第03話 出来損ない少女とペンダント
これまでの事が嘘のように、マグダリアはあの課外授業から魔法を使えるようになっていた。
それも無詠唱で。
キリュウから詠唱無しで魔法を使ったと聞いても信じていなかった。
けれど学園に帰った後、こっそりと部屋にて無詠唱で明かりをともしてみた。
すると、本当にできたのだ。
ビックリして集中が切れて明かりは消えたのだが、確かに自分が明かりをともしたと分かった。
マグダリアはその後の最初の授業で、無詠唱は隠して詠唱しながら魔法を発生させた。
マグダリアの変わりように、教師もクラスメイトも驚いていた。
当然だ。
今まで魔法が発動しなかったのだから。
天気がいい休み時間に、マグダリアは校庭の隅に一人座り込んでいた。
ゆっくりと流れる雲を見ながら、マグダリアは考える。
無詠唱と詠唱有では、威力の違いがあることに気付いていた。
他に詠唱破棄というものがある。
以前、キリュウに言われて唱えた詠唱。
“この世界に存在する自然よ。炎の形を司り、我の助けとなれ。炎攻撃魔法ファイアーボール”
ファイアーボールの詠唱はこれだ。
そして、
“ファイアーボール”
のみだと、詠唱破棄になる。
無詠唱は言葉に出さず、心の中で描いた魔法がそのまま現実に現れる。
普通は言葉が少なければ少ない程、威力が下がると言われている。
言霊、という言葉がある。
口に出した言葉がそのまま力をもってこの世に発生する事。
それに元ずく理論だろうと解釈されている。
だがマグダリアはそれに当てはまらなかった。
逆だったのだ。
詠唱有の方が威力は弱く、無詠唱が最も力が発せられたのだ。
つくづく自分は変なのだと思った。
「………はぁ」
思わずため息をついてしまった。
その直後、マグダリアに近付いてくる人物がいることに気付く。
あの日、気配を感じすぎる事に恐怖を抱いたマグダリアは、どうにか気配探知を遮断できないかと考えた。
そうしたら、なんと気配を感じなくなったのだ。
自分の要望に魔力が応えて、魔力探知を遮断したようで……。
何度か実験しているうちに、その切り替えができるようになり、範囲も指定できるようになった。
現在は大体10m範囲で発動している。
その範囲に人が入って、しかも自分の方向へ歩いて来ているのに気づいたのだ。
しかもこの魔力量。
マグダリアは顔を向けなくても誰が来ているか分かった。
けれど、急に出来損ないの自分が魔力探知なんて、高度な技術を身につけていると知れたら、どうなるか分からない。
マグダリアはゆっくりと顔を下げて行き、視界に入った者を見ようとそちらを見た、という風に見えるように顔を動かした。
「………せ、先輩……」
慌ててマグダリアは立ち上がる。
以前の自分が取るだろう行動。
それは長年の習慣として自然にできた。
内心ほっとする。
「ここに居たか」
「……ぇ…」
「探していた」
「わ、私を、ですか…?」
「他に誰がいる」
近付いてきたキリュウは、立っているマグダリアの横に腰を下ろした。
どうしたらいいか分からなかったが、キリュウがマグダリアを見ずに自分の横を手で叩いた。
座れと言っていると判断してマグダリアは腰を下ろす。
「以前、フィフティが持っていたペンダントだが」
「え、あ、はい…」
何故いきなりペンダント?
