るかどうか不安だったらしい。
「よかったぁ! アシュトラル先輩はどうですか?」
「………甘い」
少し眉を潜めるキリュウは、甘い物が得意ではないらしい。
「あ、ごめんなさい……」
「いや……マナ、これも食べるか?」
「いいの?」
「………俺は最後まで食べられる自信がない」
自信がないという言葉はきっとキリュウが初めて使う言葉ではないだろうか?
それに嬉しそうに笑ってマナは受け取った。
キリュウの初めての言葉を聞けて良かったと思う。
夫婦らしいのではないか、と。
自分の分を先に食し、キリュウの分も食べ始める。
「アシュトラル。スズランの紅茶飲む?」
「ああ」
「スズラン?」
「アシュトラルちゃんの侍女だよ。とっても美味しい紅茶だからヤギョウちゃんも飲んで」
「はい!」
「………ヘンリー、普通は私が勧めるものだよ…」
「あはは、ごめん」
平原に笑い声が響く。
おやつタイムが穏やかに過ぎたところで紅茶タイムに入る。
もじもじし出すヤギョウに首を傾げるマナ。
「あ、あの、アシュトラルさん。聞いていい?」
「………? 何?」
「アシュトラルさんって、アシュトラル先輩と夫婦って言ってたから、結婚したって事は分かるけど………名前も変わってるのは、なんで?」
凄く聞きにくそうにするヤギョウ。
それはそうだろう。
名前が変わることは生涯ないのが普通だ。
生まれてから死ぬまで。
それが変わっているのだから疑問に思うのは当然。
キリュウが口を開こうとするのを遮り、マナはヤギョウを正面から見た。
「あ、ごめんなさい! 言いたくなかったら良いの! ただ、“マナ”って普通付ける名前じゃないから気になって…」
それはそうだ。
マナ=魔力
そうこの国の人は認識している。
だからこれは人の名前に付けるものではない。
魔力を使って魔法を使う。
魔力を奪われる。
など、人に付ければその人物が使われる、と解釈されるのは必然。
自分たちの所有のものということで、人に付けるものではない。
ホウメイが敢えてその名前を付けたのは、マナをこの国の要にしたかったからだ。
頂点に立つ者として、また国民を守るために自分を使うことになることを自覚して欲しくて。
それを知っているからマナはあえて女王が付けた名前を受け入れた。
自分は王女だ。
国民を守る義務がある。
女王や王女は国を自分の思い通りに支配出来る立場などではない。
国を守るためにここに居る。
名前で呼ばれるたびに心の何処かに出来た油断を戒めていると、マナは思う。
けれど、自由がないわけじゃない。
マナにはキリュウがいる。
ヘンリーがいる。
不自由なわけではない。
何も選べないわけじゃない。
現にここに、最愛の夫と、友人が居てくれるではないか。
マナは一人じゃない。
だから今、ここに居られる。
「私の本当の両親から贈られた名前だから」
「………ぇ…」
「私は今まで育ててくれた義両親から貰ったマグダリア・フィフティという名前を十余年使ってきた。でも、それは仮初めの名。本当の名前があるのならそちらを名乗るべきだし、フィフティ家の義両親も納得してくれた。だから私はマナ・アシュトラル。王宮魔道士で、キリュウの妻」
「アシュトラルさん……」
「あ、今は指導員もか……」
マナは明日からも訓練で体力を付けなければ、と違うことを考えてしまう。
「やっぱり強いね、アシュトラルさんは」
「………強い……キリュウにまだ魔法で勝てないんだけど……」
「魔力量ではマナの方が遙かに多いだろう」
今まで沈黙していたキリュウが反応してマナに声をかける。
「量が多いからって強いとは限らないでしょ? 精神力が強くないと魔法も強くならないんだから。キリュウのその何が起こっても動じない精神力を貰いたいよ……」
「マナは考える癖が抜けないんだろ。ああ来ればこうする、ああなったらどうしよう、ってな」
