第28話 出来損ない少女と新体制
「注目! 本日より―――」
魔導士訓練場に、異例となる魔導士と剣闘士が並んでいる。
心なし魔導士と剣闘士の間が開いているが。
そう簡単に確執は変わらない。
現に魔導士長と剣闘士長の空気もピリピリしている。
トップがそれでは下の者に示しが付かない。
上がまず改善しなければどうにもならないだろう。
マナとキリュウとヘンリーは魔導士長達と同じ前方に立ち、部下になる者達を見渡せる位置にいる。
「………う~ん。ピリピリしてるなぁ…」
小声で呟くヘンリーに思わず頷いてしまうマナ。
「ヤギョウちゃんは緊張しすぎて僕たちに気付いていないね~」
その言葉に思わずマナは視線を動かし、ヤギョウの位置を確認する。
「………ガチガチね…」
「まぁ、現役王宮魔導士達に囲まれているしね…」
何かされたらいけないからと魔導士も剣闘士も互いに現役王宮配属の者が学園からの推薦者を囲むようにしている。
牽制には適しているのだろうが、される方にとってはたまったものではない。
魔導士長と剣闘士長の話を聞くこともできないくらいにガッチガチになっている。
チラッと魔導士長を見ると、それも修行だとでも言いたそうに顔が無表情だ。
「以上が概要になる。よって、午前中は剣闘士用の訓練。内容は剣術や体術の訓練だ」
「続いて午後は魔導士用の訓練。内容は魔力を上げるトレーニングと実際の魔法を使った実戦形式訓練だ。剣闘士の諸君も少なからず魔力がある為、学園ではあまり習ったことは無いだろうが、共に訓練してもらう」
魔導士長の言葉にザワつく剣闘士達。
この国に生まれたからには魔力があるのが当たり前だが、一定数値以下の人間は魔導科に入れないから剣闘科に入ることとなったのだ。
剣や武道が主な科で、魔導訓練などあってないようなもの。
時間にすれば三月に一時間程度だ。
それをコンプレックスとしているのは、剣闘科の在校生だけではない。
王宮剣闘士もコンプレックスになっている者は多いだろう。
スッと王宮剣闘士の一人が手を上げた。
「イラン、どうした」
剣闘士長がその者の名を呼んだ。
「魔導士長。質問宜しいでしょうか」
「なんだ」
「我々は魔法を使えません。それでもその訓練に参加しろと仰られるのですか」
棘がある声色で言うイランという男。
プライドが高いのだろうか。
やや見下しているような感じで魔導士長を見ている。
その男をマナはチラッと見、顔を背けてため息をついた。
胸のうちにしまっておくには、あまりにも哀れに思ってしまったからだ。
過去の自分を見ているようで。
学生時代の大半は魔法が使えず辛い思いをしていた。
キリュウに出会わなければ、課外授業がなければ、今も学園に…いや、退学していたかもしれない。
魔法が使えないという事は、人を卑屈にさせてしまう事に繋がる。
けれど、剣闘士になれただけ良い。
男ならその道は有りだ。
マナがまだマグダリアのままだったのなら、その道すら選べなかっただろう。
女の細腕では、絶対に男に勝てるはずもないのだから。
女性剣闘士も勿論いる。
けれどやはり男には勝てないのだ。
「魔法が使えないとはどの事を差している?」
魔導士長の言葉に、マナは視線を元に戻した。
「魔力はあるだろう」
「っ! …雀の涙ほどの小さな魔力でどうしろというんだ!」
頭に血が上ったのだろう。
敬語を使えなくなるほどに。
「………キリュウ」
「はい」
魔導士長がキリュウを名指しで呼んだ。
懐から出したのは簡易魔力検査機だった。
それを持ってキリュウはイランの元に歩いていく。
突然のキリュウの行動にギョッとする。
キリュウの名を知らない人間がいるはずがない。
思わず一歩下がってしまうイランは、途中で心を持ち直したのかそれ以上下がることはなかった。
キリュウが目の前に立ち、無表情で検査機を見る。
たったそれだけなのに空気が凍り付いたように思えた。
「魔力量は三十だな」
「なっ…!!」
大勢の人間がいるところで自分の魔力量をバラされたイランは、屈辱に顔を赤らめた。
「………あらら…」
「………」
ヘンリーが苦笑し、マナは困ったように眉を潜めた。
学生の時でさえ、自分の魔力量を他人に漏らす事はご法度と言われている。
知られる事によって人を見下す者、蔑む者、自分が強いと勘違いする者、などなど。
色々な危険性を持っている事柄であり、自分の魔力量は勿論、他人の魔力量を知っていても漏らしてはならないというルールがある。
魔導士長はキリュウの性格をまだ分かっていないという事だろうか。
それとも…
「それだけあれば魔法発動は可能だ」
「………え…」
魔導士長は顔色を変えずにイランに言った。
その言葉を聞いたイランは、目を見開いて魔導士長を見る。