マグダリアは首を傾げた。
が、キリュウの手には、魔導道具書が開かれていて、そのページを思わず凝視してしまう。
「………そ、れは……」
「お前の持っていたペンダントと同じものか?」
「は、はい……」
そのページは呪いの魔導具が載っていた。
その中の一つに合ったのだ。
自分が持っていたペンダントが。
鎖の真ん中に赤い宝石がついたもの。
宝石の中には、魔法陣が描かれている。
魔法陣に使われている文字は、現在は使われておらず、古代文字と呼ばれているものだと思う。
読めないからこそ、マグダリアは何も思わず持っていたのだ。
もしこれが現在の文字で刻まれており読めたとしたら、おそらく意味を理解し、持つことはなかっただろう。
「呪いのペンダントだった。これで謎が解けたな」
「謎……ですか……?」
「ああ。あの森での魔力探知がうまくできなかった原因だ。この魔導具を所持している人間は、魔法を一切使えなくなる」
「!?」
キリュウの言葉にマグダリアは目を見開く。
両親の物だと思っていたペンダントが、まさか違法魔導具だったとは知らなかった。
「持ち主の魔力そのものを常に吸収し、放出出来ないようにする。だからお前は魔法が使えなかった。さらに周りの魔力が強い者に対しても効果があるらしい。クラスメイトはどうか知らないが、俺とヘンリーには影響があったって事だな」
二重に迷惑をかけていた。
その事に気付かされたマグダリアは、キリュウを見られなかった。
俯くマグダリアを見て、キリュウはため息をついた。
ビクッと体を震わせるマグダリアの頭に手を置く。
「っ!?」
「お前が魔法を使えなくて落ち込んでいたのは知っている。だから、お前が知っていて違法魔導具を身につけていたとは思っていない。落ち込むな」
キリュウの言葉を聞いても、マグダリアは沈む気分を上げることは出来なかった。
もし自分が気づかなければ、咄嗟に体が動かなければ、キリュウが死んでいたかもしれない。
知らなかったとはいえ、取り返しのつかない事になっていたかもしれない。
途切れ途切れに理由と謝罪をした。
そんなマグダリアの言葉を黙って聞いていたキリュウは口を開く。
「もしもの事を考えるな。今俺は死んでいない。ヘンリーもだ。もう考えるな。そこから動けなくなる」
のろのろと顔を上げ、ようやくマグダリアはキリュウを見た。
「お前のおかげで助かったんだ。感謝している」
その言葉を聞いて、マグダリアは初めて人の役に立てたことと、迷惑をかけてしまった負い目から、嬉しいのか悲しいのか分からない涙があふれて零れた。
それを見てキリュウは驚き、戸惑いながらもマグダリアの頬を指で拭った。
キリュウは他人の涙など、今まで流していても気にしなかった。
だからそんな事をしたのは初めてだった。
不器用に拭う形になってしまったのは仕方がない。
「………泣くな」
「…っ…は…はい……」
ゴシゴシと涙を拭って目に力を入れれば涙は止まった。
いままで無理やり止めてきたのだ。
思ったより簡単だった。
「それより、一体どこで手に入れたペンダントなんだ?」
「………そ、れは……施設に居た時に…すでに持っていた…ようです……」
「施設?」
首を傾げるキリュウを見て、マグダリアは目を見開く。
まさか……と。
「あ、の……私…フィフティ家に…引き……とられて…」
「………養女なのか?」
「は、はい……」
目を少し見開いているキリュウ。
驚いているようだった。
むしろ、なんで知らないのだろうとマグダリアはマグダリアで驚いていた。
有名な話だった。
フィフティ家が平民の子供を養子にした、という事は。
「そうか」
同情するでもなく、ありのままに受け入れたようなキリュウに、マグダリアはホッとする。
ここで、平民風情が、という目で見られるのは耐えられないと思っていた。
両親以外で初めて自分を見てくれた彼に、軽蔑されるのは嫌だった。
「では、誰に貰ったかは分からないという事か」
「………はい……物心ついたその時に…引き取って、頂いて……その時に持っていたので…義両親は本当の…両親に貰ったのだろう…から……大切に…って……」
「なるほど…」
顎に手をあててキリュウは考え込む。
その横顔を見ながら、マグダリアは綺麗な顔だなと改めて思っていた。
自分の持っていたペンダントの事を考えてくれているのに、不謹慎だとマグダリアは深呼吸をこっそりして思考を戻す。
「………もしかしたらフィフティの魔力量が原因かもしれないな」
「……ぇ?」
一瞬何を言われたのか分からなかった。
