第29話 出来損ない少女と合同訓練
三日後の午前、剣闘訓練を行った。
と言ってもイグニスが、『体力がなくては話にならん! 今日は全員走り込みだー!』と言って、午前中はずっと走っていたため、特にそれ以外なかった。
魔導士の大半が途中でリタイアし、最終的に昼食前には剣闘士だけが走っていた。
最初からそれでは訓練にならない、お前の体力と一緒にするなとイグニスはオラクルに説教されていた。
平然と立っていたのは魔導士の中でキリュウとヘンリーだけ。
他の魔導士より体力があるマナも、最後の方でリタイアしたのだった。
昼食を取れずキリュウに心配させてしまい、時間があれば体力作り強化をしようと思う。
キレたキリュウがイグニスを亡き者にしないように…。
そして昼食を取った後の魔導訓練が始まる。
「それではこれより、午後からの魔導訓練を始める! 指導員は魔導士長である私オラクル・ラインバーク。そしてフォースからキリュウ・アシュトラルとマナ・アシュトラル。サードからキキョウ・ヘンリー。この四人で担当する。日別ローテーションでそれぞれ指導内容を分ける。担当指導日ではない指導員は、それぞれ見回りアドバイスするのに回る。質問がある場合やコツを知りたいときはこの四人に聞いてくれ」
魔導士長が説明している間、マナは渡された指導日程書を読んでいた。
日別で組まれている自分の担当日を確認する。
マナの担当は、魔法の安定発動だ。
この訓練はコントロールが重視される。
暴走したとき、一番被害を最小限に収められる魔力を持っているのがマナだ。
だからこの訓練を任された。
「私が指導するのは攻撃基本魔法。火・水・風・土の四大魔法で、魔導士は中級魔法まで完璧に発動させてもらう。剣闘士は初級魔法は発動できるようになってもらうぞ。初級魔法が使えるようになれば、敵の足止めや魔導士の魔法に掛け合わせてより強力な魔法になる場合がある」
魔導士長は顔をキリュウに向ける。
「キリュウ・アシュトラルだ。俺が指導するのは四大魔法以外の属性を持つ攻撃魔法。氷・雷・木の三属性。今回闇と光の属性は除外する。この二属性は適性がない場合、一切発動しない。更に俺の訓練の時は各自の最大魔力を伸ばす訓練も同時に行っていく。気を抜くと死ぬことになる。油断するな」
キリュウが言い終わり、キリュウがヘンリーに視線を向ける。
魔導士剣闘士共に息を呑んでいるが、知らぬふりだ。
本当にキリュウは容赦ない。
「キキョウ・ヘンリーです。僕はサードだけれど、今回防御基本魔法を指導する役として選ばれました。防御魔法は基本的に全属性発動できます。個人の得意属性に合わせて訓練していくので、頑張りましょう。剣闘士はこの防御魔法を覚えられればかなり戦などで生き残れるようになるでしょう」
ヘンリーの言葉に剣闘士が目を見開く。
魔法を使えるどころか、生き残れる可能性があると言われれば、自然と笑みが零れる。
頑張ろうと思える言葉をくれるヘンリーに期待の目が集まる。
ヘンリーに微笑まれ、マナは口を開いた。
「マナ・アシュトラルです。私の訓練では、先の三人の魔導訓練を終えた後、安定して魔法を扱えるようにする為の訓練を行います。長時間魔法を安定させて維持するには相当な集中力が求められます。従ってある程度の基本が出来ていなければ暴走させてしまいます。全員が基本魔法を発動できるようになった後の訓練になる為、様子を見てから日程を組むことになります。ですので、魔導士長、キリュウ、ヘンリーのローテーションでしばらくは訓練を行いますので、よろしくお願いいたします」
マナが言った後、数人から手が上がった。
オラクルを見ると、オラクルが頷き一番手前で手を上げていた者を差した。
「質問宜しいでしょうか」
「ああ」
「アシュトラル…女性の方の指導員にお聞きしたいのですが、魔法が発動出来るようになった人から先に安定指導を受けることは出来ないのでしょうか?」
「………」
マナはオラクルをもう一度見る。
言って良いのかと。
オラクルが頷いた為、マナは視線を戻した。
「今回の訓練では、第一に“連携を取ること”に趣旨が当てられています。全員が出来るようになってからステップアップする。これは連携を高めることに繋がっています。従って、先に指導する例外はありません」
「分かりました」
次に上がった手をオラクルが差すと、今度はキリュウに質問のようだった。
「す、すみません。もし闇属性や光属性の適性があった場合の指導は受けられますか…?」
若干震えているのはキリュウが怖いからだろうか?