「考えておかないと対処できないじゃない……」
ぷうっと頬を膨らませるマナにキリュウは少し笑みを浮かべる。
「考える量によるだろ。例えば、結界を作っているときには『防げたら隙を突いて攻撃する』『結界を壊されたらどちらに逃げる』」
「え、キリュウはそれしか考えてない……?」
「ああ。考えるのは大まかに分けて二つだけに絞れば、発動している魔法に集中できて強化できる」
「へぇ……」
なるほど…と頷いているマナにヤギョウが笑った。
「………? 何?」
「アシュトラルさん、本当に表情豊かになったね」
そう言って笑われれば、マナは恥ずかしくなって視線を反らした。
「ごめんなさい…」
「………え…」
「学園にいた時、私アシュトラルさんに最低な事してた…」
「最低な事…?」
首を傾げるマナにヤギョウが逆に驚く。
「わ、私、アシュトラルさんに向かって酷い態度取ってたじゃない。睨んだりして…」
「………そう、だった?」
「お、覚えてないの?」
「私、魔法を使えるようになる為にしか考えてなかったから……」
「それにアシュトラルちゃんはアシュトラルとイチャイチャするのに忙しかったしねぇ」
「ちょっ!? ヘンリー!」
急に出てくるヘンリーのからかいに、久しぶりにマナは顔を赤く染める。
「ごほんっ……私は覚えてないから、気にしないで良いよ」
赤い顔を手で仰ぎながら、マナはヤギョウを見る。
「………ありがとう。あの、図々しいお願いだけど、私と友達になってくれない?」
「………友達?」
「うん。お話ししたり、一緒に出かけたりしたい」
「………私と一緒に居ても、楽しくないと…」
「そんな事ないよ。今日一緒に居ただけでも楽しかったし」
そんな事を同性に言われると思わなかったマナは戸惑う。
キリュウとヘンリーを見るが、マナが判断す事という風に何も言わない。
一瞬、マナを利用して王族にすり寄る可能性を考えてしまう。
ヤギョウは貴族だったはずだ。
その可能性がないとは言えない。
けれど、目の前のヤギョウからは何も感じなかった。
少なくとも今は。
何か企んでいるなら、不穏な空気を察知するのが得意なキリュウが反応しないはずがない。
暫く考えても、ヤギョウならたとえ何かあったとしてもマナで充分対処できるだろうと思った。
だからマナは頷いたのだった。
「………分かった」
「良かった! ダメ元だったんだけど」
「………ダメ元?」
「だってアシュトラルさん訓練終わった後に話した時、敬語で距離があったから…」
「敬語……」
使っていたかもしれない、と曖昧な記憶を探る。
「でも今日は最初から敬語は使ってなかったから、ちょっとは仲良くなれたのかなって」
「………意識してなかった。ごめん」
「そんな、謝らないで! 嬉しいんだから」
「うん」
コクンと頷くマナに、ヤギョウは笑う。
「ねぇ、マナって呼んで良い?」
「え……」
「名前で呼んだ方が友達って感じだし!」
「えっと……」
チラッとキリュウを見ると眉間にシワが寄っている。
ヘンリーにもマナを呼ばせないのだ。
ヤギョウに許可を出すとも思えない。
「………………………………………………好きに、しろ」
思いっきり嫌そうな声色で言われても、説得力がない。
「………女なら……まぁ……」
「どれだけアシュトラルちゃんが好きなのさ」
「誰にもやらん」
「アシュトラルから取る人なんていないでしょ」
キリュウとヘンリーが話しているのを尻目に、マナは苦笑しながらヤギョウを見る。
「いい、みたい」
「アシュトラル先輩、ああいう人だったんだね……。マナを大事にしてるってよく分かる」
にっこり笑って名前を呼び捨てされると照れてしまう。
「私もアンナって呼んでくれる?」
「アンナ?」
「うん、嬉しい!」
本当に嬉しそうに笑うから、マナは少し疑って悪かったと思った。
それから四人で王宮へ戻りながら交流を深めていった。