この件は魔導士長がキリュウに言うように仕向けたという事だと分かった。
マナは内心ハラハラする。
どうもっていくつもりだ、と。
「リョウラン国では、魔導士、剣闘士、共に平等。魔法が使えるから偉いのではない。剣が使えるから偉いのではない。互いにいいところがあり、互いの欠点を補えるところがあり、女王も魔導士と剣闘士を共に大事に思っているのだ」
魔導士長の口から女王の名が出た事で、部屋の空気がピンと張り詰める。
どちらも女王を守る者たちだ。
女王が最優先される。
「この度の王宮魔導士剣闘士が一斉に粛清された理由は聞いているだろう。誰かが誰かを羨み、憎み、欲に溺れた人間が出た事。これは女王を、この国を守る者から決して出てはいけなかった。誰かを蹴落としていけば女王やこの国を守れるのか?」
「………」
「守れるわけがないだろう。そんな事をしても戦力を削ぎ、他国に侵略されるだけ。女王が望むのは両方の力を合わせて国を守る事。守れる力を育てる事。一つでも多くの技術を持つ事」
魔導士長の言葉に反論しようとする者は、誰もいなかった。
「その技術があると提示されて、お前はやらないか?」
「………」
「そのままの自分で満足しているのか?」
「それは……」
魔導士長はキリュウを手招き、検査機を受け取る。
「お前は三十“しか”魔力がないと思うか? それとも三十“も”あると思うか? どっちだ」
「………お、俺は…」
「他の者も測定する。その時に自分の力をそのままにしておくのか、それとも成長させるのか。王宮剣闘士としての判断に任せる」
魔導士長が話は終わったという風に背を向けた。
剣闘士長に検査機を渡して。
「以上! 訓練は三日後からとする。その時に答えを聞こう。解散!」
魔導士長の言葉に暫く誰も動かず、魔導士長の方が先に部屋を後にし、その後にマナ達三人も退出した。
「待て。オラクル」
後方から声をかけられて魔導士長とマナ達は振り向いた。
オラクル、とは魔導士長の名前だ。
オラクル・ラインバーク魔導士長。
「………なんだイグニス」
オラクルは剣闘士長をそう呼んだ。
イグニス・エンコーフというのが剣闘士長の名前。
マナは忘れないように記憶する。
今まで剣闘士長との接点がなかったために、話したこともない。
恐らくイグニスはマナの事を知らない。
スッと魔導士長と剣闘士長の視線から外れるようにキリュウの後方に移動した。
「俺の魔力を計れ」
先程の検査機をオラクルに差し出すイグニス。
「俺に魔力量を知られることになるぞ。それは致命的だと散々悪態付いてきたお前の台詞とは思えないな」
「俺とて女王の臣だ。女王が望むならそうする」
「そうか」
イグニスの手から検査機を受け取ってオラクルが魔力量を測定する。
「お前の魔力量は五十あるぞ。これで魔導科に入れなかったのか?」
魔導科に入れる規定は入学後に教えられる。
規定数値は五十だったはず。
剣闘士長の数値で入れなかったのは疑問だ。
イグニスが肩を竦ませる。
「俺の魔力量はあの時四十だったんだ。だから入れるはずないだろう」
「じゃあ、自力で伸ばしたのか?」
「自力、というより魔導授業で勝手に伸びた、が正しいな」
「剣闘科の薄っぺらい授業で良く伸びたなぁ…」
「俺も驚きだ」
イグニスがオラクルから検査機を受け取る。
「本当に女王の命令なんだな?」
「お前な…女王に直接謁見したんだろ」
「お前のことだ。直接この件を進言したんだろうと思ってな」
「そんな事するか。俺だって女王に言われるまで剣闘士を何処か見下していたんだからな。協力なんて思ってもみなかったさ」
「そうか。なら、女王の考えで間違いないな」
「………ま、宰相の考えが入っているかもしれないがな」
「ああ…」
イグニスはチラッとキリュウを見た。
キリュウは無表情でイグニスを見ている。
「全く……女王は宰相殿に甘いところがあるからな」
「イグニス、言葉に気をつけろ。女王のお言葉は絶対だ」
「間違っている事は進言しないとだろ」
「今回の件が女王の見当違いとでも言いたいのか」
「いや、今回の件は納得させられたから文句はない。だが、以前何度か止めたい命令があっただけだ」
「イグニス!」
オラクルがイグニスの言葉を咎めた。
恐らくマナが居るからだ。
王女に女王の言を不服と思っているなど聞かれては、不敬罪になるかもしれないと。
「な、なんだ…」
驚いた顔を見せるイグニス。
オラクルと話している時は互いに言いたいことを言っているのだろう。
咎めることなどなかったと思われる。
チラッとキリュウ越しにマナを見てくるオラクルに、なんのリアクションも取らないでいると、イグニスはオラクルがキリュウを見たと思ったのだろう。