目も泳いでいる。
「答えは否だ。今回は無しだと言った。もし適性があるなら合同訓練が完遂した後、個別に指導になるだろう。今回の日程に入れることは一切ない」
キリュウにキッパリと否定され、落ち込む剣闘士。
昨日の検査機でどちらかの適性が出たのかもしれない。
けれど、闇や光は他の属性より遙かに魔力の消耗が激しい。
基本属性なら十の魔力で発動できても、闇や光だと二十や三十なければ初級魔法が発動しない。
発動しても耐えられるほどの魔力が無ければ、闇魔法なら闇に飲み込まれる可能性もある。
剣闘士では難しいのが現状だ。
魔力を増やす訓練でどれだけ増やせるかで決まるだろう。
「すみません、訓練とは関係ないんですが、アシュトラル指導員のお二人のファミリーネームが一緒なのは何故ですか? アシュトラル家って長男次男だけだったと思うのですが」
ピンと空気が張り詰めたのが分かる。
好奇心旺盛なのは良いことなんだろうが、その話題は今でないとダメだったのだろうか。
マナはキリュウをそっと見上げる。
「夫婦だ」
キッパリと言うのは良いのだけれど、キリュウの機嫌が悪い。
魔法を使うときに別のことを考えるという事は、暴走を生み、命に関わる場合がある。
キリュウは一切妥協しない。
訓練中にこんな事を聞いてくる事自体あり得ないと。
ふざけている者に対してキリュウは許さない。
「お前は学園からの推薦者だな」
オラクルが名簿を見ながら口を開いた。
「学園に帰って良いぞ。お前はクビだ」
容赦なくオラクルが切った。
イグニスも同意見のようで、何も言わない。
剣闘科の者であるというのに庇わなかった。
「な、何故ですか!?」
「この訓練では一つの油断が死に繋がる。戦でも同じだがな。危険な訓練に参加する、その説明を受けている最中に関係ない余計な質問をするということは訓練を甘く見ているということだ。そんな者は女王の臣にはいらない。出て行け」
「そ、そんな!? お、俺、やる気はあります!」
男の言い分を聞かず、オラクルは魔導士に手で合図して訓練場から叩き出した。
外で何かを喚いているようだったが、誰も何も反応しなかった。
「初日は私の訓練になる。こちらを先頭にし、十人単位で並んでいってくれ。先頭は魔導士、次列は魔導科からの推薦生徒、その次は剣闘士、次は剣闘科からの推薦生徒、それから魔導士、剣闘士という順番だ。魔導士と剣闘士の列はこの名簿順に並んでくれ。推薦生徒達の順番は各自で決めてくれて構わない」
オラクルがキリュウに名簿を渡し、キリュウが空間を闇魔法で暗くする。
その闇魔法で暗くなった部分にマナが光魔法で名簿通りに名前を刻んでいく。
「凄いねアシュトラルちゃん。光魔法ってこんなこと出来るんだ?」
「なんとなく光魔法で遊んでたら出来るようになったの」
「あそ……アシュトラルに怒られなかった?」
「キリュウがいない時、(王女)訓練の休憩中に暇を持て余してて。ちゃんと結界を張ってたから大丈夫」
「それでも後で怒られたんじゃない? こういう事出来るって説明した時に。発動条件とかイメージとか聞かれたでしょ」
「光魔導書に書いてあったって言ったから」
「………ああ…」
それならキリュウは納得するだろう、とヘンリーが頷いた時、キリュウの視線が二人に向いた。
「「あ…」」
「………後で仕置きだな」
キリュウはマナとヘンリーの言葉を聞いていた。
小声で話していたのに。
「あぅ……ごめんなさい……」
迂闊に話したマナの失敗だった。
甘んじて説教を受けようと思う。
「よし、全員並んだな。三人共散らばってくれ」
オラクルの言葉に三人は頷き、キリュウが後方、ヘンリーが中間、マナは前方へそれぞれ移動した。
「これより訓練を開始する。まずは基本属性の火から――」
全員が利き手を前に出し、オラクルが詠唱を教え一斉に唱えだした。
初日の訓練を終え解散になり、マナはキリュウとヘンリーに合流し、それぞれの担当場所の状況を共有した。
そして訓練場を後にしようとした時、
