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出来損ない少女と冷血の貴公子  作者: 神野 響
第三章 王宮魔導士篇
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第27話 出来損ない少女と再会




ホウメイから言われた後、キリュウとヘンリーに事情を説明した。

キリュウだけ教官にしたら部下になる人たちが可哀想だったからホウメイに頼んでヘンリーも教官候補に入れてもらった。

その結果、ヘンリーは教官補佐としてキリュウとマナのフォロー係となることに決定。

王宮魔道士の階級を表す肩の星がキリュウとマナは四つ。

ヘンリーは三つ付けることになった。

いきなり階級が上がることに戸惑う二人ではない。

マナから事情を聞き、キリュウは当然という顔をし、ヘンリーは苦笑する。


「じゃあ僕はアシュトラルとアシュトラルちゃんのフォローをしたらいいんだね」

「補佐と言え補佐と。まるで俺が何かしでかすと言いたいようだな」

「間違いなく口で相手を追い詰めるでしょ」

「本当のことを言っているだけではないか」

「それがアシュトラルの場合容赦ないんでしょ…」


相変わらずの二人にマナは苦笑する。

でもこの二人が変わらずマナと接してくれていることに救われる。

フィフティであろうが、王女であろうが、態度を変えない二人だからこそ教官として相手を色眼鏡で見ない。

ちゃんと評価を下してくれると信じられる。


「殿下」


不意に後方から呼びかけられ、一瞬誰のことを表しているのか分からずマナは反応が遅れた。


「魔導士長。ごきげんよう」


王宮のマナの部屋付近まで魔導士長が来ることが珍しいのに、更にマナに用事があるのも珍しい。

訓練でもなるべくマナに関わらないようにしている魔導士長が。


「お話中失礼いたします。陛下から直々に達しがあり、殿下に資料をお持ちいたしました。アシュトラルとヘンリーにも関わりがある話になりますので、お話に加わらせていただきたいのですが」