鼻で笑う。
「アシュトラルが父親を咎められて怒るとは思えないがな」
キリュウの性格を知っているのだろう。
他人に興味がないと。
「咎めたりはしないが、聞かれたら答えるな。剣闘士長がこう言っていた、と」
「なっ!?」
キリュウの言葉が意外だったのか、ギョッとするイグニス。
「俺は女王の臣で宰相の命令や魔導士長の指示にも従う立場だ。どうだったと聞かれれば答える義務がある」
他人に興味がないキリュウも今は部下に当たる。
これで命令を聞かなければクビになることは分かっている。
そこまで常識外れではないのだ。
更にキリュウはシュウの息子で女王の義息子となっているのだ。
今までよりもずっと近い位置にいるのは確かで。
最も重要なのはマナの夫という立場を維持すること。
女王に気に入られるためなら何でもするだろう。
マナと別れさせられないために。
「そうか。その立場は分かっているのだな。これからは発言に気をつけよう」
「いや、そのままでいい」
「どういう意味だ」
「女王と宰相には臣の発言を聞く義務がある。より良い国にするには国民の話も時に聞く。間違った事は絶対にしてはいけない立場で、反対意見を聞かないという選択肢はない。何か思うことがあるなら包み隠さず言うことだ。それが正しいことなら受け入れられる。理由があるなら話してくれるだろう。それがより良い国にするということではないのか?」
淡々と言葉を発していくキリュウは、背でそっとマナの手を取っていた。
それはいつか女王となるかもしれないマナに言い聞かせたい言葉だったのかもしれない。
支える立場になるキリュウはマナを優先して賛同してしまうかもしれない。
ヘンリーが補う事もあるだろうが、キリュウは基本的にマナの事になると暴走しがちだ。
敵は排除するという考えは変わらないだろう。
その時ヘンリー以外のストッパーがいる。
キリュウはここ数月オラクルと行動することが多かった。
訓練は勿論、訓練内容に意見を求められたりして接点が多い。
客観的に人を見るキリュウはこれでもオラクルを信用できる人物だと認識している。
人に興味がないキリュウが人を観察し、記憶する事をし始めた原因は勿論マナだ。
マナの為に味方を増やす。
けれど決してマナの傍にキリュウが居ないときには近づかせないようにするのは忘れていないが…。
「オラクルは良い部下を持ったようだな」
「俺の教育じゃないがな」
「?」
「キリュウの原動力は奥さんだろ」
「………奥……お前既婚者か!?」
「………だったら何だ。学園を卒業したら成人だ。認められている」
不愉快、という顔をしてキリュウはイグニスを見る。
「いや、お前のその性格を受け入れる女が居ることに驚いたんだ」
「俺の宝を侮辱するな」
突如としてキリュウの周りに闇の力が漂い始めた。
ギョッとしてオラクルとイグニスが咄嗟に距離を取る。
「!! ヘンリー! アシュトラル!」
逃げていないマナとヘンリーに、オラクルが慌てる。
が、二人は驚くどころか呆れていた。
こうも簡単に沸点に達することは初めてではなかった。
魔導士訓練時にマナを悪く言われている時や、キリュウが居ない間ヘンリーと話していた時など、何かにつけてキリュウは暴走していた。
自分が何を言われようと無視しているのに、本当にマナに関しては容赦ない。
「………キリュウ?」
ヒョコッとイグニスを睨みつけているキリュウの視界にマナが顔を覗かせる。
ちなみにヘンリーがマナがキリュウの視界に入れるように踏み台を魔法で作り出し、その上に乗って。
これも慣れたもので、素早く連携が取れる。
「………マナ」
マナの顔が視界に入った途端に魔力が散っていった。
そしてギュッと抱きしめられる。
「うん、ここに居るから大丈夫。私は傷ついてないよ」
「………分かった」
これでキリュウは落ち着く。
オラクルもキレたキリュウを初めて見たので動揺したのだろう。
「はぁ……剣闘士長、ついでに魔導士長もアシュトラルを怒らせないで下さいね~。落ち着かせるのが面倒なので。特にアシュトラルちゃんが居ないと大変なことになりますので」
「………こ、これは日常なのか?」
「はい」
「………っていうか、そのおん……そのお方がアシュトラルの奥方?」
「はい。マナ・アシュトラルちゃんです」
「マナ・アシュトラルです。あの、キリュウの前で極力私のこと話さないで下さい。何が原因で暴走するか分からないので……」
苦笑しながら二人に言うと、唖然と見られる。
キリュウの変わりようにも、マナの態度にも、恐らく両方に驚いているのだろう。
これからの訓練でもまた一悶着ありそうだと、ヘンリーと顔を見合わせて苦笑したのだった。