「あ、あの!」
と呼び止められた。
三人が振り向くと、そこにはアンナ・ヤギョウがいた。
「フィフティ……あ、えっと…アシュトラル、さん?」
「………お久しぶりです。ヤギョウさん……」
マナは体をヤギョウに向けたが、特に何も話がない為挨拶だけの言葉になってしまった。
同年代と話すのは久しぶりすぎるし、直接ヤギョウと話をしたのはこれが初めてだ。
「あ、あの時は、ありがとう!」
「………あの時……」
何だったっけ? と首を傾げるマナに、ヘンリーが苦笑した。
「多分、課外授業の時のことだよ。助けてもらったって」
「そ、そうです!」
「………ああ。別に気にしないで下さい。あれは、こちらが原因だったらしいので」
「………え?」
「………こちらの話です」
首を傾げるヤギョウだが、マナがそれ以上話す気配がないのに気づいて話題を変える。
「や、やっぱり王宮魔道士になってたんだね。凄いね!」
「………? ヤギョウさんも推薦生徒になっているのですから、同じでは?」
「全然違うよ! 私と同じ年で王宮魔道士で、しかも指導員になってるし!」
「これは成り行きというか何というか…」
「どういう経緯でも、今が大事だよ! 私、フィ…アシュトラルさんを目標に頑張ったけど、もっと頑張らないとアシュトラルさんに追いつけないね…」
「………私に追いつくために魔法を学ぶの?」
マナは不思議そうに首を傾げる。
それは違うのではないか、と。
「国のために魔法を頑張るんじゃないの?」
「ぁ……」
「誰かを目標にして、追いついたら? そこで終わるの?」
「それは……」
「ヤギョウさんは何のためにここに居るの?」
「………国を守るため。自分の力を高めるため…」
ヤギョウの言葉にマナは頷いた。
ふふっと突如笑みを浮かべるヤギョウ。
「アシュトラルさん、変わってないなぁ」
「………ぇ……」
学園にいた時と今の自分ではかなり変わったと思う。
喋り方は勿論、魔力も、魔法も。
かなり努力してここまで来たのに。
変わってないと言われてマナは落ち込む。
「あ、ごめんなさい。勿論出で立ちや雰囲気は大分違うんだけど……」
ヤギョウはそこまで言い、ふわりと笑った。
「大本は変わってない。魔法に対する姿勢が。周りに翻弄されずに目標に向かって歩いているところが」
今日――いや、昨日マナの姿を見た時から話しかけたかった。
けれど魔導士長と、キリュウやヘンリーと話すマナを見て、話しかけられなかった。
真剣な顔で話している彼らに近づけなかった。
そして今日は指導員として立っているマナの姿に次元が違うと思った。
でもその姿が学生時代のマナに重なった。
立ち姿や話し方など、変わったところしかないはずなのに。
訓練の休憩中にマナの姿を見ながら考えていると答えが出た。
マナは学園にいる時も、今も、魔法に対して常に真っ直ぐだった。
変わっていない、と思えたのだ。
「アシュトラルさん。もし良かったら……休日に少し時間をもらえないかな? 話したいことがたくさんあるの。あ、勿論無理にとは言わないから…」
だんだん小さくなっていく声。
マナは困ったようにキリュウとヘンリーを見る。
好きにしたらいいと言うように、二人は何も言わなかった。
「………えっと……二人も一緒で良いなら…」
どうして良いか分からなかったマナは、キリュウとヘンリーを巻き込むことにした。
「え!?」
「何を驚くヘンリー。当然だろう」
「アシュトラルはね! でもこういう時は二人で話しするのが良いんだよ!」
「あ、全然大丈夫です! 先輩達も居て下さい!」
言い争いになりそうなキリュウとヘンリーの言葉を遮るように、ヤギョウは嬉しそうに笑う。
「え、いいの?」
「はい! 先輩達とも改めて話したかったんです!」
「な、なら良いけど…」
ヘンリーが困ったように笑うが、マナはホッとした。
二人きりにさせられたら何を話して良いか分からない。
取りあえず時間と場所だけを決め、ヤギョウと別れたのだった。