先程のキリュウとヘンリーのやりとりが聞こえていたらしい。


「分かったわ。じゃあ私の部屋に行きましょ」


マナの部屋は目と鼻の先にある。


「いえ、ここで」

「そうは言っても、込み入った話になるかもしれないもの。ヘンリーだけならともかく、魔導士長も加わるなら座った方が良いわ」

「ほんとアシュトラルちゃんは僕に容赦がなくなったよね」

「ヘンリーが遠慮するなっていったんでしょ」

「そりゃアシュトラルのお嫁さんだからね。仲良くしてもらわないと」

「ヘンリーの楽しみのためにでしょ」

「そうだよ」


言い切ってくれるヘンリーとは付き合いやすい。

部屋に入り、三人を招き入れる。

ここは王女教育として宛がわれている部屋で、キリュウとの夫婦の部屋ではない。

キリュウも入ったことがない部屋になる。

王女の部屋ということで、煌びやかにされているのは当然で、居心地は悪い。

入ったすぐ正面にあるソファーに促す。

キリュウとマナが共に座り、ヘンリーと魔導士長が共に座ることに自然となった。


「まずはこちらを……」


魔導士長が資料をマナに渡そうとしたとき、マナの部屋の扉がノックされた。


「何用です」

『マナ様にお客様が来られております。陛下にお伺いしましたところ、会わせて良いという返答をいただきましたので、マナ様に謁見室までご足労をいただきたいのですが』

「相手はどなたです?」

『フィフティ家と申しておりました』


思わずキリュウと目を見合わせた。


「こっちに通して」

『かしこまりました』


去って行った気配を感じ、マナは魔導士長に視線を戻す。


「資料を」

「よろしいので? お客様を優先しては。こちらはまた後日改めて」

「その必要ないわ。フィフティ家は恐らくこの件も知っているはずだから」


魔導士長から資料を受け取って目を通す。

サラッと流し読みしているのは、現在の学園在校生で今度王宮に上がる教員からの推薦人物の推薦状。

二年から四年までだ。

やはりというか当然の人選で、二年は魔導士剣闘士共に一人二人。

四年は五人、三年は三人といったところ。

その中の一人にマナは目を止めた。


「………ヤギョウがいる」


呟かれた名前にヘンリーが反応した。


「え? ヤギョウちゃん推薦されたの?」

「名前があるからそうでしょうね」

「頑張ったんだね~。君と再会するって意気込んでたから」

「………」

「誰だ?」


マナが返答に困っていると、キリュウが首を傾げながら聞いてきた。

ギョッとする、なんてことはなかった。

キリュウが他人の事を覚えないことをマナもヘンリーも知っている。


「校外実習でアシュトラルとアシュトラルちゃんと僕とヤギョウちゃんでチームだったでしょ」

「………そうだったか?」


やはり覚えていないというか思い出しもしないキリュウに二人は苦笑する。


「殿下はヤギョウの実力を知っているので?」

「あまり知っていると言うほど接点は持っていないし、あれから伸びたのなら、ここにある他の推薦者と同じで実力を知らないということになる」

「そうですか。では、アシュトラルとヘンリーも資料を見て、実力が分かるものがいれば教えて欲しい」

「はい」

「分かった」


キリュウとヘンリーが資料を見始め、魔導士長と言葉を交わしているときに再びノック音がした。


「どうぞ」

「失礼いたします。お客様をお連れしました」


ドアを開けられた先にまず王宮侍女が二名立っており、その向こうに長く顔を見ていなかった義父と義母、そして懐かしい侍女や執事が数名立っていた。


「こちらへどうぞ」


本来は侍女の役目だが、まだそういったことが出来ない侍女を差し置いてマナがキリュウ達とは別の場所にあるソファーに案内する。

その行動に真っ先に眉をひそめたのがフィフティ家侍女と執事だった。

だが、立場的に王宮侍女の方がフィフティ家使用人より上になるので何も言えない。

義父と義母が席に着き、スッとその背後に並ぶ使用人達の所作は洗礼されており、王宮侍女は戸惑う。

自分たちもマナの背後に立てば良いのか、それともおもてなしとしてお茶を用意すべきかも分からないのだ。


「お客様にお茶を」


マナに言われて初めて動き出す侍女達。

内心ため息をつきながら、マナはキリュウに顔を向ける。


「引き続き資料を見て魔導士長に情報を渡してくれる? 終わったら魔導士長には退出してもらって、ヘンリーとこっちに合流を」

「もう終わった」

「………早いわね」

「特に特化して実力を持っている者が居なかったからね。優秀な学生は今のところ資料には居なかったよ」

「身も蓋もない…」

「事実だ」

「まぁいいわ。魔導士長ご苦労様でした」

「いえ。では私はこちらで失礼いたします」


魔導士長は早々に部屋を出て行った。

今の魔導士長は貴族出身の者で、フィフティ家という王族に連なる家の者と同じ空間に一秒でも長く居たくなかったのだろう。