「あの魔法を放った時、俺は俺以上の魔力を感じた。気絶したフィフティからはあまり感じ取れなかったが、魔法を放出する時が一番魔力量を計れるからな。そうなると、魔力の最大量はあの時の魔力以上という事になる」
キリュウの言葉を理解できるほど、マグダリアの頭の回転は速くなかった。
首を傾げるマグダリアに向き合い、キリュウが地面に指で図を描いていく。
「魔力がある人間は、その魔力を自分の中で無意識に抑えている」
「………はい」
それは常識としてマグダリアも知っていること。
「魔法を使う時に、その抑えている魔力を解き放ち、魔力を魔法として出現させる」
「はい」
「魔法を使える量や数はその魔力量によって一人一人違う。それが魔力の絶対量の違い。人によって、ファイアーボールを一つ撃つのも限界の者も居れば、十や二十撃っても平気な奴もいる」
こくんとマグダリアは頷く。
「魔力の絶対量はある程度修行すれば上げることができるが、生まれながらに十しか絶対量がない人間は修行をしてもせいぜい三十くらいまでしか上げられない。百の奴は百五十くらいといったところか」
キリュウは指を地面から離してマグダリアに視線を向ける
ビクッとしてしまうのは、もはや条件反射だろうか。
「あの時のはファイアーストーム。あの規模のものを数値にすれば、おそらく百くらいか。魔力のコントロールが上手く出来ない、というか修行を行っていないフィフティが放ったあれは、おそらく百五十くらいの魔力が込められていた、といったところか。無駄に威力があったしな」
マグダリアは目を見開く。
自分が何を放ったかも覚えていないマグダリアが、上級魔法に位置づけされているストームを放ったというのか。
ファイアーボールさえ撃てなかった自分が。
戸惑うマグダリアを置いて、キリュウは口角を上げ、自分の思考に入っていた。
それにドキリとしたマグダリアには気づかず。
キリュウは滅多に、というか見せたことがない笑みをマグダリアの前で見せた。
陰で呼ばれているキリュウの二つ名“冷血の貴公子”が、自分の前で歪んだ笑みを見せている。
どんな笑みでも笑みだ。
人の行動、言動に一切関心がない彼。
それが二つ名の由来。
が、彼はマグダリアに対してはいろんな顔を見せる。
眉を潜める顔。
戸惑いながら涙を拭った彼。
そして、今見せている笑み。
マグダリアの心を乱すのには充分だった。
「憶測だが、生まれた時からフィフティの魔力が多く、常に魔法を使っていた可能性がある」
「………そ、そんなこと……あり得るん…ですか……?」
「分からないが、そう考えるとフィフティの両親が恐れてペンダントを渡し、施設に預けたのではないかという推測が成り立つな」
キリュウの言葉に、マグダリアは俯く。
本当にそうだとすれば、両親に疎まれていたという事になる。
自分は望まれて生まれてきたと思っていた。
でも育てられない理由があって、仕方なく施設へ預けたのだと。
けれどキリュウの憶測通りなら、望まれてなかったという事になる。
そんな疎まれた存在の自分が、フィフティ家に居ていいのだろうか。
キリュウの淡々とした言い様も落ち込む原因となる。
わざわざ自分が捨てられたのだと、そんな無神経に言わなくてもいいのに、と。
「取り敢えず、ペンダントは今持っているか?」
「………」
「フィフティ?」
「え……あ、…すみません……」
マグダリアの心情などキリュウは気にすべき問題ではないのだ。
他人に無関心で、でもマグダリアは気にかけてくれている。
うぬぼれていたのだと、マグダリアは気付く。
勝手に期待して、勝手に落ち込んで。
出来損ないの自分なのに、彼に気にかけてもらえているなんて、何ておこがましいのだろう。
羞恥心でいたたまれない。
全身の体温が上がった気がした。
自分が恥ずかしくて恥ずかしくて堪らない。
何故こんなに恥ずかしいのか。
その理由に気付けるほど、マグダリアは人付き合いをしていない。
わけのわからない感情に振り回されて、おかしくなりそうだった。
マグダリアは立ち上がる。
「フィフティ?」
「あ、ありがとう、ございましたっ」
マグダリアはキリュウにぺこりと頭を下げてその場から走って逃げた。
「おい!」
キリュウに呼ばれても、マグダリアは走り去った。
自分は本当に捨てられた人間なのか。
そんな人間なのに、フィフティ家に居ていいのか。
そればかりがぐるぐると頭の中をめぐる。
今分かっていることはただ一つ。
どんな理由にしても、自分はキリュウと話していい人間ではない事がはっきりと分かってしまったこと。
魔力を放出させてはいけない程の危険人物なら、この国の未来を担う彼のそばにいていいわけがない。
何かあった時に、自分では責任を取れないのだから。