その素早さにマナはある意味感心してしまった。


「お待たせいたしました。お久しぶりですお義父様、お義母様」


マナの呼び方にすぐ理解を示した二人は泣きそうな顔をした。

二度と関係があったなどと言えないと思っていた。

けれど王女という立場になった義理の娘から父母と呼ばれたのだ。

もう言葉すら交わせないと思っていたのが、今こうして笑っている義娘を前にしている。

嬉しくないはずがない。


「………マグダリア…」

「元気そうで……っ」


喚起極まったのか、義母の目から涙が零れた。


「お義父様、すみませんがマナとお呼び下さいませ。お義母様、涙など流さないで下さい」


マナはそっと義母の涙をハンカチで拭う。


「ああ、すまない」

「ごめんなさいマナ……嬉しくて……」

「私も嬉しいですお義母様。会ってはいけないと思って顔も見せず。連絡も取れず申し訳ございません…」

「いいえ。こちらも連絡はしてなかったのですから。でも、先日手紙を受け取って、早く会いたくて押しかけてきたの」

「ありがとうございます。元気そうな顔を見られて安心しました」

「私もよ。私たちの可愛い娘」


義母がマナの頬に手を当てて、嬉しそうに微笑んだ。

ホウメイから連絡を取って良いと許可をもらって即手紙を出したのだ。

親不孝の自分を許して欲しい。

陛下から許可をもらったからまた義娘として接して欲しい。

自分は王宮から出られない身だから、こんな娘でもいいと思っているなら会いに来て欲しい、と。

二人は恐らく手紙を受け取ってすぐに準備してくれたのだろう。

仕事の調整も大変だろうに。

一週間もしないうちに会いに来てくれた。

マナはそれが凄く嬉しかった。


「アシュトラル殿、ヘンリー殿も、マナと変わらず共に居てくれてありがとう」

「いえ」

「こちらこそ、マナちゃんにはお世話になっています」

「………ヘンリー、マナを呼ぶな」

「だからどれだけ嫉妬深いの」

「今まで通りに呼べばいいだろ」

「それだとややこしいでしょ。それにアシュトラルは報告しないといけないことがあるんじゃないの?」

「………?」


キリュウが首を傾げ、ヘンリーが呆れ、マナは苦笑した。

ヘンリーが二人の前でアシュトラルちゃんと呼べない理由をキリュウは察していない。

マナはそっと義母のそばを離れ、キリュウの腕を取った。


「お義父様、お義母様。私、キリュウと結婚しました」

「ああ、おめでとう」

「よかったわね、マナ」


情報を仕事としている両親には筒抜けだったのだろう。

それでもマナはちゃんと自分の口から伝えたかった。

マナの言葉にキリュウはやっとヘンリーの言葉を理解する。

そしてそっと二人に向かって頭を下げたのだった。


「じゃあもうキリュウ殿も私たちの義息子になるのね」

「これからもよろしく頼むよ」

「はい。必ずマナを守ります」


キリュウの言葉に頷いた二人を見て、マナとキリュウ、そしてヘンリーはようやく二人の向かいのソファーに腰を落とした。


「さて、感動の再会はここまでにして、手紙に書いてあった件だけどね」

「はい」


マナは両親に会いたいという事と、王宮の現状の使用人問題を解決したい旨を書いていた。

何人か欲しい、と。


「うちからの使用人とそれとアシュトラル家の使用人を連れてきたよ」

「………はい?」


フィフティ家は分かる。

けれど見覚えない侍女はアシュトラル家の者らしい。


「何故アシュトラル家の使用人を?」


てっきり見覚えない使用人は新しく雇ったと思っていたのに。


「何故って、マナはもうアシュトラル家とも繋がっているんだから、あちらからも寄越さなければうちばかり贔屓してしまうことになるからね。アシュトラル家当主が拗ねちゃうよ?」

「………拗ね……」


一瞬口をとがらせるシュウが頭に思い描かれてしまった。

大の大人が拗ねるのは可愛いとは思えない。

思わず嫌そうな顔になってしまった。


「………まぁ、そうなるだろうな」

「キリュウ……」


聞きたくなかったというマナの顔を見ながら無表情で語るキリュウ。


「あれは俺のマナを溺愛しすぎている。まぁ、女王の子だからという理由が一番大きいだろうがな」

「確かに…」


さり気なくキリュウは“俺の”という言葉を不意に使ってくることに照れてしまう。

キリュウの独占欲は、女としては嬉しいのだが王女として接しているときには困ってしまう。

顔が赤くならないように注意するのが本当に大変だ。


「マナが家に居た時に世話していたスズランを筆頭に、執事もロンを連れてきた。存分にこき使うといい」

「………え!? スズランはともかく、ロンはお義父様の右腕でしょ? ロンだってお義父様と離れがたいでしょ」

「フィフティ家より王家を優先するのは当たり前だろう。それに二人ともマグダリアが居なくなって随分気落ちしていたんだ。マナと連絡が取れて私たちの次に喜んでいたんだぞ」


義父の言葉に二人とも少し頬を赤らめて視線を外していた。


「………本当にいいの? ロン、スズラン」

「「はい」」


声を合わせて満面の笑みで頷かれては、マナも断れなかった。


「でわ、スズランは王宮侍女としてそして私の身の回りの世話をする筆頭侍女として頼みます」

「はい。早速宜しいでしょうか?」

「ええ」

「では……」


許可が出た途端スズランは、今までマナの傍に所在なさげに突っ立っていた若手王宮侍女二人にギロッと鋭い視線を向けた。

ビクッと二人の体が震えたのが視線を向けずとも分かった。

スズランの隣にいた侍女達も同じように視線が鋭くなっていたからだ。


「先程の動きは何ですか! 王宮侍女ともあろう方が主人の意図も分からないとは! 現状はマナ様のお手紙である程度把握しておりましたが、これ程酷いとは思いませんでした!」


スズランが二人の元に足音も立てずに素早く移動したと思えば、二人を部屋の片隅に移動させて説教を始めた。

それは小声なのに離れたマナ達の所まで届く。

早急に侍女達の教育は済むだろう。


「じゃあ今度はロンね。ロンが来てくれるとは思わなかったからどうしようか」

「奥様。もし希望が通るのでしたら、奥様の仕事の手伝いを致したいと思います」

「………奥様?」

「私の主人となるマナ様は既に旦那様のキリュウ様と結婚しておりますので。奥様と呼ばせていただきます」


今までお嬢様と呼ばれていたから、ロンの口から奥様と言われたら義母の事かと思ってしまう。

早々になれる必要があるな……と思う。

ロンもスズランも“殿下”とは呼ばない。

マナのお披露目がまだだからだ。

だからお披露目が終わって王女の存在が周知されれば殿下と呼ぶようになるのだろう。


「ではロンにはまず私のスケジュール管理を。その後仕事に入っていきましょう。追々教えます」

「御意」

「その他の侍女と執事は、それぞれキリュウとヘンリーに執事を一人侍女を二人付けます」

「ちょ、アシュトラルちゃん!?」

「ヘンリーももう私側です。何かあってからでは遅いんです」

「でも僕はただの貴族で王宮魔道士サードだよ!?」


ヘンリーの言うサードとは王宮魔道士を別名で呼ぶ時に使うもの。

星一つがファースト

星二つがセカンド

星三つがサード

星四つがフォース・または教官

となっている。


「だからなんですか? 大切な友人を誰も付けずに害されろと?」

「魔導士長にも執事や侍女は付いてないよ!」

「関係ありませんね。命令です」


言外に王女のという意味を込めてヘンリーを見ると、ヘンリーは頭を抱えた。


「………俺にマナ以外の女と接しろというのか…」

「基本的にキリュウは私と居るときはロンとスズランが一緒に居るから二人の補佐って取ってもらっていいよ。別行動するときに女除けとして使って」

「………分かった」


キリュウの説得は早かった。


「すっかりマナは指示を出すのがスムーズになったね。フィフティ家に居たときは遠慮がちだったのに」

「………今でもそれではここで居られませんからね…」


ニコニコと笑っている義両親にマナは苦笑する。

マグダリアと違ってマナは強くあらねばならない。

オドオドしていた頃が遠い昔かと思ってしまうぐらい、キリュウと出会ってから劇的に変化した。

物語だったとしたら、もはや別人の物語となっているだろう。

けれどこれがマナのマグダリアだった頃から今までの人生だ。


「………本当は娘としては二人もここで住んで欲しいって我が儘言いたいですけど…」

「ダメなのを分かっているなら、純粋に嬉しいよ」

「うん」

「これからは頻繁に会えるようにするから、マナも頑張ってね?」

「はい」


久しぶりに話せて、皆嬉しそうだった。

仕事を長く抜けられない二人は、今日はこれでと去って行った。

残念に思いながらも、これからは会えるし手紙のやりとりも出来るということで楽しみだった。


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